第71話  耐性



 魔法。体内で内包する魔力を使用することにより、現実に奇跡を起こす力。何も無いところから炎や水、時には概念すらも操ってしまう力。魔の道を進みし者達が扱う力は、他者を裁く力とも言える。まさしく魔の法。


 魔法には、魔法陣と呼ばれる魔法を発動するための陣を使い、それを形作る為の術式がある。魔導士はこの術式を確立させ、魔法陣という形にすることで魔法を使う。そしてそれは、複雑であればあるほど確立させる難易度は跳ね上がっていき、概念を操作する術式ともなると困難を極める。


 そんな魔法を使う為の魔力というのは、感情の起伏によって増大することがある。激しい怒りを抱けば抱く程、荒々しく制御の難しい魔力へと変わる代わりに魔力が増大する……なんてことも。つまり何が言いたいかというと、魔力は肉体との繋がりがあるということ。そもそも体内に内包しているのだから当然なのだが、人が思うよりも密接に関係してくる。


 魔力とは謂わば、その人の体内に内包されている生命エネルギー。その力は人によって様々な得意とする属性を持っている。自然を操る事が得意。炎を操るのが得意。精神を操作するのが得意。本当に様々だ。リュウデリアの魔力は純黒なので例外とするが、クレアは風が、バルガスは雷が得意だ。


 ここで重要になってくるのが、得意な属性を持っていると、どんなことが起きるか。簡単に言うと、その属性の耐性を得る。炎が得意ならば炎に対する耐性が……という風に。誰もが高い耐性を得るわけではないが、大なり小なり得ることは出来る。そこで、最強の種族である龍の、更にその中でも最強ランクの力を持つクレアとバルガスが耐性を得ていたとしたらどうなるか。そこに着目したい。




「チッ……何でコレ食らってピンピンしてんだよ……ッ!!神の雷だぞ」


「……今更……私に雷が……効くと思ったか」




 クレアが苦戦していた雷神の巨大規模の雷を受けて、ケロリとしているバルガスが居る。赫雷という赫き雷を扱うバルガスは、日頃から使っている事で、雷に対する高い耐性能力を獲得していた。雷……という部分だけを見るならば、リュウデリアやクレアよりも断然上である。完全耐性とは言わないが、非常に効きにくい。


 雷神は訝しむ。相手を変えられたことは別にどうでもいい。どちらにせよ殺すのだから最終的なものに変わりはないのだから。だが、自身の生み出す神の雷が大して効いている様子のないバルガスには疑問を抱いてしまう。


 極大の、言ってしまえば国一つ丸ごと消し去れる大きさをした雷神の雷がバルガスに襲い掛かった。これぞ雷と言える金の雷が落ちる。狙うは一匹。当たるも一匹。しかしその、触れる者を灼熱で灼き、砕き、破壊する雷は、たった一匹の龍を仕留めることが出来ない。出来ない。出来ないッ!!




「……これは──────クレアの分だ」


「がァッ──────ッ!?」




 ばちり。赫雷が鳴いた。襲い掛かる神の雷の中で、異色の赫が鼓動を刻む。


 肉体に帯電し、魔力による肉体強化と同時並行で強化する赫雷が、神に抗う。屈するものかと、真っ正面から砕くと……見下ろすなと。


 神の雷からバルガスが飛んで出て来た。正面から無理矢理出て来たのだ。完全耐性を持っているわけではないので幾何かのダメージが入っているが、そんなことは関係なしに雷神の懐に潜り込む。だが雷神は雷のように姿を変えてその場から消えてバルガスの背後を取った。


 手を伸ばし、雷の灼熱で焼き殺そうと直に触れようとした。なのに、バルガスは既に振り返っており、もう避けきれない位置まで、赫に鱗に覆われた右の握り拳が左頬に放たれていた。訳が分からない。何故この速度について来れたのか。その疑問を持ちながら、下に向かって弾かれるように殴られた。


 先程クレアを叩き付けた時のように、今度は自身が神界の地面に叩き付けられた。左頬を殴られた時、頭が一瞬真っ白になった。思い浮かべた疑問も吹っ飛び、体も吹っ飛んで叩き付けられる。感覚が無い。左頬と言わず左側の顔面の感覚が無かった。どうなっているのか把握できていないが、雷神の顔の左側は、赫雷が帯電して重度の火傷状態になっていた。


 口の中に貯まった血を吐き捨てて立ち上がろうとしたその時、上からバルガスが降ってきて左拳を寝そべっている雷神の腹部に叩き込んだ。吐き出そうとした血が、違う形で口から噴き出る。背中に触れている地面が蜘蛛の巣状に罅が入り、遅れて赫雷が落ちて感電させつつ、陥没させた。雷神の血を顔から浴びたバルガスは何も言わず着地した足を上げる。




「──────ッ!!がぁああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!」


「……抵抗されても……面倒だ……四肢は……折っておく」




 持ち上げた左足で、雷神の右腕上腕を踏み砕いた。ごきんと鈍い音がなって地面を砕きながら骨を砕く。訪れた痛みに絶叫しながら、雷神が残る左腕を使って踏み潰している足首を掴む。だがその左腕の手首をバルガスが掴み右足は右肩に置いた。ミチミチとバルガスの腕が音を立て、筋肉が隆起する。


 鱗を押し上げて、太い腕が更に太くなり、足で体を踏み付けながら掴んでいる腕を引いていった。やろうとしていることを察した雷神が、やめろと言い終わる前に、肩から左腕を引き千切った。2度目の絶叫を上げながら、体中から雷を放出した。巻き込まれているが、バルガスは全身に赫雷を纏って抵抗し、尻尾を雷神の右脚に巻き付けた。そして捻る。強く、思い切り。


 ぶちぶちと肉が引き裂けて脚が千切られ、残るもう1本も尻尾で同じように捻って千切った。この頃になると放出していた雷は止まっており、雷神の叫び声も上がらなくなっていた。どうやら強い神らしく、ダメージをそう受けたことがないので痛みに対する耐性が無かったようだ。


 四肢を使い物にならなくさせたバルガスは、雷神の上から退いて、頭を掴んで持ち上げた。痛みで呆然としていた雷神が少しずつ正気を取り戻して現状を理解し、どんどん自身を近づけられながら、大きく……大きく限界まで口を開け、鋭い牙を見せるバルガスに顔が蒼白くなる。




「ぉい……おい……ッ!!お前まさか……ッ!!」



















 風神は逃げに徹していた。バルガス相手に避けるという行為をしなかった風神が、忌々しそうな表情をしながら宙を自由自在に飛び回って逃げていた。何から?当然、クレアからである。


 バルガスの赫雷を一切届かせなかった風の結界があるのだから、逃げるどころか避ける必要がない。だが、戦う相手を変えたのを黙って見て、今度はこっちかという軽い気持ちを抱いていた時だった。尻尾を振って発生させた蒼い風の刃が飛ばされた。


 こんなものは避ける価値もない。そう判断して風の結界で防ごうとした時、体の周りに流れている強風の鎧がある筈なのに、阻まれて無効化される筈なのに、蒼い風の刃は風神の体を左肩から右脇腹に掛けて斬り裂かれた。鮮血が巻い、瞳に動揺が映って揺れる。何故、魔法が届いた?久しぶりに見る自身の体から噴き出る血を見ながら思考した。




「そいつは──────バルガスの分だ。今からお前を動けねェってくれーボコボコにすっから覚悟しろよ」


「……ッ!!どうやって私の風の結界を……ッ!!」


「教えるかよ、ばーか♡」




 尻尾を振るだけで蒼い風の刃が飛来する。当たればまた斬り裂かれる。直立不動なんて愚かな事はしない。風の刃を風の壁で防ごう。そう思って壁を張ったのに、刃が壁に触れる寸前で掻き消えた。瞠目して驚いたところで、飛来した刃が左肩に触れ、腕を根刮ぎ持っていった。


 噴き出る血。上がる絶叫。赫雷を防いだ風の壁が突然消失した。どうなっている。解らない。解らないから、取り敢えずまた飛ばそうとしている風の刃から逃げるしかない。斬り落とされた肩の部分を押さえながら、風の権能で高速移動して逃げる。


 クレアは風神を追いかけながら、今度は手を振り下ろして刃を飛ばした。届く前にまた風が形成されるが、打ち消してやった。今度は左脚を膝から斬り落とす。苦しげな声を上げる風神を見て、ほくそ笑んだ。風の権能は素晴らしい。実際に壁に阻まれれば刃は抵抗無く無効化されるだろう。バルガスを傷つけた以上出力も良い。だが風を司っていても、解っていない。


 風は魔法の中で使うだけでも神経を使う魔法だ。少しの障害物があるだけで形成した魔法は霧散し、形の維持も風というあやふやなものなので固定化させるのが難しい。炎のように目に見えるわけではないから、形を為すイメージがし辛いのだ。


 しかしクレアは風を思いのままに操り、生み出せた。自然に発生した風を増幅させて魔法へと昇華させるのも簡単だ。障害物があろうと竜巻だって起こせる。彼は風に愛されていた。だから、リュウデリアよりもバルガスよりも、風の動きを読むことに長けており、彼の目には風が色つきで動いているように見えるのだ。


 だから、クレアには風神が生み出した風の刃も風の壁も、身を護る結界も看破できる。そこでやったのは、生み出された壁や結界を自身の魔法で作った風で覆い、綻びがあるところから崩して消失させるという荒技であった。綻びというが、普通ならば見つけられない。本当に、砂の山から一粒の砂を見つけるようなものだ。だが彼なら出来る。故に攻撃が届いたのだ。




「逃げてンじゃねーよッ!!あ゙ー追いかけてたらイライラしてきた──────」


「──────何ッ!?」


「めんどくせーから──────直接ぶち込んだるわ」




 焦れったい追いかけっこに根を上げたクレアは、背後に蒼い魔法陣を展開して加速した。腕と脚を欠損して激痛に苛まれ、集中出来ていない風神の目の前まで移動すると、雷神から離れるために使った、爆発する風の球体を手の中に創り出し、防御をする暇も与えず風神の腹部に押し付けた。


 瞬間、風の球体は押し付けられた状態で大爆発した。腹部が抉れて内臓がはみ出る。神殺しの魔法陣がクレアの体に刻まれていて、神を殺す力を手に入れているからか、風神は今まで感じたことのない冷たいものを背筋に奔らせた。それが、死への恐怖である。


 だが、彼とて風神。唯ではやられないと、死にかけながら風の権能を使って、風の刃が飛び交う超巨大な竜巻を創り出した。バルガスも含めて巻き込んで殺そうという手立てなのだろう。しかしそんなことをさせる訳もなく、クレアを対抗するように巨大な魔法陣を竜巻の上に展開し、上から自身の竜巻を衝突させた。


 衝突した竜巻2つは、互いに打ち消しあって自然消滅した。まさかコレに対抗するとは思っていなかった風神は、更に竜巻を創り出そうとして権能を使わんとしたのだが、クレアが落ちていく風神に追い付き、襟を掴んで側頭部に拳を打ち込まれた。脳が揺れて思考が鈍る。グラグラと揺れる視界の中で、ニヤリと嗤ったクレアが大きく限界まで口を開けた。




「な……に……ぁ……まさ……かッ!!」


「もう遅ェ──────」




 意図したわけではないが、クレアとバルガスの戦いは同時に終わり、同じ行動に出ていた。風神と雷神が見ているのは、大きく開けられた口に生える龍の鋭い牙と口内だった。何をやるのか察した風神と雷神は暴れて逃げようとするも、雷神は四肢が無く抵抗らしい抵抗が出来ず、風神は脳を揺さ振られて脳震盪に近い状況にあるので、残っている腕や脚が上手く動かない。


 近付いていく自身の体に、近付いてくる大きく開けられた口。嫌だと抵抗しても逃げられない状況。風神と雷神は心底恐怖した。本来ならばこの龍達を殺して終わりだった筈なのに……どうしてこんな悍ましい事をされなくてはならないのか。




「やめ──────」


「助け──────」




「「その権能を──────よこせ」」




 それぞれが、捕まえた神の頭を噛み砕いた。ばきり……ごきり……と、硬い骨を噛み砕きながら咀嚼し、頭が一部欠けている風神と雷神は白目を剥いて体が痙攣した。クレアとバルガスは、神を喰らっていた。


 口に入れた分を咀嚼して飲み込むと、また齧り付いて噛み千切り、咀嚼する。血が噴き出て肉の一部が溢れ落ちたり、大量の血が口から溢れたりしながら風神と雷神を喰っていき、あっという間に平らげてしまった。ごくりと喉を鳴らして、口の中に入っていた最後の肉を飲み込んだ。


 神を喰らった。その事実が戦場に動揺を生ませ、静寂な空間にさせた。喰らい終わったバルガスとクレアは、飛びながら顔を俯かせている。口から血が滴って落ちていくだけ。何故動かないのか。周囲を囲っている戦いの神が、今なら隙を突いて殺せるのではと考えて動こうとしたその時、2匹の体から魔力が溢れ出した。




「──────キタぜッ!!キタキタキタキタキタッ!!はははははははははははははははははははははッ!!ヤベェ……これはヤベェよッ!!力が漲るぜェッ!!」


「……ふ……はは……ははははははははッ!!素晴らしい……ッ!!これが……雷神を喰らい……手に入れた力か……ッ!!」




 バルガスからは溢れる程の赫雷が轟き、放出され、容易に近づく事も出来ない、赫雷の領域が発生している。クレアからは中心に吸い寄せられるように風が大きく渦を巻いており、気を抜くと体を持って行かれそうだった。


 2匹は嗤い狂いながら自身の手を見て閉じたり開いたりしている。体が軽い。何故だろう、今この空間を支配し尽くしているような全能感を抱えている。どういう原理かは解らないが、魔力の絶対量が遙かに増大し、魔法の出力も上がっているようだった。


 権能は神にしか扱えない力。なのに神を喰らう事で権能をその身に吸収してしまったことで、権能が彼等によって侵され、違う形として力となった。魔力の増大に出力の急上昇。風や雷への更なる理解。一体化。それらが一度に手に入り、2匹は新たなステージへと駆け登っていた。




「ははッ!何ビビってンだよ?ほら──────こっちに来いよ」


「……生まれ変わった……赫雷を……見せてやろう」




 風が強くなった。螺旋を描いて戦いの神を連れ去る、まさに引力とでも言える力。風一つで数万の戦いの神が巻き込まれてクレアの周りを回っていた。そして、神々は粉々になる。引っ張る風が斬れる風となった。風の刃が混じっているのではなく、流れている風が斬れるものへと変化しているのだ。


 触れるだけで斬れる摩訶不思議の風。それがクレア囲って生み出された、凄まじい引力で引き寄せられる。だがもうその時点でクレアの風の領域に踏み入れているのだ。そうなれば抜け出すことは不可能。後は斬り刻まれるのを待っている事しか出来ない。


 対してバルガスは赫雷を発生させ続け、自身を囲む神々に向けて赫雷を放った。すると弱々しい細い赫雷が飛んでくる。大したことはないだろうと勘潜っていると、触れた途端戦いの神は消滅した。赫雷は最早、触れてから灼くのではなく、触れたから灼いた。


 照射され続けて、その熱で灼く筈なのだが、強化された赫雷は触れた途端に照射し続けたというレベルの熱が固定化されて、触れただけであたかも触れ続けていたように灼かれ、結果として触れてしまった神は消し飛んだのだ。


 速度も前までとは比にならないものとなった。今度はかなり速度を上げて一条の赫雷を飛ばし、1柱の神に触れたら近くの神へと、連続して撃ち込んでいった。すると、一度に数万の戦いの神が全くの同時に消し飛んで死んだ。




「おら、次はお前だぜ?火達磨の神サマ♡」


「……早く……降りてこい」




「……………………。」




 世界樹の方角から、また最高神に命令された神々が向かってくる。一掃しても意味は無い。だがこれはあくまで時間稼ぎと、ヘイトをこちらに集中させるのが目的だ。新たなステージへと上がり、更に強さを得たバルガスとクレアは警戒対象として、より多くの神々をぶつけてくることだろう。


 それに対して上等と答えるのが2匹であり、上から観戦していただけの、全身が炎で出来ている炎神を挑発した。今なら誰にも負ける気がしない。全能感に浸りながら、頭は冷静であった。そんな2匹は、魔力の絶対量が上がったことで、タイムリミットが3時間から5時間に増えたことを確信する。







 炎神が山のような大きさをした炎の塊を落としてくる。それに好戦的な笑みを浮かべて嗤い、魔法陣を展開して迎撃した。2匹はヘイトを集めながら戦いに明け暮れる。故に、本命が目的に手を伸ばすのだ。






 ──────────────────


 風神&雷神


 動けないように痛め付けられて喰われた。相手を変えないで戦っていれば、若しかしたらジリ貧になるが勝っていたかも知れない。つまり慢心した。





 クレア&バルガス


 神を喰らい、権能を吸収することで更に強くなった。それもかなり。


 権能は神にしか扱えないので、権能ではなく、単純な力として受け取った。つまり進化したのではなく、パワーアップした。魔力が増大し、より深く風と雷を理解して一体となり、魔法の出力が上がった。





 炎神


 分断はしても戦いには参加せず、上から眺めていた。そしたら風神と雷神が喰われ、龍がパワーアップしたことであれ?となった。なので開幕から確実に殺しに行くが……通用するかは解らない。




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