第70話 神の権能
例えば水の権能を持っていたとする。すると水が何処にも無い状況でも、何の消費や条件が無くても水を0から創造し、好きな規模で大津波を発生させたり、物理的に不可能な動きを可能にさせることも出来る。地上の存在がそれを聞けば、あまりに理不尽だと断ずるだろう。だが現実である。神にはその権利がある。
その権能が雷ともなると、手が付けられなくなるだろう。天災の一つにも数えられる雷。それを自由自在に扱うことが出来る力で、上限が無いのだから。神であるからという理由で人知を超えた電圧も、速度も出せるという。
それ故に、クレアと熾烈な戦いを繰り広げている雷神の生み出す雷は、これまで感じてきた雷の中で最も威力が高かった。リュウデリアやバルガスの扱う魔法の雷を含めて……である。それだけ言えばどれだけの力が、権能というものによって創り出されているか伝わるだろう。
「さっきまでの威勢はどうしたトカゲッ!!逃げるだけで俺に勝てるとでも思ってんのかよッ!?まあ、逃げられるんなら逃げてみなッ!!」
「……チィッ!!」
こちらへ伸ばされた右手の人差し指の先から、見た限りだと大したことなさそうな雷が飛来する。肉体を魔力で強化させ、遅緩した世界へと入り込んだ。周囲で自身を全方位から囲い込んでいる神々の動きが、まるで止まっているように見えるくらい緩やかに動く、超加速の世界。だが飛来した雷は、大した減速もせず飛んできた。
回避が間に合わない。これは避けようがない。飛んでくる雷は魔力を伴う魔法ではないので威力を読むことが出来ない。だから勘でしか判断出来ないが、相当な威力であることは解ってしまう。魔力障壁は間に合うが、そう多くの枚数を重ね掛けすることは出来ない。被弾するのが先だ。
クレアが行ったのは、初歩も初歩な対応。とてもシンプルなものだ。足を畳んで背中を丸めて丸くなり、翼を広げた後に体を覆い尽くした。それで魔力を無駄にならない程度の膨大な魔力を使って肉体強化をし、体を覆った。
受け止める準備が整うと同時に雷が着弾し、巨体のクレアに対して心許ない雷は、触れた途端に全身へと流れた。落雷とは思えないひ弱な雷の見た目なのに、当たった時の音は落雷のそれ。今まで同じものを飛ばされていて、飛んで避けていたが、よもやここまでの威力があったとは思わなかった。
蒼い鱗の蒼鱗に関係なく、中の肉を焼かれていく感覚と全身の痺れ、頭が真っ白になる錯覚が訪れる。長時間当たるのはマズいと判断して翼を勢い良く広げて魔力を同時に撒き散らし、掻き消した。
──────あ゙ークソッたれが……普通に強ェじゃねーかよ。ワリーがバルガス……コイツの雷お前の赫雷よりキツいわ。しかも体のデカさが仇になって
相手が強いのに、攻撃が当たりやすい今の体の大きさでは圧倒的に不利。それ故にサイズを落としていく。人間大となったクレアに、大きさが変えられるのかと興味深そうな目を一瞬した雷神だったが、ばちりと雷がその場に残って、姿が消えた。
再び姿を現した時、その場所はクレアの懐だった。殆ど同じ身長になった彼にこれ幸いと、雷を纏った拳を腹に打ち込んだ。みしり……と鱗に罅が入ったのを感じた。抉り込むような拳に吐きそうになり、口を固く閉じる。喉まで出かかったのを堪えると、頭頂部から衝撃が奔った。
肘を使ったエルボーを、頭へ上から下に叩き付けたのだ。そして副次的な雷が襲い掛かり、体が動けないまま下に叩き落とされ、地面に激突して砂埃を上げた。雷神は人差し指を立てた腕を上に持ち上げる。指先に雷が凝縮され、振り下ろすと一瞬だけクレアに向けて雷が伸びた。瞬間、訪れたのは大爆発だった。
神界の大地が抉り飛び、発生した熱が周囲をのものを焼き、爆発の余波に巻き込まれただけで何柱かの神が消えた。その爆心地ど真ん中に居て尚且つ、見た目よりも強力無比な雷を受けたクレアはどうなったのだろうか。無事なのだろうか。
「あっ……ぶねぇ……風の障壁50枚を割りやがった……」
クレアは無事だった。だが危なかったと言っている。それもその筈。回避が間に合わないと踏んで風の障壁を展開したのだ。バルガスの殴打で約30枚の障壁が割られた。同じ数でも良かったのだが、嫌な予感がしたので更に上の50枚を展開した。だが雷は当たった途端に40枚を持っていき、その後の爆発で10枚を破壊した。
30枚だったら幾らかの雷を受けて、その後の爆発を食らっていた事だろう。勘で設定した50枚が、今の攻撃をギリギリ受けきれる最低ラインの枚数だった。
神界に侵入してから片手間に殺せる神と、少しは強い神の軍勢を相手にしていただけなので、これだけ強い神が居るということを体験していなかった。リュウデリアが戦っていた矢鱈とすばしっこい神なんかよりも、この雷神は比べ物にならないほど強い。気を抜けば雷で大ダメージも有り得るのだ。
「──────『
「そんな遅ェもん当たるかよ、トカゲ」
「ぐッ……ッ!!」
手を付いて勢い良く立ち上がると、右腕を横に振った。小さな風が生まれて蒼くなり、クレアの前に集まって円を描いた。中央が蒼く染まると蒼い風は回転を速くし、光線を撃ち放った。空から見下ろす雷神に向かって突き進んでいくその速度は、落とされた雷にも匹敵するものだった。
人間大の雷神を易々と呑み込む風の光線が目前まで迫った時、雷神は笑った。こんなものが当たるわけがないと。目前まで迫っている風の光線は、今から避けるにももう間に合わないと断定できる程の距離だった。しかし雷神はばちりと雷を残してその場から消える。標的を失った風の光線は、雷神の奥に居た神を呑み込んで消し飛ばし、約500柱は殺した。
雷神が姿を現す。自身の真横に。急遽振り向きながら裏拳を放った。そのまま行けば横面に吸い込まれるように打ち込まれる拳だったが、雷神は余裕の表情で笑いながら後ろに仰け反り、当たるか当たらないかの距離で回避した。
向けられた拳を避けた後、その腕の手首を掴んでガラ空きとなった脇腹に膝蹴りを叩き込んだ。膝が打ち込まれると、次に雷が発生して威力を底上げしながらダメージも与え、ついでに上から落雷が降り注いだ。3つの攻撃を真面に受けたクレアは苦しげな声が口から漏れる。それを聞いて雷神は更に笑みを深くした。
「俺の鼻っ柱へし折るんじゃなかったのかよ。そんなんじゃ、俺みたいな上位の神には勝てねーぜ?」
「……っごほッ……『
両者の周囲に蒼い球体が生み出され、風を纏って回っている。尋常ではない風の魔力を無理矢理封じ込めたその球体は、解放されると同時に爆発する。総数20個の風の爆弾が大爆発を起こし、連鎖爆発を発生させた。雷神は掴んでいたクレアの腕を爆発の衝撃で離してしまい、舌打ちをする。
雷を纏って超高速移動をし、その場から離脱する。球体一つで凄まじい爆発を起こすものが20個もあれば、爆破力が高すぎて視界が遮られる。今度はどんなものを見せてくれることやらと、余裕な表情、余裕な態度をとって、空中で胡座をかきながら見下ろしていた。
すると、爆発で巻き上げられた砂塵と爆煙の中から、全身が所々汚れているクレアが出てきた。しかし飛んでいる先は雷神ではなく、少し離れたところで戦闘をしていた風神とバルガスの居る方向だった。
「バルガスッ!!──────選手交代だッ!!」
クレアがバルガスの元へやって来る少し前、バルガスは対峙する風神と戦闘を繰り広げていた。奇しくも自分達が得意としている属性の魔法と同じものを司る神が相手だ。まさに風を司る神である風神は、どう見ても拳で殴り合うような姿をしていない。吟遊詩人に思える格好をしているのだ。
友であるクレアの風魔法は強力なものだ。風だけで龍の……それも自身やリュウデリアの鱗に傷を付けてくる強風を生み出す。攻撃範囲は自然と広大なものとなり、逃げるのも一苦労な魔法を何度も撃ち込まれた。だが一方で、風という遠距離からの攻撃に優れているからなのか、近接は苦手な部分があるようだった。
だからバルガスは思考する余地なく近接で攻めることにした。巨体に似合わない超高速移動で遅緩した世界に入り込み、全身から赫雷を帯電しながら風神を肉薄にし、拳を振り抜いた。固く握り込んだ拳の方が風神よりも大きい。つまり当たれば肉体を粉々にすることも難しくないだろう。それもバルガスの筋力による殴打だ。確実と言ってもいい。
「あなたが私に触れることなど不可能なのですよ。私の周りには、常に風の結界が張られ、魔法であれ何であれ私には届きません」
「……障壁とは違う……風が常に……流れているのか」
大きな拳は風神に当たる前に止まってしまった。恐ろしく硬いナニカに触れたが、それは風神の体ではない。風神の言う風の結界というのは、クレアのような障壁を生み出したものではなく、常に風神の周囲を流れている強風のことである。あまりに速く、強く流れている風は何も無いように感じさせる自然さで、見た限りでは解らない。
だがしっかりと流れているのだから、バルガスの拳が届かなかったのだ。向けた拳を避けようともせず、最初に立っている場所から動いていない。それだけの風が流れている。バルガスは握っていた手を開いて、赫雷を轟かせた。
簡単に風神を呑み込む赫雷の放電。威力が強すぎて風神が見えなくなる程の一撃だった。だが赫雷が止んだとき、風神は相も変わらずその場に居て、傷一つ無かった。それには流石に目元をピクリと動かして反応する。全力とは言えないが、それなりの魔力を籠めた赫雷を見舞った。なのに毛ほども届いていなかったのだ。
どれだけ強い風の結界なのだと心の中で少し驚いていると、何か……体に触れたような気がした。顔を俯かせて体を確認すると、左肩から右脇腹に掛けて1本の切り傷が鱗に入っていた。それもどうやら鱗を貫通しているようで、切り傷から血が溢れて流れた。赫雷を纏って高速で動いて距離を取る。傷があると自覚すると、途端にズキリとした痛みを感じ始めた。
バルガスの鱗は決して柔くない。寧ろ硬い。龍の中でも最上位の硬度を持っていることだろう。それを気付かれない内に斬り裂いたというのか。何時の間にかやられていたが、飛ばしたのは風の筈。ならば原理は簡単だ。自身が攻撃しても乱れない風の結界と同じように、強力な風力を持つ風を飛ばしてきただけだ。それ以外には考えられない。
「おやおや。後退するのですか?あれだけのことを言っておきながら……なんとも達者な口でしたね」
「……──────『
「風よ。私の壁となりなさい」
風神の真上と真下から赫雷が放たれた。上下の挟み撃ちによる雷撃は、膨大な魔力を籠めている。先程の赫雷とは比べ物にならない威力を誇る。それを察知したのか、それ故に周囲に流れる風の結界では耐えきれないと踏んだのか、遮る風の壁が形成された。赫雷は貫き、風神を灼き殺さんとするが、赫雷が壁を越えることはなかった。
赫雷が轟き、風が防ぐ。地上で破壊を齎す、術者のバルガスを『破壊龍』たらしめる赫き雷は、神の風を越えられなかった。硬すぎた風の壁に阻まれてしまった赫雷により超常的大爆発を起こした。爆煙が辺りを包んで視界を遮った時、バルガスはある不思議な魔力を感じた。
クレアの膨大な魔力の塊が20個、爆発を起こしていたのだ。相当な魔力を籠めているのは解るが、少し不自然だ。クレアならば敵にその爆発を起こしている魔法を使うとしても、20個も使わない。籠められた魔力的に攻撃的意識はあるが、仕留めようと考えていない気がするのだ。総合的な量なら膨大だが、一つ一つで換算するとそう脅威とは言えない。つまり目眩ましだ。
そしてチラリとクレアが魔法を爆発させて爆煙が生まれているところを見てみる。クレアの姿は見えず、雷神が出て来るだろう彼のことを待っている。その状況で爆煙の中に居る彼の魔力が此方に飛んでこようとする姿のシルエットになった。魔力だけで察知したのだ。視界を遮る爆煙に、此方に向かうつもりのクレア。彼の相手は雷神で、自身の相手は風神。それで思い至る。
「バルガスッ!!──────選手交代だッ!!」
「……やはり……そういうことか……ッ!!」
爆煙から飛び出てきたクレアが叫び、バルガスが察する。相手を変えるのだ。雷神には雷が得意のバルガスを、風神には風が得意なクレアを。辿り着いたクレアと同じ大きさになり、背中合わせする。違う相手の方向へ体を向けて、構える。雷神はてっきり爆煙から攻撃が来るのだと思っていたから肩透かしを受けたが、相手が変わっただけなら問題ないと笑う。
風神は、最高神から排除するように言われている標的が、此処に2匹しか居ないのだからどちらでも良いと考えているし、どちらでも同じだとも考えている。風神も雷神もまだまだ余裕そうだ。それに対し、バルガスとクレアは少なからずダメージを受けている。不利なように見える。だが彼等の顔は、嗤っていた。
「正直アイツ等どう思うよ」
「……強い。魔法が……届かなかった……お前の風より……強力であると……言える」
「こっちも同じだ。雷神の雷の威力が本気でヤベェ。オレじゃ長くは無理かもしんねぇ……だからよ、一か八かこんなのはどうよ?」
「……──────乗った。それに……私も……考えていた」
「ひひッ……ンじゃまあ……やったりますかねェッ!!」
「……おうッ!!」
悪巧みを立てたクレアとバルガスがあくどい笑みを浮かべて嗤った。先まで押されていた者が浮かべるとは思えない、
一体何を考えているのか皆目見当がつかない神々は、考えることをやめた。考えたところで地上の生物の小賢しい作戦。神である自身には関係ない。来たならば我が権能で滅してしまえば良い。それだけの、簡単な事なのだから。
神々は知らない。その小賢しいと断じて警戒の思考を放棄したことにより、クレアとバルガスが神々にとってどれだけ
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一部の神が持っている、その司る力を行使する権利。故に魔法のように魔力等を必要とせず、ノーリスクで使える。所謂、使う権利があるから、こう使う。というデタラメな力。
風神
バルガスの雷を防いでしまう風の結界を常に纏っている。硬い風の壁も張ることが出来るのに、攻撃力もある。単純な攻撃力ならば雷神に劣る。強さは神の中で上の下。
風の権能を持っている。
雷神
小さな雷がクレアの鱗を破壊するだけの力を持っている。それを容易に飛ばしてくる。一撃の破壊力が凄まじく、クレアの風の障壁を50枚叩き割った。それでも全力ではない。攻撃範囲は風神に劣る。強さは神の中で上の下。
雷の権能を持っている。
バルガス&クレア
無限湧きしてくる神々を斃していたら、いきなりとんでもなく強い神が来て苦戦を強いられている。実は相手が強いことは知っていた。明らかに纏う雰囲気が違いすぎたから。
自分達と同じ属性の力を使う神なのに、自分とは違う属性が当たってしまった。なので選手交代。同じ属性の神を相手にする。
このままだと勝てるか解らない上に、魔力を使いすぎるとアウトだから、ある作戦を考えた。悍ましく、狂っている戦法を。ただしそれは、神からしてみれば……という話。龍としては別に珍しくない。
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