第199話 品定めを終え
「──────で、リュウデリアに手も足も出ずに転がされただけと。流石は人間のトップレベルの力を持つ『英雄』だな」
「最早悪口だからね?ボクじゃなくても勝てないよ!しかも殺されなかった理由は君達のこと喋ってないことと、小さい動物だからってことだし……もう人とすら思われてないんだけど……」
「多少武器が使える小動物なのに変わりは無い。実際、小さいからな」
「龍と比べればそりゃあ小さいよ!」
違う場所でリュウデリアとソフィーの戦いを眺めていたオリヴィアだったが、戦ってどんなものだったか彼等に聞いた。端から見れば恐ろしくレベルの高い戦いに見えたのだろうが、当人達からすれば考えることは全く違う。
人間よりも遥かに強い者達と死闘を繰り広げたリュウデリアにとって、『英雄』であるソフィーの強さはそう大したものではなかった。確かに他の人間とは比べものにならない強さを持っているし、速度も内包する魔力も桁外れだ。しかしそれだけにしか感じない。強いが、強すぎないという認識。
世界最強の種族と謳われる龍の中でも、また別格な強さを持つ彼には人間の枠組みの中で傑物と言われている彼女の力は、まだまだ物足りないのだろう。それは戦いを見ていれば容易に想像がつく。尻尾の先に展開した魔力の刃しか使わず、それ以外はほぼ仁王立ちしていただけなのだから。
対するソフィーは『英雄』としての力を存分に使って挑んだ。戦って勝たねば殺されると思ったから、それこそ決死の思いで戦った。が、戦いにすらなっていないように思える。今もこうして喋っていられるのも奇跡のようだ。リュウデリアがどう思って生かしたかは別にして、生き残っているだけ大変強運だろう。
「先も言ったが、俺達の正体を他者に話せばお前を殺す。同時に、王都も滅ぼす。情報が流れんように徹底的に殲滅する。それでも良いというのならば、酒でも飲んで口から溢れさせるといい。その場に居なくても解るからな」
「……言わないよ。変な脅しは逆効果かも知れないけど、『殲滅龍』が言うと本気だって解るもん。だから絶対に言わない。王都を消される訳にはいかないしね」
「リュウデリアがまだ未読の本を読み終えていないんだ。消えるなら読み終わってから消えてくれ」
「だから誰にも言わないって!死にたくないもん!……なんで本を読んでるの?」
「俺が知らない未知の情報を頭に入れている。知る知らないでは大きな差が生まれる。魔物の弱点やら各国の経済事情の推測。この西の大陸へ渡るために使用した船もそうだ。知らなければ乗ろうとすら思わず、本を読まねば構造も理解できなかった。知識を蓄えることは、時に戦いの勝敗を決めることさえある」
「……そうなんだ。勤勉だね」
──────龍が本を読んで情報を蓄える?そんなの聞いたことも無いっ!強さが既に、ボクでも計りきれない高みにあるのに、更に力を求めて叡智すらも手にしようとしているの!?いや、この口振りだとかなり前からやってきてることらしいし、他者を理解出来る知性と高度な叡智。未知を求める貪欲さ……彼は本当に龍なの?あまりに異質すぎる。魔力にしても強さにしても、彼は今までに現れたことが無いだろう龍でしょ。龍について知られていることは少ないけれど、それだけは確信できる。
普通の龍は、必要ないことを知ろうと思わない。知ったところで意味は無いのだから要らないという思考に移りやすいのだ。特に自分達よりも弱い者達が作り上げた技術や歴史などに興味が無い。故に、龍は自然界で生きていて、人間の街に行こうとは思わないし、技術を目の当たりにして感嘆としない。
ましてや学ぼうとは思わないだろう。知っても意味が無いと思っているのだから、詳細を知ることができる本を読む事なんてもっと無い。そんなことをしている龍が居るなら、きっと他の龍から龍らしくないと蔑まれることだろう。
だがリュウデリアはその他の種族が積み上げてきた歴史や技術を見て触って学び、吸収していく。龍らしくない龍。そんな風に蔑まれようと、他の龍にはない姿形をしているだけで散々の言われようなのだから今更だろう。
今まで寄ってきた街やら王都で本を読んで学んできたことをほのめかすリュウデリアとオリヴィアに、ソフィーは密かに冷や汗を流している。自然に生きて他種族から学ぼうとしない龍ですら、世界最強の種族として相応しい力を持っているというのに、この龍は高い知性を獲得しているという。加えて情報が力になるということも解っていてやっている。
未知について貪欲。止まらない強さの進化。ソフィーには、世間で知れ渡る龍という種族の歴史の中で、これ程の存在は未来でも生まれないのではないかと思えている。姿形から、龍の突然変異であることは明らか。突然変異は今までと違った生まれ方をして強くなるだけでなく、失敗作として弱体化して生まれることもある。彼は完全に前者だ。
敵対関係にあれば冷徹でもって一切悉くを無に還し殲滅する『殲滅龍』は、強さを得てなお強さを獲得している。なんて恐ろしい存在なのだろう。『英雄』である自身が真っ向から戦って真面に相手にされないのだから、他の者達ではそれこそそこらに転がる石と同じだろう。救いなのは、話が通じることだ。これで話が通じない相手ならば王都もソフィーの身も終わっていた。
「えっと、オリヴィアと『殲滅龍』はどうするの?このまま王都に帰る?」
「あぁ。手料理は振る舞ったからな。宿を見つけに行くつもりだ」
「そうなんだ!ならボクがオススメの宿屋があるよ!」
「監視ができるようにお前が泊まっている宿を紹介するつもりではないだろうな?」
「えっ!?し、しないしない!一応ボクは最高級の宿屋に泊まってるから、1泊がかなりの値段するんだ。だからおいそれと誰かに薦められる場所じゃないよ。ボクが紹介するのはペットと使い魔が同伴できて、内装も綺麗なところなんだ。昔ボクがお世話になったところだから良いところなのは保証するよ!」
「ふむ……まあそこで良いか。それと、リュウデリアは使い魔の時はリュウちゃんだ。間違っても王都の街中で名前を叫ぶなよ?」
「しないしない。やったらボク達死んじゃうからね。じゃあ……リュウデリアって呼んでもいいかな?」
「好きにしろ」
「ありがとう!今更だけどよろしくね!」
止めることなんてできそうにない強大な相手。護るべき者達が居る立場なのに、なんと弱気なことかと思われてもこればかりは勘弁して欲しいと思うソフィー。倒すどころか歯牙にも掛けられないならば、仲良くして負の感情を抱かれないようにした方が余程賢明だろう。
オリヴィアが狩った魔物の肉を使って手料理を振る舞い、彼等の食事風景を盗み見たソフィーを見つけて攫い、戦って諸々の話をしているとちょうど良い時間になっていた。このまま王都へ帰ろうという話になって踵を返すと肩に何かが触れた感触を感じたソフィーが振り返ろうとすると、聞き慣れた人々の話し声が耳に入る。
振り返ろうとして微妙な位置にあった顔を前に戻すと、そこには王都の城下町、その路地裏に居た。リュウデリアに攫われる前に居た場所だった。今度こそ背後を振り返ると、そこにはフードを被ったオリヴィアと、その肩に乗って使い魔モードに入っているリュウデリアが居た。攫われた時に使っていた瞬間移動だった。
人知れず、ゾクリとしたものを感じる。空間系魔法というだけで高等な魔法であり、修得できた者はかなり限られる。それこそ扱えるようになるだけでも御の字なのだ。それなのに、普通の動きに組み込まれる線での移動を、点と点で繋いだ瞬間移動にして瞬く間に使用する。大規模な魔法陣も無く、タイムラグすら発生せず、跳んだことすら気づかせない自然さ。
人間の中には確かに空間系の魔法を使って異空間に荷物を跳ばして運んでいる魔導士なども居る。ソフィーも努力すれば使えるようになるだろう。ただ、リュウデリアが何気なく使う瞬間移動の魔法だけは解らない。何せ、理論が全く構築できないのだ。それが出来ないならば、術式の構築も不可能であり、魔法陣が完成しないのだから魔法として使えない。
流石に何の制約も無しに瞬間移動ができるとは思わないので、何かしらの制限はあるだろうが、1度見た場所ならば跳べるのだろうとソフィーは仮設を立てた。そう思った要因の尤もたるものは、跳ばされる前に居た場所と寸分違わぬ今居る場所だ。1度見た場所ならば、跳ぶことが出来る。なるほど、言葉にするとしっくりくるではないか。
龍の眼は遠方を捉える事ができることは、少ない情報の中にある。見た場所となると、かなり遠くまで跳べるのではないかと思える。跳んだ先でもう1度遠方に跳ぶということを繰り返せば、かなりの長距離を一瞬で移動出来てしまう。つまり、彼からはどうあっても逃げられないということだ。
──────当たり前だけど肉体面でも、そして魔法に於いても彼の方がボクの遥か上をいく。瞬間移動の魔法を自力で構築するなんて天才なんて言葉じゃ収まらない。いずれ災いを招く程の才能……
「おい」
「……っ!あ、ごめんね!瞬間移動の魔法が珍しくてボーッとしちゃってた。オススメの宿屋だよね、こっちだよ!」
ついつい考え込んで熟考していたソフィーに、オリヴィアが声を掛けた。ハッとして気を取り戻した彼女は、案内するために路地裏を出た。しっかりと舗装された石造りの歩道を歩いていく。後ろからオリヴィアとリュウデリアが自身の後をついてくるのを気配で感じ取る。
生物として圧倒的上位の存在であり、絶対強者のリュウデリアは気配を撒き散らすことはなく、巧妙に使い魔としての気配を作っている。素直に上手いと思った。初めて見掛けたときも、珍しい姿形をした使い魔だなと思った以外に違和感なんて感じなかった。これなら龍なんて思われないよなぁ……と苦笑いする。
『英雄』ソフィーの存在は有名だ。王都に居て見掛ければ歓声が聞こえてくるくらいだ。そんな彼女が堂々と街を歩けば、住民が寄ってきたり話し掛けてくる。昼を過ぎて通りを歩く人が減ってきても、ソフィーが居ると分かれば寄ってくるのだ。
ニコやかな対応をしながら、慣れた様子で道を進むソフィーに、『英雄』も面倒なモノだなと後ろから見ているオリヴィアは鬱陶しそうに溜め息を溢した。知りもしない人間が群がってくるのはかなり面倒だ。彼女は静かな方が好きだし、何と言ってもリュウデリアとの蜜月に邪魔をされることを極度に嫌い、彼以外の
歓声を上げられ、声を掛けられ、握手を求められているソフィーには羨ましいという感情はこれっぽっちも抱かなかった。それどころか人集りに巻き込まれそうになって若干機嫌が悪くなり、不機嫌になる。それを気配で察したのか、ソフィーが少し焦った様子を見せて行く場所があるからと言って足早になった。
予定があるなら『英雄』の邪魔はできないな……と、寄っていた住民達が離れていく。それを好機と見て更に歩く速度を上げていった。オリヴィアもソフィーの後を追っていき、街の大通りを進むこと数分。彼女達はある宿屋の前に辿り着いた。黄色い外装に、出してある看板には可愛らしいキツネの絵が描かれている。
石造りの宿屋で、出入り口も大きめだ。建物としての大きさは3階建てで立派なものだ。周辺の建屋の中でも1番大きいと思われる。ソフィーが此処だよと言って紹介した宿屋の中に、オリヴィアとリュウデリアは入っていった。受付窓口にはカウンターがあり、広々としている。受付を待つ客人のためにソフィーが置かれていたりと、旅館を思わせる。
「──────いらっしゃいませ!宿屋『
「……ツァカルか」
「あれ、オリヴィアは彼女と知り合いなの?」
「足を引っ張る事が特技の犬だ」
「ひどいっ!普通にツァカルと紹介してくれ……って『英雄』ソフィー様っ!?ほ、本物……?」
「え、うん。本物のソフィーだよ?にゃん♡」
「可愛い……」
「ふふー。ありがとっ」
宿屋で受付をしていたのは、なんと別れて別行動をしていたツァカルだった。狐の名を関する宿屋にジャッカルの獣人である彼女は若干浮いていると言ってもいいが、整った容姿がそれを気にならなくさせている。元気な声で挨拶をして受付をしようとして、入ってきたのがオリヴィア達であることに驚いている様子。
次に入ってきたソフィーを見て、もう1度驚きの声を上げた。オリヴィアに興奮しながら話していた可愛くて強く、性格も良い『英雄』であるソフィー。ツァカルとしては普通にファンなので興奮ものだ。仕事を探す傍ら見られないか探してみたが、居なかったのでその内見掛けられれば良いとちょっと残念な気分になっていたのだ。
まさか生で、それもこんな近くで会うことが出来るなんて思ってもみなかったツァカルは、小躍りしそうな上がったテンションをどうにか抑えて、受付カウンターから出て来るとソフィーに握手を求めた。和やかに握手を受け入れてくれた事に感動していると、仕事の途中だったことを思い出してオリヴィアの方を急いで振り返った。
「す、すまない!ソフィー様をこんな近くで拝めたことに感動して疎かにしてしまった……っ!えっと、オリヴィアさんは今日泊まっていくのか?」
「はぁ……。……取り敢えず1週間厄介になる」
「6泊7日だな!朝食は宿屋で提供されるぞ!1泊3500Gだから、24500Gだな!」
「24500Gか……ほら」
「……うん。ぴったりだな。部屋はちょうど3階の角部屋が空いているから使ってくれ!」
「分かった」
代金を払って部屋の鍵を交換する。部屋の番号が書かれたキーホルダーが一緒に付いているので、階段を登って3階を目指して部屋の番号を眺めていく。まあ、角部屋なので途中の部屋は見ていかなくても良いのだが。ソフィーは部屋まで行かず、今日はここでお別れかなと思っていると、ツァカルが何か話したそうにしていたので、少し会話をしてから行くことにした。
オリヴィアの知り合いらしいし、自身のファンらしいのでリップサービスをしてもいいだろう。目をキラキラさせながら軽い質問を投げ掛けてくるツァカルの相手をしているソフィーは、思ったよりも普通に過ごしているんだなと、オリヴィアとリュウデリアに対してホッとして安堵した。
『狐火亭』の最上階角部屋に泊まることができたオリヴィアとリュウデリアは備え付けの風呂に入り、早めに眠ってその日を終えた。次の日は何をしようかと相談しながら、微睡みに意識を任せたのだ。
──────────────────
ソフィー
改めて使われた瞬間移動に戦慄した。空間系魔法は自身でもやる気を出して修得に励まないと無理な代物だというのに、点での移動を可能とする術式の構築なんて毛ほども思いつかない。
目が良いことと視野が広いことを考えると、リュウデリアから逃げるのはほぼ不可能に近いのでは?と考えている。
魔法陣のマーキングを施した相手の近くに無条件で瞬間移動が出来ることをまだ知らない。
ツァカル
色々な店を回って働かせてもらえないから聞いていると、『狐火亭』が雇ってくれるというので働かせてもらっている。住む場所も決まっていなかったので、住み込みで働かせてもらっている。店主は狐の獣人で、狐ですらない自身を宿ってくれたことに多大な感謝の念を抱いている。
まさかオリヴィアが泊まりに来るとは思っていなかったが、それよりも『英雄』ソフィーが一緒に来るとは思ってもみなかった。ファンなので会えて感激している。
リュウデリア
なんとなーく使っていた瞬間移動の魔法は、人類では手が出せない空間系魔法最高位の代物。異空間に荷物の収納なんてお手のもの。マーキングを施した相手の近くに転移できるので、マーキング必須だが見る見ない関係無く転移はできる。
自身が龍の中で最上位の力を持っていることは当然自覚している。龍王がどれくらいの力を持っているのか興味があるので、いつかは殺し合いをしたいと思う。けど龍王の称号はクソほど要らない。塵芥の王になって何が楽しいのか。
オリヴィア
リュウデリアがソフィーに勝つことなんて火を見るより明らかだと思っていた。何せ負ける要素が何一つ無いから。勝てるなら、龍が世界最強の種族とは謳われず、人間が最強の種族だと名乗れると思う。
魔力が無いので魔法陣の構築が出来ず、術式も何も知らないので、瞬間移動がかなりヤバイ魔法であることを当然知らない。けど、スゴい魔法であることは解るので、スゴい魔法が使えるリュウデリア可愛いし愛おしいとしか考えていない。
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