第223話  アンノウン




 7回。この数字は、オリヴィアが魔力の光線を撃った回数である。始めの1回は何となくの想像でやってみたが、2回目3回目と回数を重ねる内に発動までの時間が短くなった。威力も高まり、リュウデリアが素晴らしいと褒められるだけのものに仕上げた。たった7回撃っただけでだ。


 何かと戦いの才能が露見されるオリヴィアは、想像で使うしかない魔法に於いてもその実力を発揮したようだった。数百、数千と常人が重ねて得られるだろう実力を、たったの数回で得てしまう彼女の実力の高さに、教える側であるリュウデリアも楽しくなってきてしまう。


 大して知りもしない奴に強くしてくれと懇願されても、毛ほども興味を抱かないが、オリヴィアとなれば話は全く別だ。むしろ、強くなってくれるならいくらでも、それこそ嬉々として教える。吸収率が天才のそれなので、愛する伴侶が強くなりつつ、教えていて楽しいと感じれば、それはもう何から何まで教えるだろう。


 願わくば、自身と同じくらい強くなってくれると、いつ出会えるか解らない自身を追い詰めてくるくらいの強さを持つ存在を見つけたり、待っている必要が無くなる。常に一緒に居るので、好きなときに戦うことができる。




「まあ、それは高望みだな」


「何がだ?」


「いや、何でもない。少し欲が出ただけだ」


「ほう。その欲はどんなものなんだ?」


「オリヴィアが俺と同じくらい強くなってくれればいいと考えていた」


「……冗談でもリュウデリア並に強くなるとは言えないな……」


「心配せずとも、そこまで求めていない。オリヴィアはオリヴィアのままでいい。無理をしなくていいんだからな。俺が特殊なだけなんだ」




 彼は自身が強いことを知っている。突然変異として生まれ、他の、それこそ並大抵の龍ですらどれだけ集まってきても一蹴できてしまう程に。強くて賢い。だからこそ、オリヴィアでは自身を満足させられるほどの力を持つことができないことを理解しているのだ。神であるから、必ずしも強いとは限らない。


 それに加えて、オリヴィアは戦神ではなく治癒の女神だ。何故か戦いに関しての才能を持っているが、地力が違いすぎる。いくら神と言えども、龍とは地球で最強の種族。リュウデリアはその龍でありながら完璧な突然変異。魔法の力もある。それらを加味すれば、彼が造ったローブ無しでは魔法も使えない彼女では役不足だろう。


 だが良いのだ。リュウデリアはオリヴィアに絶大な力など求めていなかった。隣に居てさえくれればそれでいい。後は自衛できる程度の力だ。自身を追い詰めるほどの強さは、別の奴に求めれば良い。どれだけ居るのかは不明と言わざるを得ないが。


 仮にオリヴィアがそれだけの力を手に入れてしまったら、リュウデリアは毎日が充実したものになるだろうが、その代わりに戦う度に殺し合いのようになってしまう。それは流石に避けたいので、どちらにせよ求めていない。


 強すぎるというのも困りものだな……と、弱い者からすれば言ってみたい台詞を心の中で呟いた。リュウデリアとオリヴィアは話し終えても武器を使った近接の鍛練などを行って時間を潰していた。情報収集に向かったヤルダが帰ってこないのだ。いつまで掛かるのかと、ふと思い出したように考えた時、リュウデリアの感知領域にヤルダの気配が入り込んだ。




「帰ってきたぞ」


「ヤルダか?」


「うむ。他には居ないようだ。情報だけか」




「──────お待たせいたしました。リュウデリア様、オリヴィア様」




 何かしらを引き連れて来たりしないかと思ったのだが、ヤルダ単体での帰還のようだ。組み手を中断してその場で待っていると、半透明で炎のような紋様を刻んだシルエットがやって来た。何か掴んだか?と聞くと、目的の呪王の情報を掴んだと告げるヤルダ。


 おぉ……と、思っていたよりも有益な情報を得て帰ってきたヤルダに感心したリュウデリアは、早速その話を聞くことにした。ヤルダによると、呪王は生きているとのこと。突然襲撃してきた謎の存在に殺されてしまったのだ、呪王の右腕であるキオウと、向かっていったその他の呪怨達だけのようだ。


 詳しい話をその場で全部聞いてしまおうと思っていたが、ヤルダが頭を振った。此処で話してもいいが、是非呪王と直接対話をして欲しいとのこと。知っているならば話せばいいだろうに、態々何故対話を求めるのかと思ったが、どちらにせよ呪王とは殺し合うので対面する。少し話すだけならばいいかと思い、オリヴィアと一緒にヤルダの先導を得て呪王のところへ向かった。


 呪怨の国があった場所からそれなりに離れたところに居る呪王。何故呪王だけがそんな場所に居るのか。それは、呪王の右腕のキオウが逃がしたからだそうだ。突然現れた謎の存在が呪怨達を葬ったのを見て、キオウがマズいと悟って呪法を使い、逃げるつもりもなかった呪王を別の場所へ転移させた。


 それからというもの、呪王はその場から動くことなく、何もせずに居るらしい。何だそれはと思ったが、大体予想がついたリュウデリアは溜め息を吐いた。あくまで予想であるし、直接見てみれば分かることだと考えて先を進んだ。空を飛んで十数分後。目的の場所と呪王らしき者を見つける。




「……ヤルダ。後ろに居るのが貴様の言っていた者達か?」


「えぇ。リュウデリア様とオリヴィア様です」


「お前が呪王だな?」


「……ふ……如何にも。私が呪王だ。我が右腕に逃がされ、何も出来ず多くの仲間達を失った呪怨の王だ」




 リュウデリアからの問い掛けに、自嘲の笑みを浮かべた。呪怨の王である呪王はやはり人間を乗っ取っていた。20代の若々しい肉体だった。青紫の髪に、精悍で整った顔立ちをした青年。動きやすさを重視しながら、飾れるところは煌びやかにしている服装。その下には、鍛え抜かれた肉体があることが分かる。


 呪王はちょうど良い高さの岩に腰を掛けて座っていた。話すのに顔を上げているが、それまでは顔を俯かせて項垂れていた。負のエネルギー生命体だというのに、彼は負の感情により気力を失っている。理由はやはり、謎の存在が関係していた。




「王と讃えられながら随分な有様だな。何があった?」


「……ヤルダに聞いていないのか?」


「お前から聞けと言われたからな」


「そうか……まったく。余計な真似を」




 チラリと呪王がヤルダの方を見たが、特に文句を言わないままゆっくりと話を始めた。最近起きたばかりの、呪怨襲撃事件だった。いつも通り暮らしつつ、ヤルダに締め切られた別次元の世界へ渡る扉の開け方と違う手段を模索しているときだった。謎の存在が現れたという。


 人間の国を丸ごと奪って改造した呪怨の国。その中心部にある城の謁見の間に、突然姿を現した。呪怨達はおろか、呪王やその右腕のキオウすらも現れて声を掛けられるまで気がつかなかった。いつの間にかそこに居て、話し掛けてきたのだそう。非常に高い隠密能力を持っていたとしても、キオウならば気づけたはずと、呪王は言った。


 正直に言って、呪王である自身よりもキオウの方が強さとしては上だという。呪法の力の範囲もキオウの方が上で、彼は自身を王にするために尽力してくれていただけで、やろうと思えばいつでも自身を置いて王を名乗る事ができただろう。それだけの呪怨だった。だからこそ、呪王は信じられなかった。真っ先に逃げろと言われたことが。




「侵入者だと、奴へ私の配下達がまず仕掛けた」


「どのように殺された?お前達はエネルギー生命体だろう。乗っ取った肉体は死んでも本体は死なん。だが多くが殺されているならば、何かしらの力は使われていると見ていい」


「さぁ……な。私にも解らない。持っていた二振りの剣で斬っただけだ。それだけで、配下達は消滅した」


「それだけか。他に特別な力を使った節は?」


「それすらも解らない。いつの間にか現れ、認識するよりも速く配下達を斬り、消滅させられていた。圧倒的だ。あの場に居た、奴は強かった」




 その場に居た全員の中でも、謎の存在の方が強いとはっきり口にした呪王。仮にも呪怨達の王であり、この呪界を統べている存在でありながら、“圧倒的”とまで言わしめた。謎の存在をUnknown正体不明という事でアンノウンと呼ぶとしよう。アンノウンは一太刀で呪怨を消滅させた。


 リュウデリアは持ち前の純黒なる魔力により、存在を浸蝕して消滅させた。他の者達にはできない芸当ではあるが、それは彼の魔力がかなり特殊なためである。早々見かけられる特殊性ではない。それと似たように、アンノウンの剣にも能力が付随されているのか、もしくはアンノウンが剣に力を与えて斬ったのか。


 そこが知りたかったのだが、呪王には何をしたのか理解出来なかった。能力を使った様子すらも分からなかったのだ。それに、斬っただろうということで、斬る瞬間は速過ぎて見えなかったと言っている。特徴は、二振りの剣と、恐らく極められた太刀筋を持つこと。そしてリュウデリアのような特殊性を内包していることだった。




「容姿はどうだった」


「容姿……容姿……すまない。


「認識できなかったァ……?」


「そうだ。剣ならば認識できた。金色こんじきに輝く双剣だ。目を奪われるような造形美だった。だが同時に底知れないナニカを感じた。もちろん、それに意識が割かれて容姿を見ていなかった……なんて事はない。見たとしても、私には認識ができず、印象にないのだ」


「剣以外は謎……と」




 直接会っていながら、呪王にはアンノウンの容姿が認識できなかった。どうやら剣は認識できたようだが、それだけだ。それ以外は不明だった。もしかしたら、認識できない力を使って、呪怨を消滅させた力をも隠蔽している可能性もある。ここまでくると直接見ない限りは詳しく解明できそうにないなと、リュウデリアは溜め息を溢した。


 いくらかアンノウンについて知っておきたいと思ったが、思うように情報が手に入らなかった。国を消し去った事に関しても聞いてみたが、キオウに無理矢理今居る場所に転移させられた後、転移させられたのだと理解した瞬間から戻ろうと思ったのだが、空を覆う雲を穿つような巨大な光の柱が聳え、全滅したことを悟り、この場に残ったそうだ。


 呪王には仲間の呪怨が生きているかどうか、それと大まかな場所を把握することができるらしい。それで逃がしてくれたキオウと、その他にも生き残っていた呪怨がその光の柱が聳えたと同時に消えたことで、消滅したことを確信してしまった。


 呪怨の国には、多くの呪怨達が集まっていた。しかし全部ではない。世界に散らばって、思い思いの殺戮や残虐な行為を行っている。それらはどうやら生きているらしい。つまり、アンノウンの目的は呪怨達そのものではなく、キオウであったとされる。何故なら……その他の呪怨には一切興味を抱いていなかったから。




「侵入者を排除するために向かった。つまり、邪魔だったから斬り殺したのだろうな。私の前に現れたが、傍にはキオウも居た。その後、私はキオウによって此処に転移され……生きている。探しに来ることも無い。キオウを殺して消えたのだろうな。故に目的はキオウだったと思われる」


「……キオウというのは、何か特別な力でも持っていたのか?何故狙われた」


「それに関しては伏せさせてもらおう」


「あ?」


「キオウは私の最も信頼し、信用する右腕だ。例え死んだとしても、キオウの詳細を他者には話さない。知りたいならば、力尽くで聞くといい」


「フハハッ──────そうこなくてはなァ?」




 最も信頼し、信用していた大切な配下だった。例え殺されてしまって今は居ないとしても、他者には話さない。どうしても話させたいならば、話させてみろ。それが呪王の言い分だった。例えリュウデリアが殺しに来たとしても、話してやる理由にはならない。


 思わぬ言い分で殺し合いに発展する。リュウデリアにとって、結局のところ理由なんて何でも良いのだ。力ある存在と殺し合いができればそれでいい。キオウに関する情報なんて二の次だ。今すぐ知らなくてはならないものでも無し。


 岩に腰掛けていた呪王が立ち上がった。リュウデリアはケタケタと嗤いながら全身に魔力を漲らせた。両者の気迫から地面が揺れ始める。これは激しい戦いになりそうだと予感したオリヴィア、戦闘の余波に巻き込まれないようにその場から撤退を開始した。その場から去る際に、愛しい彼へ頑張れのメッセージを忘れない。


 背を向けているリュウデリアの尻尾がふるりと揺れた。しっかりと受け取ってくれている。それに満足すると、今度こそその場を後にした。ヤルダも巻き込まれないようにしながら観戦するためにオリヴィアの後をついていく。






 負のエネルギー生命体の王と、龍の突然変異の戦いが始まる。







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 仮称・アンノウン


 金色に輝く美しい造形美をした二振りの剣を持っている。姿は認識できず、エネルギー生命体を根底から消し去る力を持つ。





 リュウデリア


 極論を言ってしまえば、戦う理由は何でも良い。相手が強いならば、肩がぶつかったという理由でもいい。キオウについての情報は少し欲しいが、それが理由で戦う訳ではない。





 オリヴィア


 リュウデリアの魔法や魔力だとローブの防御を貫通する恐れがあるので、巻き添えを食らわないように言わなくてもその場から離れる、できるヒロイン。



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