第224話 呪王の呪法
両者の気迫が地を揺らす。凄惨な光景で呪界に天変地異を齎そうとしている。1歩も動かず、周囲を破壊する。腐った木々は朽ちていき、汚染された水は高い熱量に晒されて干上がってしまった地を思わせる蒸発を見せた。
分厚く、空を覆い太陽の光を遮る黒い雲は、頭上にて渦を巻いている。両者が相当な実力を持っていることの証。強さを持つものは、意図せず周囲に影響を与える。そして、そんなことを一切気にも留めない。何故ならそんなことに意識を向ける意味が無いからだ。
戦いの発端はキオウの情報を話そうとしない呪王である。アンノウンの手により殺されてしまったとしても、最も信頼した配下の事を誰かに話す気にはならない。それに相手はあって間もなく、自身を殺しに来た者達だ。話してやる道理はないだろう。
一方のリュウデリアとしては、理由はどうでも良い。キオウの事は確かに少しは知りたいが、目的は呪王及びヤルダを含む呪怨の殲滅であった。命を賭けた戦いを始められるならば、相手がその気になってくれるなら、どんな些細な理由で良かったのだ。つまり、今の状況は彼にとって、願ってもない状態であるということだ。
「呪怨が使う呪法とやらは、個体によって違うのか?」
「そうですね。同じ者も稀には居ますが、殆どは違います」
「呪王の呪法とは何なんだ?」
「それは──────」
「さて呪王。お前の力を見せてみろ」
「──────
喜色を僅かに乗せてリュウデリアが煽る。すると、呪王は彼の背後へ抜けていた。あたかも背中を向け合っていたのかと思える構図。背後に抜けた呪王の両手には長さの違う剣がそれぞれに握られていた。右手にはサーベルのように曲線を描いた剣を。左手には短めの直剣。それらは禍々しい黒色で、瘴気によって構成されていた。
いつの間にか瘴気による武器を握り使用し終わっている。その後、一拍置いて斬撃が発生した。リュウデリアの全身に軌跡が描かれ、大気を振動させながら斬撃が全て叩き込まれた。その数は140と7太刀。オリヴィアの目には捉えられなかった超速度による連撃だった。
刹那に入れられた斬撃は遅れて発生し、リュウデリアの全身を斬り刻む。そして斬撃は余波により、彼の周囲の大地200メートル近くを斬り刻んで抉った。目を閉じていた彼は瞼を開けて黄金の瞳を晒す。長い尻尾をゆるりと揺らし、振り返った。彼の全身の純黒の鱗に傷は無かった。
「……傷一つ無しか」
「そんな
「その頑強さに併せ、この速度にも対応するのか」
「当然だろう?──────俺は龍だぞ」
「これだけは解るが、恐らく貴様はその他有象無象とは一線を画した力を持っているだろう」
「それは、お前が身を以て体感するんだな」
「──────呪王はこれまで
「……乗っ取れば乗っ取る程強くなると?乗っ取らなければ肉体が無いエネルギー生命体なだけに、相性が良い力だな」
超速度による連撃と、剣の腕は元を辿ると呪王のものではない。これまで乗っ取ってきた人間の中で最も剣の腕が立つ者の力だ。それを貯め込み、使用している。貯め込める力に上限と制限はなく、そのままに扱える。更には剣の腕などといった経験が関係するものは、自身があたかも経験したように疑似体験し自身の力にする。つまり、剣の腕を上げることが可能となる。
恐ろしいのは、呪怨が使えるのは呪法のみの筈だが、呪王は乗っ取った肉体が呪法以外の力……例えば魔法等の技術を持っていた場合、それを疑似体験することができる。そして呪王の呪法により肉体が宿す魔力をも貯め込み、魔法を発動することが可能となる。
ただし、魔力の素となる魔素を体が自動的に取り込み魔力を回復するというシステムは、能力とは違うので貯め込めず、使用した魔力は戻ってこないという点だ。しかし何度も乗っ取りを繰り返せば、その時に持っていた魔力を貯め込めるので膨大なものになるだろう。
呪怨という負のエネルギー生命体である以上、肉体がなければならない。そのために乗っ取るのだが、呪王の呪法は乗っ取ることさえできれば、その肉体の全てを手にすることができる。エネルギー生命体として能力が噛み合っていると言えるだろう。
要するに、相手をしているのは実際には呪王だけなのだが、能力的には数千から数万の軍勢を相手にしているのと同義である。ヤルダの解説でオリヴィアは呪王の力を把握したが、リュウデリアは戦いの最中なので知らない。普通に戦っていて、呪王の力を把握することはできるのだろうか。
──────かなりの
太古より、最強の種族とされている龍には普通では見えないものが見えていると伝えられている。真偽の程は解らず、解明する事もできないため誰かの妄想に過ぎないともされてきたが、リュウデリアの眼には色々な情報が視えていた。例えば、呪怨達の魂の輪郭だ。
本物の肉体ではない以上、本質が違うのでエネルギー生命体の部分を見破らなければならないが、常人には不可能だろう。可視化されたエネルギーならば兎も角、思考と力を持っただけの負のエネルギーは目に見えないのだ。だが彼には視えていた。
そして、その捉えた魂の輪郭から、相手がどのような存在であるのか推測していく。普通の相手ならば少し視れば解るのだが、呪王のそれは夥しい何かが重なりあって一つの形を作っていた。つまり、明確な形が存在していない。あらゆる形の集合体に視えていた。
リュウデリアには捉えられていた呪王の動き。洗練された剣術の形だった。エネルギー生命体が使うとは思えないものに、彼は訝しげになった。眼球を斬られる訳にもいかず、途中で目を閉じたが、それまでに見て観察していた分で考察はできる。
呪怨には呪法という力がある。自身にとっての魔法のようなものだ。魔力のように何かしらを消費している節は無い。謂わば能力と言って良いだろう。触れたモノを問答無用で腐らせる呪法があった。ヤルダは恐らくそういう呪法ではない。となれば、それぞれ違う力を持っていることは容易に想像がつく。
では、呪怨の王ともあろう者が持っていそうな力とはどんなものだろうか。リュウデリアの肉体が頑強であると解っても、すぐさま超常的な力を使う様子は無い。つまり、魔法に似た力の呪法ではないということだ。そこに形の定まらない輪郭を加えて考察すると、推測の域ではあるがある程度絞り込める。
「追随する影はやがて日輪を地へと沈ませ、仇者を底へと墜としせしめる──────」
「それがこの世界の人間が使っていた力かァ?」
「──────『
呪王が詠唱の言葉を口にすると、リュウデリアの周り数メートルが円を描いた。数瞬後には円の範囲内に暴力的な重力が重くのし掛かった。膝は付かずとも、重心が下がって体勢が崩れる。彼がそうなるだけの重力の負荷が掛かっている。魔法とはまた違った力だなと考えながら何かを察知する。
チラリと上を見れば、分厚い雲を突き破り、巨大な隕石が顔を出した。重力の負荷は遙か上空……それこそ大気圏をも越えていたようだ。墜ちて地面に着弾すれば、そこら一帯が消し飛ぶだろう事が考えなくても解ってしまうだけの隕石に、リュウデリアは目を細め、指を1度鳴らした。
落ち行く巨大隕石の周辺に、魔法陣が多数出現する。数は300を超える。純黒に輝く魔法陣は中心部に膨大な魔力を溜め込み、光線状にして撃ち放った。純黒の光線は隕石を貫通していった。触れた部分が消し飛び、1度光線を撃ち終えると、角度を調整して再び光線を放つ。やがて隕石は穴だらけになり、墜ちてくる際の風圧に負けて空中分解をし、最後は粉々になって消えた。
隕石が消失したのを確認することもなく、リュウデリアは重くなった脚を持ち上げて1歩前に進んだ。踏み込んだ足がばきりと音を立てて亀裂を作り、深い足跡を残す。1歩目は少し遅く、2歩目は早くなり、3歩目は通常通りの動きに戻った。
「詠唱することで発動する力の選別化をしているのか。使うのは擬似的な生命力か?魔力のようなものだな。それにしても軽いぞ。この程度の重力では潰せんし、慣れてしまったではないか」
「……大抵は欠片も残らず消し飛ぶのだがな」
「そんなことよりも重力勝負でもするとしよう──────『墜ちろ』」
「ぐ……ぁ゙あ゙……ッ!!」
リュウデリアはまだ呪王の力による重力負荷の領域内に居る。しかしもう慣れてしまった。普段通りの動きを見せた彼は、ただ一言発した。言葉に魔力を乗せ、現実に発した言葉通りの事象を起こす言霊の魔法。呪王の体は、彼が言葉を発したと同時に重くなり、堪えきれず膝を付いた。
手まで地面についてどうにか耐えるものの、重さは増すばかりで地面が陥没していく。乗っ取った肉体の血液が肉体の下部にばかり貯まっていく感覚がする。計り知れない重さの負荷に、呪王は苦しげな声を漏らした。
「ぐッ……干魃を静観する──────」
「──────『言葉の使用を禁ずる』。そら、言葉は封じた。詠唱はできんぞ。発して選別化を確立させてこその詠唱だものなァ?」
「──────……ッ!?」
「無駄だ。いくら喋ろうとも意味は無い。ほらどうするんだ?色々と能力があるのだろう?使える力が詠唱だけでないなら、そんなもの抜け出す方法などいくらでもあるだろう」
「──────ッ!!」
「ほう……?」
リュウデリアは推測の域ではあるが、呪王が複数の力を使えることを理解していた。恐らく乗っ取った肉体の力をコピーまたは奪うことができ、それを好きなときに使うことができる。そんな感じだろうという当たりをつけていた。それは実際には殆ど当たっており、短時間での看破では驚異的だ。
言葉1つで地面に縫い付けられている呪王は、拳を作って親指の部分で胴の複数箇所を押して刺激した。すると肉体が突然活性化し、鍛え抜かれた肉体が強化される。淡い赤色のオーラを出し、言霊による重力負荷に抵抗した。
片膝を付いて身動きが殆ど取れないような状態だったというのに、親指で秘孔を突いて肉体を無理矢理強化したのだ。縫い付けられていたというのに、ゆっくりと立ち上がった。瘴気を使って武器の刀を形成し始める。詠唱を使う力が封じられているので、近接戦に切り替えるようだ。
右手を持ち上げて手刀の形を作ると、魔力を一点に集中させていく。呪界には魔力は無い。故に魔力というものを正確に感知できていないのだが、何となく凝縮されて高められた魔力が『良くはないもの』という認識はできる。つまるところ、呪王はリュウデリアの莫大な魔力を纏った手刀が危険だと感じ取っていた。
──────奴の手刀を受けた場合、この肉体でも耐えられんな。秘孔を突いて強化を施してはいるが、攻撃の全てを耐えるというものでもない。言葉1つで事象を捻じ曲げたり、空に幾何学的紋様を作り光を放つ等……多彩だな。詠唱を行う私の方が速度が不利だ。それに最も厄介なのは、奴の頑強さだ。まるで傷を付けられん。私の速度も眼で追い掛ける。眼球を狙った攻撃は2度も通用せんだろう。
「──────考え事は終わったか?構えるだけなら誰でもできる。早く来い。寂しくなってしまうだろうがッ!!」
「──────……ッ!!」
脚を強く踏み込んで地面を陥没させ、姿勢を低くしてから突撃をしてきたリュウデリア。辛うじて捉えられた速度に反応し、呪王は頭を突き抜けようと迫ってくる手刀を横に避けることで躱した。額に切り傷ができる。完全には躱しきれなかった。だが頭に手刀が突き刺さることだけは回避できた。
瘴気で形作った刀を、伸ばされたリュウデリアの腕に目掛けて振り下ろした。直下へ振り下ろす刀が純黒の鱗に吸い込まれるように打ち込まれた。が、鱗は斬れず、渾身の力を込めた所為で刀身が砕けてしまった。上腕や前腕の中腹を避けて、腕の中で最も防御力が低いだろう肘関節を狙ったのだが、結果は刀身が彼の頑強さに負けた。
手刀の方に魔力を集中させていたので、刀身を打ち込んだ箇所は魔力が殆ど纏っておらず強化もされていない。にも拘わらず刀身が負けた。砕け散る様子を見た呪王は、一体どれだけの硬さを持っているのかと舌を巻く思いだ。
渾身の力と物を両断する技術を使っても傷一つ無い純黒鱗。どうやってこの防御力を突破しようか思考しようとした瞬間を狙い、視界の端から尻尾が振るわれた。折れた瘴気の刀を消滅させ、両腕で防御の姿勢に入る。顔を狙って迫り、打ちつけられた尻尾の振り払い攻撃の重みで足が地面から離れた。
その場から弾き飛ばされ、突き出ていた岩に当たり砕いて尚、吹き飛ばされていく。空中でぐるりと体を後ろ回りに回転させて地面に足を付けて2本の獣道を作る。弾かれた威力を殺して少しずつ速度を緩める。止まってから腕を見下ろす。呪王の両腕は痺れて痙攣していた。1度受け止めただけでこれだ。顔に当たっていたら動けなくなっていたかも知れない。
「
「言霊の縛りは解除してやった。そら、存分に力を振るえ。死にたくなければ俺を殺してみせろ。でなければ死ね」
「……異界の龍とやらの力には驚かされる」
「やめろ。この程度で驚いては程度が知れてしまう。お前はもっとできる奴だろう?その力を見せろと言っている。つまらん弱者の塵芥との戦いは嫌いなんだ」
翼を広げて吹き飛ばされた呪王の近くに降り立ったリュウデリアが、驚いたと口にする彼に不機嫌そうに尻尾を地面に叩きつけた。まだまだ準備運動に過ぎない段階で驚かれては、呪王とはその程度の力であると言っているようなものだ。それは酷くつまらない。だからこそ、全力で来いと煽っている。
言霊による言葉の制限は解除した。詠唱は行えるようになっている。肉体だけの戦いだけでなく、呪界での能力を扱えるようにしている。舐めているとも言えるこの行為に、呪王は目を細めてから詠唱を開始し、リュウデリアは虚空に魔法陣を展開した。
──────────────────
呪王
呪法はこれまで乗っ取った肉体が持つ力を貯め込み、制限無く好きなときに使える能力。ただし、肉体に備わっていないものや、肉体が無意識にやっていること……つまり魔素を取り込み魔力へ変換する……等といったものは貯め込めない。魔力を使ったとしたら、使った魔力が元に戻ることはない。
経験が関係してくる剣術等は、体を乗っ取った際に疑似体験し呪王の経験として取り込むので錆びることはなく、いくらでも貯め込める。加えて疑似体験による経験なので、腕を磨き技術を高めることが可能。
リュウデリア
呪怨のエネルギー生命体としての魂の輪郭のようなものを捉えることができるようになり、呪王のそれが色々な形が混ざって形成されていることから、乗っ取った肉体から能力をコピーやら奪取やらをするのではと考えていた。
呪界の人間が使っていたと思われる、魔法のようなものの力に興味がある。勢いで言霊を使い言葉を封じたことに反省している。それでは使えなくなってしまい、体験することもできないから。
オリヴィア
呪王の呪法は随分とエネルギー生命体として相性が良いなと感心した。しかし、所詮は相性が良いだけで人間達やらその他の種族の力でしかなく、それだけでリュウデリアに勝てるとは思えない。つまり──────リュウデリアが負けることなど1ミクロンも考えていない。
戦うリュウデリアはカッコイイし、はしゃぐ姿は可愛いなぁ……としか考えていない。
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