第225話  詠唱の厳選化





「──────イグス・エス・トゥラク・ラク・ルーラクス。怒りを握る我が手より手放す爆雷の力。天より来りて目前の敵を打ち砕かん──────」




「ほう……っ!特異な詠唱から始めるのは選別化から逸脱した厳選化か。謂わば専用の力という訳だ。フハハッ……撃ってこいッ!」




「──────『破拳の爆雷、墜ち爆ぜるマーレンネ・ネアーナ』ッ!」




 両手を合わせた拳を作り、上から振り下ろした。発生した紫電が合わせた拳と同じ形を作り、リュウデリアの頭上より飛来した。山のように大きいそれは、叩き付けた途端に想像を絶する大爆発を引き起こした。その後爆炎が竜巻状に発生し、周囲を融解しながら空高く巻き上げる。


 融けた土が霰のように降り注ぐ。呪王の元にも振ってくるそれは、触れる前に弾けて消える。オリヴィアのところにまでやって来たが、物理を無効化するローブの力により彼女に触れること無く寸前のところで弾かれた。真面に攻撃を受けたリュウデリアの場所を眺めている。その中で、再び紫電の拳が同じ場所へ落とされる。


 3度落とされた紫の雷の拳が大爆発を起こして炎の嵐を形成する。巨大な火山が噴火した場合よりも熔解した土の塊が多く降り注ぐ。1つで村1つは壊滅するだけのものが、雨霰のように落ちてくる。しかし、その熔解した土は空中で純黒の雷を突如として帯電し、内側から弾けて魔力爆発を起こした。


 純黒なる魔力による球型の爆発。触れた部分を拮抗赦さず消し飛ばす爆発が、降り注いでいた熔解した土の分だけ発生する。オリヴィアの傍では起きず、その他の超広範囲では魔力爆発が発生していた。呪王は当たる寸前で爆発の範囲からバックステップで避け、糸を縫うように安全地帯に回避した。


 爆発の範囲内から逃げ果せながら、巻き上がる炎の嵐をチラリと見る。炎の竜巻の壁の中から、シルエットが出て来る。五体満足にして無傷の姿。堂々とした歩みの姿勢。それを目にすると、呪王は次の詠唱に入った。




「イグス・エス・トゥラク・ラク・ルーラクス。遙か彼方より飛来せしは支配を促す欲の幻獣。6対の角を以て比較の壁を穿ち欲の鐘を打ち鳴らす──────」


土塊つちくれのお前に仮初めの命を与える。魔を源として産声悲鳴を上げろ──────『泣き殺す土の赤子クラマァル・インファス』」


「──────『鳴らせ幻獣、勝ち鬨の鐘をケイ・ラン・ヴィン・ファントラァ』ッ!」




 瘴気を内包する半透明の鹿に似たたてがみを生やす幻獣が空を駆け、リュウデリアの元へ向かってくる。頭部に生えている、途中で枝分かれした6対12本の鋭い角を向けて突進する。風の壁を抜けてソニックブームが発せられて地面を捲り上げる。対するは土で造られた赤子。


 人間の赤子を基に、頭が3つあり腕が4本ある。脚は造られず腰から下が無い。何かを求めるように4本の腕を空に向けて振っている。向かってくるのは呪王の力で造られた幻獣で、鋭い数多の角が向けられている。土の赤子に命は無く、魔力を元に動いている。


 足掻き苦しむように蠢いていた土の赤子は動きをピタリと止めると、3つの頭を向かってくる幻獣の方へ一様に向け瞼を開けた。中には全てが純黒の眼球があり、まるで瞼の中は闇が広がっているようだ。闇のような眼を晒し、3つの頭が大口を開けた。発せられるのは衝撃波のような耳をつんざく痛み辛みを表現する悲鳴だった。


 悲鳴で幻獣を消し飛ばそうとする土塊の赤子。衝撃波の中を角を折られながら突き進む瘴気を内包した幻獣。両者の距離が縮まっていき、衝突すると同時に眩い光を発した。その後に遅れて爆発音と音の壁が撒き散らされる。爆煙は上がらず音の壁が空気を吹き飛ばしながら突き進む。呪王とリュウデリアは腕を顔の前に出して防いだ。


 空気を吹き飛ばした音の壁が過ぎ去ると、今度は失った空気を元に戻すための動きが働き、引力が発生する。音の壁を肉体で防いだリュウデリアと呪王が引き寄せられ、足が地面から離れる。空中を移動しながら、両者が目を向ける先にはそれぞれの敵だけが映っている。




「イグス・エス・トゥラク・ラク・ルーラクス。大海で満たした杯を支える古き傍観者。彼の者陸ならざる処にて杯を傾け大海を注ぐ──────」


「──────『廃棄されし凍結雹域ルミゥル・コウェンヘン』」


「──────『尽きぬ大海、陸を呑めロクオー・ヴァルタイン』ッ!」




「──────術式解放……一斉照射」




「──────ッ!!イグス・エス・トゥラク・ラク・ルーラクス。亡者を砕く儚い剛力を備えし陰の者、おのが身にを与えん──────『滴る雫、理外の剛力に通ずイサー・ティバン・ジャッカス』」




 真空が元の状態へ戻ろうとする際に生まれた引力により、空中に投げ出されながら、飛んでいる小石を1つ手に取って魔法陣を展開する。握られた小石は凍りつき、リュウデリアはそれを下に向かって投擲した。小石は地面に触れた途端に辺りを純黒に凍てつかせ始める。


 凍った大地は周囲の温度を急激に下げて極寒地帯を作り、戻りつつある空気をも凍らせて呪王の方へ迫っていた。対して呪王は、詠唱により黒紫色をした水を生み出した。純黒に凍てつかせる極寒の領域と自身の間に水を出し、壁として使った。水は瞬く間に凍っていく。その僅かな時間を使い、地に一度降りて跳躍しその場から離れようとする。


 虚空にて予め形成した純黒の魔法陣が幾多も展開された。凝縮される魔力。背筋を突き抜ける死の気配。呪王は純黒に凍てついた氷の壁の向こうに、何かがあると直感した。その直感に従い詠唱を即座に終わらせる。指先から垂れる、水に黒い絵の具を一滴入れたような模様をした雫を舐めて飲み込み、乗っ取った肉体を限界以上に強化した。剛力は腕力に限らず脚力にも作用される。


 地面を大きく陥没させながら、呪王は空気が元に戻ろうとする引力を使い、後ろに向かって凄まじい速度で跳躍しその場を離れた。純黒に凍った水の壁から、純黒の光線が貫通して照射される。いとも容易く突き破り、貫いた純黒の光はそのまま照射する方向を変えて氷の壁を細切れにした。


 純黒の光線に被弾すれば、肉体に穴が開いていた。そこに加えて照射方向の変化ともなれば、肉体は単なる肉塊になっていた。引力を使いながら強化された脚力で後ろに下がり、照射される光線を避けた後、空中に飛んで照射方向の変化による切断を回避した。が、そこへ翼を広げて飛んだリュウデリアが現れる。


 かなりの上空へ回避していた呪王に、瞬きをする間に追いついたリュウデリアが、体を前回転させて踵落としをした。両腕を頭より上の位置に持ってきて防御の姿勢に入るものの、落とされた踵落としの威力は絶大で、呪王はバットで打たれたボールのように地面に落とされて激突した。


 体が半分近く埋まり、打ちつけられた蹴りの威力に苦い顔をする。腕がもげたかと思える衝撃だったが、彼の攻撃に対する対処法を考える間もなく、仰向けで倒れる呪王に向かってリュウデリアが落ちてきた。左拳を振り絞り、殴打をしようとしている。その威圧感が、人間大の大きさを巨大な姿元の大きさに幻視させた。


 ハッとして頭の横に手を付き、両脚を持ち上げて後ろに向かって跳ね起きをした。間一髪のところで殴打を避けた呪王は、地に叩きつけられた彼の拳の威力に生唾を飲む。拳から大きすぎる亀裂が蜘蛛の巣状に入り、数キロ先にまで地割れを起こした。地震が起きたような揺れも起き、とても拳1つで起きる現象とは思えなかった。


 腕を肘辺りまで突き入れたリュウデリアはケタケタ嗤ってから、回避した呪王に向けて口を大きく開けた。魔力が球状に形成され、眩い純黒の光を放つ。溜の時間が一瞬だけ入り、指向性を与えられながら解放された純黒の光線は、極太となって呪王に迫った。




「くッ……ッ!!」


「今のを避けるとは……やるではないかッ!危なかったがな?」


「ふーッ……イグス・エス・トゥラク・ラク・ルーラクス。一撃を以て左右を縛り、一撃ずつにてその場に牢する──────『動の阻害鎖リーリング・ジーケン』ッ!」


「……動きを止めるための鎖か。それで、その後は?」


「イグス・エス・トゥラク・ラク・ルーラクス。退廃の地にて飢餓を哀れむおおいなる者に与えられし解放のつるぎは憐憫を貫き哀しきを喰らい怒りを砕き地平を断った──────」


「フハハッ!質量で俺を両断しようという訳かッ!」




「──────『地平より地平を断つ大剣リオゼロン・グローベルク』ッ!!」




 黒紫色をした矢が3本創り出され、リュウデリアに向かい射られた。素手で弾き返そうと、先に到達した1本の矢に触れた途端に2つに分裂し、手首に巻きついた。紐のように伸びた矢は鎖へと変化し、手首に繋がる鎖の先は地面に突き刺さり、岩盤に巻きついた。


 同じくして飛来した2本の矢は太腿に当たり、それぞれが脚全体を雁字搦めにして巻きつき、手首の鎖と同じように鎖の先は地中深くの岩盤に巻きついて固定した。試しに引っ張ってみても、頑丈に創り出されたそれは千切れる様子を見せなかった。


 身動きが取れず、その場からの移動すら儘ならないリュウデリアの遙か頭上にて、黒紫色の地平線と間違う程の絶大な大きさを誇る大剣が造られた。柄頭から剣先までだけでも数キロはあるだろう大きさの大剣は浮かんでいる。リュウデリアの頭上にだ。普通の剣でも瘴気の剣でも、名刀ですら傷つけられない彼の鱗を、質量で無理矢理斬ろうというのだ。


 これまで見た中でも超弩級の大きさを誇る大剣は、使い手を必要とせず真下に向かって刃を振り下ろし始めた。大きさが大きさなだけに、到達するまでがまるでスローモーションのように感じるが、実際は恐ろしい速度で落下してきていた。流石にこれはマズいのでは?とオリヴィアが思ってしまう程の大きさなのに、遙か上空から振り下ろされる地平線のような大剣。


 常人ならば避けることを諦めるか、生に縋り付いて足掻くかの2択に迫られるのだろうが、リュウデリアは四肢を拘束する瘴気の鎖を態と解こうとせず、大剣が落ちてくるのを今か今かと待ち構えていた。機嫌が良さそうに尻尾が左右に揺れる。あまりの巨大さで他を圧倒する大剣は、遂にはリュウデリアに落ちるように振り下ろされた。


 これまでの戦いの過程で起きていた爆発が拍手程度のものだったのではないかとすら思えてしまう衝撃と音が襲ってきた。叩きつけられる風は隕石が衝突したかのよう。音は耳を塞がなければ鼓膜が破れ手いたことだろう。地形を変えられる一撃を真面に、それも防御もできず受けたリュウデリア。今回の攻撃には、流石のオリヴィアも息を呑んだ。


 地形を変えるどころか、大きな国1つを端から端まで余さず叩き斬ってしまえるだけの大剣が振り下ろされたリュウデリア。しかし呪王は目を細めた後、信じられんと言いたげな表情に変わった。巨大な大剣はそれ以上地を斬らなかった。止まってしまったのだ。山のような大きさの大剣が振り下ろされたのに、ほぼ地上の位置で動きは止まる。原因は解っている。地面と大剣の間に居る、彼だ。




「……ッつ……ふふ……ははは……フハハッ!脳天は流石に痛かったぞ──────だが軽いッ!!」


「これを受けてまだ無傷だと……?貴様は、一体何なのだ」


「何……?言っただろう、龍だと。俺達が居る世界で、龍とは最強たらしめる種族。空を覆い、地を砕き、海を裂く。俺はその龍の突然変異だ。たかだか人間を根絶やしにした程度のエネルギー生命体ごときが、最強の種族に勝てるとでも?笑わせるな。最強とは、数ある中で最も強いからこそのもの。別次元の存在だろうが関係あるか」


「龍とやらの中で、貴様が逸脱しているのは想像できる。私は貴様が何なのか聞いている」


「龍であり、突然変異であり、リュウデリア・ルイン・アルマデュラであり、『殲滅龍』だ。それ以外の何者でもない。さて、お喋りはここまでだ」




 大剣はリュウデリアを縦から真っ二つにせんと落とされていた。斬れて当然のように思える構図を裏切り、彼は頭で大剣の刃を受け止めていた。四肢を態と縛られたまま頭だけで受けきり、耐えていたのだ。頭部の鱗はそれでも傷をつけず、むしろ大剣の方に罅が入っていた。


 異質だった。ここまで硬いとは想定外も良いところだ。別の世界であるが故に魔力が無い呪界。その王と言えど、魔力がどういったものであるのか理解が浅かった。魔力すら使わず大剣を受け止めれば、流石に多少の鱗は斬れていただろう。だが魔力で肉体と鱗の強度を上げてしまえば、今のように無傷で受け止めることが可能になる。


 冷静で強靭な精神力が魔力に乱れを起こさず、完璧な制御を行い、これまた完璧な肉体強化を施す。つまり呪王の攻撃は、リュウデリアが魔力で肉体を覆って強化するだけで効かない。どれだけ打ちつけられようと、斬られようと、ダメージは通れど生半可な攻撃では鱗を貫通できない。


 大剣の刃が触れている箇所から純黒が浸蝕した。範囲は瞬く間に広がっていき、尻尾で大剣の腹を打つと元からできていた罅が大きくなり、全体に渡ると途端に粉々に砕けた。四肢を縛る鎖も純黒に浸蝕されて脆くなり、少し引けば砕け散る。


 肩をぐるりと回し、首を曲げて軽めのストレッチを終える。リュウデリアは腕を広げながら嗤うと、背後に数百の魔法陣を展開した。それぞれには膨大な魔力が込められている。1つ被弾すれば、強化していようと人間の肉体である呪王には耐えきれない。


 呪王はリュウデリアから向けられる魔法の数々を潜り抜けながら、ほぼ全力の攻撃で罅すら入れられなかった彼の頑強さをどうにかしなければならない。それをどうにかしない限りは、呪王に勝ち目など皆無に等しいのだ。






「──────準備運動はもういいな?」






 ──────────────────



 呪王


 詠唱により技の選別をしているが、特定の詠唱文を唱える事で厳選化をしている。技の威力は詠唱を最後まで行えば上がり、無詠唱になると威力が大幅に下がる。そんなものでリュウデリアに通用するとは思えないので、必然的に完全詠唱によるものとなる。


 選別化と厳選化の違いは、選別化が無限の中から1を選ぶものであり、厳選化はその無限から1を見つけ出してそれを基盤に自己流に変換する……みたいなもの。厳選化は基本的にその者のオリジナル技なのだが、呪王の場合は乗っ取ったことのある肉体のオリジナル。もちろん、厳選化は高難易度。





 リュウデリア


 別の世界の力が魔法に似たものなので少し面白い。しかし魔法のように魔力を消費するのではなく、媒介とするものが無いのでそこが不思議。そろそろ解明してしまいそう。


 大剣の一撃は鱗こそ斬れなかったが、痛みは少しあった。もっと高威力なものが来ても、恐らく態と受けにいく。





 オリヴィア


 めちゃくちゃ大きい大剣がリュウデリアの脳天に叩き込まれたので、少しヒヤッとした。大丈夫だろうとは思っていたが、変に負傷したらどうしよう……いやでもリュウデリアだしな……という葛藤があった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る