第131話  多大な負荷






「──────あなた方は私の頼みを聞くしか選択肢は無いのです」




 ピクリと目元が動く。完全に怪しい存在としか思われていない女の神、シモォナが不遜な言葉を吐いたからだ。お前達に選択肢は無い。だから自身の出す頼みを叶えろと。


 そんなことを言えばどうなるか。命令されることを嫌うリュウデリア達が怒り心頭になるのも仕方あるまい。シモォナにしていた警戒が、殺意へと変わった。刺し貫くが如く鋭い殺気が向けられ、体が大きく震える。しかし恐怖で思考を停止させないように、手を強く握り締める。血が滴る程に。




「そうかそうか。ははッ。この俺達がお前の言葉を聞かねばならんとなァ?」


「お前、何を相手にして言ってンのか分かってンのかァ?」


「神を殺すのも……慣れている……お前1柱……殺すのは……訳ない」


「──────っ!?神を殺して……っ!?」


「はぁ?」


「んんっ。リュウデリア、バルガス、クレア。殺すのは待ってくれ。人間が言ってくるならば興味ないが、同じ神だ。少しだけ話を聞いてみよう。それでつまらないと思ったら殺してしまって構わない」


「……ふん。なるば1つ首輪を嵌めてやる」




 立てた右手の人差し指をくるりと振るうと、シモォナの首に純黒な枷が嵌められた。繋ぎ目が一切無い。シンプルなデザインではあるが、外れることは無いだろう。少なくとも自力では絶対に無理だ。リュウデリアの許可が無い限りは。


 これは魔法で創った枷であり、リュウデリアの思考とリンクしている。一定以上の失望を抱いた時、自動的に籠められた莫大な魔力が弾けて魔力爆発を起こすようになっている。つまり、話をしてつまらないと感じたら即座に死ぬということだ。


 それを踏まえた上で話してみろと、目線で訴える。殺意の籠もった視線が3方向から突き刺さるのだ。ごくりと唾を飲み込んで、話を聞く役になったオリヴィアを正面から見つめる。何か余計なことを言えば死が決まる。それは今止められているからであって、絶対ではない。単なる提案である。




「強大な力を持つ存在が現れ、神界が滅びようとしています。私はその存在を斃してもらう為にやって来ました」


「……?神界でか?」


「はい」


「そんな話……私は聞いていないが?」


「確かに現れているんです。数々の神を喰らい、力を付け、更なる被害を出しています」




 ──────……プロメスは何も言っていなかった。神界は無限に続く大地がある世界。私達が居た世界樹周辺から大きく離れた場所に出現したのか?それならば、先程のリュウデリア達が神々を殺したという情報に驚きを示すだろう。何せあれ程の衝撃は早々忘れる事など出来ず、そして他の神に伝わらない筈が無いのだから。




 結論から言って、シモォナは神界の世界樹周辺から大きく離れた場所からやって来たということになる。話しの節々からそう感じるし、実際に今も暴れているというのだから。


 そして話している内に分かってきたのは、その強大な力を持つ存在を斃せるのは、黒、赫、蒼の色を持つ者達なのだそうだ。何故そんなことを知っているのかと問えば、占いで未来を断片的に視る事ができる神が知り合いに居て、その者に教えてもらったのだそうだ。


 そうして視てもらって、直接接触を試みないといけないくらいの相手が、強大な力を持つ存在。神々ならば、絶対に自分達でどうにかしようとする。それだけ高いプライド、矜持を持っている。それでも、視た以上は斃せるかも知れない相手が地上の生物であると知っても、こうして会いに来た。


 1度向かってくる奴等を悉く殺した神々。そんな相手からのSOS。答えてやるべきか否か。一瞬考えたがオリヴィアの事を見て、目を細める。神界なんぞ滅びようが興味ない。そう口にした事がある。が、よくよく考えてみれば、それはリュウデリア達の場合た。オリヴィアはそうもいかないだろう。


 神であるオリヴィアにとって、神界は生まれた場所。そしてそこには、友神のリーニス、レツェル、ラファンダが居る。そう簡単に滅びれば良いとは、気づいた以上軽々とは言えない。そんな葛藤を3匹がしているのを尻目に、シモォナは違う理由を述べた。




「アレが神界を呑み込み、滅ぼせば、きっとこの地上にだってやって来ます。そしていつかは他の次元にだって手を伸ばす事でしょう」


「お前が言うその存在は、別空間への跳躍も可能としているのか」


「今はまだ出来ないでしょう。しかし、神界を滅ぼせば必ずやその力を手に入れる筈です。何せ、アレは神界に忽然と姿を現したのですから」


「……ふむ、なるほど。頼みを聞くしか無いというのは、必ずこの世界にも訪れるから否が応でも戦う羽目になるから……ということか」


「そうです。……選択肢が無いと言って申し訳ありませんでした。ですが他に斃せる方々が居ないのです。どうか、私達を助けて下さい。お願いします」




 リュウデリア達に囲われながら、シモォナはその場で膝を付き、地面に額を擦り付けながら頭を下げた。神ともあろう存在が、地上の生物に土下座をする。情けなく頼りないその姿を見れば、他の神々は怒り心頭となって彼女を滅しようとするだろう。


 だが無駄なプライドを持っていても、神界に現れ襲っている存在は斃せない。その存在を斃してくれる為ならば命を差し出すつもりで此処へ来た。信じてもらう為ならば何でも話すつもりだ。その本気度が窺えたのだろう、リュウデリア、バルガス、クレアはオリヴィアの方を一度見た。


 見た限りだと何とも思っていない様子だが、気配から悩んでいるのが分かる。やはりレツェル達が居る神界を滅ぼされるのは思うところがあるのだろう。他の神々はどうでもいい。しかしオリヴィアの為ならば助けてやるのも吝かでは無い。そんな気持ちで3匹同時に肩を竦めて戯けて見せた。




「さっさとその強大な何とかという奴の元へ連れて行け」


「気が変わんねェ内にな」


「業腹……だが……仕方……あるまい」


「た、助けていただけるんですね!?」


「お前やその他の神々の為ではない。オリヴィアの為だ。図に乗るな」


「ったくよォ。神界の事なンてプロメスの領分だろーが。最高神仕事しろっつーの」


「……最高神プロメス……?」


「うん?」


「あ、いえ。何でもないです。それよりも、ご協力いただけるという事なので、早速向かいたいと思います。私の近くへ来てください」




 訝しげな表情をするシモォナを見て、同じく訝しげにするオリヴィア。今何か変なことを言っただろうか。そう小さな疑問を抱くが、何でもないと言われたので取り敢えず放っておく事にした。そして神界に行く為なのだろう、近くによって欲しいと言われ、リュウデリア達は彼女の周りに固まる。


 オリヴィアを奪還する時以来の神界。それも今回は矢鱈と強い存在が居るから斃して欲しいという。神々の強さは知っており、それらが全く歯が立たないともなれば少しは期待する。それは、シモォナに付けられた解除不可の首輪が爆発していない事が証明している。


 まあ、信用も信頼もしていない初対面の神が言っている事なので、鵜呑みにはしないが多生は本当に強くあってくれと思っている。最近は強い奴が現れていないので、激しく動きたい気分なのだ。それに専用武器を満足に使えていない。流石に勿体ないだろう。鱗や心臓まで使って造ってもらったのに。


 リュウデリア、バルガス、クレアは互いに視線を合わせてアイコンタクトをし、相手が強いと良いな。と言い合った。そうして視線で会話をしていると、シモォナの準備が整う。祈るように手を合わせて目を瞑り、集中していた。今までの神々が神のゲートを開く場合とは少し違うなと思った時、周囲の空間が歪み始めた。


 シモォナ以外の一行は訝しげな表情をする。神のゲートを開こうとしていない。別の何かをしようとしている。攻撃意思は感じないし、そういった気配も無いが、その代わりに何だか嫌な予感がした。止めさせるために権能を発動しているシモォナに手を伸ばしたその時……周りの景色は一変した。




「……は?」


「おい。何だこの空間は?」


「見たことが……無い」


「此処は一体何処なんだ?」


「……っ……じ、時空の……はぁッ……狭間です……っ。今……私達は時空を……跳んでいます……ッ!!一度に……跳ばす数が……多いので……集中します……のでッ……私から……離れないで……ッ!!」


「時空の狭間……お前まさか、時の移動をしているのか?」




 透明感のあるクリスタルが流動的に湾曲して動き、天井や壁を形成して巨大な奥行きのある通路を進んでいるようだ。波の動きをしている半透明のクリスタルのような壁は、動けば砕けて可動し、波が過ぎ去ると砕けた部分を修復して元の状態に戻った。摩訶不思議の異空間だった。


 そして此処はシモォナが通ってきて、リュウデリア達を連れてきたものだ。彼女が持っている権能は時間跳躍。未来にも過去にも跳ぶ事ができるというものだ。しかしその代わりに、未来に跳んでも飛び続けてその時間軸に居ることは出来ない。跳ぶのには相当なら集中力を消費し、滞在できる時間もそこまで多くはない。一ヶ月居られれば良い方だ。


 リュウデリア達は透明感のある球状のバリアに護られていて、奥に進んで行っている。シモォナ以外は不思議な空間に目を奪われて見回して観察している。時空の狭間。時を超えるときに通るこの道は、生涯辿り着くことが無いだろう場所だ。魔法でも時を操る事が出来たとする。しかし時間の壁を越えることは出来ない。理論が組み立てられないからだ。


 それを承知しているので、今の内にこの不思議な空間を目に焼き付けている最中なのだ。オリヴィアも勿論初めて来たし、光景は綺麗なので単純に楽しんでいる。なので気がつかなかった。本来は本人のみが使う時間跳躍に他の者達を連れていて、定員が多くて顔中に嫌な脂汗を掻いているシモォナに。


 最初に異変を感じたのはリュウデリアだった。顔中に掻いた汗の臭いに気がつき、誰なのかと思えば必然的にシモォナだと思った。龍は汗を掻かず、オリヴィアが今発汗するのはおかしい。となれば、今汗を掻いているのはシモォナということになる。


 直感が働いて嫌な予感を察知した。両手を合わせて目を瞑って集中している彼女は、先程息も絶え絶えな状態だった。もし仮にこの権能がかなり力を使うもので、今まさにその負荷に耐えきれずに解けようとしているとしたら、かなりマズい。




「ぐ…っ……すみま……せんッ。後少しなのに……ッ!」




「──────ッ!!オリヴィ──────」




「……ッ!?リュウデリアっ!!」


「あ゙ッ!?何だァッ!?」


「何が……起きた……ッ!?」




「……ッ!!クソ……ッ!!」




 時空の狭間で身を護る為に張っていたバリアが一部砕け、リュウデリアが外に放り出された。そこから亀裂は大きくなっていき、足下が揺れて残ったバルガス、クレア、オリヴィアが体勢を崩す。オリヴィアが外に出て付いてくる形でぐるりと回りながら飛んでいるリュウデリアに身を乗り出して手を伸ばす。


 だが外に出るのはマズいと、バルガスとクレアに止められた。こんな場所に置き去りにすればどうなるか分からない。早くこっちに来てくれと頼む前に、前方に穴が開いた。目的の時間軸に到着したようだ。まだ合流出来ていないオリヴィア達が先に入り、外に弾き出されたリュウデリアが遅れて中に吸い込まれるように中へ入っていったのだった。
















「──────あいで……っ!?」


「ぐはッ……此処は……うぐっ!?」


「あ、すまない」


「まさか、到着するよりも先に負荷に耐えきれなくなるなんて……本当にごめんなさい」




 虚空に穴が開きクレアとシモォナ、バルガスが出て来た。最後にオリヴィアが出て来て、放り出されたことで大の字になっているバルガスの上に落ちてきた。出て来た先は、木々に囲まれた神界だった。この世界の空気は地上の生物であるバルガスとクレアには有毒なので、魔法で空気を出しながら地上に跳ばされないように魔力で存在証明をした。


 雑に着地したことにシモォナが失敗した事を悟って謝罪をするが、バルガスの上から退いたオリヴィアが立ち上がって彼女に真っ直ぐ近寄り、襟を掴んで持ち上げた。魔力で強化された腕力で足が地面から離れるくらい持ち上げられ、下から鋭い目付きをして睨み付けてくる。




「耐えきれなくてではない。リュウデリアをどうした。何処へやったッ!!」


「……ッ!!本当にごめんなさい。入るのに遅れていたようですけど、同じところに入ったから時間のズレは無いはず……でも、出て来る場所は恐らく別の……」


「神界は無限に続く世界なんだぞッ!?別の場所と言うが、具体的にはどこだッ!!」


「分からないですッ!!本当にすみま……きゃッ!」




 片腕を離して、大した情報を掴めずに臆測でモノを言うシモォナに顔を歪ませながら殴り付ける。ばきりと痛い音を出しながら飛んでいき、木に背中を打ち付けた。頬を思い切り殴られたシモォナは痛む頬を押さえながら、何度も謝罪の言葉を口にした。


 だが謝罪をしたからといってリュウデリアが戻ってくることはない。それに瞬間移動の魔法があると思われるが、それは使えない。あの魔法はあくまで見たところのある場所へ跳ぶものであり、人物には該当しない。そして此処は先程まで居た時間軸ではないので、元の場所へは跳べず、落ち合えない。




「リュウデリア……」




 何処に行ってしまったんだ。口にせずともそう伝わってくる声色で、上を見上げながら彼の名を口にした。























「──────痛ッ!?」




 想像以上の速さで、虚空に開いた穴から飛び出したリュウデリアは、何かに頭から衝突して地面に転がり落ちた。最後は翼を一度羽ばたかせてふんわりと着地し、強く打った頭を擦った。辺りを見渡せば、あるのは先が尖った岩が地面から突き出ている地帯だった。


 廃れた場所に着いてしまったなと思いながら、周囲にオリヴィアやバルガス達が居ないことに気がついてはぐれたと察した。別々になったのが十中八九悪かったのだろう。神界に入ったので存在証明をして空気を創りながら、魔力を飛ばして周囲を探る。自身を中心として半径10キロの把握をしたが、オリヴィア達は見つからなかった。


 もっと遠くに居るのか。と、少し驚いていると、ずしんと地響きが鳴り、自身の上に影が落ちた。かなりの大きさだ。雲が空に掛かったように辺りが暗くなったので、はぁ……と溜め息を吐きながら後ろを振り向くと、全高100メートルは越えているだろうサイに似た生物がこちらを見下ろしていた。敵意を感じるそれは、今しがたリュウデリアが落ちた時にぶつかった相手だった。




「図体だけ大きくても仕方ないのだぞ。失せろ。向かってくるならば殺す」


「──────■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「そうかそうか。では──────死ねッ!!」




 体のサイズを元の大きさへ戻し、両腕に膨大な魔力を纏わせながらその場から飛び上がり、土色をした神界の生物に向けて魔法陣を展開した。爆発音が響き渡り、巨大な純黒の柱が天を突き抜けんばかりに発生する。






 はぐれてしまったリュウデリアは、爆発音に釣られて寄ってくる、数々の神界の生物をたった1匹で相手をしながら、ケタケタと嗤っていた。







 ──────────────────



 シモォナ


 持っている権能は時間跳躍。ただし、跳ぶのには多大な集中力を必要とし、共を付けるとなると更に集中力が必要となり、シモォナ本人に負荷が掛かる。


 時間跳躍しても居続けることは出来ず、頑張っても一ヶ月が限界。元の時間軸に戻ると、跳んだ先で経過した時間が経っている。





 龍ズ


 異変に気がついたリュウデリアが時空の狭間に放り出され、目的の時間軸に行くのが遅れた。そうなるとどうなるか分からない状況になるのだが、取り敢えずリュウデリアは別の場所に1匹で居る。


 バルガスとクレアはリュウデリアを追い掛けて外に出ようとしたオリヴィアを抑えている間に穴を通ってしまった。少し心配ではあるが、相手はリュウデリアなので大丈夫だろうと思っている。





 オリヴィア


 リュウデリアが放り出されてしまったので条件反射で追い掛けようとしたが、バルガスとクレアに止められてしまう。ずっと一緒に居たので不安になっている。連れ攫われた時と同じ感覚。




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