第132話  悪性




 先が鋭利に尖った岩が上に向かって隆起している危険地帯は、他の理由によって尚更危険な場所になっていた。岩に紛れた200メートルはある全高を持った、岩色のサイに似た神界の生物。角の部分は3本もあり、脚が6本もあった。そして気性は荒く、岩に紛れているのに触れると激昂して襲い掛かってくるのだ。


 時を超えて、恐らく過去だろう神界へ雑な到着をしたリュウデリアは、そのサイに似た生物の上に落ちた。硬い皮膚の事もあって岩と間違えたが、相手側からしてみればそんなことはどうだって良いのだ。自身の落ちてきたというだけで、触れた事実さえあれば戦いに発展する。


 体を元の大きさに戻したとしても、リュウデリアの全高は30メートル程。200メートルを越えた相手からして見れば小さいものだ。しかし叩き込まれる魔法の威力にそんな小ささなど吹っ飛んだ。単純な衝撃波を打ち付けられただけで巨体は傾いて倒れた。


 恐ろしい威力だと、打ち付けた頭を混乱させていると、飛び上がったリュウデリアが魔力を纏わせた拳を顔面に振り下ろした。叩き割られる大地に、砕ける頬骨。自慢の大きな角も2本へし折られてしまった。そして、そんな大きな戦闘音を響かせると、腹を空かせた肉食の尻尾が3本あって腕が4本あるさそりのような生物の大群を呼び寄せた。


 数にして約50。それぞれが20メートル近くあって、元のリュウデリアに迫る大きさだ。いや、そんな大きさをした生物が大群でやって来れば威圧感が計り知れないだろう。神界に住む生物を大きな括りで動物ならぬ神物と呼称するならば、神物は地上よりも大きくて獰猛。そして純粋に強い。しかしその神物よりも地上の龍の方が強かった。




「見た目が珍しいからか?矢鱈と襲い掛かってきおって。だからそうなるのだ」




 蠍に似た神物の大群も、見上げる図体をしたサイに似た神物も、忽ちリュウデリアの手により殲滅され、殺されて山積みにされてしまった。その山の頂上で、腰を掛けながら生の肉の塊を持って食い千切り、咀嚼して食べていた。最後の一口を食べて呑み込み、その場で立ち上がる。


 辺りを見渡してみても知っているものは無い。世界樹があればいくらか違うのだが、残念ながら龍の視力で以てしても見ることは出来なかった。ついでに魔力を50キロ程飛ばしてみたが、オリヴィア達らしき姿は確認出来ない。相当違う場所に跳ばされたのだろうと確認する。


 放り込まれる穴は、先に通っていったオリヴィア達と同じだった。ならば跳ばされた時間軸は同じだろう。つまり違うのは場所だけだ。ならば、彼女の傍にはバルガスとクレアが居る。彼等ならばどんな敵が来ようと皆殺しにすることだろう。要するに、今心配すべきは、オリヴィアの身の安全よりも、どうやって合流するかだ。




「『瞬間転移テレポート』は一度見た場所にのみ跳べる。あの女の言葉から推測するに、此処は過去の時間軸の筈だ。神界の滅亡の危機と言って、時が経てば地上にも被害が出るとも言っていた手前、未来の話ではないだろう。どれだけの過去かは聞く前に分断されたから分からんが……さて、取り敢えずどうするか。俺は俺で神でも相手ができんという存在を探してみるか?」




 死体の山から飛び降りる。直立不動のまま地面へ向かって落下し、足が着く寸前で翼を大きくはためかして威力を殺し、音も無く降り立った。ある程度の腹拵えは出来た。体のサイズも元の大きさにしているので窮屈さを感じない。伸び伸びと腕を伸ばして凝り固まった関節を緩めた。


 さて、と右手を使って顎の下を擦る。はぐれた場合はその場から動いてはならないと良く言うが、無限に大地が続く神界でそれをやったら永遠にその場に居ることとなってしまう。それは御免被りたい訳なので、存在証明と空気確保に使う魔力を必要最低限にし、魔力の消費を抑えながら何処かへ行ってみる事にした。魔力消費を抑えておきながら、先は魔法を使ったのは、景気付けの一発だ。


 気を取り直して何処かへ行ってみようと、一歩踏み出したところであることを思い付く。背後にある死体の山を見上げて、かなり目立つものだろうと実感する。目撃すれば何が起きたのかと確認するだろう。それを使ってもし万が一、オリヴィア達が見た場合の為にメッセージを残すことにした。


 鋭く尖った鋭利な指先を使って、死体に文字を刻み込んでいく。向かっていった方向と、無事を知らせる為の言葉を。完成したメッセージを見直して問題ないと判断すると、今度こそ歩き出し、しゃがみ込んで翼を使った飛翔をした。大地が砕けて足跡が残る程の踏み込みで、上空1000メートルまで一瞬で到達した。


 上から神界の地上を見ていく。飛んでいると風が吹いていて、体が風を切り裂く感じが心地良い。目を細めながら甘受し、ついでに何か無いか探していく。すると、ちょうど良いところに神々が住まう村のような場所を見つけた。集落と言っても良いこじんまりとした場所なので、侵入するのは実に容易なものだった。


 飛んでいる空から体のサイズを小さくしながら急降下し、畑のような場所が広がっていて、近くに山がある村の、広場だろう中央に向かって勢いそのままに足から着地した。轟音を響き渡らせ、大地を深く陥没させ、砂煙を巻き上げる。音に驚いて建築された石造りの家や、畑に居た神々が血相変えてリュウデリアの降り立った中央広場へとやって来た。




「小さな集まりだな。住んでいる神は全部で70柱程度か?まあ良い。俺はお前達に聞きたい事がある。素直に話すならば無駄な殺しはせんように善処しよう。無駄な事をする、又は俺の問いに答えない場合は殺す。さて、誰が俺の問いに答える?」




「何だあいつは……?」


「地上に住む龍じゃないか……?」


「地上の!?なら何故神界に……」




 気配で探って70柱程度の神が居ることは把握している。問いの内容は謎の存在について知っているかどうか。知っているならば何処に居るかというものだ。その為に代表者を出すように言っているのだが、地上に居る生物と分かると困惑を顔に出し、様子を窺うだけ。我こそがと声を出すものは皆無だった。


 着地したリュウデリアを囲って見ているだけの神々に苛つくように喉から唸り声を上げる。そして促すために足下を純黒に侵蝕し、川に流れる水のように道を作って進ませ、一番近くにある家を丸々純黒に染め上げて侵蝕して見せた。


 地面を伝ってやって来る純黒を避けた若い男の姿をした神は、侵蝕された家を見て冷や汗を流す。途端に状況が一変してザワつきを見せる神々に、早く出て来ないとまた1つ家を侵蝕させるぞと脅しとも取れる声を掛けた。すると、困惑しながら唾を飲んで喉を鳴らす男女の神々の間を開けさせて老人の姿をした杖をつく男の神が出て来た。


 淀みない歩きで真っ直ぐに向かってくる老いた姿の男神に目を向けて待つ。供を連れずにたった1柱でやって来た事に、ほう……と小さく声を溢しながら腕を組んで対峙した。




「儂はこの村を代表する者じゃ」


「つまりお前が俺の問いに答えるということか?」


「いんや。お主にこの村から出て行ってくれるように頼む者じゃよ。お主が建物を純黒に染め上げた時、底知れぬ邪悪さを感じ取った。何故地上の龍が神界に居るのかは分からんが、この村から出て行ってくれ。お主の悪性は儂等神にも毒なのじゃ」


「悪性……か。それに邪悪とな」




「そうだ!地上の生物は神界からも出て行ってくれ!」


「脅しても無駄だぞ!」


「神は絶命しても蘇るんだ!」


「さっさと出てけ!」




「はぁ……──────話せば無駄に死ぬことは無かったというのに。所詮は低能の塵芥か」




 腕を組んでいる状態はそのままに、少しの魔力を纏わせた尻尾を撓らせて、対峙す老神目掛けて振った。頬に何か当たった微かな感触を最後に、老神の頭は千切れて吹き飛び、リュウデリアを囲う神々の間を縫って家の壁に叩き付けられて破裂した。赤黒い壁の染みとなった頭と、頭を無くしながら立ち尽くした残された体。


 殺されてしまった老神だが、周囲の神々は余裕だった。何故ならば神が消滅することなど無いのだから。しかし残された体が純黒に侵蝕され、砂のように崩れて崩壊して蘇らないことに気がついて顔色を変えていく。


 そんなはずはない。地上の生物に神が殺される筈がない。何かの間違いだ。蘇らないのは、少し時間が掛かっているだけだ。しかしそんな思いとは別に、10秒経っても老神は復活せず、リュウデリアが気付けに尻尾を地面に叩き付けたことで視線を集中させた。訝しげや困惑の表情が恐怖のみとなった。


 恐怖を抱かせるだけの存在が目の前に居れば、周囲の神々はどんな行動に移るだろうか。それは当然、逃げの一手だろう。その場で後ろを振り返って一目散に駆け出す。大方予想がついていたリュウデリアは、はぁ……と溜め息を吐いた。呆れからくる溜め息だ。




「まったく……──────『全員動くな』」




「──────っ!?」


「体が……っ!!」


「動か……ないっ!!」




 リュウデリアを囲っていた神々が逃げようとしたのはいいが、その逃避行は彼の一言によって止められてしまった。強制的な、言霊による阻止。彼は神々の背中を眺めながら、ゆっくりと歩き出して近寄っていった。口は動くようにしているので、喋れはするものの、体は一切動かない。


 さてと、誰に問い掛けようかと考えていると、ある女の神に目がいった。背後から観察していると、あることに気がついて目を弧にして嗤った。喉の奥からクツクツとしたあくどい笑い声を上げながら、目についた女の神の元へ行き、肩に手を掛けた。すると、触れられた瞬間にびくりと震えた。


 前側に回り込んで至近距離で目を覗き込む、黄金の瞳を細くして見てみると、蒼白い顔をしたままふるふると体を震えさせる。そんな可哀想な女の神の肩に手を置きながら、そんなに怯えるなと耳元で囁いた。




「そう怯えていたら……腹の子に悪影響があるやも知れんぞ?」


「お、お腹の子には何もしないでください……っ」


「んー?何かすると俺は言ったか?……あぁ、問いに答えなければ殺すと言ったな。だからお前の子の命はお前次第ということだ」




 もうすぐ生まれるのか、大きなお腹をしている女の神。リュウデリアの一言一言に怯えてしまい、目元から大粒の涙を溢していた。それにフッ……と嗤い、肩に置いている右手を人差し指だけ立てて、肩から鎖骨、胸元、腹へと移動させていく。まるで狙いは此処だと言わんばかりに。


 逃げたい。逃げたいけど体は一切動かない。隣に居る男の神が必死な目で見てくるので、相手はこの男かと察して、良く見えるように女の神の体を少しずらした。すると、目に見えて男の神が必死な目になる。声を上げて手出しするなと叫くので、口も動かすな……と、言霊で強制させた。


 神は死んでも消滅せず、蘇る。生きていた時の記憶を引き継いでだ。つまり極論を言えば数が減ることは無いということだ。仮に根底から殺されても、その神の役に沿った神が生まれる。ならば、その神が子を為した場合、どうなるのか。殺したらまた蘇るのか。どのくらいの速度で成長するのか。いつ成長を止めてしまうのか。気がつけば興味が湧いてくる。




「なァ。俺は地上の生物なのでな。神の子がどうなるのか知らんのだ。お前のコレはちょうど良い具合に成長しているからな。提供してくれるか?」


「何でも答えますっ。何でも答えますからこの子のことは……っ!!」


「そうか。まあ是が非にも知りたいという訳でもないからな。さて、では答えてもらおうか。此処等で神を食い物にしている存在は居るか?その情報は持っているか?」


「神を食べる……っ!?い、いえ、知らないわ。本当よっ!この子に誓ってもいいわっ!!」


「ふむ、嘘はついていないか。つまりこの近辺には居ないということになるが……もっと離れた場所に居るのか?まあ良い。知りたいのはそれだけだ。『もう動いて良いぞ』」




 この辺りに居ないということを知った今、この村に用は無い。適当に言霊を解いて踵を返して歩き出した。腕を組んで考えて歩いているリュウデリアの背後で、緊張から解放された妊娠中の女の神はその場で崩れ落ち、殺されるのではないかと見ているしかできなかった夫の男は急いで駆け寄って肩を抱いた。


 体が動かなかった神々は自由になった体に驚いて確かめている。そして村から出て行こうとしているリュウデリアの背中を、抜けきらない恐怖を抱きながら眺めていた。するとそんな神々の中から小さな子供の神が家の中から出て来て、しゃがんで手に取った石を振りかぶって至近距離で彼に向けて投げた。


 石は残念ながら彼に当たることなく、当たる寸前で止まってしまった。何も言わず振り返るリュウデリア。離れたところで子供を呼び戻そうと叫んでいる神々の声を無視して、子供は彼に向けて避難する目を向けた。正義感の強い男の子なのだろう。だが、やはり認識が甘い。子供だからと笑って見逃してやるような存在では……ない。




「何故、この俺に向けて石を投げた?」


「おまえがボクたちをイジメるからだ!」


「虐め……なァ。最初に俺は答えさえすれば殺さないと言った。それに、答えたから無傷で解放してやった。それでもお前は不満か?」


「そうだ!おまえみたいなヤツ、ボクがあいてだ!」


「ははッ。そうかそうか。それは勇ましい正義の神だな。ならば──────死ね」


「かッ……ぁ………」




「あぁ……っ!!私の……私の子がぁっ!?」




 空中で止まった石を純黒なる魔力で軽く覆い、尻尾で弾いて子供に差し向けた。弾かれた小さな石は子供の胸に当たって貫通し、内部の心臓を穿っていった。驚いた表情のまま倒れて、親であろう神2柱が駆け寄って抱き抱える。しかし穿った石は純黒なる魔力を籠められているので、穴の開いた傷から純黒に染め上がっていく。


 最後は体の全部が純黒に侵蝕されてしまい、砂のように風に乗って流されていってしまった。泣き叫ぶ両親の神々を一瞥することすら無く、リュウデリアはその場でしゃがんで足の筋肉を使って跳躍し、飛んで行ってしまった。






 彼の進む道を邪魔する者は、例え神であろうと子供であろうと関係無い。そんな悪性のある龍が、空から次に訪れる場所を見定めていた。






 ──────────────────



 神界


 今のところ分かっているのは、過去にあたる神界であること。場所によっては神を殺している存在の影響を受けていないこと。





 神が作った村


 自給自足で生活している小さな神の村で、全部で74柱の神々が生活している。





 神の子供


『役』があり、根底から殺されてもその『役』に当て嵌まる神が生まれるというシステムの中、神が交わってできた神は確かに神になる。しかし子供の内は『役』には嵌まらず、成長して歴とした1柱の神となった時に『役』に嵌まる。


 簡単に言うと、生まれただけではダメで、成人して立派な大人になったらしっかりとした神だと認められる……みたいな感じ。なので神の子供を早くから普通に殺せば必然的に消滅する。純黒なる魔力を籠める必要は無かった。





 リュウデリア


 強い存在がこの近辺に居たかどうか、その情報を掴んでいるかどうかを知るために村へ降りた。しかし知る者は居ないので用は無くなり、帰ろうとしたところで石を投げられたので、子供の神だが殺した。


 子供だからと許してあげる主人公ではない。悪性の強い龍。




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