第130話 接触をする者
西へ向かうリュウデリア達は、ダムニスの街を出発して4日が経った。もう2、3日歩けば目的の港町へ着くだろう。道中は何も無い。事件も危険もあっと驚くような事も。いつもならば突然何かに見舞われるのだが、珍しく平和な日々が続いている。
戦いを求めてリュウデリア、バルガス、クレアで戦いだそうとしていた時も2日前にはあったりもしたが、今では大人しい。それよりもオリヴィアに戦い方を教えていこうという方がメインとなっていて、今では魔法陣についても教えようとしていた。
魔力が無いので魔法陣を描くことも構築することも出来ないが、出来ないからしないというのはおかしな話だと言って、折角だから覚えてみようとその場で決定した。3匹にはそれぞれの癖のようなものがある。バルガスは一撃に特化した術式を組み込みやすく、クレアは広範囲に影響を及ぼすが、繊細な組み立てを、リュウデリアはオールラウンドらしくどちらも高水準で組み込む。
龍は魔力を必ず持って生まれてくる。魔力炉心が心臓となっているので、相当に変な生まれ方をしない限りは魔力は持って生まれ、本能からなのか魔法を巧みに扱う。そして魔法陣を自身ですぐに組み立てるようになるのだ。その中でも龍王と同等かそれ以上の魔法陣の術式構築の腕前を持つ3匹が教えるともなれば、魔力さえ持っていれば相当な傑物が生まれた事だろう。
「そもそも魔法陣は、普通に見ても訳が解らないくらいにしておくのが丁度良いんだ」
「何故だ?」
「魔法陣を発動させると浮かび上がるだろう?これで魔法を行使する訳なのだが、これが解りやすいと他者に乗っ取られる可能性がある。試しに見せよう」
「オレが今からゴーレム造って屈伸だけさせる。けど、それをリュウデリアが魔法陣を解読して乗っ取られれば、別の動きするぜ」
「簡単な……魔法陣……だから……すぐに……乗っ取れる。良く……見ておいた……方がいい」
「分かった。頼む」
「おう」
「俺も準備は出来ているから何時でも良いぞ」
歩きながら前方に向かって腕を上げて手を翳すと蒼い魔法陣が展開された。少し前の土が盛り上がって隆起し、クレアと瓜二つのゴーレムが出来上がった。そして宣言通りその場でしゃがみ込む動作の屈伸運動を開始したが、2回やっただけで屈伸運動が終わり、歩いている自分達と同じ速度で歩き始めた。
既にゴーレムはリュウデリアによって乗っ取られている。クレアが展開した簡単な魔法陣を見て内容を把握して読み解き、構造を理解して乗っ取ったのだ。すると制御権はクレアの手から完全に離れてしまい、ゴーレムが彼の意思に則って動くことはない。
制御権を奪われてリュウデリアの命令の下に動いているゴーレムは、同じ速度で歩いていたところから少しずつ自壊をしていって最後は土の塊に戻った。一連の過程を見ていても、どうやって魔法陣を乗っ取ったのかは解らず漠然とすごいなという感覚しかないが、他者の魔法を奪えるのは脅威であり、やられた側からしたらたまったものではないと感じた。
「な?あンな風になっちまう訳よ。ひーッ。自分の魔法が誰かに奪われる感覚は気持ち悪ィぜ!」
「魔法を……奪われるのは……最悪の……状況だ。それに……奪われるだけ……簡単なものを……構築する……未熟者と……見なせて……しまう」
「奪うのは簡単だ。遠隔でも直接でもどちらでも良いが、自身の魔力を流し込んで核の部分を書き換えてしまえばいい」
「だが、簡単に奪える魔法陣ということは、奪い返される可能性もあるということだろう?」
「勿論だ。何せ相手からすれば自身が構築した魔法陣だからな。勝手知ったるものだろう。そこで、奪った後はすぐに使ってしまうか、核以外の部分も書き替えてしまうのだ。そうすれば簡単には奪えん」
「その場で急いで書き替えたら魔法の効果も違ってきてしまうのでは?」
「ふむ、良い質問だな。だがそれは大丈夫だ。慣れるのが最もな近道なのだが、簡単に説明しよう」
術式を数学の途中式であるとして、魔法を答えであるとする。すると術式の構築は式の組み立てだ。例えば炎を灯す魔法を使おうとして魔法陣を組み立てたとする。式は簡単になるので1+1であり、魔法は答えの=2となる。だがこれは本当に簡単な式であり、言われれば解ってしまうから乗っ取るのが容易い。
しかしリュウデリアの『
なので彼は=100に至る式を2の二乗×3の二乗+6の二乗+2√2×3√2+……と、複雑にしている。そうすると他者からしてみれば難しいだのややこしいだのと時間が掛かったり、最悪解けなかったりする。なので、魔導士の魔法での戦いに於いては、そういった魔法陣の乗っ取りは滅多に起こらない。
乗っ取られる可能性が生まれないようにと複雑にしているので、それを読み解いて使ってやろうとするよりも、自分の魔法を使って攻撃した方が早いし苦労が無いのだ。だが読み解くのに慣れていて、早い者は乗っ取りにいく。何故ならばそれだけの実力があると知らしめるのと同時に、自身の魔法が乗っ取られたと衝撃を与える事が出来る。
「……もしかして魔法陣の乗っ取りはかなり上級者向けだったりするのか?」
「もしかしなくとも上級者向けだな」
「リュウデリア達は戦闘中に出来るのか?」
「あー、バルガスとリュウデリアのはちっと厳しいな。解析が間に合わねェし。それにオレはそういう解析やらは専門じゃねェンだわ」
「私も……出来るが……そこまで……得意では……ない」
「俺は得意だぞ。バルガスとクレアの滅神の魔法陣も2秒で解いた」
「うわキモ」
「キモとはなんだ。あの戦いの最中でやったんだぞ。むしろ褒めるべきだろう」
「尚更キモいわ!」
向き不向きがあるので、性に合わないからと最初から乗っ取りを考えていない者も居る。クレアやバルガスが良い例だ。ならばリュウデリアは彼等の魔法を乗っ取れば更に有利に事が運べるのではないかと思われるが、彼等の戦いはそんなに単純にはいかない。
確かに解析するのは得意だが、バルガスとクレアの魔法はかなり難解なものだ。そして仮に解いたとしても、彼等の戦闘は非常に激しいので乗っ取っている間に次の攻撃がくる。そして1番面倒なのは、彼等は戦闘中に頭の中で術式を組み換えて発動しているということだ。同じ魔法でも中身が違うのだ。
一瞬一瞬で読み取られないように術式を変えていくのは神業だろう。それを何気なくやっているのだから始末に負えない。世の魔法を使う者達が聞いたら失神ものだろう。そしてそれを素直に話す辺りも恐ろしいものだ。普通そういうものは隠すものだが、彼等は簡単に明かした。
つまり、その程度知られようが構わないということだ。隙を突く為に乗っ取れるならば乗っ取るが良い。そして真っ向から追い込んでみせろと宣うのだ。逃げも隠れもしない。来る者は拒まずに正面から討ち滅ぼす。それが強さを自覚する彼等のやり方だ。
「魔法は難しいんだな。私は頭の中でイメージするだけだから、ぼんやりとしか認識していなかった。深く知れば知るほど難しい」
「神が使う権能は、司るものを使う権利だからな。使って終わりだろ。なのにこっちは理論やら構築やらがあるからな。ま、それでもオレ達は負けねェけど」
「神々もリュウデリア達には恐れを抱いている。地上の生物よりも完全に上位存在である神……と軽々しくは言えまい」
「別に下等生物って思われても言われても構わないんだ。単に向かってくるなら殺すというだけだからな」
「悍ましいやら不吉やら気味悪いなンぞ、同族から散々ぱら言われてるし」
「私達は……爪弾き者の……集まり。オリヴィア以外に……共に行動を……共にしようと……考える者は……居ない」
「これでもオレ達はオリヴィアに感謝してンだぜ?一緒に居てくれるし、人間の社会に紛れ込む役目をやってもらってる。リュウデリアに関しては1番望み薄だった番だぜ?」
「オリヴィアに会えたのは奇跡だ。これからもよろしく頼む」
「……ふふっ。私もお前達と会えて嬉しいさ。私からもありがとう。これからもよろしく頼む」
皆でお礼を言い合いながら穏やかに笑い合った。本当に種族を越えて、それも存在そのものが完全に違う神と龍がこうして共に行動をしているのは奇跡だろう。片や圧倒的力を持ちながら警戒心が強く、片や我々の存在こそが至高であると信じる者達だ。本来ならば会っても殺し合いにしかならないだろう。
そして龍の種族でありながら突然変異として生まれたかなり稀少な存在のリュウデリア。それと同じ姿形をした突然変異のバルガスとクレア。世界は広いというのに、こんな稀少な存在が一カ所に集まるのは天文学的数字となることだろう。なのにそれぞれが友であると認めているとくる。
楽しそうに笑い合う彼等は穏やかでふんわりとした雰囲気が漂っている。しかし突然、オリヴィアの傍に居たリュウデリア達が消えた。本当に忽然と姿を消したので何だと驚いたオリヴィアだったが、背後から唸り声が聞こえてきた。振り向いて見てみると、彼等3匹が誰かを取り囲んでいた。
各々手に魔力を覆わせて貫手を放てるようにしていたり、魔法陣を描いていたり、膨大な魔力を掌に集めて撃ち放とうとしており、いつでも攻撃が出来るようになっていた。先程まで誰も居なかっただろうに、いきなり現れたとしか思えないその者は、両手を上に上げて降参のジェスチャーをしていた。
「──────私に攻撃意思はありません。話を聞いて下さい」
「黙れ。そいつァオレ達が決めることで、お前が決めることじゃねェ」
「気配が……突然……生まれたから……何かと思えば……」
「お前──────神だな?」
「……はい」
リュウデリア達によって囲まれていたのは、女の神だった。オレンジ色の肩に掛かるかくらいの髪。顔立ちは整っていて均等の取れた体付きをしている。服装は神界の神々がしていた、キトンに似た白いものだ。それ以外は装飾品も付けておらず、シンプルな服装と言えるだろう。
表情は真剣さを帯びていながら、警戒心を抱いて取り囲むリュウデリア達の攻撃的な気配に冷や汗を流している。そんな女の神を見て、オリヴィアは首を傾げていた。確かに神格の気配がするので神で間違いないのだろう。だが、彼女のことは一切知らない。話したことも無ければ顔を見たことも無かった。
リュウデリア達が知っている訳がない。そもそも知っているならばこうして会った瞬間から殺そうとしないだろう。顔を見ても何のリアクションも取らないことから、彼等も初対面であるということが察せられる。ならば、一体なんでこんなところに突然来たのだろうか。狙いは何だろうか。その為にオリヴィアが質問することにした。
何かされても大丈夫なように、しっかりと純黒なローブを身に纏っていることを確認して、5歩分の距離を開けて対峙する。何かしようとしたらリュウデリア達が察知するし、万が一何かされても神の攻撃に対して耐性のあるローブがあるのでその時はどうにかなることだろう。
「お前、名は何だ。私の知り合いではないな。初めて見る顔だ」
「私はシモォナと申します。あなた方とは初対面です。それに間違いはありません」
「ならば何故突然やって来た?」
「それは……この3匹の龍にお願いしたい事があるのです」
「うん……?初対面でか?」
「はい」
「はッ。舐めてンのかオイ?会った事もねェ奴の頼みを、ンでオレ達が素直に聞いてやると思ってンだよ?」
「話を……聞いてやる……義理は……無い」
「聞くだけ無駄だ。さっさと殺してしまおう」
背後を取られたことには特に何も思ってはいない。不覚ではあるが、離れたところで権能を使われて、間の距離を無くして瞬間移動のように移動する類の効果があったならば、背後は取られる。しかしそれよりも気になるのが、初対面でおきなが頼み事を押し付けようとしていることだ。
警戒心を剥き出しにしていて、尚且つ囲まれているというのに頼みがあると言える胆力はあると認めてやるが、それだけだ。シモォナそのものを認めているというわけではないので尊重もしない。敵対心は無いと言っているが、だからと言って殺さないとは言わない。
むしろ怪しさが出てくるのでリュウデリア、バルガス、クレアはこの場で消してしまおうとしている。溜められた魔力がより強く強大となり、滅神の魔法陣が体に刻まれて輝いている。殺されると、圧力を肌で感じ取っている筈のシモォナは、その顔を恐怖で染めることは無かった。
「私を殺したところで何もなりませんよ。そもそも……──────あなた方は私の頼みを聞くしか選択肢は無いのですから」
「……あ゙?」
「何を……言っている?」
「訳の解らん世迷い言を」
「シモォナと言ったか?……お前は何を知っているんだ?」
頼みがあると言っておきながら、その頼みを聞くしか他に無いと言うシモォナに、リュウデリア達3匹は黄金の瞳を細めて剣呑な光を灯した。そして怒りからくる唸り声を上げるのだ。
此奴は何かを知っている。知っているからこんなにも自信ありげに言葉を吐けるのだ。オリヴィアはそれを察して、口を開くのだった。
──────────────────
シモォナ
オレンジ色の肩に掛かるかくらいの髪。顔立ちは整っていて均等の取れた体付きをしている。服装は神界の神々がしていた、キトンに似た白いもの。リュウデリア達の背後を、恐らく権能の力で取った。
謎な女の神であり、殺されることに恐怖を感じていない。だが頼みは通そうとしている。
龍ズ
気配から神であることは解ったが、何の神かは知らず、権能の能力も把握できていない。そして初対面の出会い頭に頼みを聞いてもらおうとしているので、怪しさも加えて消してやろうとした。が、頼みを聞く以外に無いと言ってくるので手が止まる。
オリヴィア
シモォナなんて神は聞いたことが無いし、顔を見たことも無い。当然話したことも無いのでどんな神なのかは知らないが、何かを知っている様子なので問い質してやるつもり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます