第129話  鍛錬




 ダムニスの街を出発して2日目。夜はオリヴィアの為にもしっかりとした休息を取るために野宿をする。虫が周りを飛んでいると、羽音が不快なので魔力障壁を展開して、適当に近くの木と木の間にハンモックを付けて寝た。


 何かが近づいてくれば気配で分かるし、リュウデリアの魔力障壁なのでそもそも突破できる生物がこんな場所に生息していない。故に夜はとてもゆっくりして全員眠り、休めた。


 そうして明くる日の今日。先に進むのは一旦やめてオリヴィアの武器を使った特訓や体術を磨いていた。相手はリュウデリアがしていて、今は互いの手に双剣が握られていた。純黒なる魔力で形成した細身で両刃の双剣は、かち合わせる度に火花を散らした。




「──────シィ……ッ!!」


「良いぞ。その調子だ。重さよりも速さによる連撃を狙え。俺のふところに潜り込むんだ。懐ほど安全な場所は無いぞ」




「……なァバルガス」


「何だ……?」


「オリヴィアって治癒の女神だよな?戦神とかじゃねェだろ?」


「その……筈だが」


「オレの目には1度リュウデリアが見せた動きを1回で完全に模倣してる気がすンだけど」


「才能……なのかも……知れん。恐ろしい……上達……速度だ」


「動きも目に見えて速くなっていきやがるし、アイツが目で追える速度も上がってる。ハンパじゃねェな」




 斬り付けてくるオリヴィアに対して、受けに徹しているリュウデリア。最初は初めて使う双剣故にぎこちなさがあったり、どうやって攻撃していけば良いのか分からない感じだったが、1度こんな風に振れば良いと、リュウデリアが流れるような12連撃を見せると、寸分の狂いも無く模倣してみせた。


 目を細めてそれを確認し、リュウデリアとオリヴィアによる打ち合いが始まる。普通の剣に比べて一回り小さい物を2つ使用しているので、双剣は一撃に乗せる重さよりも、手数で相手を翻弄しながら追い詰めて、倒すということに長けている。


 刺突をすれば体を貫通させられ、致命傷を与えることができるものの、それは当然相手も知っている。ならばそうさせない為に動くので、如何に相手に隙を作らせるかが重要になる。そこで必要なのは速度だ。


 体の運び方から脚捌き。そして武器を振るのに必要な無駄の無い軌跡。しかし武器だけでは戦いを形成できない。脚による蹴りの攻撃等も取り入れていかなければならない。武器を振り回しているので視線は前に固定しやすいので、脚を狙うのが良いだろう。


 それを思い付いて、毎秒7太刀は入れられる速度で斬り合いながら、オリヴィアは1歩1歩距離を詰めていって足を踏もうとした。それを察知して踏もうとした足を引かれてしまい不発。後ろへ下がった分をまた更に詰めていく。そして武器と足下に意識がいったと判断した時、右手の剣を発光させた。




「これならどうだ……っ!」


「ぅお……っ!眩しいな……だがまだ隙にはならない」


「くっ……っ!」




 龍の目は恐ろしく良い、というところを逆手に利用して行った発光による目潰し。堪らず目を瞑ったリュウデリアに、発光する瞬間一瞬目を瞑って目眩ましを避けたオリヴィアが一気に接近して、下から掬い上げるが如くX字に斬り裂いた。と、思った。確実に斬ったのだと。それだけの隙は作れたと思ったのだ。


 彼は眩しさで眩んだ目を使わずに閉じていた。真っ暗な中で、的確に襲い掛かる斬撃を防いでいる。脚を掛けて転ばそうとしても察知されて避けられてしまう。動きが手に取るように解っているのだ。目を封じたとはいえ、そんな相手に一撃がどうしても届かせられない。


 右手に持った剣を逆手に変えて、体を斜めに傾けて回転させながら連続で斬り付けた。ガリガリと高速回転しながら振り下ろされる剣を、左手の剣1本で受け止めきる。空いた右手の剣を手放して回転中のオリヴィアの右手を受けて手首を握り、空中へ放り投げた。


 着地する前に体勢を立て直して危なげなく降り立った。そして両手の双剣を消して刀を形成する。それを見て同じく刀を魔力で形成するリュウデリアに、先手必勝と言わんばかりに駆け出して向かった。刀身を納める為の鞘に入った状態で接近し、右手で左腰から抜き放つ居合。しかし抜刀するよりも速く、彼の尻尾の先が刀の柄頭を押さえ付けて抜かせなかった。


 魔力の肉体強化を全力で施していても、抜ける様子は無い。ガチガチと軋む音がなっているのに、リュウデリアの尻尾は微動だにしない。するとそこへ右側から彼の抜刀した刀身が迫ってくる。こちらは抜けないが、相手は抜けるという状況だ。当然隙有りと見て斬り掛かるだろう。


 そのままでは易々と斬られてしまう。そこでその場にて姿勢を低くして刀身を回避し、体を前に移動させながらぐるりと時計回りに回転させる。抜刀を防いでいた尻尾から逃れて、彼の右側面に移動して今度こそ居合を放つ。鞘の中で加速された刀身が外に抜き放たれ、刀を振ってガラ空きとなった脇に向かっていく。


 もうすぐに到達するといった時に、リュウデリアは体を左後ろに傾かせて居合の間合いから抜け出した。彼はありえない反り方をしたまま止まる。尻尾で体を支えているのだ。そして体をこちらに向けて回し、左腕を上から振るう。左手に持っているのは刀身が抜けている鞘だった。


 受け止めようとしたが膂力の差があるので、受け流す事にした。リュウデリアの脇を狙って振り抜いた刀の柄を逆手に持ち替えながら刃と峰を回して交換させ、振り下ろされる鞘に向けて横から刀を

 叩き付けた。鞘は軌道を狂わされてオリヴィアの左傍を通って地面に打ち付けられて周囲200メートルに渡って円形に罅を入れた。




「次……ッ!!うぐっ……」


「──────俺の勝ちだな」


「……はぁ。尻尾を使って抜刀させないのはズルいぞ」


「俺は尻尾だけ使って翼は使わず、魔力による肉体強化もしないと最初に決めただろう?その代わりにオリヴィアは魔法を好きに使って良いと言ったではないか」


「……それだとあまりに差がありすぎる。リュウデリアは魔力を武器を形成することにしか使っていないというのに」


「力の差があるからな。それに、俺が魔法を使っても良いというルールでやったら魔力任せに開幕の超広範囲絨毯爆撃か精神支配。もしくはブレスで終わる」


「まったく……本当に強いな」


「ふふん」




 鞘が打ち付けられて大地に大きく亀裂を入れた後、低くなった体勢を戻しながら次に出ようと思ったが、首元に刀身が当てられていて終わってしまった。勝負ありとなってしまったので、観戦していたバルガスとクレアの拍手を受けながら魔力の武器を消した。


 使う武器は自由。オリヴィアが形成した武器に合わせてリュウデリアも武器を変えるというものにしていた。そして実力差があまりにあるので、ハンデとしてオリヴィアはできる事なら自由にやって良い。その代わりにリュウデリアは武器を形成する事以外に魔力を使ってはならず、翼を使って飛んでもいけない。尻尾は許すという縛りだった。


 戦いは白熱していたが、やはりリュウデリアには2手3手も及ばない。全く相手になっていなかったと自覚しながら、強いなと褒めると得意気にふふんと言いながら、尻尾をバチンバチンと地面に叩き付けている。分かりやすく嬉しそうだ。




「よー。いい感じだったじゃねェのォ。オリヴィアは教えれば教えるだけ吸収してくよなァ。本当に治癒を司ってンのか?」


「とても……素晴らしい……吸収力だ。これに……魔法も……加われば……殆どの……者は……相手に……ならないだろう」


「そうか……?私は全く相手になっていなかったが……」


「そりゃァお前、オレ達と比べンなよ。最近戦い方を覚えたお前に負けたら、龍の名が泣くぜ。盛大にな」


「そう簡単に……私達は……負けない」


「仮に俺達に勝てるならば、最早そのローブは役目を終えるだろうな」


「えっ……それなら強くならなくていいかも知れん……」


「本当に気に入っているんだな??」


「ふふっ。愛しいリュウデリアの鱗や血を使った、世界に1つだけの代物だからな。それはそれは大事にするぞ」




 確かにリュウデリアにしか創れないので世界に1つだけのローブであるし、刻まれている魔法陣の効果は計り知れないが、それを取り上げられるならば強くならなくていいとまで言うとは思わず、目を丸くした。だがそこまで気に入ってもらえているならば、製作者名利に尽きるというものだ。


 風呂に入ったり眠ったりする時以外は基本身に纏っている純黒なるローブは、最早彼女の一部と言ってもいいのかも知れない。無ければ魔力を使うことが出来ず、魔法も使えないただの治癒の女神となってしまう。だから使っているというわけではなく、単純にリュウデリアの体の一部が使われているから好んで使っている。


 因みに、先程までの戦いで、リュウデリアがオリヴィアの事を斬ってしまうと思われるところがあったが、心配には及ばない。何せローブに物理無効の効果があり、純黒なる魔力で創った武器を叩き付けるだけでは傷付けられないからだ。斬るならば、そこへ更に頑丈なローブを斬り裂くだけの鋭利さと力を加えなければならない。


 見た目は魔力で創った刃物だが、その実刃の部分は潰してあるので斬ることは出来ないようにリュウデリアはしていた。なので思い切り叩き付けてもローブの物理無効が作用して、彼女にダメージは与えられない。まあ、念の為に寸止めをするように心掛けているのだが。




「バルガスとクレアもどうだ?」


「ンや、オレは最低限使えればいいや。武器は扇子だしな」


「私は……金鎚だが……クレアと同じく……最低限で……いい」


「そうか。分かった。……ところでリュウデリアはいつ武器の使い方を試しているんだ?あまり見ないが」


「頭の中で何百何千何万とやっている。時には魔法で精神の擬似空間を創って俺自身を相手に試す。壊れても問題ないから良い練習になる」


「魔法はそんなことも出来るのか……」


「ははッ。神界で似たようなことをしてくる鬱陶しい奴が居てな。何度も空間を隔絶させてくる鬱陶しさ。嫌でも覚えている。それを少し真似てやっているだけだ。まあ、魔法は無限の可能性を秘めているからな。何が出来てもおかしくはない」


「権能もそうだが、魔法も十分強力だな」


「魔力だけでも地形変えられるンだぜ?」


「魔法……というより……超常的な……力は……総じて……持たぬ者にとって……脅威だ」




 世界には大きく分けて2種類居る。魔力を内に内包する者と、そうではない者だ。魔力だけでも肉体を大幅に強化し、他者の力を遥かに上回る事ができる。しかし持たぬ者達はそうもいかない。持っている力だけでどうにかしなければならないのだ。


 そして魔法。術式を刻んだ魔法陣を構築して魔力を注ぎ込むことで、物理法則を無視したり、人知を超えた奇跡を現実に起こす。使い方は多岐に渡り、攻撃にも防御にも、自然を豊かにする為にも使われる。しかしそれだけの力を悪行に使う者は必ず居る。


 他者よりも自身の方が優れているという優越感は全能感へと勘違いさせ、誰の中にも眠っている黒々とした悪意を汲み取って実現させてしまう。善意は時に悪意にも転換する。故に魔法の使い方を誤ってはいけないと、魔力を内包する者には子供の頃から言って聞かせるのだ。


 有名な言葉、大いなる力には大いなる責任が伴うというものがあるが、そんなものは所詮群れて秩序を構築して他者との最低限の不可侵を掲げる人間やその他の者達が言っているだけで、いきすぎた力を持つ龍には関係無い。だからこそ、龍は秩序を脅かす敵と認識されやすいのかも知れない。




「さーってと、歩きを再開しようぜェ」


「地面が……割れて……歩きづらいが……」


「リュウデリアが鞘を叩き付けて割ったからな」


「つい力が入り過ぎただけだ。態とではない。つまり俺に責任は無い」


「責任どうこう以前に歩きづれーわ」


「……はぁ。分かった分かった。直せば良いのだろう?」




 周囲200メートルが大きく罅は入っている地面に足を取られて歩きづらいので、文句を言うと渋々リュウデリアが割れた部分を元に戻した。魔力操作で割れた部分を収縮させて埋めたのだ。試しに強く踏んでみても、しっかりと埋められているので足が下に沈むこともない。


 これならば問題ないということで、歩くのを再開した。ダムニスへ行くのは日数を掛けなかったが、港町へ行くとなると遠いので日数が掛かってしまう。このまま順調に歩いて5日程度は有するだろう。







 そんな彼等に近づいてくる影が1つ。いつ両者が邂逅するのかは、今はまだ分からない。だが近い内ということは確実だろう。







 ──────────────────



 龍ズ


 オリヴィアの技術吸収力に舌を巻いている。教えれば必ずものにするので、段々楽しくなってくる。本当に治癒の女神か?戦神とかではなく?と偶に疑問に思うことがある。





 オリヴィア


 こういった時間を使って武器の使い方を教えてもらったり、戦いの経験を積んでいる。今回は双剣と刀を使った。これからも色々と試していこうと思っているし、ローブが役目を終えない程度に強くなろうとしている。




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