第9章
第128話 役目
恐怖を呼び起こす叫びが響く。逃げ惑う者達。命乞いをする者達。武器を手に取り、他者を護らんと立ち上がる勇敢なる者達。それを蛮勇へと変える絶対強者。
そんな恐ろしき存在が居る中で、女の影が2つ。手を繋ぎながら息も絶え絶えに走っていた。いくらか距離を稼げたと判断すれば、片方が今の内にともう一方を急かす。急かされた女の周囲は歪み、この世とは隔絶される。
「──────あとはお願いね」
「■■■■■さん!■■■■■さんっ!!待ってて下さいっ!必ず、必ず役目を果たして見せますからっ!!」
「頑張ってね──────」
■■が発動する。不安にさせないように笑みを浮かべ続けていた、優しい彼女は空間を歪ませて消えようとする女に最後まで笑いかけていた。その笑みを瞼に、脳裏に焼き付けて決心する。必ず役目を果たしてみせる……と。
「──────なーるほどね。オレ達が創った滅神の魔法陣に防御性能を足したのか」
「これならば……勝手に……連れ攫われる……ことは……ないだろう」
「お前達が創ったものを戦いの中で解析していたからな」
「リュウデリアの鱗と血を混ぜて創られたローブでな、私のお気に入りなんだ。これのお陰で戦う術が手に入った」
「愛されてンなー」
治癒の女神オリヴィア。純黒なる殲滅龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。赫き破壊龍バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス。蒼き轟嵐龍クレア・ツイン・ユースティア。以上の1柱と3匹は、西の方角にある港町を目指して歩んでいた。
彼等は我が道を進む者。その道を塞ぐ者に慈悲は与えず。例外を起こさず。善を嗤い、悪を砕く。彼等を何かに縛り付けることは出来ず。屈服させるのは以ての外。高位の位に興味は抱かず。求めるのは何時だって、己より強く、己を極限まで追い詰める強さを持った者。その傍らに、微笑み見守る女神が居る。
世界最強の種族が求め、招くは戦い。圧倒的力による蹂躙及び殲滅。
龍という種族に落ち度は無い。強さを求めて、戦いを求めて戦いに明け暮れただけなのだから。その過程で強さを磨き、魔法を進化させ、魔力を漲らせた。所詮はそれについていけなかった他の種族達、有象無象が悪い。なのにそんな有象無象は、龍の怒りを買えば滅びると勝手に忌避する。
だが有象無象共は自覚が無く、足りない。それだけ忌避すれば、それを討たんと名乗りを上げる者が現れ、それについて行く仲間や、付き従う愚者を侍らせる。故にその者達との戦いを経て、龍は新たに力を得て、更なる強さへの足掛かりを学ぶ。
当然必ず龍が全ての戦いで勝てるとは言えない。負けはいくらか存在する。それを有象無象が龍殺しとして讃え、賞讃し、讃美歌を創り、歴史に残て語り継ぐ。彼の者、邪悪なる龍を討つ……と。さぁ、そんな愚か極まる愚者を皆で嗤おう。嘲罵し、罵倒し、蔑むのだ。彼等を前にしてその言葉、一語一句違わず吠えられるかと。
「はーあ。強い奴居ねェかなァ」
「血湧き……肉躍る……戦いが……したい」
「そう居まい、少なくともこの大陸には居らんだろうな。『英雄』は1人俺が殺してしまった。大きく移動すれば他にも『英雄』は居るかも知れんが、この近辺には望み薄だ。そもそも強いと言えば強いが、俺達の相手は務まらん」
「かーッ!!つまンねーッ!!どうせならここでオレ達が
「──────私は……構わない」
「専用武器を思う存分試すかァ?陸の形が変わっても僅差という事にしておいて」
不穏な空気が漂い始めた。求める戦いが出来なくてフラストレーションが溜まっているのかも知れない。それぞれが異空間から己の専用武器を取り出して手に取った。扇子を、金鎚を、刀を。横並びに3列で歩き、しっかりと前を向いて歩いているのに、殺気はそれぞれに向けられる。
彼等が本気で戦えば天変地異が引き起こされ、生物が住めない環境に変貌させられてしまう。そして戦い始めた彼等を力で止められる者はこの場に居ない。つまり、比喩でも何でもなく、大陸の形を変えられかねない戦いが勃発しようとしていた。
快晴の空には雷雲が発生して赫雷を轟かし、地上の物を全て巻き上げる蒼い竜巻と強い蒼風が吹き荒び、大地を純黒が侵蝕していく。一触即発。何か小さなきっかけ1つで数多の生命が死に絶える。だがそんな殺伐とした空気を壊したのは、たった1度の拍手だった。
「何をしているんだお前達。その暴力的な魔力は仕舞うんだ。大陸の形を変えてどうする。今は港町に向かう旅の最中だぞ」
「……ちぇー」
「むぅ……分かった」
「無論、本気でやるつもりは無かったぞ。……本当だ」
手を叩く音が響いて窘める美しい美声を聞くと、殺気も魔力も抑えられて霧散する。発生した雷雲、蒼風や竜巻、侵蝕していた純黒が消えていき、不穏な空気が漂う前の状態に戻った。
3匹が振り返る。後に居たオリヴィアが両手を合わせていた。こんな場所で天変地異などとんでもない。ましてや今は明確なやるべき事、行くべき場所が定まっているのだから、余計な破壊は撒き散らすわけにはいかなかった。
なので止めたのだが、彼女じゃなければ恐らく止まらなかっただろう。まあ……オリヴィアが言うならば……と言って専用武器を異空間に戻す3匹。しかし、後ろを振り向いた時に何か変なものが視界に収まった気がする。黒、赫、蒼の3色が複雑に絡み合った……。
「オリヴィアおまっ……オレ達の尻尾──────ッ!?」
「何で……こんな……事を……?」
「いつの間に……ッ!!」
「それぞれが殺気を漏らしてこっちに意識を割かなすぎだ。私は何も特別なことをせず、ゆっくりとお前達の尻尾を1つに纏めて結んだんだぞ?」
横一列に並んで殺気を撒き散らしていたので、ジト目をしたオリヴィアが背後に居るのを忘れ、戦い始めようとして集中していたから気づかなかった。本当ならば敵が近くに来るだけで感知するのだが、なまじ心を許している相手なので不覚を取った。
後に居たオリヴィアがやったのは、夢中になっているリュウデリア、バルガス、クレアの尻尾を纏めて1つに結ぶこと。これでもかと適当に結んだので、彼女が結んでおきながら解くのは難しいだろう。
尻尾が結ばれているという、何とも珍妙な光景に目を丸くしている。生まれてきてこんな事をされたのは初めてなだけあって、受けた衝撃は筆舌に尽くしがたい。が、そのままだと離れることも出来ないので、3色が同時に尻尾を解きに掛かったが、予想以上に適当に結ばれていた。
「ちょっ……全員でやったらしっちゃかめっちゃかだろォがッ!」
「待てバルガス。そこで俺の尻尾を……痛ッ!?強く引きすぎだッ!千切るつもりかッ!」
「……ッ!?クレア。そこを解しても……ぐッ!?お前達の……尻尾が締まって……痛い」
「いだ──────ッ!?ばっかお前らめんどくさくなって適当に引っ張るなッ!トカゲの尻尾みたいに切れるわッ!!」
「……もう面倒だ。全員尻尾を切断してしまおう」
「おいバカやめろ。刀取り出すな早まるな」
「オリヴィアに……治癒してもらうにも……普通に……痛い」
「嫌ならさっさとこれを……あ、解けた」
「「ふぅ……」」
何とか、面倒くさくなったリュウデリアが、もれなく全員の尻尾を専用武器の刀で両断する前に解いた。危なく訳の分からない理由で血を流す羽目になるところだった。戦いの中での負傷ならば全く構わないが、絡まった尻尾が解けないからという理由で負傷するのは情けなさ過ぎて嫌だ。
3匹共解けた自分の尻尾を抱き締めて無事であることにホッとする。そんな彼等に、いきなりこんなところで全力戦闘を開始しようとするからだぞ。と、腰に手を当ててジト目を向けるオリヴィア。また尻尾をどうにかされるのは嫌なので素直に己の非を認めた。
尻尾と翼をしおらせてシュンとしている3匹に、溜め息を吐いたオリヴィアが、そろそろ昼食にしようかと提案した。戦いたいのは分かったが、ここでそれをやられるわけにもいかない。だからその代わりに大好きな肉料理を作ってやるから我慢しろと。それを聞けば機嫌は戻ってテンションがぶち上がる。3匹で仲良くハイタッチをかますところを見て、クスリと笑った。
「さて、では今日の昼食のメニューは……」
「「「メニューは……?」」」
「──────鶏の唐揚げです」
「「「待ってましたッ!!」」」
早く食べたいならば調理器具と調理するためのテーブル。食べる時に使うテーブルと、腰掛ける用の椅子を人数分出してセットしておいてくれと言ったときには用意されており、オリヴィアもローブ姿から純黒のエプロン姿へと変わっていて、手にはすくい網が握られていた。3匹はもうテーブルに着席している徹底ぶり。
唐揚げに使う鶏肉はもう下準備を済ませた状態で一纏めになって異空間に入っているので、取り出せばすぐに揚げられる状態だ。大きな鍋に油を注ぎ込んで火が出る魔石が仕込まれたコンロを点けた。ボッと炎が灯って鍋の中の油を熱する。手を翳して頃合いだと判断して、1つゴルフボールより大きい唐揚げの肉を入れていった。
じゅわっと食欲をそそる音が立てられて、1度に3、4キロを揚げている。楽しみにしているのだろう、チラリと背後を見てみると、椅子に座りながら尻尾を振っている。相変わらず分かりやすいなと思いながら、揚げている最中の音が変わったものから取り出して、鉄の網が乗ったトレイに乗せて、余分な油を切ってから皿に乗せていく。
「ほら、揚がったぞ」
「おぉ……ッ!!」
「美味そうじゃんかッ!!」
「食欲を……そそる……ッ!!」
「たんと食べるがいい。元の大きさを考えれば大したものではないだろうが」
「そんなことはない。美味ければいいんだ。さぁ、オリヴィアも共に食べよう。揚げて取り出すタイミングは今見て覚えた。後は俺が魔力操作でやっておく」
「そうか?結局やってもらう事になってしまうが、リュウデリアが言うならば甘えさせてもらおう」
先に食べさせて、自分は唐揚げを次々と揚げていこうと思ったが、リュウデリア達はオリヴィアも含めて一緒に食べようとしているようで、彼が代わりにやってくれるという。揚げて出すタイミングは見て覚えたというので信じて大丈夫だ。基本彼等は覚えようと思って覚えたことを忘れはしない。
エプロンを身に付けたままリュウデリアの隣の椅子に座り、渡されたフォークを受け取って1つ刺した。彼等は魔力操作で宙に浮かべて食べるのでフォークは必要ない。揚がったばかりの熱々の唐揚げを口元に運び、一口齧った。生姜やにんにくの味が口の中に広がり、肉汁の洪水が押し寄せる。
「美味いッ!!」
「やっぱり肉だろ肉ゥッ!!」
「下拵えが……良くできて……味が……濃い」
「……うん。しっかりと中まで火が通っているな」
次々とリュウデリア達の口の中に放り込まれている唐揚げ。咀嚼して飲み込むと、はぁ……と幸せそうな溜め息を溢す。そしてまた食べ始めるのだ。気に入ってくれていると見れば分かるので、オリヴィアは良かったと呟いてから食べかけの唐揚げを口の中に入れた。
下拵えは抜かりなくやって置いて正解であった。肉料理は火を通すのに少し時間が掛かるし、料理によっては他のものも準備が掛かるので、こうやって後は少しやれば完成という状況で異空間に仕舞っているのだ。リュウデリアの異空間はそれはもう広々とした空間なのでいくら入れても問題ない。
食べながらリュウデリアが肉を揚げて皿の上に追加していく。1度に何キロも揚げられる大きな鍋を購入しておいて良かったと、オリヴィアは思った。腹ぺこな龍が3匹も居るのでいくらやっても足りない。取り敢えずと思って出してもらっているのは50キロだ。
人が4人で食べきれる量ではないが、彼等ならば肴程度のものだろう。あっという間に食べきってしまう。オリヴィアは普通の量しか食べないし、ずっと食べ続けるリュウデリア達を見て満腹感を刺激されて普段よりも食べないので早く終わる。それからは彼女が揚げ続けた。
山のように乗せてあった唐揚げは綺麗に無くなり、完食されてしまった。リュウデリア達も満足そうにしているので、腹いっぱいにはならないだろうが、そこそこは食べられただろう。使った皿は水を魔法で出して熱湯に変えて油を落とし、洗って風で乾かす。鍋の油はまだ1度しか使っていないので、また使えるようにそのまま異空間に仕舞った。
「はー美味かった」
「また……唐揚げを……やろう。その為に……道中で……材料の肉を……捕らえる」
「大きい奴が居れば良いのだが、ここら辺は比較的危険度の高い奴は生息していないからな」
「もっと肉を買っておけば良かったな」
「まあそれもあるが、狩りで捕った獲物を使っての料理も良いだろう。大きいのはあまり居ないだけで、普通サイズならば探せば出てくる」
「そうだな。私も見つけたら狩ってみよう」
簡易的な折り畳めるテーブルや椅子も仕舞い終えると、また西の港町に向けて歩き出した。程良く腹にものを収めたので、気分は実に満足なものとなっており、先程までの殺伐とした空気にはなりそうにもなかった。
肉料理が食べられて満足している3匹にクスリと笑って、リュウデリアの手を握って恋人繋ぎをするオリヴィア。1柱と3匹は、仲良く歩き続ける。
しかし、そんな彼等に、意図しない不穏な気配が忍び寄ろうとしている。何が起きようというのか。それはまだ分からない。
──────────────────
龍ズ
全力戦闘をしようとしてオリヴィアに怒られた。それもそうだ。やったら最後地形というか大陸の形が変わりかねない。尻尾を変に縛られたのは初めてで、解けるのが遅れたらリュウデリアが本当に全員の尻尾を斬り飛ばしていた。
オリヴィア
唐揚げを揚げようとしたが、最初の数キロでリュウデリアとバトンタッチした。味付けは友神のリーニスに聞いたものを採用している。味を濃いめにして下拵えをしていたが、結果は最高を貰った。また作って欲しいと言われて胸を撫で下ろしている。
????
1人は消え、1人は残った。
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