第278話 信徒へと
「──────ほ、本当に行ってもいいの?」
「えぇ。龍神信仰は来る者を拒みません」
ヴェロニカの後ろをついていく形でアーラは歩みを進めている。目的地はヴェロニカが建てた龍神信仰の教会である。戦いの中で見せたガントレットや、自身を死の淵から助けてくれた強化された回復薬などのことがあり、龍神信仰に興味を持ったのだ。
診療所の医師は全回復したアーラを見て腰を抜かすほど驚いていた。誤魔化すには苦労したが、今はそれよりも龍神信仰である。王と謁見して『英雄』にならないかと正式に言われたが、魔族には完敗していたので辞退した。
ならせめて凱旋をとの申し出も、そんな柄ではないからという理由で辞退したのだった。戦争は戦争だ。悲しい戦いだ。死んでしまった者達も居る。それを考えたらパレードを開いてもらうのは違うと思ったのだった。
「そういえば、何気にアタシってヴェロニカの龍神信仰教会に来るの初めてだよね」
「アーラさんはお忙しいですからね。さて、知っていると思いますが、ここが教会です。どうぞ」
「お、お邪魔します」
「祈祷の間へ行ってみますか?」
「おぉ……本格的。まあ教会なんだから当たり前か。そこに龍の像とかあるの?」
「いえ。この時間ならまだ──────我が大いなる主が在りますでしょう」
「──────へ?」
ヴェロニカの言葉にカチリと止まった。信仰している龍の像ではなく、大いなる主……つまり龍する居るということ?あの龍がこんなところに?世間一般的な常識として、龍は巨体を持っているというのに?てかこんなにあっさり会わせてもらえるものなの?と、頭の中に言葉が浮かぶ。
しかし、気になっている。知りたいと思った。だからアーラは自分から龍神信仰について教えてほしいとヴェロニカに相談したのだ。ゴクリと生唾を飲み込みながらヴェロニカの後をついて廊下を進んでいく。すると扉の前で止まり、取っ手に手をかけた。
この向こうに、ヴェロニカの信仰する龍が居る。なんとなく怖い。しかし取っ手は回されて扉が開かれる。震える手を押さえつけるように握りながら中に入ると……居た。
「──────よく来たな、空間魔法を扱う人間」
「ぁ……ぅ……ぁ…………っ」
無理だった。アーラは何を言われるでもなく両膝と手を床について頭を限界まで下げていた。部屋の中央に魔力で作られた椅子に腰掛け、足を組み頬杖をついてこちらを見る純黒の龍を見た。
一般的な知識にある四足歩行の龍とは違う、限りなく人に近い姿。だがだからと言って人間とは全く違う。実力がどうとか空気や気配……なんてものでは表せない、敵対なんて考えることすら烏滸がましい、まさしく最強の種族。それたらしめる、本能からくる純粋な恐怖。次元どころじゃない。生物として世界が違う。
自身より数十倍の魔力を内包する魔族が砂粒以下にしか感じない、宇宙とすら思える魔力を人型の体に押し込めたようにしか思えない。なんでここまで来ないと気づけなかったのかと不可思議に思うが、きっとここに辿り着くまで隠されていたのだ。
龍は世界最強の種族。それが共通認識。だが甘く見ていた。最強のレベルを履き違えていた。これは無理だ。形を持った災厄そのものだった。アーラは滝のように汗を掻いて床に落とし、体中を震えさせていた。リュウデリアはその小さく丸まった体を見下し、通常状態の魔力をいつもの使い魔レベルにまで落とした。
「はぁッ……はぁッ……ッ!!!!」
「魔力を抑えてやった。これで話くらいはできるだろう。いつまでも虫のように丸まっていないで座れ」
「はぐっ……っ!?」
体が言うことを聞かず、意思を無視して立ち上がると木製の椅子がいつの間にか用意されていて後ろから突っ込んできて強制的に座った。目の前にはテーブルがあり、その上には純黒の球体が置かれている。その向こうでは頬杖をついたままのリュウデリアが居て、黄金の瞳がアーラを捉えていた。
魔力を抑えてくれたことで少し余裕ができたが、それでも怖いものは怖い。目を合わせたら殺されないだろうかと不安になりながら、恐る恐る顔を上げて目を見た。ヒュッ……と喉が詰まったが、ゆっくりと呼吸して落ち着こうと努力した。
「それで?」
「ぇ……?」
「用があって来たのだろう。何の用だ?」
「ぁ……アタシ……じゃなくて、わたしは龍神信仰が気になって……き、来ました……」
「ふーん。ヴェロニカが武具を使っていたこと。それとお前の傷を治した薬のことから、後ろに居る龍の俺のことが気になったのだろう?本物なのか?偽物なのか?本物ならばどんな存在なのか?……それで?満足できたか、人間」
「はっ……ぅ、も、申し訳ありません……でした」
「何にだ?」
「うぅ……」
まったく……会話にならんぞこの人間とでも言いたげに扉の傍に控えているヴェロニカに目線で訴えると、彼女は苦笑いをしていた。仕方ないとも言えるだろう。世界最強の種族がここまで凄まじいものだとは思わなかったのだから。信仰しているヴェロニカや、子供達がおかしいだけだ。普通はこのような反応をする。
はぁ……と、溜息を溢すとびくっとアーラの肩が跳ねた。これではまともな会話が成り立たないから、慣れるまで待ってやるから落ち着けと言って時間を取ることにした。アーラは急いで精神を落ち着かせるために大きく深呼吸をして暴れ回る心臓を鎮め、目の前のリュウデリアの気配に慣れるように努力した。そしてその甲斐あってか、取り乱さなくなった。
「あの、ヴェロニカとはどうやって知り合ったのでしょうか?」
「虹の瞳があらゆる嘘偽りを見破るのは知っているだろう。それで姿を見られた。最初は口封じに殺そうかと考えたが信仰させてほしいと言われてな。信仰させてやるために試したら見事俺を満足させたため、こうしている」
「あはは……信仰心本物すぎて本物の龍に認められるとか……すごすぎだよヴェロニカ」
「話は終わりか?ならば消えるといい。もし仮に俺のことを周りに言おうものなら、お前を殺す。それは覚えておけ」
「い、いいい言いません!そ、それと1番大事な用件が残ってます!」
「ほう……なんだ?言ってみろ」
「んんっ……わたしを治す薬を、ありがとうございました。お陰でわたしは昔のように走れるようになりました。お礼を直接言いたかったんです。そのためもあり、今日は来ました」
「はッ。あれはヴェロニカに願われたからくれてやっただけだ」
「それでも……本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるアーラ。彼女は最初ヴェロニカにお礼を言いたいと言っていたのだが、これは元々主の力によるものだからと固辞してお礼を受け取らなかった。だからこうしてリュウデリアに礼を言っているというわけだ。
リュウデリアとしても、ヴェロニカの欲するものを与えただけであってアーラを助けたいと思って行動したわけではない。そもそもアーラが死んたとしてもとうでもいいのだ。
今度こそ話は終わりかと思われたが、アーラはリュウデリアとの間にある純黒の球体に目を落とした。物欲しそうな目を見てなんとなく察する。ただこれが欲しいというのは脈絡がないだろう。恐らくヴェロニカにどういったものなのか少しは聞いていたはずだ。
「俺に対する信仰心がなければ死ぬぞ。恐怖だけならなおのことな」
「……っ!?お見通しですか……えぇ、わたしは龍神信仰を知りたいと、つきましては入信したいと考えています。どうか、わたしに機会を与えてはもらえないでしょうか」
「好きにしろ。信仰心が足りず死ぬのはお前だ」
「……すーッ……はーッ……」
道すがら、ヴェロニカから主に選ばれた信徒がどのような存在なのかを聞いた。ただ信じるだけでなく、信じ続ける。これから先の信仰を色褪せず永遠に持ち続けることを条件に与えられるのは、自身の持つ力の判別と後押しであると。
ただし、その一方で全員には与えられない。主に対して一定の信仰心がなければ死ぬことになる。それすらも聞いた。聞いた上でヴェロニカは入信したいと考えた。大いなる存在は、本当に大いなる存在であると知ったのだ。
手の震えは……なかった。最後にもう一度だけ息を吸い、純黒の球体に触れた。瞬間、アーラのリュウデリアに対する信仰心を測る。結果は問題なし。よって次の工程に移る。球体に刻まれた術式が才能を検出する。それをアーラの脳内に直接流し込む。
秀でた才能はやはり空間魔法だった。他の属性の魔法も総じて才能あり。稀少性の高い才能の高さだった。しかし空間魔法の才能がずば抜けていた。歴史に名を残すことができるだけの、立派な才能だった。
リュウデリアの球体に刻んだ術式はここから更にバックアップへ移行させる。空間魔法を扱うのに必要不可欠な脳の処理速度と容量の大幅な拡大。そして魔力総量の爆発的な上昇。10秒前のアーラとは比べるべくもない、凄まじい力を手に入れた。それを自覚して、その凄まじさに思わず後退り、自身の手を見下した。
「ほう……術式が発動して生きているのか。どうやら俺に対する信仰心は本物のようだ」
「こんなに力が湧いてきて……魔力も……まるで自分じゃないみたい……」
「まあ、信仰心を少しでも褪せさせたらお前は死ぬ。それまでのものだ」
「……ありがとうございました。わたしの信仰心を、捧げます」
こうして、空間魔法の天才であり元SSランクのアーラはリュウデリア・ルイン・アルマデュラのみを信仰する龍神信仰の信徒に加わったのだった。
「──────なぁ、リュウデリア」
「うん?どうした、オリヴィア」
「どうしてあの人間の前に姿を現したんだ?」
「あぁ、そのことか」
寝泊まりしている宿の一室。リュウデリアとオリヴィアのための部屋のベッドの上でオリヴィアは座り、その膝の上に彼の頭を置いて優しく鱗を撫でながら会話をしていた。そしてふと、今日あったことを話し合った時に疑問を投げた。
対して興味を抱いたわけではない。正確には空間魔法が扱えること以外に興味を引いていなかったアーラの前に、本当の姿を現したのはどうしてなのか。使い魔が実は『殲滅龍』であると明かしたわけではないのだが、それでも本当の姿を晒したのは聞いていて意外だったのだ。
「理由は特にない。強いて言うならば、ヴェロニカが世話になったという人間だからか。少し特別な扱いをしてやったにすぎん。しかし、俺に対する信仰心がなければそのまま死んでいただけだがな。……不快だったか?それならば今後は一切姿を出さんが」
「ん?ふふ。そんなことで不快には思わないさ。私はリュウデリアの番だぞ?私にあるのは圧倒的余裕だ。……どこぞの炎龍の小娘にはつい頭きて口を出して手も出したが……とにかく気にしていないとも。気に入った人間やその他の亜人種が居たら姿を現してもいいからな?」
「そうあるものではないと思うがな」
「そっか。リュウデリアがいいなら、いいんだ。……なぁ、リュウデリア」
「ふわぁァ……ふーッ……何だ?」
「また問いになってしまうのだが、つまらなさは感じていないか?」
「つまらなさ……?」
大口を開けてあくびをするリュウデリアに寝させてあげたいという気持ちがありつつ、聞いてみたかったことを口にするオリヴィア。というのも、リュウデリアは本来命を削り合うような胸高鳴る死合いを望んでいる。今こうしている生活は、彼にとって窮屈なものだろう。
使い魔にサイズを落としているだけでも窮屈な思いをしているとバルガスやクレアも言っていた。それに加えて人間の戦いなどを見てもつまらないだけだろう。恐らく、彼からしてみたらナメクジがかけっこをして勝敗を決めようとしているのを狭い箱に入りながら見ているようなもの。つまらない以外にないはずだ。
オリヴィアが思っていることを理解して、リュウデリアはのそりと動きながら膝の上に置いている頭の位置を少し変えながら、口を開いた。
「確かにそう感じる時もある。この瞬間に、俺を殺せるだけの存在が現れないか……だがそれは無いものねだりというものだ。ずっと考えていたらキリがない。しかしだからといって常につまらないと思っているわけではないぞ?俺はオリヴィアと居るだけでも楽しいんだ。幸せを感じている。それは理解してくれ」
「……ありがとう。じゃあ一緒に居ような。これから先も、ずっと」
「看取られるその時まで、俺はオリヴィアと共に居るとも」
「ふふ。私の方が長寿だからな。だが、そうだな……もしリュウデリアを看取ったら、私は最高神に頼んで死ぬとするかな。リュウデリアの居ない世界で生き続けるなど……考えられないから」
「ならば俺も長生きするとしよう。……それに、つまらなさについては少し考えがあるしな」
「何か言ったか?」
「なんでもない。それよりも、今夜はどうだ?」
「……きて」
神に寿命はない。永遠に生きる存在。仮に死んでも記憶を受け継いで新たに生まれ直すのである。死を迎えるまでが凄まじい年月を要するのに、死んでも消滅しない。それ故にリュウデリアが死ぬ時には必ずオリヴィアが居る。いつまでも若々しい姿のまま、老いていく彼の傍に居続ける。
あまりにも長い生を持つものの宿命だなとオリヴィアは割り切っている。数千年後には、最強に思えるこのリュウデリアも死を迎えることになる。最強の種族と言えど、寿命には勝てないのだ。
ベッドの上で横になり、見上げながら両手を広げる。脚の間に入り込み体重をかけないように覆い被さってくるリュウデリアを受け止め、背中に腕を回して抱きつく。与えられる快楽に甘い声を漏らしながら、オリヴィアは胸の中の彼への愛情をより大きくするのだった。
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アーラ
ヴェロニカが言う大いなる存在がガチの龍でビビった。けど、その存在感や種族どころか強さの世界観が違うことを本能的に理解し心が屈服した。
屈服したことで信仰心が芽生え、晴れて龍神信仰の信徒の仲間となる。これにはヴェロニカもニッコリ。
ヴェロニカ
来るもの拒まず、去るものは場合によっては死ぬ龍神信仰の司教。
リュウデリアが本来の姿でアーラに会ってくれたらいいなぁ程度に考えていたら会ってくれると言ってくれたので尻尾をブンブン振りまくった。
大いなる主の素晴らしさが伝わりましたね、ウンウン。という感じでアーラが信徒になる場面を後ろから眺めていた。
リュウデリア
別にアーラ自体を気に入ってるわけではない。空間魔法を使えることに興味を持っただけ。
1番の信徒であるヴェロニカがお世話になっていたという人物だから会ってくれただけで、それ以外だったらまず本来の姿は見せない。
オリヴィアを気絶させた。
オリヴィア
リュウデリアがアンノウン以降力を振るえていないのでつまらなくさせていないか心配になった。
本当なら満足できるまで戦ってほしいが、それができる相手が居ないので悩んでいる。
途中から声我慢できなくなっちゃった。
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