第277話  主の褒美




 エルフとの戦争は早くもたったの1日で終わりを迎えた。長く続く戦いになるかと思われたが、それは相手の頭が普通のエルフであると思い込んでいる者達の話。


 凄まじい魔力を持つ魔族が相手ともなると短期決戦でないと押し切られて敗北することを知っていたアーラとヴェロニカは、この日に全て終わるだろうとわかっていた。


 ダラダラと戦争が続いて、いつかトールストの住人にも被害が来るよりはマシとは言いたいが、そうも言ってられない。それはトールストの最高戦力であるアーラの重傷だった。


 エルフの頭が魔族であることは、偽りの姿から本当の姿へ戻ったところを目撃していた現地の兵士から聞いたトールストの王は大層驚いた様子だったが、明らかに別格の強さをしていた魔族を単独で長時間相手をし、ヴェロニカと手を取り合って倒したことに喜んだ。


 しかしその後、到底見ているだけでも生きていることが奇跡としか言いようがない傷を負っていることを聞かされ、王は絶対にアーラを死なせてはならぬと厳命した。どんなに費用が掛かってもいいからあらゆる手を尽くせと。


 負傷した兵士達も自分たちのことはいいから、まずはアーラから治して欲しいと言って引かず、結果大人数の医師によるアーラの集中治療が行われた。だがそれでも、彼女の負った傷は深すぎており、弱りきっていたこともあって目を覚まさない。峠は越えたがそれだけで、いつ心臓が止まってもおかしくはない状態だった。




「──────アーラさんの治療が終わってから、兵士達の手当が行われ、現在全員の治療は終了しております。王は森に対して慎重に対応していくとのことです。それだけ『精霊王』の発現は大きいのでしょう」


「ふむ、そうか。まあ魔族に勝てたのはヴェロニカ、お前が居たからだろうな。でなければ空間魔法の撃ち合いで競り負けていたことだろう」


「ありがとうございます。しかしリュウデリア様より下賜された至宝があってこそ……あの力がなければ決め手に欠けていました。私に魔力はありませんから、あの魔族の魔力の壁は破れませんでした」


「もしかしたら、お前の全力で破れたやもしれんぞ?」


「戦い、触れ、確信しております。私だけでは勝てませんでした。アーラさんの空間魔法。リュウデリア様の至宝。この2つがなければ負けることはなくとも、勝つことはできませんでした」


「……フッ。しかと理解しているんだな。その潔い状況判断、流石は俺の1番の信徒だ」


「ありがたき幸せにございます」




 龍神信仰の協会で、リュウデリアはヴェロニカから戦争の後のことについて話を聞いていた。人間達がどれだけ死んだのかなど微塵も興味がないので、そんな部分のところを話されてもへーで終わってしまうが、それを考慮して話さなかったヴェロニカに好印象だった。


 オリヴィア達は『精霊王』となったスリーシャの力の試運転をもうちょっと行いたいという願いを聞いてトールストの外へ出かけている。バルガスとクレアもついているので万が一はありえないだろう。


 リュウデリアは魔力で形作った椅子に腰掛けながら、信徒の子供たちが作った料理を食べつつ、ヴェロニカに酒を注いでもらいながら話を聞いていた。そして話を聞いていれば聞いているほど、ヴェロニカの考え方や自身に対する姿勢に気分を良くしていった。なので彼は彼女を手招きして腰を落とさせた。




「いいぞ、ヴェロニカ。お前は実に良い信徒だ。褒めてやろうではないか」


「……っ!なんという……身に余る光栄をありがとうございます。私は幸せ者です」




 被っているベールを脱がせて、リュウデリアが腰を落として頭の位置を下げたヴェロニカのことを撫でた。硬い鱗に包まれた大きな手に優しく撫でられると、ヴェロニカは虹色に輝く眼を瞠目させると、その心地よさと光栄さに目を閉じて受け入れた。


 自身にとっての神に褒められ、頭まで撫でられたともなれば嬉しさの絶頂だろう。ヴェロニカはリュウデリアが撫で終わるまで身を委ねていた。そして頭の上から手が退けられると名残惜しい気持ちを残しながら姿勢を元に戻そうとする。しかしその前に、頬に手を当てられて親指でくすぐるように撫でられると、瞼の上から虹色の眼を撫でられた。




「お前はよく俺に尽くしている。俺はその姿勢がとても心地よい。ヴェロニカ、人間でここまで俺を気に入らせた者は居ない。せっかくだ、褒美をやろうではないか。何か欲しいものでもあるか?」


「そんな……私は信徒として当然のことをしているに過ぎません。ですので信仰し、この心、この身を捧げることこそ至上の喜び。褒美を貰おうなどと……と、言いたいのですがリュウデリア様からのご提案を無下にはしたくありません。ですので1つ、求めさせていただきたいのです」


「クックッ……そんなに畏まらずともいいだろうに。だがいいぞ。言ってみろ」


「はい。それは──────」





















 白い空間で浮かんでいる感覚。何もない。だから辛さや面白さもにもない虚無のようなもの。そんな場所にアーラは居た。起きているのか寝ているのか自分でも判断がつかない。でもきっと、死んだのだろうと考える。


 記憶はあった。だから客観的に死んだと考えた。とう考えても生き残れる傷ではなかった。致命傷なのに無理をしたのだ。仕方ないと言えるだろう。それを承知で魔法を乱発したのだから。


 魔族を倒せたのは嬉しかった。倒しきれなかったら、きっとトールストは魔族とエルフによって蹂躙されていただろうから。いや、もしかしたらあの『精霊王』が全滅させていたかも知れない。まあその時はもしかしたらトールストも巻き込まれていたかもしれないから、この結果で良かったのだ。


 まだ若いと自覚しているので、死ぬのはもったいないと思ったが、こればかりは仕方ない。体を酷使し過ぎたのだ。そのしわ寄せが来ただけのこと。トールストが無事ならば甘んじて受け入れよう。自身が死んでも冒険者ギルドは次のギルドマスターが就くし、戦力もヴェロニカが居る。大丈夫なのだ。




「あぁ……でも──────死にたくないなぁ」




 ポツリと出た言葉に苦笑いする。どうしようもないし、受け入れるし、大丈夫だと考えていたクセに口から出てくるのは生への執着だった。なんだ、まだ生きたいんじゃんと思いながら、アーラは溜息を零した。




『─────アー───聞こ───ーラさ────』




「ん?……この声……ヴェロニカ?」




『──────聞こえますか……アーラさん。起きてください』




「へへ……無理だよ。アタシ死ぬもん。あの傷じゃ助からない。ごめんね……ヴェロニカ」




『まったく……仕方ない人ですね。我が大いなる主に感謝してくださいね』




「何を……ごぼッ!?」




 何もないのに、急に水の中に落とされたように溺れた。アーラは懸命に藻掻いた。あぁ、溺れるってこんな感覚なのかなと思いながら口を押さえたり体を捻ったりしてどうにかしようと反射的に動いた。しかし苦しさは離れてくれず、アーラは死ぬ思いをした。




「──────ぶはッ!?げほっげほっ!?」




「起きましたね。おはようございます」


「ぅ゙ぇ゛っ……え、あれ……?ヴェロニカ……?」


「おはようございます」


「え、あ、うん。おはよう。あれ、アタシって死んだんじゃ……これは?え?」


「生きていますよ。確認されてはどうですか?」




 溺れたように感じて死ぬ思いをした。しかし死んでいなかった。アーラは診療所のベッドの上で飛び起きたのだ。上半身を起こして荒く息を吐き出した。傍には1番の友人であるヴェロニカが控えていて、変わらない声色で話しかけてくる。


 何がどうなっているのかと思いながら聞いてみると、自身で確認したほうがいいと言われた。なので自分の体に視線を落としてみる。来ているのは病人用の服で、何故かびしょびしょになっている。服を捲って腹部を見ると、剣が貫通していたはずの傷口は完全に塞がっている。痕もない。触れてみても痛みはない。ならば背中側も同じだろう。


 何故かびしょびしょに濡れていること以外は完璧の状態に、アーラの頭の上には疑問符で埋め尽くされている。チラリと見ると、ヴェロニカは大きな瓶を両手に持っている。濡れていることを考えると何かを自身にぶちまけたらしいのだが、それは一体なんなのだろうか。あの致命傷を回復させる代物など聞いたこともない。




「アタシが生きてるのって……ヴェロニカのお陰なの?」


「そう見えますが、私ではありませんよ。我が大いなる主によるものです。感謝するならば主に」


「大いなる主って……ヴェロニカが信仰しているのって龍じゃん。どういうこ……え?まさか、本当に龍が……?」


「私の信仰は偶像崇拝によるものではありませんよ。しかと龍を信仰しています。故に唯一無二の大いなる主を信仰し、至宝の武具を下賜され、こうしてこれまでの行いの褒美として私の願いを聞き届けてくださりました」


「……………………うっそでしょ」




 アーラは開いた口がふさがらない状態だった。初めて会ったときからヴェロニカは龍を信仰していた。冒険者を始めて金を貯めたら龍を信仰するための教会を建てて司教として活動していた。


 何を信じるのも人の自由。だから龍を信仰していると聞いても驚きはすれど否定しなかった。しかし一方で、実際に見たこともなく、破壊の限りを尽くす生ける災害たる龍を信仰できるなとも思っていた。


 趣味のようなものの延長だと思っていた信仰は、確かに信仰するに足る大いなる存在が居た。つまり、龍がヴェロニカと干渉していたのだ。そして戦場で見せたガントレットはその龍から与えられ、致命傷の傷を治しきる何かを彼女に与えた。これだけのことがあって否定することはできない。ヴェロニカの信仰する龍は、本物だ。




「回復薬に主が手を加え、効力を数百倍から数千倍にまで魔法で高めたのだそうです。恐らくこの世で最も肉体の自然治癒力を上げる薬でした。それと、主はこう言っておられました。……と」


「……ッ!!それっ……て」


「肉体が傷と認識しているものならば何でも治癒しようとするだろうとのことなので、アーラさんの古傷も肉体が治そうとするでしょう。しかし古傷なので腹部の傷より治りが遅くなるはずです」


「っ……ははっ。ぐすっ……あ、アタシ……また走れるようになるの……?またあの頃みたいに……っ!」


「我が大いなる主の力、言葉は絶対です。……おめでとうございます、アーラさん」


「うっ……うぅっ……ッあぁああああああああああああああああああああああっ!!!!ありが、ありがとうヴェロニカっ!うぁあああああああああっ!!!!」


「胸を貸すのは今だけですよ。まったく……困った人ですね」




 アーラはヴェロニカに、彼女の信仰する大いなる主に感謝した。もう走ることは一生できないとまで言われたのに、またあの頃のように走ることができる。死ぬこともない。生きている。生き続けることができる。それは全て大いなる主とヴェロニカによるものだ。


 止まらなくなった涙を拭くこともなく、ヴェロニカの胸に顔を押し付ける形で抱きついて大声を上げて泣いた。ヴェロニカは少し驚いた様子だったが無理もないと思い、手に持っていた瓶を近くにあったテーブルの上に置いて縋りつくアーラの頭を慈愛のこもった手つきで優しく撫でた。


 ヴェロニカはリュウデリアに、アーラの傷を治すだけの代物を欲しいと願った。オリヴィアの力を使えば一瞬にして完治するのだが、リュウデリアから欲しいものを聞かれたので彼から貰えるものが良かった。結果、回復薬の効力を魔法で爆発的に上げたリュウデリアクオリティの回復薬を貰ったのだ。あとは遠慮なく眠るアーラの全身にぶっかけただけである。







 犠牲なく終わることはなかった。でも最悪にはならなかった。アーラは喜びを噛み締めながら、ヴェロニカの胸の中で眠りについたのだった。







 ──────────────────



 アーラ


 リュウデリアクオリティの効力バカ上げ回復薬で傷が全快した。寝ちゃったのは傷の回復になけなしの体力全部使ったから。


 ただし、回復薬はあくまで使用した人の自然治癒力を上げるためのものであって、死にかけていると体力を使い切って逆に死ぬ。なのでワンチャン死ぬかもなとは思ったが持たせた龍が居るらしい。


 王に彼女こそ『英雄』に相応しいと思われており、恐らく近い内に正式な『英雄』となる。


 ヴェロニカの信仰はあくまで趣味の範囲程度の認識だった。しかし今回のことで本当に信仰には意味があることを知り、もっと龍神信仰について知りたいと思った。





 ヴェロニカ


 状況を完璧に理解している。ガントレットとアーラの空間魔法がなければ、魔族に負けることはなかっただろうが勝てもしなかったことを包み隠さずリュウデリアに宣言した。


 行動や言動、思想やこれまでの実績などからリュウデリアに1番気に入られている人間。頭を撫でてもらい対価なしの褒美を貰えるような存在。


 王に『英雄』にならないかと打診されたが、自由を失い誰かのために戦うことを強制されやすい『英雄』はお断りだとはっきり口にして辞退した。


 ただし褒賞金をたんまり貰ったので、この際に龍神信仰教会を改築して大きくしようかと考えている。


 ちなみに、リュウデリアに撫でられた時は本当に口から魂的なの出ちゃうくらい感動していた。





 リュウデリア


 ヴェロニカというお気に入りができた。それもかなり気に入っている。なので頑張ってきたことと、頑張ったことを考慮してご褒美をあげたが、まさか魔法でちょっと効力イジった回復薬でいいと言われるとは思わなかった。


 ガントレット以外の武具と言われてもあげるくらいの気持ちだったのに、それを選ばなかったところも好印象。


 求められてあげるよりも、自分の意志によって誰かにあげる方が完成度がえぐいタイプ。


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