第279話  元気でまた






「──────行ってしまわれるのですね」


「──────元より旅をする冒険者というていで動いていたからな」


「何かあれば瞬間転移テレポートで来る。まあ、お前なら心配なんぞないだろうが、これまで通り自由にやっていけ」


「はい。また会える日を心待ちにさせていただきます。どうかお元気で」




 王都トールスト。ここも発つ日がやって来た。正門から離れたトールストの外で、全身を純黒のローブで包んだオリヴィアとスリーシャ。そんな彼女達の肩に乗っている使い魔のフリをしたリュウデリア、バルガス、クレアは、見送りに来たヴェロニカと話をしていた。


 見送ってくれる者はたった1人。しかし彼等にはこれだけで十分だ。と言っても、リュウデリアは大いなる主ということで涙ながらに龍神信仰の信徒達に教会で見送られたのだが。


 リュウデリアはヴェロニカを人間であるのに気に入っている。なのでてっきり旅のお供にと誘うのかと思ったオリヴィアだった。もちろん、来るか?と彼から軽い形で誘われていた。神として信仰する彼の言葉だ。陶酔しているならば飛びつくだろう。そう思ったが、ヴェロニカの返答は違った。




『至上の喜びです。しかし──────リュウデリア様を信仰する、まだ小さな子供たちが独り立ちできるまで私は面倒を見るつもりです。司教として、私は当分この教会に居ます。自由に生きる私の“今”やりたいことは、これですから。ですが、いつかはお供させてください』


『ククッ……良い答えだ。頑張るんだぞ』


『はい。お心遣い、感謝いたします。リュウデリア様。我が大いなる主よ』




 自由に生きることを夢見た少女は、自身の力と才能を使って自由を手に入れ、そして信仰する龍にその身と心を捧げ、世界で唯一本物の龍から認められた信仰者となった。


 だがだからといって彼女の生き方は変わらない。例え全てより優先される主からの誘いであろうと、今やるべきことがあるならば断りを入れる。そういう在り方を気に入られたのだから、それを覆すことはない。


 ヴェロニカは旅に出るリュウデリア達のことを、その嘘偽り、真実のみを暴く虹色の眼で見つめたあと、ゆっくりと頭を下げた。その美しい所作には敬愛と慈愛が見え、これからの旅の幸があらんことをと祈っているようにも思えた。




「皆様、お世話になりました。何かありましたら、どうぞお気軽にお声をかけてくださいませ。幸あらんことを祈らせていただきます」


「こっちこそ世話になった。ありがとうヴェロニカ。私もお前とまた会える時を楽しみにしている」


「私も、ありがとうございましたヴェロニカさん。また会いましょう」


「また……会おう……ヴェロニカ。」


「オレもお前を気に入ってンだぜ。お前はいい人間だ。死ぬンじゃねぇぞ~」


「ばいばい!ゔぇろにか!げんきでね!」


「ではな、他の信徒を導けよヴェロニカ」




 リュウデリアの別れの言葉を最後に、人間なんて居ない人外のみで形成されたパーティーはヴェロニカに背を向けて歩みを進めた。彼等彼女等の背中を眺めていたヴェロニカは、最後にゆっくりとまた頭を下げた。


 遠ざかっていく龍、神、精霊。こんな異色のパーティーを送り出すのがたった1人の人間というのは笑い話になるだろう。ヴェロニカは頭を上げて小さくなった背中を眺めながら、小さく息を吐いた。




「いってらっしゃいませ。……はぁ。寂しくなります」




「──────ヴェロニカー!おーい!なんか突然変異の魔物が出たんだってー!また一緒に行かなーい!?」




「まったく……困った人ですね」




 遠くから聞こえる自身を叫び声に、また小さく息を吐き出しながら薄黒いベールの奥で苦笑いをすると踵を返した。大いなる主との別れに涙を流す時間すらくれないらしい。まあそれもいいかと、リュウデリア達からもらった温かい言葉を胸に、ヴェロニカは踵を返しながら手の甲に刻まれた刻印を撫でた。



























「──────さて、次はどこへ向かおうか?」


「と、その前に言わなくちゃならねェことがあンだよな」


「私からも……ある」


「……なんとなく察してはいるが、なんだ?2匹とも」




 トールストを出立して少し。次はどこへ向かおうかという旅をするなら決めないといけない事を話題にしようとしたところ、クレアとバルガスから待ったの声がかかった。なんとなく、そうなんじゃないかという考えがオリヴィアにはあったが、敢えて話題にしなかった。


 しかしやはり、2匹はオリヴィアの考えていたことを言うつもりのようだった。気配で彼女の気持ちを察した2匹は、ケラケラと軽く笑いながらスリーシャの肩から降りて人間大の大きさになった。




「オレ達とはここでお別れだ」


「アンノウンの……件から……世話に……なった」


「……そうか。行ってしまうのか。賑やかなのも好きだったんだが……」


「へへっ。なーに、一生の別れじゃねェんだ。また何かあったら合流するぜ」


「その時は……今回のように……旅を……一緒に……しよう」


「……元気でな。アンノウンの時のように死にかけないでくれよ。生きてさえいれば、どんな怪我だって治癒するから、生きて私のところに“帰って”来るんだ。いいな?」


「……ククッ。あいよ。オリヴィアに怒られたくねェからな」


「約束……する」




 クレアとバルガスが合流してまた一緒に行動していたのは、アンノウンに襲われて死にかけていたからだ。自身を専用武器に封印しなければ死ぬ状態で再会したため、別れるとまたそういう状況に陥るのではと思ってしまう。


 そういう心配をされて、バルガスとクレアはケラケラと笑うと安心させるためにオリヴィアの前まで行くと、頭頂部に鼻先を付けた。本当に親しい者にしか行わない行為を2匹から受けて、彼女は寂しそうに微笑んだ。


 オリヴィアの肩からリュウデリアが降りて同じく人間大の大きさになる。彼はクレア達に右手の拳を向ける。するとそれを見た2匹も口端を持ち上げて、同じく右手の拳を向けてガチンと鱗を合わせた。




「今度は勝手に死ぬんじゃないぞ」


「はッ。死んでねーし!お前こそ気をつけろよな」


「強いやつは……割と……潜んでいて……近くに……居る」


「誰に言っている。むしろ望むところだ。では、またなバルガス、クレア」


「おう、じゃあな。スリーシャもありがとな!楽しかったぜ!何かの機会があったら『精霊王』の力試させてくれや。ミリ!リュウデリアにちょっかいかけすぎんなよ!」


「それは……いい。私も……頼みたい。また会う……ときを……楽しみに……している。ミリ……元気で……な」


「ふふ。バルガスとクレアの相手は荷が重すぎます。また会いましょう。私も楽しみにしています」


「ばいばーい!」




 スリーシャとミリにも挨拶をしたクレアとバルガスはバサリと背中の翼を広げると、跳躍しながら空へと飛翔した。凄まじい速度で飛んでいきながらより加速する。蒼い線と赫い線になり、リュウデリア達の上を旋回すると各々別の方角に向かって飛んでいき、あっという間に消えてしまった。


 みんなが手を振っていた。しかしもう見えなくなるとオリヴィアやスリーシャが寂しそうに笑った。数少ない親しい者達との別れは、長い年月を生きる神と精霊からしても寂しいのだろう。リュウデリアはそんな彼女達にまた会えるからそう寂しそうにするなと少しおちょくりながら、飛んでいるミリを掌に呼ぶと頭の上に置いて座らせ、そのまま歩き出した。




「さて、話が途中で終わってしまったが……次は西へ向かおうと思っている」


「何があるんだ?」


「西の方には俺も行ったことがない“砂漠”が広がっている。この西の大陸の約3分の1は砂漠によって形成されているんだ。残る3分の2のこちら側とは山によって区切られていてな。正規ルートで行くならばエルフが居た森から北西に進み、北の大陸へ行ける船場を一度跨いで西の方へ行く。そうすれば山に開けられた穴を通って行ける。しかし俺達にそんなものは必要ない。山を直接越える。だからこのまま西へ向かう」


「ねぇねぇりゅうでりあ。とちゅうにはにもないの?」


「此処から歩きで1週間程歩いたところに湖があった筈だ。そこから更に2日で山。山は3日かけて越え、越えたらまた1週間程歩けば砂漠地帯に入る」


「そうなんだ!」




 本を読み漁っており、もちろん地形図に関するものも読んでいる。それを頭の中から引っ張り出してオリヴィア達に伝える。そして現地に関しては情報はない。行ってからの楽しみに取っておくのだ。しかしこれだけは言っておこうと思い、リュウデリアはオリヴィアに笑いかけながら言うのだ、砂漠地帯には中々に大きなダンジョンがあるらしいぞ……と。




「……っ!ほうほう。それはそれは。楽しみじゃないか」


「ダンジョン……自然発生する空間のことですよね?」


「そうか、スリーシャはダンジョンを見たことがなかったな。クックク……オリヴィアが初めて経験したダンジョンの話を聞くか?」


「えぇ、是非聞かせてください」


「どんなだんじょんだったの!?」


「リューウーデーリーアーーー??」




 ここ最近触れていなかったダンジョン。ダンジョンとは、大地に張り巡らされた龍脈……言わば莫大な魔力が流れる地球の太い血管のことであり、その龍脈に流れる魔力が漏れ出て形を為し、地下空間を広げているものを指す。


 内部の広さは1つ1つが異なっており、大きければ大きいほど、内部にある掘り出し物の宝に期待が出来る。発生する魔物は生き物ではなく、大地やその周辺の龍脈に記録された記憶にすぎない。討伐されて死んだ死体が龍脈を通じて記録されてダンジョンに使われるのだ。なのでダンジョンができた場所によって発生する魔物は違う。


 地中に埋まっていたりする武器や防具、消耗品などが存在するのでそれを狙って潜る冒険者も居る。当然お宝が殆ど出ないようなダンジョンもあるため、そこら辺は完全に運との勝負になる。


 ちなみに、内部にある宝というのは、ダンジョンが形成される前にその周辺に落ちて大地の中に呑み込まれてしまった武具、アイテムなどのことを言う。高名なものが落としたり魔物に襲われて死亡し、誰にも拾われることもなくそのままになっていたりすれば、ダンジョンに巻き込まれて宝として発掘されることがある。大体は発生する魔物に持たされて使用されるため、必然的に魔物を倒して奪い取る必要がある。


 内部を進んでいき、一番深い最深の場所にはダンジョンの核が存在し、それを破壊することによりダンジョンは自壊する。破壊後すぐに崩壊はせず、数日掛けてゆっくりと崩壊していくので壊したからといって生き埋めになることは無い。だが間に合わないと生き埋めになるので注意が必要となる。


 リュウデリアはジトリとオリヴィアに睨まれながらクツクツと可笑しそうに笑う。スリーシャとミリはどうしてオリヴィアが怒っているのか不思議そうにしているが、彼女としては知られたくないだろう。何せウキウキとダンジョンに入ったらゴブリンしか出ないたったの6階層で、狭く弱い超小規模のゴブリンダンジョンだったのだから。




「わかったわかった、言わんから怒るな。そういうことだ。すまんがオリヴィアに聞かれたくないのでな、勘弁してくれ」


「ふふふ。オリヴィア様が怒るんですから、聞くのはやめておきましょうか」


「えー!?あんなふうにいわれたらきになっちゃうよー!」


「────── ミ リ ? 」


「はいごめんなさい。きかないです。いいこにします」


「よし」




 リュウデリアの頭の上に乗って聞きたそうにしているミリだったが、フードを被って暗くなったところから一対の朱い眼が妖しい光を放ったのを見て、サッと正座をしてぷるぷる震える。これ以上は聞いたらどうなるかわからないと思ったので従うことにした。賢明な判断と言えよう。


 珍しくオリヴィアが怒っているので、それに苦笑いしているスリーシャ。どうやらダンジョン関係であんまりいい思い出がないようだと察する。それもあんまり知られたくないようだ。


 わちゃわちゃしながら、龍、神、精霊の異色パーティーは西に向かう。取り敢えず目先に向かう場所は湖。その後は西の大陸を3分の2と1に分断している山を越え、その後にメインとなる砂漠地帯に入る。


 なんだかんだ道のり的には1番日数がかかる旅になる。リュウデリアの背中に乗って飛べば数分で着く距離ではあるのだが、歩いて旅をしてこそだろう。


 彼らの旅や発見はまだまだ終わりそうにない。今度はどんな出会いがあるのだろうか。どんな戦いがあるのだろうか。そしてどんな別れがあるのだろうか。






 リュウデリア・ルイン・アルマデュラ一行の旅は続いていく。







 ──────────────────



 ヴェロニカ


 龍神信仰の司教。信仰者の中で最も偉い人物。


 いいところの生まれであり、何不自由なく暮らせる身分だったが真実のみを暴く虹色の眼を気味悪がれ外に出してもらえず、自由を知らぬ身だった。


 小さな頃に一冊の本に出会い、それに載っていた災厄と共に自由の象徴とも言える龍に憧れ、家名を捨ててヴェロニカとして生きていくことを決意する。


 魔力がなく、魔法が使えない。しかし生まれ持った強すぎる腕力を使い、ソロの高名な冒険者として名を馳せた。魔力があれば『英雄』に至ったと噂される程の力を持つ。


 自由の象徴である龍を信仰する龍神信仰を立ち上げ司教として過ごす、篤い信仰者。リュウデリアに出会ってからは彼のみを信仰し、その生き様や強さを買われ、リュウデリアの鱗から作られた武具を下賜された。


 リュウデリア・ルイン・アルマデュラに気に入られた、唯一の人間。





 アーラ


 ヴェロニカの冒険者時代の先輩。彼女に色々なことを教えた人物で、使用する難易度の高さから使い手をほとんど居ない空間魔法を得意としている。


 視界に映るものを視界に映る範囲内で好きに転移することができる。魔力にも恵まれ、『英雄』最有力候補だった。しかし昔のパーティーメンバーの危ないところを庇った際に足を負傷してしまい、走ることができない体となってしまった。


 それからは現役を退き、トールストの冒険者ギルドのギルドマスターをしていた。しかし有事の際に備えて鍛錬は怠らず、空間魔法の練度も相当なもの。


 魔族との戦いのあとは龍神信仰の信者となり、ギルドの冒険者達を驚かせた。リュウデリアの魔法が刻まれた球体にバックアップを受け、別人のような空間魔法の練度と莫大な魔力を有し、走れる健全な体を手にしたため、生活が楽しくて仕方ない様子。近々ギルドマスターを違うものに渡し、冒険者に戻ろうと考えている。





 龍ズ


 アンノウンとの戦いで死ぬ寸前まで負傷したバルガスとクレアが治癒されてから行動を共にしていたが、新しく旅に出るタイミングにより別れて別行動することになった。


 別に最後のお別れという訳ではないので簡素なものの、死にかけたことをオリヴィアに心配されたことにむず痒いながらも嬉しい気持ちがある。





 スリーシャ


 極めて稀な可能性を、稀有なことに多大に持っていた精霊の個体で、リュウデリアの手により精霊の最上位の存在である自然を司る『精霊王』に至る。


 自然に関することならば神であり王となる。自然を司り、曰く、その存在は数千年は現れておらず、自然という世界を創り出し、自然の理を捻じ曲げるという、精霊で最強の存在。


 内包する魔力だけならば、専用武器を解放して本来の力を取り戻したバルガスとクレアの総魔力量すらも超える。


 人間に紛れて生活する際には漏れ出てしまうことを考慮し、リュウデリアにもらった純黒のローブに魔力を抑え込む術式を刻んでもらい、咄嗟の際に莫大な魔力を出さないよう配慮している。


『精霊王』になった際に少女のような見た目から女性へと見た目へと変わった。美を司る女神より美しいともてはやされたオリヴィアを以てしても、凄まじい美しさを持つと言わしめる。





 ミリ


 スリーシャが『精霊王』になったことに嬉しそうにしている。いつか自分も成長したいと思って、ムンっと頑張っている。先は長そう。





 オリヴィア


 死にかけたところで再会したので、バルガスとクレアが心配。でも、生きてさえいるならばどれだけ肉体が欠損していようが治癒することが可能なので死なないことを祈っている。



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