第136話  未来が視える






「──────はぁ。まったく。あー面倒だ。俺は一体幾つの国を滅ぼせば情報を手に入れられるのだ。何の偶然か俺の前に出て来てくれれば手間が省けるのだが……はぁ」




 死体の山。死屍累々。その中で1匹、リュウデリアは愚痴を溢していた。聞いてくれる者は居ない。何せ全員殺してしまったからだ。国に住む神々の、向かってくる者達を次々と殺していった。邪魔であり鬱陶しく、剣を向けてきたからだ。


 一般の普通の神は、戦いの神を紙屑のように引き裂いて殺すリュウデリアに恐れを為して逃げていった。国の外にでも出たのだろう。その者達には何の用も無いので放って置いた。


 国に関わる重要な情報を握っている国王だけを残して残らず殺し、いい加減飽きてきた同じ問いを投げ掛け、そして知らないという返答を得る。神の癖に殺さないでくれと泣き叫びながら命乞いをするもので、つい目障りが過ぎて殺してしまった。


 手の中で国王の被っていた王冠を弄び、粘土のように変形させてながら考えていた。このまま同じ事を繰り返すのか。それに意味があるのか。強大な存在……怪物が神々を襲ったならば、それらしき戦闘跡が残されているはず。それを探せば良いだけではないのか。


 だがそれをやるにも面倒になることが1つ。適当に飛んで行った先が戦闘跡がある方向と反対側だった場合だ。余計に時間が掛かる事になる。しかしそれを考えたところで頭を振った。そんなつまらないことを考えてどうするのだと。




「考えても仕方ないな。少しやり方を変えてみるとしよう。聞き込みではなく、戦闘跡を探す方針で」




 椅子にしていた死体の山から飛び降りて着地し、手に持つ王冠を両手で握り潰して丸い塊にして捨てた。血溜まりで広がる地面を少し歩いてしゃがみ込み、脚力で足場を砕きながら飛び上がった。空を飛翔しながら下を見て戦闘の形跡が無いか探していく。


 神界を滅ぼすとまで言われている怪物が、周りに被害が出ないように気を遣って行動を起こしたりだとか、戦っても被害が出ないという事はありえないだろう。見れば一目瞭然のものが残されていてもおかしくはない。


 空を飛びながら、話を聞きやすいように体の大きさを人間大にしていたが、それを解いて元の大きさに戻る。体の大きさを変える魔法は少ない魔力で維持できるので使っていたが、最早要らないだろうと思ったので元の大きさになったのだ。


 魔力を推進力として使った場合には音の壁を容易く越えるが、使わないとなると速度は著しく落ちる。それでも時速200キロ以上は軽く出るのだから恐ろしい。そんな速度で高度2000メートル上を飛びながら地上を眺めている。


 何の変哲も無い大地が広がっている。荒らされた形跡のない綺麗な大地だ。時には広い湖があるので景色の眺めは良いのだろう。残念ながら求めているのは景色ではないのだが。リュウデリアは大きな溜め息を溢しながら、それでも眺めていると地上戦からキラリと光るものが見えた。


 小さな光だ。恐らく鏡か何かで光を反射させているのだろう。だがそれが連続して起こされると意図してやっているようにしか思えない。まあ、まだまだ先まで美しい大地しか広がっていないので寄り道してみるか……という軽い気分で地上へと急降下していった。


 落下による速度で空気との摩擦による高い熱を帯びながら地上へと向かっていき、少しずつ減速して降り立つ。リュウデリアが降り立った場所は破棄された村のような場所。その中で一番原形を保っている廃屋の屋根の上に、輝くクリスタルを持った笑みを浮かべ続ける見窄らしい服を纏った男が居た。




「お前が俺に光の信号を送ってきた奴か」


「──────うん。そうだよ。僕が君に合図したんだ。この場所のあのタイミングで光を放てば君が気づいてくれるっていうのが殆どの未来で視えたからね。少しズレると君が素通りしてしまうから賭けの部分があったよ。けどこうして会うことが出来たんだから良かった。あはは」


「ほう……俺が気づく……と」




 見窄らしい服は、神界の神がよく身に纏っている布を巻いたような服ではなく、むしろ地上に居る人間達が着ているような服のようだった。それが経年劣化によって解れたり破れたりしてしまったような、そんな服だ。頭にも帽子を深く被っている。


 なのにずっと笑みを浮かべながら不思議な発言をしているので、少し奇妙に映るだろう。だが圧倒的体格差、見上げるほど大きなリュウデリアが上から見ていても、全く怯む様子が無い。不思議な神も居たものだと




「それで、この俺を呼んで何の用だ。まさか物珍しさから呼び寄せたのではないだろう?未来が視えるようだしな。だがつまらん話ならば相応の目には遭ってもらうぞ」


「大丈夫な筈さ。僕が君にとって有益な情報を教えれば、無闇に殺さないと未来に出ているもの。だから僕は君に殺されないように、耳を大きくするようなビックリの情報を教えてあげる。そして約束して欲しいな。きっと遣り遂げるって」


「何をだ?」


「今から少し先の君に言ってるんだよ。すぐに分かることだけど言わなくてごめんね。友達にはよくややこしい奴って言われるんだ。これが僕だから仕方ない事なんだけどね。まあその友達とも最近会えてないからそろそろ会いに行かないとと思ってるんだけどタイミングが悪いみたいでね。あ、そこ危ないよ」


「無駄にお喋りな神……何?」




 お喋りな、未来を視ているという神の流れるような最後の言葉に訝しげな表情をすると、背後で大きな音が発生した。正体は地中に生息する硬い外殻に覆われたワーム状の神物で、目も耳も無く、地上から伝わる振動のみを頼りに大きな口で獲物を捕らえるのだ。


 元の大きさに戻ったリュウデリアが降り立ったので、その時の強い振動に反応してやって来た。体は非常に大きく、口を限界まで開けば元の大きさのリュウデリアを頭から呑み込めるのではないかというくらいだ。円形に広がる口の中は大量の唾液と所狭しに並んだ鋭い牙が見える。


 何かと思って振り向いた時、片脚の位置をずらした。その時の振動を感じ取ってワームのような神物が、上から丸呑みせんと向かってきた。お喋りな神はこの先を知っているのか、最初から浮かべている笑みを絶やすことなくリュウデリア達のことを眺めて観戦していた。


 迫ってくる巨大な口。村であろうものが残されて、住んでいた神が居ないのはコレが原因かと納得しながら、リュウデリアはそれ以外に思うものは無く、無感情に振り向き様で裏拳を叩き込んだ。頭だと思われる場所が裏拳の威力に耐えきれず横に向かって千切れ飛んで行った。当然の勝利を噛み締めることもなく、彼はお喋りな神に向き直った。


 が、それだけでは終わらなかった。リュウデリアの真上から直径10メートル程の隕石が落下してきたからである。どんな偶然なのか、無限にある大地の、彼が居る所に落ちてきて、狙い澄ましたように頭に目掛けていたのだ。5メートル四方なので核爆弾と同等かそれ以上の破壊力を秘めた隕石に気がついて見上げる。


 何故こっちに向かってくるのか首を傾げ、だがあくまで余裕そうに迎撃した。衝撃波を撒き散らしながら落ちてきた隕石に拳を打ち込んだ。そのぶつかり合った非常に強い衝撃で周囲もタダでは済まないと思われたが、彼の拳が隕石を粉微塵に変えたので事なきを得た。大地に付いていれば、きっと辺り一帯は悲惨な事になっていたことだろう。




「あんな生き物如きでどうにかなる俺ではない……と言いたいが、忠告したのは隕石の事についてか」


「そうだよ。君はさっきのあの子を倒すこと以外考えていなかったと思うけど、あそこで何もせずにジッとしていれば、空から大きな鳥が来てあの子を捕まえようとする。けど隕石に途中で当たって減速して、最後はあの子に当たって終わりだったんだ。被害も無いよ。少し地面が抉れるくらい。だけど君があの子を倒したから狙う獲物が無くて鳥は来なかった。未来というのは奇跡で複雑に絡み合っているんだ。僕はそれが少しだけ視えるだけさ。そうだなぁ、確定する前の分岐した複数の現実を観測できるって感じかな」


「つまり、お前の視える未来は確定するまでは複数在るものであり、その未来を視ることができるということだな。先程警告したのはその中の1つの、1番現実に成り得る可能性を秘めた現実だったということだ」


「そうだよ。ちなみに、僕の名前はノアーシっていうんだ。僕の友達は気軽にノアって呼ぶよ。君のことはリュウデリア君って呼ばせてもらうね。気軽に僕の事をノアって呼んでよ。折角もう少しだけお話しするんだから」




 ノアーシと名乗ったこの神は、人畜無害そうな表情を浮かべたまま話し続けた。恐らく権能だろう力で、少し先のあらゆる可能性がある現実を観測して視ることができるという彼に、リュウデリアは興味を示していた。未来予知とかではなく単純な観測だ。それはリュウデリアにもできない芸当である。


 シモォナというかなりの制限があるとはいえ時間跳躍を行える神に、多種多様で複雑な未来を視ることができる神。今までに相当な数の神を殺してきているが、やはり神という種族、存在は地上の生き物とは一線を画す力を持っていると改めた。


 そして話は戻すが、リュウデリアが興味を抱いたノアーシについて少し考える。未来が視えるという彼が態々自身を呼び出したのは、相応の理由があったから。それに、教えたことを遣り遂げて欲しいと言っていた。つまり実行してもらいたいものがあるということだ。


 この時間軸で彼を動かせる理由は限られてくる。その中で最も可能性が高いのは、今探している怪物に関連したものだろう。はぐれたオリヴィア達の居場所を教えても、遣り遂げるという言葉は使わない。ならば、怪物については如何だろうか。居場所を未来を視た事で知り、それを教えるから倒してくれ……それを遣り遂げると言うならば合っているだろう。


 というよりも、この線以外でリュウデリアを動かすことはできない。意味の無い事を言っても、邪魔されたと感じて殺される可能性が1番高いことを、彼自身が客観的に分析して予想する。ならば、可能性が高いというよりも確定と言っていいのだろう。




「──────居場所を視たんだな」


「……いやー、やっぱり理解わかっちゃう未来にいくんだね。まあリュウデリア君にとっては簡単な予測だよね。でも“彼”の居場所については僕の方が有利だよね。どうするのかな?教えてもいいけど僕を殺さないことと、必ず倒してくれるというのを条件として呑んでくれるかな?」


「……良かろう。名乗ってもいない俺の名も言い当てている時点で未来が視えるというのは信憑性がある。神界を滅ぼせるという怪物の元へ俺を連れて行け。代わりにお前を殺さず、怪物を殺すという条件を呑もうではないか」


「良かったぁ、あはは。未来で視えていても緊張するものだね。僕に未来を観測する力以外何も無いから抵抗もできないんだ。リュウデリア君が大声を出すだけで僕はビックリして倒れちゃうくらい弱いんだ。だからお手柔らかにお願いね」


「ふん。それで驚異的な肉体の1つでも持っていれば、戦いに於いて良い力となっただろうに」




 ノアーシを殺さないこと。怪物を必ずや倒すこと。それを条件にリュウデリアは怪物の居場所を聞くことにした。口からのでまかせであるという可能性も無きにしもあらずだが、今の時間軸に来てから一度も口にしていない己の名を言い当てたことで、未来を観測する力は本物だと思うことにした。


 友好的な証としてなのか、右手を差し出してくるノアーシに真似て、大きな右腕を動かして人差し指の鋭い指先を出した。それを握ってよろしくと言ってくるので、所詮は短い間だとだけぶっきらぼうに返した。それでもノアーシは笑みを浮かべていた。


 握手を終わらせたところで、リュウデリアが掌を上に向けて差し出す。この近くに居ないことは確実なので、飛んで移動しようとしているのだ。乗れという無言の言葉を汲み取ってノアーシが廃屋の屋根の上から飛んで掌の上に乗った。


 自身は全く力を持っておらず、とても弱い存在だと自身の口から話していて、気配からも弱いということが解るので、掌に球状の魔力障壁を展開して外からの攻撃や飛んでいるときに叩き付けられる風から身を守れるようにしてやった。それについてありがとうと言われたので、ふん……と鼻で返事をしてから、驚異的な脚力で跳び上がってそのまま大空へと飛んで行った。


 自分の目で実際に空を飛んだ時の光景を見たことが無いのだろう。下を見て楽しそうにしているノアーシをチラリと見て、まさか怪物を見つけるのにこの時間軸の存在、ましてや神に助けられる事になるとは思わなかったリュウデリアは何とも言えない気持ちになったが、背に腹は代えられない。






 神界を滅ぼす怪物。その元へとリュウデリアが着々と辿り着こうとしていた。とある、未来が視える神の導きによって。






 ──────────────────



 ノアーシ


 確定されていない分岐した現実を観測して視ることができる。だが本人はそれ以外に力を持っていないので、未来を大きく変えるような事はできない。あくまで観測できて視ているだけ。内心ちょーうざったい力だと思っている。


 リュウデリアが空を飛んでいて、ちょうど気づいて降りてくるタイミングを視て呼び寄せた。彼に襲い掛かった神物についてや、隕石についても視えていた。





 リュウデリア


 これからどうやって探すか……よし、ぶっ壊されたであろう大地を目印に探してみよう!としていたところで、未来が視えるという神のノアーシに呼ばれて、導いてもらう事になった。オリヴィア達よりもリードした。


 神に導いてもらう事に少し思うことがあるが、自力で見つけるのは難しく、手詰まり気味だったのは自身でも理解している。




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