第171話  乞う






「俺は今回の“御前祭”に出場してる者ッス!めちゃくちゃ強い黒龍のアンタに感動しました!その強さを教えて下さい!」




 態々大勢の龍の中から掻き分けて出て来た龍が、リュウデリアの前まで来て深く頭を下げながら言った言葉はそれだった。彼は狂気を撒き散らしたことでその他大勢と何も変わらず怯えていた。今もだ。前に立つだけで、リュウデリアとその後ろで興味深そうに見ているバルガスとクレアの覇気と魔力に当てられ、体が震える。


 意識は教えを乞いたい。だが体は正直なようで逃げ出したい。形振り構わずこの場から走り去りたい。その勝手な行動を慎むように歯を食いしばっている。体が震えてしまうのは仕方ない。もうそれだけはどうしても止められないから。けど、教わりたいという気持ちを知ってもらうために頭は下げ続ける。


 青年の姿をした龍の後頭部を眺めながら、顎下を擦った。さて、どうしたものかとリュウデリアは考える。強さの秘訣が知りたいらしいこの龍には、別に教えてやっても良い。だが教えてやっても良いことと教えてやることは別物だ。ましてや先程まで話していた、龍の姿を捨てている龍の1匹でしかない。


 半目になって見つめていたリュウデリアは、黄金の瞳に妖しい光を灯した。その瞳で頭を下げる龍の体を観察していく。そうして少しの時間が過ぎた頃、頭を上げろと言って顔を見合わせた。そして口を開き、返答を聞かせる。




「──────断る」


「……っ!何故ですか!どんなに厳しくても俺、何でもやってみせます!」


「そんな根性論の話では無いわ。そもそも俺はお前に何も感じん。その他一切と同じ塵芥ではないか。光るものが無い。実績もなければ何も知らん奴に、何故俺が力の秘訣を教えねばならん。弾き者の俺に頭を下げたことは評価してやるが、それ以外は論外だな、失せろ」


「そんな……っ!俺は本当に強くなりたいんです!」


「自分の力でどうにかするんだな」


「くッ……。……分かりました。では、俺が“御前祭”で好成績を収めたら考え直してくれますか?見込みがあると思ってもらえれば良いんですよね!?」


「好成績……なァ?甘い成績程度で俺が頷くようになると考えるなよ?」


「……分かっています。必ずや満足していただけるように死力を尽くします!」


「はッ!それはまた見物だな。死力を尽くすとか……ッ!」




 ケタケタと嗤うリュウデリアに最後、もう一度頭を下げて戻っていった龍。何も知らない奴の事なんかどうでもいい。教えを乞うならば、それ相応の力を見せつけろと言ってやれば、彼はこの“御前祭”で好成績を残すつもりのようだ。


 初めて教えを乞われたので最初は驚きはしたが、相手に大した強さを感じないと解れば断るのはごく自然のこと。ある程度の強さを持っていて、伸び代があるならば教えていても面白いだろう。しかし教えても伸び悩むような奴には教える気にはならない。


 背を向けて離れていった龍の背に、フンと鼻を鳴らして振り返る。まあ予想通りだったなと言わんばかりに肩を竦めているバルガスとクレアに、折角初めて言われたのに良いのか?と、オリヴィアが首を傾げながら問い掛けてきた。




「構わん。せめて少しは出来る奴でないとやる気が起きん。それなりの事情でもあれば、それだけでも考えて良かったが……特にそんなことも無さそうだったのでな」


「そうなのか。ちなみに、教えるとしたら最初、何から教えるんだ?」


「ふむ……魔力の使い方か?あとは肉体の強化だな。魔法頼りな戦い方をする奴ほど殺すのに容易な奴は居ない。魔力に関しては、そこらの塵芥共は操作技術が稚拙だ。根本から変えねばなるまい」


「先程リュウデリアが殺した決闘の相手もか?」


「奴は多少他と比べて出来るようだったが、まだまだ下手だったな。言霊で魔力を封じずに殴っても、殆ど防御出来なかっただろう。一息で魔法陣を20近く展開していたが、俺なら400は展開していた。何もかもが俺より下であったのにあの大口は恐れ入った。俺なら真似できん。阿呆すぎて」


「雷龍王の息子と言っていたが、それを聞くとあまり強そうに感じないな。……それはそうと、あの龍を食べていたが旨かったか?」


「何度も喰いたいとは思わんな。極限まで腹が減っていて他に喰うものが無いならば喰うといった感じだ」


「なら『龍の実』で口直しでもしておいたらどうだ?」


「そうしよう。……──────美味ウマッ!」




 どうやら龍の肉をそのまま食べても旨くはないらしい。相当食べるものに困っていないと食べようとは思わないと言っていた。オリヴィアに言われたとおり口直しに異空間から取り出した龍の実を齧る。美味しそうに食べているのを微笑ましそうに眺めていると、チラリとリュウデリアが龍王達の方を見た。


 無言で何かを目で訴えている。見られていることを察知していた彼は、つまらない決闘で中断されていた“御前祭”の再開をするようにと言っているらしい。聴力も優れている龍ならば、玉座からでもリュウデリア達の会話を聴くことが出来る。なのでチラリと見て何かを訴えている内容が、“御前祭”の再開であることは容易に想像出来た。


 見ていた時間は一瞬程度だった。でも龍王達はそれだけで言いたいことを察した。リュウデリアは口直しに齧っていた龍の実を食べ終えると、オリヴィアを連れて土俵である円の外側へと出て行った。恐れを成している龍達は彼等が通ろうとすれば自然と道を開けて左右に別れる。


 最初の盛り上がりには戻らないだろうなと、龍王は各々同じ事を思い、代表して炎龍王が立ち上がって手を打ち、仕切り直しをするように声を掛けた。光龍王は、リュウデリアの言うこともまた正しいなと思いつつ、お土産に貰った何かの干し肉に手を伸ばして齧るのだった。

























「さて、オレちっとスカイディアを見て回ってくるわ。ンなに細かく知らねーンだよな」


「私も……店を……適当に……回りながら……散歩を……してくる」


「俺は先の奴の戦いぶりやら、他の奴等の戦いでも観戦する。オリヴィアはどうする?」


「私はリュウデリアと一緒に居るぞ」


「ンじゃ決まりってことで。満足したら合流するわ」


「また……後で」


「うむ」




 降下場から龍王達が居る謁見の間までしか行ったことが無く、この機会に見てくることにしたバルガスとクレアとは一旦離れることになった。オリヴィアは基本リュウデリアと離れないので、必然的に一緒に戦いを観戦する事になった。


 龍を喰らうということをした為か、リュウデリアとオリヴィアの周りには他の龍が一切近寄ってこない。人混みならぬ龍混みに押しくらまんじゅうされるよりかは全然マシなのだが、チラチラと恐れを内に秘めた目で見てくるのは鬱陶しい。


 いい加減面倒になったリュウデリアが、軽く足を叩き付けて地面に罅を入れると、サッと何も見なかったようにそっぽを向いた。見ていることに気がつき、苛つかせてしまった事に漸く気づいたらしい。心のしか更に距離を取られたが、近くに居ても鬱陶しいだけなのでむしろ清々しいとさえ思っている。




「ふふ。すっかり恐れられてしまったな」


「あの程度で恐れるなんぞ、肝の小さい奴等だ。散々言われたのだから反抗するくらいの姿勢を見せれば良いものを」


「んー……リュウデリアが相手では無理だろう。殺される……っ!と、思ってしまうぞ?」


「そんなものか?」


「私が見た限りではな」




 近寄らないように離れたところに居る他の龍達のことを見て、そう言ったオリヴィア。殺されるのは嫌だから、触らぬ神に祟り無しと言わんばかりに距離を取っているのだろう。よくよく見れば恐怖で体が震えていたり、限界がきたのかその場から離れていく者も居た。


 悍ましいやら龍ではないやらと、好き放題言っていた癖に今では目も合わせようとしない龍達にいい気味だと鼻で笑った。前回来たときも同じような陰口を叩き、それを聞いてとても不快な気持ちにさせられた。愛している者を悪く言う奴等に同情なんて抱くはずも無い。


 リュウデリアに放って置けと言われていたから何も言わなかったが、本当ならば罵詈雑言を叩き付けてやりたかった。デモンストレーションみたいな見せ方で恐怖を植え付けてやったことで、今では陰口すら聞こえてこない。言ったらどうなるか解らないと思っているのだろう。是非ともそのまま黙っていて欲しい。と、オリヴィアは内心で呟いた。




「ん゙ん゙ッ。では気を取り直して、次の試合……開始ッ!!」




「おォおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


「俺が勝つッ!!そして、認めてもらうんだッ!!」




「始まったな。片方の龍は先程の奴だろう?」


「そうだ。あの時に名乗っていなかったから分からなかったが、ムシャラというらしい」


「ん……?相手に押されているな」


「得意としているのは肉体強化系の魔法か。対して相手は炎系魔法を得意で接近戦は苦手だな。代わりに距離を取って戦うことに重きを置いている。近接戦に持ち込みたいならば、飛来する魔法をどうにかすることだ。できなければ敗北だな」




 リュウデリアに頭を下げてきた龍の名はムシャラという。今龍の姿に戻って対戦相手と空中で交戦している。鱗の色は薄い黒色で、得意な魔法は肉体を強化するものだそうだ。対戦相手は基本的に魔法を放って接近させないで遠距離で倒そうとしている。近接が苦手だとブラフを張っている可能性もあるが、リュウデリアには本当に肉弾戦が苦手であることが解っていた。


 龍という種族は、体を覆う頑強な鱗によって魔法による一定の耐性がある。特に炎に対する耐性は皆が高く、炎の魔法を撃ち込まれてもそこまでダメージは通らない。ただし、相手が龍であり、魔法の威力が高い場合は耐性も関係無くダメージが通ってしまう。


 肉体強化の魔法が得意なムシャラは、対戦相手に接近しようとしているが飛来する球状の炎魔法に進行方向を阻まれて回避しながらの動きとなる。時には被弾してしまっているが、耐性のお陰で大ダメージとはなっていない。しかし何度も受ければ耐性を持っていようとダメージが溜まり、いつかは動きに支障が出る。


 魔法により飛ぶ速度も上がっているのだが、炎の弾幕を張られて近づく以前の問題になりつつある。このままではジリ貧で敗北してしまうだろう。それは炎の球に邪魔されているムシャラもよく解っている。何となく、相手が近接戦に持ち込まれたくないと考えていることも。


 炎の魔法を避けながら、チラリと地上を見下ろしてある場所に目をやる。そこにはオリヴィアと一緒にこちらを見上げているリュウデリアが居た。強大な気配をしているので見つけるのは簡単だった。彼に教えを乞う為には、こんなところで早々と負けるわけにはいかない。それに結果だけではなく過程も見て判断してくることだろう。ならば、長く時間を掛ける訳にもいかない。




 ──────リュウデリアさんに認めてもらうには、こんなところで躓いてる暇なんて無いッ!ここは多少強引でも勝負に出ないと……ッ!!覚悟を決めろッ!!




「くッ……おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


「……ッ!?真っ直ぐ突っ切って来たッ!?」




 前を向き直れば、自身に向かって数多く飛来する炎の球。熱量もかなりのものだ。被弾すればダメージは負うだろう。しかしムシャラは敢えてその炎の弾幕の中に正面から突っ込んでいった。全速力で、防御は魔力に任せて。速度を重視した防御は最低限の突貫は、体を少し焦がしながら炎の弾幕を突破するに至った。


 ある程度のダメージを覚悟した突貫は、見事対戦相手の目前まで躍り出る結果となった。0距離まで近づかれたことにマズいと感じ、瞬間的に魔力を高める。しかし次の魔法を放つよりも早く、ムシャラの打撃の方が早かった。


 振り上げた前脚が襲い掛かり、対戦相手の顔面を捉えた。仰け反る威力を見せた前脚の叩き付けに対戦相手は怯み、そのチャンスを見逃さず体を縦回転させて尻尾を叩き付けた。真下に向かって落下する相手を追い掛けて、肉体強化をしていることもあって加速で追いついた。


 ムシャラは追いついた対戦相手の首に噛み付き、腹に前脚を押し付けて落下していく。翼をはためかせ、更に落下速度を加速させ、背中から地面に激突させる。どしんと大きな音が響き渡り、砂煙が舞う。どうなった?と、観戦者達が固唾を呑んで見守る中、砂が晴れていく。そこには、仰向けで体を地面にめり込ませながら気絶する対戦相手と、荒い息をしながら叩き付けた姿勢のままのムシャラが居た。




「……──────勝者はムシャラッ!!」




「はぁ……はぁ……よっしゃァッ!!」




 龍の姿を人化させ、よろりと立ちくらみのようにフラつきながらも、ムシャラは天に向かって拳を突き上げた。見事な戦いに観戦者達から拍手が贈られる。良くやったと。良い戦いだという歓声を浴びながら、1つ先に進んだことを実感するムシャラ。


 火傷をした箇所が少し痛むが、それは無理矢理炎の魔法の中を突き進んでいったことによるダメージだ。しかしそんなことよりも、ムシャラはリュウデリアに目を向けた。まず1勝であると。これからの戦いも見ていて下さいと物語っている目だった。






 オリヴィアと共に戦いを見ていたリュウデリアは、思い切りの良さは有るなと、冷静に分析し、次の組の戦いに目を向けるのだった。






 ──────────────────



 ムシャラ


 リュウデリアに教えを乞う龍。肉体強化系の魔法を得意としていて、遠距離を仕掛けられていたので強行突破した。火傷を少し負うが、戦いに支障は無いレベル。まだまだ元気。





 リュウデリア


 教えを乞うならば、それ相応の力があることを示せと課題を与える。弱い龍を強くしてやるつもりはない。伸び代がある、才能ある者でないとやる気が起きない。何故なら教えながら自分も楽しみたいから。





 オリヴィア


 大勢の龍がリュウデリアを恐れていることに満足している。陰口を叩きまくっていたのにご立腹だったので、いい気味だと思っているし清々しい気分。試合の後半はリュウデリアの横顔を眺めていた。何故ならカッコイイから(末期)




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