第172話  教えの最低条件






「──────勝者……ムシャラッ!!」




「ッしゃァッ!!」


「ま、負けた……クソォッ!!」




「順調に勝ち進んでいるな」


「荒さが目立つ勝利だが、まあ勝ちは勝ちだ」




 再開された“御前祭”にて、ムシャラは勝ち進んでいた。どの試合も無傷とは言えず、型破りなところがあったり、相手のミスで手に入れた勝利などもあった。しかし突ける隙は見逃さず、しっかりと勝ちをもぎ取る。戦いも上位の方まで来ていた。


 1度盛り上がりが中断される事にはなりはしたが、もう1度“御前祭”が再開すれば、100年おきに催されているという限定的なものであるので盛り上がりは再燃した。空中戦がメインとなってくるので、皆が上を見上げて観戦し、声援などを贈っている。


 戦いそのものは“御前祭”などぐらいでしか姿を現さない龍王達に捧げられているので、龍王は1つ1つの戦いをしっかりと見ている。龍王の前で恥ずかしくない戦いをしなければいけないので緊張するものではあるが、優勝すればあの龍王に労いの言葉と褒美を下賜される。


 栄誉ある龍王に仕えし精鋭部隊への入隊。または龍王の座を賭けた現龍王との決闘。そのどちらかを選べる。もちろん、絶対にその2つのどちらかを選ばなければならないという訳ではないのだが、取り敢えず優勝すれば名前を上げられるということは解るだろう。そこでムシャラは悩んでいることがあった。それは、どこまでいけばリュウデリアに認められるのかというところだった。




「リュウデリアさんは強い……あの龍王様にも認められる強さで、龍王様の長兄すらも歯牙に掛けない力の権化だ。だったら優勝したくらいじゃ認めてもらえない可能性がある……どうすれば……」




 龍の姿から人化をして人の姿になると、他の龍が近寄らずに開けた場所に居るリュウデリアを見る。胸の前で腕を組み、こちらを見ている純黒色の黒龍。人化していれば顔色を窺う事が出来るのだが、生憎彼は人化をしない。元が人型に近いということもあり、彼自身人化をする龍は龍ではないという。


 今は多くの龍が集まっているので大きな体の龍の姿では窮屈で、今は人化をしているが、もしリュウデリアに教えを乞うことができた時は、人化をしないようにしようと考えつつ、彼に認められるにはどうすれば良いか悩む。


 好成績と言っていたので、普通ではダメだ。好い成績な以上勝ち進めなければならない。現状順位としては上の方にはなるはずだが、チラリと彼を見た限り満足していなそうだ。腕を組んで爪先で地面を叩いている。戦いを見ていても退屈だと言っているようなものだ。


 彼に向けていた視線を切って、これからの試合を控えている龍達を見る。強面だったり体格が良かったりする龍ばかりで、自身の身長も体格も恐らく一番小さいだろうことを自覚する。人化をしているのだから龍の姿ではないのでそんなの関係無いと思われるが、龍が人化したり小さくなったりする時には、大体しっりくる大きさがある。


 人化したらこのくらいだろうか……?という考えの基、頭の中で大きな体を小さくした場合の比率が出来上がる。つまり、人化した時の姿は龍に戻った際の特徴を捉えているのだ。例えば強面だったら見た目が怖そうであるし、体格が良ければ普通よりも筋肉質だ。故にムシャラは、残っている者達の中で普通寄りなのだ。




「──────テメェ今なんつった!?あ゙ぁ゙ッ!?」


「聞こえんのか?失せろ塵芥と言った」




 何やら騒ぎが起きていた。何なのかと思ってそちらの方へ目を向ければ、なんとリュウデリアが絡まれていた。相手は180以上の身長をしている彼よりも遥かに大きい210くらいの背丈をした龍だった。人化しているので元の大きさはしておらずあまり関係無いのかも知れないが、詰め寄って上から見下ろしてくると凄みがある。


 しかしリュウデリアは組んでいる腕を解くことも無く、我関せずと言わんばかりの態度で失せろとだけ言っていた。そのまったく相手にしていない態度が癪に触ったのだろうか、相手の雄は顔を真っ赤にして歯軋りをしながら怒りを露わにした。


 単純に無謀だと思った。ムシャラはあの相手の方の龍は何しているのかと本気で思った。少し前にリュウデリアが龍王の息子の長兄と決闘をし、隔絶とした力の差を見せつけて殺した後だというのに、明らかに喧嘩を売っている。余程自分の力に自信があるのか。それとも今来たばかりで彼の強さを知らないのか。どちらにせよ勇気とはかけ離れた無謀だった。


 それに今ならば死なずに済むと感じた。何せリュウデリアは相手の龍に一切興味が無く、失せろと言っているだけなのだから。これで大人しく引き下がれば何も起こらずに済む。だが大きい態度で言われて素直に引き下がるような者ではなかったようで、絡んでいる相手はリュウデリアの肩に掴み掛かった。


 彼の左肩に絡んできた龍の右手が乗せられて強く掴んだ。黄金の瞳で肩に掴み掛かった手を見て、視線を変えて相手の顔を見上げる。目が細まり、一瞬だけ莫大な魔力が辺り一帯を呑み込んだ。その時にやっと、相手の強さを感覚的に掴んだのだろう。しかしそれは遅すぎた。相手は息を飲みながら後ろに下がろうとしたが、彼の口が開く方が早かった。




「──────『動くな』」


「………………ッ!?」


「愚かな塵芥が。失せていれば良いものを。態々命を捨てに来るとはな。死ぬのは怖くないとでも?……あぁ、『魔力及び魔法の使用を禁ずる』。お前には何もさせてやらん。死ぬ瞬間までそうやって怯えていろ」


「……っ………っ!!」




「あれは……一体何の魔法なんだ?雷龍王の息子にもやっていたが、全く解らない……ッ!」




 瞬きすら出来ない。体の自由を奪われた龍は必死に何かを伝えようとしているが、呻き声だけが聞こえる状況だ。酷くつまらなそうに溜め息を吐いたリュウデリアは、貫手の形をした右手を引いて構える。緩やかなその動きは、如何にも攻撃すると解るのに、相手は動けず、魔力を使えず、魔法を行使できない。


 ただその時を待っているしかない状況に、声にならない悲鳴を上げるだけ。口が動けば許しを請う言葉を連ねさせていたことだろう。まあ彼の冷徹さを知っているならば、許してくれと言われたところで今から行う行動に変わりは無かっただろうが。


 引いて絞られた腕が突き出され、貫手が相手の胸に突き刺さった。いや、突き刺さった後に背中へ貫通した。貫手の形をしていた手は背中から突き出た後、形を変えていて何かを握っている。どくりどくりと動きながら血を噴き出させているそれは、龍の体の中で最も重要な器官である心臓だった。


 腕が貫通している相手は、白目を剥いて口からごぼりと大量の血を吐き出し、体を痙攣させていた。びくりびくりと怖いくらい体を震わせているのを無感情に見つめ、腕を乱雑に引き抜いた。血が飛び散って地面を汚し、相手は膝を付き、前から倒れた。


 まだ辛うじて息があるが、もうじき死ぬ。そうなれば魔法で人化していることから元の大きな龍に戻る。身近で元の大きさに戻られても邪魔だと考えたようで、徐に脚を振り上げて瀕死の龍を蹴り飛ばした。撃たれた大砲の弾のような速度で蹴り飛んでいき、スカイディアから落とされ、空中で死んでしまって龍の姿に戻った。


 手に持った鼓動を止めた心臓は、元の大きさに戻る前に小さくしておく魔法を掛け、頭の上に持ち上げ……下で大口を開けた。そして心臓を離して口の中に入れ、血を噴き出させながら噛み砕いて喰っていた。やはり同族の肉を喰らう。周囲の龍の悍ましいものを見る目など一切気にせず、心臓を食べ終えた彼は魔法で血を消して取り除き、また同じように腕を組んでその場に居た。




「……ごきゅッ……魔力炉心なだけあって魔力濃度が高いな。他の部位より旨く喰えなくはないが……旨くないな」


「魔力は味に関係するのか?」


「うぅむ……あまり関係はないな。特に魔力を多く使った訳でもないのもあるが」


「……?」




 咀嚼した心臓を飲み込んだリュウデリアはあまり美味しくなさそうに呟いた。食べるものに魔力があると味が変わってくるのだろうかと疑問に思ったオリヴィアが質問したが、どうやらあまり変わらないようだ。その後の言葉に要領を得なかったが、まあ気にしていなかった。


 恐怖を煽るというよりも狂気を撒き散らしている彼に、強くなる為とは言え教えを乞うムシャラは何かがズレていると言えるだろう。しかし彼には、リュウデリアに教われば確実に強くなれるということを確信したのだ。


 彼の一連の行動を見ていて、本当に強いということを再確認する。同時にやはり生半可な覚悟では彼に教えを乞うことかはできないとも悟る。ならばもう、行けるところまで行くしかない。ちょっとした騒ぎが起きている間に次の試合も終わり、ムシャラの番が回ってきた。円の中央に寄り、龍の姿へと戻る。審判の掛け声で、対戦相手と同時に空へと羽ばたいたのだった。


















「ダメージが重なって動きが悪くなってきているな」


「遠距離で戦おうとしないな。リュウデリアはその理由が解ったりするか?」


「肉体を強化する際に解る魔力の流れから察するに、魔法を飛ばす行為そのものに苦手意識を持っているな。いや、飛ばすと言うよりも飛ばすまでの魔力の溜めか?」


「溜め?炎球を飛ばすために魔力を集中させる……?」


「そうだ。その溜めだ。所詮は推測になるが、昔にかなり溜めの必要な魔法を行使しようとして暴発でもさせたのではないか?龍であろうと最初にそういった経験をするとトラウマのようになって、上手く魔法が扱えなくなる事もある。奴はその典型例ではないかと思う。無論、違う可能性もあるが」




 見上げて観戦しているリュウデリアとオリヴィアは会話をして分析をしていた。龍という種族は必ず魔力を持って生まれてきて、魔法を巧みに操る。しかしムシャラは一向に遠距離に使える魔法を行使しようとしなかった。どの戦いも肉体を強化する魔法ばかりだ。


 ふと疑問に思ったオリヴィアは良い眼の付け所をしている。確かにここまで頑なに使わないのは不自然だろう。魔力の使い方から、何となくこうなのではないか?という推測で話していたリュウデリアだったが、実際にその考えは当たっている。


 事実、ムシャラは過去の小さい頃にかなりの魔力を込めた魔法を0距離で暴発させてしまい、重傷を負った事がある。それがトラウマのように使おうとする度に頭が勝手にブレーキを掛けてしまい、結果として肉体強化の魔法を多用するようになってしまった。


 戦いの選択肢が狭いという事もあるが、その一方で魔力での防御は他者よりも上手い。やはり相手に接近して戦うという戦闘スタイルな以上、魔法の被弾が最も多い。現に残っている少ない出場者の中で1番攻撃を受けているのはムシャラだ。しかし魔力の防御が上手いこともあって1番ダメージを受けているということはない。


 他の出場者はダメージと疲労が重なって動きが鈍くなってきているが、ムシャラは受けたダメージ分の疲労しかない。動き回るので体力はあるようだ。まあそれでもリュウデリアからして見れば動きに鈍さや、節々から疲れが見て取れるのだが。




「ところで、リュウデリアは奴がどんな成績を残せば認めてやるんだ?」


「そうだな……まあ最低限優勝はしてもらう。他には……ふむ、龍王に仕えている精鋭部隊の1匹ぐらいには勝たねばならんな。あんな塵芥共に負けるようでは望み薄だ」


「龍王に挑めとは言わないんだな」


「龍王に彼奴がか!?ははははははははっ!流石に無理がある話だな。勇気ある者の戦い方ではない。それは明らかに蛮勇というものだ。まあ、いくら何でも龍王の足元にも及ばん実力というのは自覚しているだろう。故に彼奴は、この“御前祭”で優勝し、精鋭部隊の1匹へ挑戦して勝てば良いのだ。それらを見事遣り遂げれば……まあ少しは教えてやらんでもない」


「ほほう。少し楽しみだな」




 自身の他に教える場合のリュウデリアがどんなものか見てみたい気持ちもあるオリヴィアは、さてムシャラは何処までいけるのだろうかと予想を立てていく。優勝は最低限しなければならないというのは、何となくだが解るだろう。あのリュウデリアが準優勝程度で首を縦に振るとは思えない。


 内心で、師匠風のリュウデリアを想像している間に、“御前祭”の戦いは終盤へと差し掛かる。ムシャラは戦っていた試合を見事勝利し、次の戦いへと駒を進める。対戦相手も潰し合って残った出場者の数を減らしていき、とうとうムシャラは決勝まで残った。


 度重なる連戦。魔力の消費。研ぎ澄まし続けていた神経による疲弊。決勝戦を行う2匹は、かなり疲れが見えていた。流石に体力に自信のあるムシャラでも目に見えて動きが悪い。そんな2匹には周囲からの大声援が贈られる。魔法も近接も行う対戦相手と、近接戦のみを行うムシャラ。そんな彼等の戦いが始まる。


 栄えある“御前祭”の決勝戦。鎬を削る戦いではあったが、決着は思うよりも早くついた。魔力を多く使いながら速度を上げて撹乱し、頭から対戦相手に体当たりする。そして怯んだ隙に、口に溜めた炎の魔力を意図的に暴発させて爆発を起こした。トラウマにもなっていた溜めを、決勝戦の土壇場で繰り出したのだ。


 結果、爆発の威力で後方に追いやられた対戦相手に噛み付き、地面に叩き付けてもう一度0距離で暴発による爆発をお見舞いして気絶させ、優勝した。ボロボロになりながらだが、確かに優勝したムシャラは数多の拍手を貰いながら龍王達に向かって頭を垂れる。






 名誉でもある龍王からのありがたい労いの言葉を貰い、何を望むのかと聞かれたムシャラは、チラリとリュウデリアの方を見てから、大きく息を吸って望みを口にしたのだった。








 ──────────────────



 ムシャラ


 過去、それもまだ小さい頃に魔法を思い切り使おうとした時のこと。まだ未熟だったので魔力の溜めを行ったはいいが溜めすぎて、間違えて暴発させてしまったことがある。それ以来溜めを必要としない肉体強化系の魔法をよく使うようになった。


 それでも、どうにか戦いは勝ち進んでいき、優勝する事ができた。最後の最後で魔力の溜めを行い、態と暴発させる事でフェイントと高威力によるダメージを与えた。





 リュウデリア


 魔力の流れから、ムシャラが遠距離の魔法が使えないことを見抜いた。自分の考えが確実に合っていると確信していないときは、間違えている可能性も考慮するが、大体合っている。





 オリヴィア


 龍の戦いは、やはり激しいなぁ……と思いながら見ている。だが、リュウデリアが出ていたらまあ一方的な戦いだっただろうなとも思っている。力の差が圧倒的なのですぐ終わるため。




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