第170話  強さへの怯え




 捕食が行われた。龍による、龍の捕食だ。肉を噛み千切って咀嚼して呑み込む。共食いという行為。それは本能から行われれば納得できるが、知恵や知性を高く持っている存在が目にすると途端に嫌悪感を抱く。そんなことは赦されないと排斥される。それが目の前で行われている。


 喰われている相手も相手だ。今現在スカイディアに居る龍の中で、リュウデリア達を除いてオズバルドを知らぬ者は居ない。あの雷龍王の血筋の者であり、実力もあって次の雷龍王は彼だと噂される程の者なのだから。


 しかし彼はもう死んでいる。喰われている以前に、頭を踏み潰されて。観戦者達にとってオズバルドの死は予想外であった。そして、彼の弟達にとっても信じがたい光景でもあった。雷龍王の父に次ぐ最強の雷龍だったあの兄が、こんな一方的な戦いで敗れて殺されるなんぞ、一体誰が思えるだろうか。




「──────やめろォッ!!オズバルド兄様を離せェッ!!」


「殺してやるッ!!この化け物がァッ!!」


「……ッ!?ま、待って下さいッ!アイツに敵対したら……ッ!!」




「……決闘の結果だというのに、やめろと?躾がなっておらんなァ?」




 ウィリスは必死の形相で兄達を止めようとした。自身の上にいる3匹の兄達。彼等は自身よりも力を持っている。勝てた試しも無い。だから尊敬していた。無下に扱われて、到底血を分けた兄弟にする態度を取られなくても、実力至上主義の龍であるからこそ、オレの兄達はすごいと誇れた。


 だが、これとそれとは話が違う。決闘という確実な命の奪い合いではなかったから、今もなおリュウデリアと戦った身でも生きている。本気だったならば、今頃死んでいるのは確実だ。故に兄達を止めたかった。尊敬する者達でも、彼の力には到底及ばないと解っているから。


 兄弟の中で最強の雷龍だったオズバルドが、真っ向から負けたのだから、それ以下の実力しか持たない者達では太刀打ち出来ない。ごく自然の道理なのだが、頭に血が上った彼等にそんな考えは無い。一刻も早く、喰われている兄を助け出そうと必死だった。


 天空より落ちて飛来する、純黒のいかづち。2つの雷は人化した状態から龍の姿に戻って迫り来るウィリスの兄2匹を直撃した。絶叫が響き、純黒の雷はその破壊力で、雷に耐性のある雷龍を消し飛ばした。跡形も無く、消し飛ばした。




「ふふふ……ははは……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」




「ぁ……兄……さん……っ!」




 ゲラゲラと嗤うリュウデリアを見ているしかない。3匹の兄は残らず殺された。止めようとした、いや止めたかった。でもできない。できたのは殺される瞬間を眺めて、目に焼き付けただけ。それだけだ。あっという間の出来事で、兄弟の中で唯一の生き残りになってしまった。


 純黒の雷が落ち、兄を2匹消し炭にしたことで地面が焦げている場所を見つめる。本当なら激昂でもして立ち向かい、仇を討とうとするべきなのだろう。尊敬していたならば、その行動が正解の1つでも良い筈だ。しかし動けない。ゲラゲラ、ゲラゲラと嗤うリュウデリアが恐ろしく怖い。向かえば、知り合いだとしても躊躇いなく殺すだろう。だから怖くて脚が竦む。1歩が果てしなく重い。


 カタカタと膝が笑う。恐怖なのか不甲斐なさなのか解らないが、脚は限界を迎えて崩れ落ちて地面に膝を付く。そして俯いて項垂れてしまう。本当に、自分が情け無くて仕方なかった。そんなウィリスの横を、通り過ぎて何かがリュウデリアの元へ向かっていった。すれ違う瞬間、内包された巨大な力に反応して顔を跳ね上げる。見えたのは、筋骨隆々の逞しい父の背だった。


 数多の龍の頂点に君臨する龍王が1匹、雷龍王。ウィリスの父である龍がリュウデリアに向かって歩みを進めていたのだ。高笑いしてうリュウデリアは嗤う事をやめて振り向き、雷龍王に向かって歩き出した。手に持っていた引き千切ったオズバルドの肉片を放り捨てながら。そして2匹は睨み合うように対峙した。




「どうした?雷龍王。さしものお前も、おのが子を何匹も殺されれば怒りでも湧くか?」


「……ふん。決闘で敗北し、死んだのならば致し方のないこと。決闘の結果に憤り、後先考えず向かって死んだのは愚かなこと。彼奴らの死は自業自得によるものだ」


「……つまらん。龍王の力を摘まみ食いできると思ったのだがな。で、此処まで態々出て来て何の用だ」


「……私の息子達はどうだった」


「どうだったァ?見て解らんか。つまらん塵芥共だった。大した力も持ち合わせずに挑み、死ぬ。決闘の結果に満足できず向かってきたかと思えば、少しの魔法で消し炭だ。『強かった』とでも言うと思ったか。お前の息子は実につまらん存在だった。生かしておく価値は無い。だから殺した。ありがたく思え」


「……………………。そうか……」




 黄色い鬣のような髪。筋骨隆々な体。厳格そうな顔。息子も所詮は道具だとでも言いそうな見た目をしているのに、雷龍王は何も言わなかった。目の前に居るこの雄は、一体何が言いたくて此処まで来たんだと、理解出来ないとでも言いたげに目を細めるリュウデリアは、はたと気がつく。


 雷龍王の黄色い瞳に、微かだが悲しみの色を見た。リュウデリアから視線を外して、肉を千切られて抉られたオズバルドの死体と、消し炭にされて黒く焦げた地面を見ている。突然の別れを悲しんでいるように感じるその悲しげな瞳の色に、龍王と言えど所詮は親龍であり父親かと、冷徹になりきれていない雷龍王に失望の念を抱いた。


 息子が殺されたことを悲しんでいるが、ここで手を出せば龍王として示しがつかない。だからリュウデリアに手を出さない。せめてもと、息子達はどうだったかと問うたが、全く歯牙にも掛けられていないと知ると、何の感情が乗っているのか解らない呟きをした。




「その問いだけをしに来たならば玉座に戻れ。つまらん決闘をさせられたが、“御前祭”はまだ終わっておらんだろう。他の龍がどれ程の強さを持っているのか、多少は気になっているのだ。これだけ集まれば1匹や2匹マシなのは居るだろう。まぁ……あれ等を見たらその『マシ』も居ないかも知れんと考えてしまうがな」


「………………………。」




 対峙した雷龍王から視線を切って振り返り、観戦者達の方を見る。こちらを見る目には総じて恐怖の黒い感情が宿り、体を震わせて怯えている。誰もリュウデリアに対して怒りを抱いてはいない。散々の事を言われているはずなのに、言い返しもしない。言い返して怒りでも抱かれたら、すかさず殺されるかも知れないと考えているからだ。


 どいつもこいつも、どれもこれもつまらない。話にならない。感じ取れる魔力も、リュウデリアからしてみれば下の下。上位の強さは龍王に仕える精鋭部隊の龍達だが、今更精鋭部隊の龍に同行される弱さなんて持っていない。


 チッ……と、舌打ちをするリュウデリアの元に、バルガスとクレア、そしてオリヴィアがやって来る。やはりリュウデリアの認める強さを持つバルガスとクレアは素晴らしい力を持っている。その他一切とは隔絶とした力だ。比べるのも烏滸がましいくらいだ。




「あーあ、派手にやったなァおい」


「見ていて……可哀想なくらい……弱い……相手だった」


「やはり心配する必要は無かったな。リュウデリアが負けるところなんて想像すらできん」


「少し魔法を撃ち込んだだけで消し炭だぞ。塵芥が塵になった。それだけだ」




 ──────リュウデリア・ルイン・アルマデュラ……それにあの赫龍と蒼龍のバルガス、クレア。この3匹は内包する力が他の龍とは違いすぎる。私の息子、オズバルドをあぁも一方的に殺すとは。敗北が濃厚だとは思っていたが、ここまでの差があるとは……私の考えが浅はかだった。それに加え、龍王である私にも臆せぬ態度。何者かの下に就く事を嫌う性格からして扱うことは不可能に近い。何と面倒な龍が生まれたことか……。




 話している3匹の龍、リュウデリア、バルガス、クレアを見て雷龍王は目を細め、背を向けた。自身の玉座の元へと戻っていきながら、彼等の扱いづらさについて思い悩んでいる。強すぎる力を持っていることはもうこれ以上無く判明した。だが、誰にも媚びず従わない性格に眉を顰める。


 冷徹にして冷酷な面も忘れていけない。向かってくるならば誰であろうと容赦はしない。先の言動から、龍王が敵対行動をしていたならば嬉々として殺し合いを始めたことだろう。それを彷彿とさせる殺意を一瞬、龍王である自身に向けたのだから。




「貴方らしくないわね、雷龍王。自分の足で彼等の元まで行くなんて。流石に息子を殺されたことにお怒りかしら?」


「黙れ氷龍王。番も居ないお前に解って堪るか。私の跡を継ぐやも知れん者を失っただけでなく、残ったのは出来損ないのみだ。まったく、面倒なことになった」


「あら、龍王を辞めたくなったの?それならあの子達の誰かに譲ったらどうかしら。強さは本物だと思うけれど?」


「強さはな。奴等は龍王という形には収まらん。そういったことに面倒だと感じる類の者達だ。解っていて問うな」


「まあ、冷たいわね。炎龍王はどうお考えなのかしら?」


「好きなようにさせておけば良いだろう。彼等は自由の下でこそ真価を発揮する。……私達を前にしても塵芥だと談ずる肝も素晴らしい。強さも間違いない。ここ数百年でこれだけ面白い存在は居まい」


「はぁ……魔力の槍にお腹を貫かれてから妙にご執心なんだから」




 雷龍王と炎龍王の玉座の間に座る氷龍王が呆れたように溜め息をついている。スラリとした体付きに、薄水色に白のメッシュが入った長い髪の女の姿をした龍。彼女も玉座に座りながら話しているリュウデリア達のことを眺めていた。


 彼等に龍王の座を渡すのはどうかという提案は殆ど冗談だった。言われるまでもなく、龍王の座に興味を持たれることはないだろうと察していたからだ。興味を抱いているならば、無理矢理にでも“御前祭”の戦いに参加し、垣間見せた力を使って優勝まで辿り着き、龍王への挑戦権を得ることだろう。


“御前祭”に出場する龍の応援でもしてやろうと思って訪れたと言っていたので、龍王の座には興味を抱いていない。どちらかというと“御前祭”そのものに興味を持ったということだろうか。まあ訪れた理由は兎も角として、氷龍王は今回の“御前祭”はどうしたものかと思う。これだけ派手にやられた後で、戦いを再開となって盛り上がるだろうか。


 すっかり怯えて恐怖している観戦していた龍達を見てはぁ……と溜め息を吐いて、ぱきりと大気が凍る冷たい白い靄を同時に出した。テーブルに頬杖をついて多くの龍達を見る。怯えて動かない中で、ある1匹の龍が他の龍を掻き分けて出て来て、リュウデリア達の元へ進んでいくのが見えて、あら?と反応した。


 玉座の方で氷龍王が反応していることを、リュウデリア達が気づかないわけも無く、近づいてくる龍の気配に反応してそちらを向くリュウデリア達。やって来たのは、黒髪にピッチリとしたタンクトップと包帯でテーピングしてある手が特徴の雄の龍だった。


 彼はリュウデリア達の方へ向かって早歩きでやって来ると、徐に目の前で深々と頭を下げた。腰を直角に折った行動に、3匹はそれぞれ首を傾げ、オリヴィアは何だろうかと訝しんでいた。




「何だお前は」


「俺は今回の“御前祭”に出場してる者ッス!めちゃくちゃ強い黒龍のアンタに感動しました!その強さを教えて下さい!」


「……何だお前は」




 いきなりやって来て何を言い出すのかと思えば、内容は強さを教えて欲しいというものだった。黒髪の青年の姿をした龍は、今もなお黒龍であるリュウデリアに対して深々と頭を下げ続けている。その姿は真剣そのもので、本気で言っていることが気配からも伝わってきた。


 彼はリュウデリアの強さに惹かれたのだ。オズバルドとの戦いでは、まだ何も知らなかったので負けるのではと思っていたが、あっという間に覆された。圧倒的力。暴力。それのみで次の雷龍王の最有力候補を殺してしまった。度肝を抜かれたが、立て続けに向かってきた2匹のオズバルドの弟達も葬った。


 強い。圧倒的に強い。彼は身震いした。感じ取れる気配と底無しに思える魔力から、リュウデリア・ルイン・アルマデュラが冷酷非道で最高に強い龍であることを体に刻み込み、恐怖しながら理解した。彼に教えを乞えば、自身はもっと強くなると。強さを求めているからこそ、乞うためにこうして頭を下げた。


 恐怖して怯えているのは今も変わらない。至近距離まで近づけば、こと更に恐ろしい。けど、それを必死に抑え込んで強さを得るために頭を下げる。怯えていることも何もかも見抜いているリュウデリアは、目の前に居る龍を見下ろし、目を細めた。






 スカイディアに居る龍はつまらない者ばかりだと思っていたが、どうやら少しは気概のある奴も居るらしい。リュウデリアは頭を下げる龍に向かって口を開いた。






 ──────────────────



 雷龍王


 自身の跡を継がせても良いと考えていたオズバルドと、その弟2匹が死んだことにほんの少し悲しみを抱いていたが、弱さを見せられないので平然とした姿勢を貫く。





 ウィリス


 短時間に兄全員を殺されてしまった。止められなかったことと、止めようとしたら絶対に殺されていただろう事に怖じ気づいて動けなかったことに不甲斐なさを感じている。悔しくて仕方ない。





 リュウデリア


 クソほどつまらない決闘をさせられた挙げ句、そのクソほど弱い雷龍の弟2匹を殺して、しょうもない奴等だと見下している。怒りで雷龍王が攻撃してきたら、勿論迎え撃って殺すつもりだった。しかし来なかったので残念に思っている。


 頭を下げる龍に対しては、他の龍に毛の生えた程度の認識。何故なら未だに怯えているから。




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