第169話  躊躇い無し






「──────龍王様方に対する非礼に不敬の数々。傲岸不遜で礼節を重んじる気の無いその態度。それらを加味して貴様は万死に値する。決闘だ。この私、雷龍王様の血を受け継ぎし者、エレクトヴァ一族が長男。オズバルド・ラン・エレクトヴァが貴様を粛清してやる」




 指先を向けて決闘を申し込む、ウィリスの兄弟で長男。そしてエレクトヴァ一族の中でも雷龍王を除いて最強の存在であり、次の雷龍王には彼ならば就けるだろうという声が多い。真面目な性格で曲がった事を嫌う彼は、龍種の頂点である龍王に舐めた態度を取るリュウデリアに我慢ならなかった。


 父である雷龍王の事を心から尊敬し、多くの声に背中を押されるように雷龍王になっても恥ずかしくないような力をつけるために努力を怠らず、兄弟の中でも非常に高い才能を持ち合わせていた。故に兄弟の中では負け知らずであり、自分の力に自信を持っていた。それだけのモノを持っていると自覚しているからだ。


 本来は勝手に出しゃばるところではなかったが、どうしても……どうしても我慢できなかった。決闘を申し込んでリュウデリアが承諾した後、オズバルドは雷龍王や他の龍王に深々と頭を下げた。勝手なことを申し訳ない……と。だが咎める声は無かった。それどころか存分にやると良いとまで言ってくれたのだ。


 父である雷龍王は黙っていたが、厳格な父なので内心では自身に対しての期待を抱いていることだろうと考えていた。そうして“御前祭”の戦いは一旦中断し、オズバルドとリュウデリアによる決闘が始まろうとしていた。


“御前祭”の戦いで使用される開始するときの円に向かい、対峙する。リュウデリアの傍にはオリヴィアが居り、和やかに話し掛けて雑談をしている。バルガスとクレアは彼の肩を叩いて一言二言話をすると下がっていった。オズバルドは今から粛清されるというのに呑気な愚か者だと鼻で笑う。そんな彼の元へ、ウィリスがおずおずとやって来た。




「あ、あの……オズバルド兄さん」


「……何だ。出来損ない」


「……っ。アイツは……リュウデリア・ルイン・アルマデュラは強いです。本当に強いんです。他の龍では一切歯が立たず、龍王様方にすら一目置かれている存在なんです。なので、油断などは……その……」


「貴様は誰に向かって油断するなと言っている。いや、どういう立場だ?まさかこの私に向かって上からモノを言っているのか?」


「ち、違います!お、オレはただ……オズバルド兄さんが心配で……っ!」


「黙れ。いつまでも弱いままの出来損ないな貴様から言われて覚えておく事は無い。集中の邪魔だ。私の視界から消えろ」


「……っ!は、はい。申し訳ありませんでした……」




 口調が荒いウィリスが敬語を使い、怯えたように背を丸くして俯き気味にしていた。彼は血の繋がった兄に死んで欲しくないからアドバイスをしたのだ。奴は強すぎるくらい強いと。しかしそのアドバイスを無下にする。私には必要ないと。


 強く睨み付けられ、攻撃的な気配を醸し出すオズバルドに逆らうことが出来ず、肩を落としながらすぐにその場を離れていくウィリス。そこらの龍よりは断然強いのだが、こと兄弟間に於ける彼の立場は一番低く、時には発言権すらも無い。弱いお前が悪いと言われ続けているのもあり、肩身が狭いのだ。


 観戦者の中に入る前に、振り返ってリュウデリアの方を見る。手加減なんてするとは思えない。戦いを愉しんでいれば本気ではやらないだろうが、今回の決闘はそんなものではない。故にオズバルドはあの純黒の怖ろしさを……彼の持つ強さをすぐに目の当たりにすることだろう。自身に出来るのは、死なないことを祈ることだけか……と悲しそうに観戦者の中に混じった。


 審判役の精鋭部隊の兵士が出て来たので、オズバルドとリュウデリアは中央に集まる。対峙して睨み合い、膨大な魔力を解放していく。凄まじい魔力量に審判はヒヤリとしたものを感じながら、龍形態に戻って元の大きさにのるよう指示し、それに従って人化を解いて大きさを元に戻していく。リュウデリアは普通に元の大きさに戻るだけだが。




「……これよりオズバルド・ラン・エレクトヴァとリュウデリア・ルイン・アルマデュラによる決闘を開始する。両者構えて……──────開始ッ!!」




 審判の言葉で両者は構える。オズバルドは体内で魔力を練り上げて魔法を瞬時に発動出来るように。対してリュウデリアは拳を構える事も魔力を練り上げることもせずに自然体のままで佇んでいる。余裕だと思っているのか、おちょくられているのかは分からないが、オズバルドはリュウデリアの佇まいに唸り声を上げる。


 そして、審判の掛け声で決闘が開始された。龍王全員の前で行われる決闘に不正はありえない。絶対に実力での勝負。故にここでリュウデリアを殺すことが出来れば、オズバルドは龍王への道が開けるだろう。それだけの個体であると、龍王からの評価は高いのがリュウデリアという龍だ。


 だが、今のオズバルドにとって龍王への道なんかよりも、リュウデリアを粛清する事に気を割いていた。心から尊敬し崇める龍王の位に就く7匹の龍に、これ以上は黙っていられないと思ってしまうほどの不敬を働いた。最早彼には、どんなことをしても粛清しなければ気が済まないという思いが燻っていた。


 激しい怒りを抱き、膨大な魔力を練り上げて複雑な魔法陣を瞬きする間に20は展開した。黄色の魔法陣は上空からリュウデリアを囲い込んで矛先を向け、光りながら帯電した。そして、高電圧の雷を生成して降らせようとした時、オズバルドの首を純黒の左手が鷲掴んで前脚が浮かび上がらせていた。




「──────ッ!?ぐっ……ッ!!」


「──────『魔力及び魔法の使用を禁ずる』」


「な……にィ……ッ!?」




 ぎちりと、肉に鋭い指先がめり込んでいる。自身の体を浮かび上がらせるほどの腕力に、振り解こうとしても出来ない。それどころか、一言の後は体内の魔力は一切使用できず、故に新たな魔法陣は構築は出来ないし、既に発動した20の魔法陣の制御も出来なくなってしまった。


 初めての経験だ。魔法どころか魔力すらも扱えなくなるのは。開始と同時に雷の魔法で肉片も残さず消し飛ばそうと思っていたのに、出鼻を挫かれて失敗に終わってしまった。そして首を掴まれて前脚が浮いている。残る後ろ脚だけでは攻撃は無理だ。そんな彼に、リュウデリアは顎に向けて振り上げた右膝を叩き込んだ。


 顎に強烈な一撃を受けたことで、がちんと歯と歯がぶつかる音が鳴り、衝撃で体が後ろにやられて体が浮き上がった。それ故に見える無防備な腹部。魔力が使えないので肉体の強化は行えず、魔法による防御も不可能。まさに隙だらけの腹に軽く添えられる左手。瞬間、オズバルドの腹には純黒の紋章が刻まれ、引き絞ったリュウデリアの右手の甲にも、同じく光る純黒の紋章があった。




「お前程度には3発で十分だろう。噛み締めろ──────『刻まれた殲滅龍の紋章アルマデュラ・エンブレム』」


「ご…ォ……ッ!?……ッ……私を舐め……ッ!?がああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」




 1度の打撃に見える程の速度で3度の殴打をオズバルドの腹に打ち込んだ。拳の跡がつく程の重すぎる殴打3連に、血を吐き出した。だがそれだけでは死なない。3発程度で斃せると思っていたのかと、怒りを露わにしながら反撃しようと牙を剥いた時、腹の純黒の紋章が輝いた。そして3度の大爆発を引き起こす。


 その爆発範囲は舞台の円を越えて観戦者にも影響を及ぼしかねない程。それを見かねてか、光龍王が指を鳴らすと、最前列に居た観戦者の前に光の壁を創り出し、爆発の衝撃を防いだ。罅すらも入らなかった光の壁はすぐに消え去り、爆煙は風に流されていく。


 視界が良好になり、見えてくるのは黄色い鱗を所々焦がし、倒れているオズバルドと、彼の前に変わりなく立っているリュウデリアの姿だった。倒れている。決闘が開始されてものの数十秒だというのに。観戦者の多くは唖然とし、龍王は感嘆とした声を漏らしながら興味深そうに眺め、雷龍王だけは腕を組んで何も言わずジッと見ているだけだった。


 倒れ伏すオズバルドは死んでいない。倒れてしまう程のダメージは負ったが、まだ戦える。フラつきそうになりながら立ち上がろうとする彼に、リュウデリアは左手で再び頭近くの首を掴むと、地面に叩き付けた。地面に大きく罅が入るほどの叩き付けにどよめきが起こり、瀕死とも言えるオズバルドを見下ろしながら右腕を持ち上げて、振り下ろした。




「誰が誰を粛清すると?この程度で死にかける塵芥風情が図に乗るな。対峙して実力差も把握出来ん分際で、この俺に決闘なんぞ烏滸がましいとは思わんのか。雷龍王の息子であり長兄だというから先手を譲ってやれば、魔法陣の構築速度は眠ってしまうほど遅く、肉体は強靭とは言えず、倒れてから起き上がるまでは止まっているようだ。よくその程度で雷龍王の血を受け継ぎし者だと言えたものだ。塵芥はどこまでいっても塵芥なんだよ。自覚も無しにのうのうとしているな。お前は龍ではなく人間擬きでもやっていろ。龍の恥晒しめが」


「が……っ!?ぐ……っ!?ぁ゙あ゙……っ!!ぐぁ゙……っ!!」




「ひ、ひどい……」


「なんて奴だ……」


「ずっと殴り続けてやがる……っ」


「オズバルド様が……っ!!」




 硬く握り込んだ右拳を、オズバルドの顔に向けて振り下ろし続ける。何度も何度も何度も。鱗は砕け、骨は粉砕し、肉は裂け、歯がへし折れようがお構いなしだった。ただでさえ重く強力な殴打を立て続けに打ち込み続けて、オズバルドは抵抗も出来なかった。魔力も魔法も封じられ、膂力でも勝てないのに押さえ付けられている時点で、抜け出すことは不可能だ。


 ましてや度重なる顔への殴打に脳が揺れ続け、真面に思考が定まらない。意識も飛び飛びになり、失神しては殴打で強制的に起こされ、また失神というのを繰り返している。返り血を浴びながらも、リュウデリアの殴打は終わらず、その最中にも罵声を浴びせていた。


 拳を打ち付ける度、血が散布される。折れた牙が宙を舞ってから飛び散り、砕けた鱗が力無く転がっている。顎の骨は粉々に粉砕され、片眼は完全に砕けて失明。意識は失って呻き声すらも上げられていない。でも殴打は止まらない。無抵抗にならざるを得ない相手に、ひたすら拳を振り下ろす悍ましい姿に辺りは静まり返り、拳を打ち付ける音と生々しい音だけが響いていた。




「……つまらん。お前達は龍が持つべき底無しの闘争本能を忘れ、平和なんぞに傾倒するあまり強さと強さへの渇望を失った。その所為で俺は退屈な決闘を何度も行い、命を削り合う血湧き肉躍る戦いができない。満足できない。それも全て弱くて弱くて仕方ないお前達が悪い。何もできない癖して口先ばかりの塵芥共。俺を貶す暇があるならば強くなる為の行動1つでも取ってみたらどうだ?生きているだけ無駄だ。お前も、お前達も。龍としての生を全うする気が無いならば須く死ね。生きていく価値等、お前達には上等すぎる」


「ひゅー……ひゅー………っ」


「……少し殴ってもう終わりか。つまらん。はぁ……。……──────腹が減ったな」




 ぼたりと地面に大量の血を滴らせる血塗れの拳を止め、左手を首から離して立ち上がったリュウデリアは、ぎゅるりと鳴った腹を擦ってぼそりと呟いた。強いはずの相手は全く大したことはなく、戦いとも言えるのか微妙なラインの決闘になってしまったが、それでも腹が減ってしまった。


 決闘は終わる。オズバルドの敗北という形で。目も当てられない傷を負ってはいるものの、生きてはいることに観戦者の龍達もホッとしている。しかし忘れてはならない。決闘とは、負けを認めるか、どちらかが死ぬことによって決着がつく。つまり、この決闘はまだ終わっていないのだ。


 これ以上に酷いことはないだろう。そう思ってしまう。だが本当にそうだろうか?上見上げて空腹を訴えるように腹を擦るリュウデリアは視線を下に降ろし……観戦者達は悲鳴を上げた。口元を押さえ、蒼白い顔色をする。それはあまりに惨い光景を見てしまったからだ。




 ばきッ……みちッ……ぐちゅ……ごちゅッ……。




「な、何なんだよ……アイツは……っ!!」


「ば、化け物だ……アイツは化け物だ……ッ!!」


「いやぁあああああああああああああッ!!!!」




 観戦者達が見た光景。それは、倒れているオズバルドの頭を完全に踏み潰して殺した後、死体に噛み付いて捕食し始めたリュウデリアの姿だった。体に鋭い歯を突き立て、肉を引き千切り、咀嚼して、呑み込む。その動作の繰り返しを無言で行って捕食し続けている。


 同族喰らいを平気で行い始めたリュウデリアに、耐えきれずその場で吐き出す者や、腰が抜けて尻餅をつく者。同じ目に遭うかも知れないからと背を向けて逃げ出す者と様々だが、彼の行動は狂気と混乱を招いた。


 観戦者の中に居たウィリスは、尊敬する兄が目の前で同族であるはずのリュウデリアに喰われる光景を唖然としながら見ていた。信じられない光景に、これは夢なのでは?と自分で疑いに掛かる程だ。しかし、頬を抓ろうが瞬きを強くしようが、見える光景は何一つ変わらない。喰われる兄。喰らう黒龍。それが全てだ。




「……ごくッ。はーッ。……喧しい塵芥共め。何がおかしい。共食いは自然界では当たり前にあるものだ。何故それが龍にだけ当て嵌まらないと思ったのだ。いや、コレは龍ではなかったな。ただの龍の真似事をしている人間擬きだ。ならば共食いではなく、単なる捕食か。くくッ……ははッ……はははッ!!あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」




 ケタケタ。ゲラゲラと嗤いながら捕食を再開する。食い千切られて無くなっていく肉。露見する骨。死に絶えてしまったオズバルドだった死体。喰らって腹を満たすリュウデリア。恐怖や悍ましさよりも、狂気が辺りを呑み込んでいた。






 共食いなんてものは自然界にはよくあること。ならばそれは龍であろうと存在するのだろう。何ら間違ったことはしていない。しかし普通ならば憚られる行為を、彼はさも当然のように行った。






 ──────────────────



 オズバルド・ラン・エレクトヴァ


 決闘を挑むも、敗北して死亡。殴られ続けた後でも生きてはいたが、頭を踏み潰された挙げ句喰われた。弱すぎて話にならない。それでよく雷龍王の息子だと嘲られた雷龍。





 リュウデリア


 共食いに何の躊躇いも無い。腹が減った時に、目の前にオズバルドが居たので喰っただけ。


 強さを得るために形振り構わず戦い続けるか、死んでも一矢報いてやろうという気持ちが無い有象無象の龍に飽き飽きしている。陰口言う暇があるならば強くなれ。龍の姿に矜持を持たないならば死ね。とは、本人の言葉。




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