第146話  破棄







「──────ぁあぁあああああああああ……っ!!最高神……様……最高神様っ!!」


「ぐッ……ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……ッ!」




 秘書の男神は今見ている光景を信じられない。てっきり今日も、適当なことを言って仕事をサボろうとしているだけだと思っていた。だから最高神の居場所が解る、特別に造ってもらった道具を使って此処まで来たのだ。


 しかし、見たのは巨大な獣と戦っていた最高神だった。恐らく暴れていた存在を始末しようとしていたのだろう。権能を使ってガッチリと拘束していたので、大丈夫だと勝手に判断して前に出すぎてしまった。そんな自身を目の端で映した獣が無理矢理、力尽くで拘束を引き千切り、自身に向かってきた。


 巨大な体に見合うだけの大きな口が、3列の所狭しと並んだ牙と二重の口が迫り来るのを見て死ぬことを確信した。最高神の秘書なので、噂で神を喰らい消滅させる獣が居るという事を知っている。つまり、この死への恐怖を感じさせる獣こそが、その獣だと、死ぬ瞬間からかスローに思える状態で思った。


 だが、喰われる瞬間に自身の体は強く押されて弾き飛ばされた。前に居るのは長年秘書をやっている相手の最高神だった。自身に背を向けて腕だけを伸ばしている状態。自身を庇って押しやったのだ。なので押されたことで獣の牙から逃れられた自身の代わりに、最高神が犠牲となった。


 頭と右腕を残して体を全て噛み付かれてしまった最高神は、痛みに顔を歪め、残っている腕で獣の顔に触れて口を開けさせようとしている。しかし腕力が足りない。ビクともしない口に、獣は更に顎へ力を入れた。骨にまで達していた鋭い牙が罅を入れて砕き始め、ばきりという生々しく痛々しい音を何度も響かせた。


 秘書が手を伸ばす。最高神の残っている右腕に向かって。しかしその前に、獣が最高神の体を噛み千切る方が早かった。ばつんと嫌な音を出しながら噛み千切られた最高神の上半身、その一部が落下を開始した。獣が食い千切った部分を食べている間に、秘書が最高神を追い掛けて抱き抱え、急いでその場から離れた。


 辛うじて心臓が喰われなかっただけで、そこから下は無くなっている。溢れ出させる血すらも圧倒的足りず、最高神の目はくすんで光を消しそうになっていた。それを見て視界を涙で歪めながら、限界以上の速度を出して飛んでいった。そして、森の中に姿を紛れ込ませて隠し、横たわらせた最高神の傷口付近を圧迫して血を止めようとした。


 しかし血は止まることなく、残った肉や内臓の一部が出て来るだけだった。人間だったならばもう死んでいて当然のところだが、そこは神の中でも最高位の最高神というだけあるのだろう。こんな酷い有様になってもどうにか生きていた。しかし死は免れないだろう。




「最高神様っ!!最高神様っ!!!!も、申し訳ありませんっ!わ、私の所為です!私があの場に出て来たからこんな事に……っ!!」


「よ……い……私が……した……ことだ……」


「そんな……っ!!私が不用意でつまらぬ愚行を犯したから最高神様が……っ!!」


「おまえ……には……何度も……ごぼ……叱られ……たな」


「……っぐ……っ!も、申し訳ありません……っ」


「は…は……私が……最高神ら……しい……ことを……して……いなかっ……た……からな……」


「そのようなことは決してっ!!……決して……ありません。あなたは本当に……良い最高神でしたっ」




 目が霞んで見えていないのか、焦点の合っていない目で見られ、秘書は自身の視界を涙で歪ませながら、最高神の残っている手を掴んだ。両手で、強く。力も入っておらず、握っているとは言えない握力しかない彼の手に、唇を戦慄わななかせた。


 彼は死ぬ。それは決定事項だ。獣に噛み殺された神が消滅するのではない。獣に噛まれて付けられた傷で死んだ者を消滅させる。つまるところ、体の大部分を食い千切られた最高神が生き残る術というのは存在しない。傷を癒やせればその限りではないが、彼は治癒を持つ神と触れ合っておらず、触れた者の権能を使える権能の対象外であった。


 悲しみに涙を流し、体を小さく震えさせる秘書は、これまでの数千年の時を思い返していた。最高神の秘書として仕えるようになったその時から、苦労は始まっていた。何かと理由を付けて仕事をサボるし、居なくなるし、我が儘だし、強い気配を見つけると飛び出していくし、仕事中文句を投げ付けてくる。


 しかしそれでも、最高神を……神の頂点に立つ彼を支えているという実感はやる気を出させたし、最高神は別に毎日がそういうことをしている事も無い。遊びが足りないと、息抜きと称して宮殿から連れ出して色々なところを回ってくれた。美味いものでも食べろと言って差し入れもくれた時もあった。


 端から見ていれば、とても最高神らしからぬ神だろう。しかし神界の秩序を乱そうとする者が居れば見つけ出して自身の手で始末を付け、民の声を聞いてより良い神界にしようとしていた。最高神らしからぬ神は、秘書の中で最も最高神として相応しい神であった。だがそんな神の最期であった。




「私が……死ぬ……ことは……気にす……るな……はぁ……そして……気をつけろ……。あの……獣はッ………神を……殺すことが…………できる……。そして……恐ら……くだが……ぐッ……権能を……奪える……故に……──────」


「最高神様……ッ!?」


「奴に………権能……を……奪われる前……に……わたし……は………っ!!」




 最高神の体が金色こんじきの光を放ち始めた。膨大な神格をその身に宿す彼から、少しずつ神格が小さくなっていく気配を感じ取り、秘書は彼のやろうとしていることを察した。


 獣は致命傷を与えた神を消滅させることができるが、権能を奪うには喰わねばならない。それを最高神は知った。まだ死んでおらず、権能を微かだが使うことができる。そして彼は獣が権能を奪えることを直感している。


 ならば、最高神がやることは1つ。こんな状態だと獣から逃げられないので、触れた者の権能を自由に使える権能を奪われる可能性を潰しておく。過去に触れた事で手に入れた、破棄をするという権能。それを使って自身そのものを破棄する。このままにしても喰われて消滅し、権能を奪われるくらいならば、自身の意思で消滅してやる。それが、体から出ている金色の光の正体だ。


 自分自身を破棄するということは、これまでの積み上げてきたものを捨てるということ。つまるところ、最高神という『役』に次の神を当て嵌めようとしているだけ。故に顔色も蒼白い、まさしく死にかけの最高神は、今できる最高の笑みを秘書に贈った。




「次の……最高神を……頼んだぞ……」


「っ……畏まりました。我が主。最高神ニハイド様。ごゆっくりと……ずずっ……お眠りください」




「ふっ……──────さらばだ」




 最高神から立ち上る金色の光が強くなっていき、体が透け始めた。秘書は涙を流しながらだが、くしゃくしゃな顔で見送る訳にはいかないと、顔に力を入れて無理矢理笑みを浮かべた。涙と鼻水で汚くて、しっかりと笑えていない歪んだ下手くそな微笑み。それを見て、仕方ない奴だと言わんばかりと、吹き出すような笑みを浮かべて虚空へと消えていった。


 良い最高神が死んでしまった。本来ならば獣に勝てた筈のところを、自身の浅はかな行動によって死へと追いやってしまった。これは生きている限り、永遠に忘れず、胸の内に刻み付けておくことだろう。そして、そんな忘れることが無い最高神からの命令を実行に移す。


 次に最高神の『役』に嵌まる、今から誕生する神に仕えて全身全霊でサポートをするのだ。秘書は急いで顔の涙と鼻水を落とす。そして拭い終えたと同時、最高神が消えたところに光が集まっていった。それは少しずつ人の形を取っていく。神が生まれようとしているのだ。最高神となる、新たな神が。


 人の形を作っていき、宝石にも勝る整った顔立ち。黄金律の肉体美が完成した。これこそが新たな最高神。名はまだ知らないが、全身から溢れ出る神格に、秘書はいつの間にか無意識の内に頭を垂れていた。服も何も身に付けていない誕生した神に召し物を捧げたいが、生憎ここには無い。どうしようかと悩んでいると、誕生した最高神は自身の権能を使って召し物を創造して身に纏った。




「──────我こそが新なる神であり最高神、デヴィノスである。そこな有象無象。貴様は何者だ」


「はッ。私は最高神様の御側にて最大限の助けをする側近であります。この命、存分にお使いくださいませ」


「……助ける?」




 新たな最高神、デヴィノスは自身の権能……存在する権能をノーリスクで使うことができるという脅威の権能を使って言語や神界のことを知り、人格を生まれて間もなく確立させた。そして自身の前で跪く秘書に向けて問いを投げ掛ける。貴様は何者なのかと。何故此処に居るのかと。


 それに対して、解りやすい答えを出す。傍に仕えて、何かあった際に助けられるように……サポートできるように控える付き人であると。それを聞いたデヴィノスは眉を顰める。助ける。助けるだと?我が助けられねばならんというのか。こんな小さな神格しか持たぬ有象無象如きに。


 表情が消える。何を考えているのか解らない、無へと。そして片膝を付いて頭を垂れている秘書の前で片脚を上げ、後頭部目掛けて振り下ろした。ばきりと嫌な音が響いた。足下には柘榴のように潰れた頭と大量の血。そして死体となった痙攣を起こす体だけであった。


 最高神にとって、他の神を根底から殺すなど造作もない。ほんの一捻りだ。今のように。前最高神からの最後の頼みで仕えようとしていた最高神は、その覚悟を文字通り踏み躙った。秘書の死体が消えていき、前最高神の居場所を示すチェーンに繋がった小さな鉄球の道具が地面に転がる。


 何なのだろうかとしゃがんで手に取ったデヴィノスは、権能でどういう力を持っているのかを鑑定し、つまらない物だと判断して握り潰した。拉げた鉄球と千切れたチェーンが地面に落ちる。それを秘書の血に塗れた足で踏み壊してしまった。




「下らぬ。我の前の最高神は何で死んだ?まあ、我以外の存在全ては所詮有象無象。この我が知る必要などあるまい。だが……」




「──────■■■■■■■■■■■■■ッ!!」




「──────貴様は別だ」




 瞬間移動をして、前最高神を殺した獣の端末がデヴィノスの背後に現れた。全高300メートル越えで、全身から禍々しい気配を醸し出している。殺意に塗れた悍ましいその獣に、彼は恐れることも無く、それどころか胸の前で腕を組んでふんぞり返る。恐れる事など何も無いと言っているように感じる。


 そして、獣から権能の気配がすることに気がついて、どういう存在なのか気になった。デヴィノスは腕を組んだ状態で権能を発動させる。アクシデントがあったが、前最高神でも斃せなかった獣の足下に黄金の四角形が展開され、巨体の獣の包み込む黄金の正四角形を形成した。


 獣が閉じ込められたことで暴れる。権能の瞬間移動を使って逃げようとしたが、デヴィノスが転移阻害の権能を発動させる。ならばと力尽くで結界を破壊しようとするので、前後左右と真上の5方向から、黄金の円柱を突き刺して獣を串刺しにした。動きを制限する黄金の円柱状の杭に貫かれ、動くことが出来ず、結界の中で咆哮した。


 しかし、その力強い咆哮も収まっていく。結界の力で抵抗力が阻害されていき、意識が遠のいていくのだ。呆気ない捕縛にデヴィノスの強さが垣間見えるが、彼も彼で全力だった。腕を組みながら、腕を掴んでいる手には力が入って青筋を浮かべていた。それ程の存在を前に、これだけの力を使わせたことに対して苛ついた様子で舌打ちをすると、宮殿がある方向に向かって飛んでいった。自身に相応しい場所があると権能で知ったからだ。


 次の最高神デヴィノス。後に数多の美しい女を囲い、肉体関係を持ちながらとある女神に一目惚れし、その女神が愛する存在に滅神される者であり、何かに使えるかも知れないと連れ帰った獣に一度結界を破られ、世界樹付近で大暴れさせて甚大な被害を出させる神である。後に、もう一度封印した獣は封印したままに限ると、離れたところに隔離するのだった。


























 最高神の入れ替えが起きている時、別の場所では引き続きリュウデリア、バルガス、クレアが獣と戦っていた。しかし獣は端末の1つが連れ攫われたことを把握した。分身との繋がりがあやふやとなって途切れた。何者かにやられたのだと悟りはした。のだが、現状それを確認しに行けない。


 何故なら、本体も他の端末達も、リュウデリア達に叩きのめされた挙げ句、殺されて消されてしまった。ついでに暴れていたもう1匹の端末も、2匹で集中的に狙ってすぐさま殺してしまい、本体の方に力が還元されていった。


 本体の獣は、やはりクレアと戦っている内に深傷を負っていった。本来の力でも押されていたというのに、端末に分けてしまえば更に押されるのも自然だ。よって、苛ついている彼に四方八方から魔法を叩き込まれて、端末達と同じように倒れ込んでいた。




「ったくよォ。舐め腐ンのもいい加減にしとけっつーンだよ」


「端末だと少しつまらんなァ。瞬間移動する地点の癖は覚えてしまったから攻撃が当たって仕方ない」


「完全な……状態の……獣と……やりたかった」


「まあここは仕方ないと諦めよう。……さて、獣よ。お前の番は何処に居る?案内しろ。喋れずとも理解する知能はあるだろう?」


「■■■■■■■■■■………ッ!!!!」




 誰が言うか。そんな否定的な言葉を言ったように感じた。リュウデリアは肩をすくめておどけて見せる。言うと思ったと言わんばかりの仕草だ。まあ、子を孕んでいる自身の番に対する脅威を排除するために、危険を冒してまで戦っていたのに、こんなところで案内したら元も子もないだろう。


 故に、リュウデリアは本体の獣の方に近寄り、額に触れた。獣はゾワリと嫌な予感を感じ取った。触れさせてはならないと警報が鳴る。彼の手は読み取ろうとしていた。獣が持つ記憶や記録を。それを視て、雌の居場所を探し当てようとした。今開発した魔法なので慣れず、直接触れなければならないが、触れさえすれば視れる。


 だが……リュウデリアが雄の獣の記憶や記録を視ようとした瞬間だった。莫大にして強烈な気配が膨れ上がり、のし掛かった。ビリビリと体が反応している。リュウデリア達3匹は、全くの同時にある方向へ顔を振り向かせた。




「──────ッ!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「むっ……っ!」


「あっ、やべっ」


「なに……?」




 突如膨らんだ大きすぎる気配に気を取られてしまったリュウデリア達の隙を突いて、獣の本体と端末が瞬間移動をしてその場から消えてしまった。感知領域は3匹よりも圧倒的に広いので、気配で見つける事が出来ない。






 しかし、獣を逃がしてしまった事よりも、リュウデリア、バルガス、クレアは今先程感じた強い気配の方が気になって仕方なかった。






 ──────────────────



 前最高神ニハイド


 権能を奪われてはならない!と、どうせ死ぬなら喰われて死ぬより自決した。もし全部喰われて権能奪われていたらえれェことになってた。





 新最高神デヴィノス


 ほーんとクズ。ついでに封印した獣の端末を兵器として使おうとしたら封印破られて大混乱を招いた。それであ、コイツ駄目だわ……ってなってずっと封印しておく方針にした。


 クズが先行してるけど、本当に強い。





 龍ズ


 突如襲来した強大な気配に気を取られて獣のことを逃がしてしまった。が、それよりも気配が気になって仕方ない。





 獣


 端末が殺されても力は還元する。けど、捕らえられると戻せなくなってしまうので、実質端末1つ分弱体化している。まあ、ほんの少しだけだが。あくまで権能で創ったものなので。




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