第192話  追放される娘




 ツァカルの屋敷のとある一室、談話室にて待機していたオリヴィアとリュウデリアは、1時間の待ちを以て領主及びツァカルと対面していた。対面式でテーブルを挟んで置かれたソファ。オリヴィアの横にはツァカルが、対面する形で領主であり彼女の父が座っている。


 領主の心の準備自体は1時間も掛かっていなかったが、汚れきっていたツァカルの身仕度に時間が掛かってしまっていた。今では使用人に選ばれた豪華な服を身につけている。痩せていて健康的ではないが、そこに目を瞑れば領主の娘として相応しい姿だろう。


 今まで襤褸を身に纏っていたのに、豪華な服との差が広すぎて一瞬誰かと思ったが、気配でツァカルと判断したオリヴィア。久し振りに着る自身の服に、恥ずかしそうにする彼女の獣耳はぴくぴくと動いている。腰から生えた尻尾をふんわりとしていて、感情に左右されているのか揺れていた。


 話し合いに必要な者達が揃った。使用人達は何とも言えない部屋の雰囲気に耐えきれず退室していった。リュウデリアはつまらなそうにあくびをし、オリヴィアは自然体に座っている。ツァカルは心を落ち着かせるのに1度深呼吸をし、引き締められた表情をした。




「──────この度は私の不出来な娘を連れて来てくれたこと、感謝する。私はこの街を治める領主、ヨーセン・アラ・ムドラスだ。よろしく頼む」


「オリヴィアだ。さて自己紹介は終わったな。用件を疾く話してもらおうか。先に言っておくが罪に問わせることは推奨しない。あくまで、お前達が私の怒りに触れることをしたからだ。そもそも、お前の娘を連れて来てやっただけで、武器を突き付けるお前達が悪い。自業自得だな。それで罪を押しつけるならば、それ相応の覚悟はしてもらう」


「……南の大陸で名前が挙がっていたらしい大型ルーキーの冒険者……か。……揉めた話の詳細は聞いてきた。証人も居る。私の雇う兵士が不快な思いをさせたようで申し訳なかった。雇い主として謝罪をさせて欲しい。すまなかった」




 自己紹介で名前を知ったヨーセン領主。ツァカルの用意が終わってこの場に各々が揃うまでの短時間に、揉めていた件の詳細な情報を集めて推測の答えを出していた。屋敷の周りに居て、事の顛末を把握した時には、なんという勝手な真似をしてくれたのだと怒りを露わにしたが、ツァカルが帰ってきた事に気を動転させていたならば、ありえなくも無い話だと納得した、


 領主であっても頭を下げるその姿に、ツァカルは息を呑む。自身の知る父親は誰かに頭を下げているのを見たことが無かったのだ。領主である彼の言葉は絶対。娘であろうとそれは変わらず、それ故の政略結婚だった。


 勝手に許嫁を決められて、その事を知って問い詰めると、相手は決めておいたから結婚しろの一言だった。拒否しようにも話は聞かず、真面に取り合ってもらえなかった。自分の言うことは正しく、絶対だという思いがあったからこその発言。母はツァカルの小さな頃に亡くなっていて、味方は意義を申す身分に無い使用人達だけだった。


 悪いとは思った。嫌なことを嫌だと言っても、その言葉さえ拒否されて強制される。それに嫌気が差して、支えてくれた使用人達に何も伝えず家を出たのだ。ツァカルは、嘗て見てきた父親とは思えない行動に、裏切られた思いに似た感情を抱いて、膝上に置いた手を強く握り締めた。




「──────だが、負傷した者達の状態、数が悪すぎた。今回のこれは明らかにやり過ぎだ。ここまでされてしまえば、無罪という訳にもいかない」


「ほう……?」


「なっ、お父様それは──────」


「黙っていろ。お前が口出しできる話ではない。……無罪という訳にはいかない。しかしだからと言って、こちらが悪いのにあなたを罰するのは筋違いも良いところ。そこで、この街へ来てもらったところを無礼承知で頼むが、すぐに出て行ってもらえないだろうか。罪には問われないが、この街から出て行く追放という形で収めたい」


「……っ。オリヴィアさんは悪くないのに……」


「だがやり過ぎた。これは本意では無い私とオリヴィア殿が妥協しあった場合に訪れる結果だ。これを拒否されると、私はオリヴィア殿を罰しなければならない」


「ふん。別に構わんがな、私は」


「オリヴィアさん!?」


「旅をする身故に、途中買い物はさせてもらうが、それが終われば私は出て行く。特に長居する必要も無いからな」


「……感謝する」




 脚と腕を組んで、どうでも良さそうに返事をするオリヴィア。元より、此処にはツァカルを届けるだけが目的だった。あとは契約にあった報酬を貰い受け、此処に売っている美味しい物を買って食べれば、後は用無しだ。また次の街や王都を目指して旅をするのだ。悲観なんてするわけがない。


 この街のことなんて別にどうでもいいオリヴィアからしてみれば、出て行ってくれと言われても、あっそで終わるが、ツァカルは納得していないようだ。顔を知らない兵士も居たが、家を出る前に味方になってくれた兵士も居た。そんな彼等がオリヴィアにやられてしまったのは悲しいが、それでもあれは酷いと思った。


 命を助けて此処まで護衛までしてくれた。送り届けただけなのに、何故こんな事になっているのか。確かにやり過ぎだが、オリヴィアは悪くない。悪くないが、無罪放免というのも違う気がする。感情や倫理がごちゃごちゃになって、ツァカルは奥歯を噛み締めることしかできなかった。


 しかし話はこれで終わらない。オリヴィアの話は済んだも同然だが、ツァカルの事がまだである。数年間……正確に言えば約3年もの間家出をしていたツァカルのことも、帰ってきたからおかえりで済ませられる訳が無い。




「ツァカル。私の愚かな娘。お前も、この家から追放する」


「……え?」


「3年前、お前と婚約をしていた御方が機嫌を損ねた。この家が更に大きくなるチャンスであり、太いパイプが形成される筈だった政略結婚だったのだ。それを、逃げるという形で裏切った。あちらは最早我々を敵視していると言っても良い」


「そんな……っ!」


「家を出て行ったお前のことを探した。しかし捜索を開始して2年の月日が経てば、死亡扱いになるのだ。謂わばお前は、死んでいると認知されている身。追放されたとしても文句は言えん。お前は私を裏切り、ムドラス家を捨てたのだ」


「………………。」




 家から追放される。つまり親子の縁を切るという意味だ。血は繋がっていようと、それ以外の繋がりは絶たれる。いくら帰りたくても帰れなかった事情があったのだとしても、ツァカルには家に戻らなかった3年という月日があり、破談となった政略結婚が存在する。否定はしても否定はしきれないのだ。


 捜索を開始して2年が経つと、望み薄という事で処理されてしまい、今のツァカルは記録上死んだ者とされている。それに乗じて、ヨーセンは彼女をこの家から追放することにした。縁談を自分勝手に破棄し、ムドラス家を捨ててしまった彼女に、居場所はもう無いのだと突き付けるのだ。


 ある程度のことを言われると覚悟していたツァカルは俯く。しかし納得できる話ではある。結婚が嫌で家を出て行って、逃げた先で迫害されたから家に戻ってきて今まで通りの生活をするなんて虫が良すぎる。出て行ったならば家名を放棄したも同じ。故に、彼女に対する罰は当たり前のものだった。こんな展開は当然で、相応しいと、自虐の笑みを浮かべる。


 折角使用人達に着飾ってもらったが、早々にこの服は着なくなる。出て行くならば、もっと実用性のある服が欲しいからだ。流石に南の大陸に行こうとは考えないが、この街にはもう居られないだろう。これから住む場所を探さないといけないので、漠然とこれからのことを考えた。




「オリヴィア殿。あなたには生きていた娘を連れて来てくれた事には感謝している。だが聞いたとおり、ツァカルはこの家から追放する。手間を掛けさせてすまなかった」


「報酬ありきの話だ。善意でやった訳ではない」


「報酬……なるほど。護衛の類か。……話は以上。ツァカル、お前は家を出て行く準備をしろ。もう戻ってくる事が無いようにな」


「……はい」




 俯いていた顔を上げたツァカルは、何とも言えない笑みを浮かべていた。悲しんでいるのか怒っているのか、後悔しているのか納得しているのか、彼女自身でも言葉にするのが難しいと言える感情を乗せた笑みだった。ソファを立ち上がって退室をする。ドアの向こうへ行く前に、最後に着ている服のスカートを摘まんで上品な礼をした。


 その所作は、長年教え込まれて体が覚えているもの。例え3年の月日が流れようと、彼女がこの家に生まれて身につけたものは無くなってなどいなかった。ぐっと、表情が強張ったヨーセンだったが、吐き捨てるように早く行くように促した。彼女は背を向ける。部屋に戻って準備をするために。


 退室して行ったツァカルを眺め、これで自身も話が終わりだなと思い立ち上がろうとしたオリヴィアに、ヨーセンから待ったの声が掛かった。少し待っていて欲しいと言われ、急ぎ足で彼は部屋を出て行った。何なのだと思いつつ待つこと数分。彼は両手で抱える袋を持って再度彼女のところにやって来た。




「これは私の娘を助け、連れて来て、顔を見せてくれた礼だ。あの子が結んでいた契約の報酬分も合わせてこれで足りるだろうか。金貨150枚ある」


「何故お前が払う。契約したのはあの小娘で、お前ではない。それについ先程、お前が彼奴を追放したのだろう。金を払う義務はもう無いはずだが?」


「確かに、血の繋がりがあろうと、親子ではない。しかし、あの子の父親だったという事実は切っても切れず無くならない。これは私が最後にできる事なんだ。どうか、受け取って欲しい」


「ふーん?……はぁ……金は別に要らんのだがなぁ……」




 袋を受け取って結ばれた口を開き、入った金貨を上から眺める。光を受けて煌びやかに光る大量の金貨に溜め息が漏れた。欲しいのは美味しいものであって、あり過ぎても使い切れなくなって貯まっていく一方の金ではないのだ。だが受け取らないと、無償でやってやったという事に繋がりかねないので……文句を言いながらも受け取った。


 リュウデリアが異空間から取り出した、中が異空間になっている小さな袋の財布を受け取り、中身を全部移し替える。恒例の驚愕顔をヨーセンから受けつつ、オリヴィアは150万Gという大金を受け取ったのだった。


 受け取ってもらえたことに、ヨーセンは内心ホッとしていた。娘へ、最後くらい何かしてやりたかったので安堵しているのだ。あまり良い思い出が無くても、実の娘を追放した身でも、親子の関係ではなくなっても、親だった者としての、自身にできる事の最高のものだった。


 ヨーセンは腰を曲げて頭を大きく下げた。最初の、座りながらのものではなく、相手へすぐに誠意が伝わるくらいの深々としたものだった。オリヴィアはヨーセンにお礼の言葉をもう一度貰ってから、談話室を出て、ムドラス家を後にした。

















「──────で、何故付いてくる」


「えっ!?は、ははは……その、追放された身なので、次の街へ一緒に行こうかな……と思っていたり……?」


「厚かましい」


「ゔぐっ……」


「報酬も払えていない」


「へぐっ……」


「魔物が出ても何の役にも立たない、人間より優れた身体能力を持つ名前だけの獣人」


「こ、言葉がナイフのように刺さる……っ」




 必要になるだろう物をバッグに詰めて背負っているツァカルは、動きやすそうな格好をしてオリヴィアの後ろを歩いていた。街の歩道を歩いていると、後ろから彼女のことを呼びながら駆け足でやって来たのだ。何かと思えば先の言葉である。街を出るから護衛をして欲しいのだろう。


 気まずそうに頬を掻きながら目線を逸らすツァカルを見ていると、観念したのか頭を下げて謝罪をしてきた。こんな結果になってしまってすまないと、心から反省していると。追放されると言われていた時点でそうなることは解っていたので驚きはないし落胆も無い。そもそも、ツァカルが払えるだろう対価よりも大金を受け取っているのだ。そんなことを一々気にしていない。




「はぁ……オリヴィアさんへの報酬はどうしようか……」



「え?私はまだ何も……」


「お前も結局は親の子という事だ」


「え?待ってくれ。それってどういう意味で──────」


「さてな。後は自分で考えろ」


「えぇ……」




 ヒントなんてものは与えられていないので、オリヴィアの言葉の意味が良く解っていない。厳格で頭の固く、良い思い出が殆ど無い父親のことだからこそ、自身のために報酬を払ってくれていたという思考に繋がらないのだろう。親の子、親の心知らず。彼女がヨーセンの心の内を知ることは、きっともう訪れないだろう。


 オリヴィアは、ヨーセンの心の内を看破したリュウデリアから話を聞いている。聞いているが、それをツァカルに教えてやろうとは思わなかった。教えてやる義理も無いからだ。それに、彼女に対して興味を抱いている訳でも無いし、気に入っている訳でも無いのだ。


 行動を共にしていたのは、交渉の果てに生まれた報酬の為、対価が存在したからだ。生きて此処まで送り届けてやった時点で、契約は完遂している。護衛をしてやる意味も理由も、オリヴィアには無いのである。




「良く解らないが……取り敢えずお礼はさせて欲しい!嘗ての私の貯金を持ってきたから好きなものを奢ろう!クロックムッシュはどうだ!?」


「食い物で護衛は引き受けんぞ」


「い、いやぁ……これはお礼の気持ちを受け取って欲しいだけで、そんな事を頼むつもりでは……」


「そうか。では存分に財布の紐を緩めてもらおうか」


「あはは……お手柔らかにお願いします……」




 言葉の端々から、ものすごく食べるような気配がしてならない。金持ちの一人娘であり、使わずに貯金していた全財産を持ってきたと言っても限度がある。彼女は知りもしないが、オリヴィアの肩に乗っている使い魔の皮を被った龍は、街の予算では足りないくらいの物を1度に食えるのだ。本気を出したら彼女に払えるものなんて無い。


 大丈夫かなぁ……と不安を煽られながら、持ってきた全財産の金額を確認する。オリヴィアは彼女が破産して路頭に迷おうが興味ないので、満足するまで飲み食いしてやろうと考え、美味しそうな匂いを発する店の方へ向かって歩みを進めた。





 結局、オリヴィアとリュウデリアは街、ムドラスから出て行くように言われ、ツァカルは家名を名乗ることを赦されなかったのだった。






 ──────────────────



 ヨーセン


 ツァカルの父。縁談を無理矢理な形で破棄してしまったので、ムドラス家より大きな力を持つ貴族に憤慨され、圧力を掛けられている。本当は没落の道を辿っている。そんな道に娘を連れていく訳にはいかないので、死亡扱いを使って追放した。


 オリヴィアに支払った150万Gは、残っている財産の殆ど。最後に娘の顔を見させてくれてありがとう。命を救ってくれてありがとうの気持ちとして差し出した。不器用な父で、ツァカルの母親が生きていた頃は、その事を何度も指摘されていた。





 ツァカル


 3年に渡り家出をしていた。最初の頃は捜索隊などを派遣して探されていたが、2年が経つと死亡扱いになるので捜索は打ち切り。もうこの世に居ないものとして処理された。追放された事については、まあ仕方ないよな……と納得している。父の真意には気づいていない。





 リュウデリア


 冒険者として依頼をやっている訳でもないのに、すぐに金が舞い込んでくるな……?と不思議に思っている。もしかして、オリヴィアは金運でも持っているのか?と訝しんだ。


 ヨーセンが、娘のことを何とも思っていない……と装っていることを看破している。だが、彼にとって親子の想いなんてものは、捨てられた身として全く理解できないので首を傾げるだけ。本を読んで行動の理由は理解はできるが、良い印象も悪い印象も抱けない。





 オリヴィア


 違うところから報酬が払われたが、追放されるツァカルが報酬を払えるとは思っていなかったので代わりとして貰った。まさかまたこんなに大金が手に入るとは思わなかったし、金が増える一方なのでどうしようかと悩んでいる。いっそのこと、食べ物買い漁ってリュウデリアのご飯にしてしまおうかとも考えている。




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