第191話  待ちの時間




 ツァカルの屋敷へとやって来たオリヴィアは、何の勘違いか兵士達に囲まれて攻撃的な歓迎を受けた。領主のたった1人の娘が帰ってきたことに動揺しているからか、普段ならば取らない手を取ってしまった。相手がそういうのを気にしない、勘違いにも寛容ならば少し揉めた程度で終わっただろう。


 だが残念なことに、相手がそういった寛容な心の持ち主ではなく、冷たく冷酷な者の組み合わせだった。オリヴィアはまだ、自分に対して武器を向けてくるならば、適当にボコして終わりにしてやるつもりだった。しかしよりにもよってリュウデリアにも武器の矛先を向けてきた。


 愛しい者に対する不埒な行動は一切我慢鳴らないオリヴィアは、理性の鎖を己の手で引き千切った。結果、彼女達の周りには四肢を無くして達磨ダルマにされた兵士達が数人転がっている。もう付けることは叶わないだろう。強い回復力を掛けても脚は付かず、腕は凍っていたところを落としてしまったので粉々で元も子もない。


 呻き声や絶望感犇めく絶叫がツァカルの屋敷の前で上げられている。昼前ということもあり、人通りだ。人の目につく。現に通りを歩いている人々は異常な光景に顔色を悪くさせ、人によっては急いで憲兵を呼びに走った。そんな酷い状況の中で、ツァカルは領主であり父である男と数年ぶりの再会を果たした。




「……お父様」


「ツァカル……かっ!?」




 驚きで瞠目するのはこれで2度目。オリヴィアに四肢を落とされた雇っている兵士達が転がっている光景を見て、その後に久し振りの顔合わせとなる娘の事を見たことで。今まで何をしていたのか。どうして家出をしたのか。それを怒号と共に吐き出そうとして……つぐむ。


 人の目が多い今の状況で、領主が怒鳴り散らすのは印象が悪い。そもそも、兵士達が無惨な姿で倒れている事も既に印象が悪いと言える。これ以上下がる印象が残っているのかは不明だが、人が更に集まる前にこの場をどうにかしなければならない。


 領主は急いで医者を呼んできて診療所へ運ぶよう指示をし、ツァカルに家へ入るよう行った。その時に、オリヴィアは敵ではなくて命を救ってくれた恩人であり、兵士達が勝手に勘違いをして襲い掛かったのが今の現状を作っていると糾弾した。言葉に詰まりながら、取り敢えず屋敷の中へと言われたので、オリヴィア達は屋敷に仕えるメイドに怯えられながら中へと案内された。


 中はやはり金持ちらしい装飾や置物、絵画があった。意味があるのか問いたくなる壺などが豪勢な装飾を施された机の上に置かれていたり、見事な作品である絵画が壁に掛けられている。メイド達の仕事ぶりによって左右される清潔感も見事なものだ。


 前にも金持ちの家の中に招待されたオリヴィア達からしてみても、それに並ぶくらいの清潔感はあった。案内をされてオリヴィア達は談話室の中へと通されて、暫く待つように言われる。ツァカルは身を綺麗にして新しい服を着てくる為に時間が必要で、領主も心の切り替えに時間を欲していた。


 別に何もしていない相手には攻撃なんぞしないのに、案内してくれたメイドは体を震わせて怯えていた。いつ兵士達と同じ目に遭うのかと。はぁ……と、溜め息を吐くだけで肩をビクリと跳ね上げるので、待っていてやるから飲み物を適当に持ってこいと言えば、バタバタと談話室を出て行った。




「まったく。忙しない使用人だな」


「目の前にあの光景を作った奴が居れば、自然とあのようになるだろうな。見ていて滑稽で面白いが」


「ふん。あの兵士達が私のリュウデリアに武器を向けるのが悪い。本当だったら殺してやるところなんだ」


「死ぬことより余程酷い人生をこれから送ることになるだろうがな。まあ、俺もオリヴィアに武器を向けられて危うく街ごとやるところだった」


「リュウデリア……っ」




 街が1つ消し飛ばされそうになっているのに、何故か頬を赤らめてキュンッとしているオリヴィアは置いておくとして、談話室に通された以上は敵対的な思いは抱かれていないと推測するリュウデリア。敵対的ならば、憲兵を呼んで拘束するように指示を出しているだろうからだ。領主ともなれば、理由が何であれ拘束することは容易いだろう。


 それをしないで、誰かと話し合うための部屋として設けられた談話室に通すのだから、あちら側は対話を望んでいるらしい。と言っても、あの場にはオリヴィアや兵士達だけでなく、ツァカルが帰ってきたという声を聞いて出て来たメイド達の目もあったので、事情を聞くほどのものでもないと考えるのだが。


 頭の中には屋敷までの道のりで見つけたクロックムッシュが鎮座しているリュウデリア。何かを考えようとすると、美味しそうな食べ物が頭にチラついて集中できない。腹が減っていて、腹の虫が鳴って空腹を訴え掛けてくる。早く話を終わらせて飯を食いたい気分だ。


 リュウデリアの腹の虫が鳴ったのを聞いていたオリヴィアは、クスクスと笑って話を早く切り上げて、先程のパンを食べに行こうな、と微笑んだ。そこへ、ドアがノックされる。メイドがやって来て飲み物を持ってきたのだ。




「ど、どうぞ……っ!」


「あぁ。それと、私の使い魔が腹を空かせている」


「ひッ。わ、わりゃひは美味しくないでふッ!」


「は?誰がお前みたいな奴をリュウちゃんに食わせるか馬鹿者。何か軽く食べられるものを持って来いという意味だ」


「は、はい!畏まりましたッ!!!!」


やかましい……」




 元気よく……元気よく?返事をしたメイドは、倒れるんじゃないかというような土気色の顔で急いで部屋を出て行った。飲み物はグラスに氷を入れられていて冷えている。ほのかな果実の匂いがするので、果汁を使った飲み物だろう。人目が無いことを良いことに、オリヴィアの肩から降りてテーブルの上に降り立つ。


 使い魔の役でやっている4足歩行はやめてしっかりと脚で立つと、飲み物が入ったグラスを持った。左手は腰に、右手でグラスを持って飲み物を一気に呷る。ごくごくと一気飲みをして、冷やすために入っている氷も口の中に入れて噛み砕いて食べ始めた。




「はぁぁ……喉が渇いていたところだ。オリヴィアも飲むといい。林檎の味がする」


「ほほう。いただこう。……うん、美味いな」


「おかわりを持ってこさせるか。……む、来たな」




「し、失礼しますッ!!」




 空になったグラスをテーブルに置いて口を適当に拭うと、翼でふんわりと飛んでオリヴィアの肩に乗った。メイドが見た光景となんら変わらない状態に戻って、リュウデリアはジッとしている。オリヴィアはノックをされたので入っていいと許可をすると、両手にバスケットを持ったメイドが慌てて入ってきた。


 持ってきたのは饅頭やビスケットといったお菓子だった。どれもこの街の名産であり、人気の商品だ。饅頭の中は餡子や果物が入っていたりして味の変化を楽しむことができ、ビスケットやクッキーはチョコが使われていたり、果実から採った砂糖を使った甘いものまで選り取り見取りだ。かなりの量を持ってきた。


 オリヴィア達が座っているソファと対面して置かれるソファの間にあるテーブルの上に、大きなバスケットを置いて、空になったグラスに気づいて新しいものを持ってくると慌ただしく出て行こうとするので、それに待ったを掛けて1番大きいグラス、ジョッキでも何でも良いから大きなやつで持って来いと言っておいた。メイドは畏まりましたと、首が取れるくらいブンブン頭を縦に振った。


 急いで飲み物を取りに行ったメイドは、数十秒後には帰ってきて大きなジョッキ1杯に飲み物を注いできた。テーブルにそれを置くと、何かあればベルを鳴らしてくださいと、小さなベルを置いていって部屋を出て行く。気配で周りに誰も居ない事を確認してから、リュウデリアは人間大の大きさになってオリヴィアの隣に腰を下ろした。




「どれ、昼食の前に少し食べるか」


「こんな量、リュウデリアにとっては有って無いようなものだろう?」


「元の大きさで考えればな。それだと、山のような図体をした魔物か、同じくらいの大きさをした同族を食らうことでしか腹が満たされないだろう?このような場合は味が良ければ良いのだ、味が」


「ふふ。じゃあ、私の代わりにたくさん食べていいぞ。私はそれを何個も食べると、あの店の……クロックムッシュとやらが食べられなくなってしまう」


「ふむ、では食わせてもらうぞ」




 大きな手で並べられた饅頭を何個も手に取り、上に持ってきて口を大きく開けた。1つずつ時間差で器用に落としながら食べていき、味を楽しんだ。果実が入っていたり、餡子が入っている饅頭の中で、リュウデリアが美味いと思ったのは、カスタードクリームが入ったやつだった。


 次々と口の中に放り込まれる饅頭と、それを食べているリュウデリアを眺めて微笑むオリヴィアは、肩が付くくらい隣に居る彼へ体を倒して甘えた。ソファに座るのに邪魔そうにしていた尻尾を膝の上に乗せて、先端を左右に振ったりして遊んだ。


 純黒の鱗を撫でたり頬擦りをして楽しんでいると、尻尾が動いてバスケットの中のクッキーを1枚、器用に巻き付けて取った。砕かない絶妙な力加減で、見ていたオリヴィアの手元に持ってくる。掌を差し出すと、ポトリと落とされた。顔を上げれば、リュウデリアがこちらを見ていた。クツクツと笑いながら。




「それくらいは食べても構わんだろう?」


「そうだな。ありがとう」


「饅頭はどうだ?少しだけでも味わっておくか?」


「んー……じゃあ貰おうか」


「ククッ。了解した」


「……リュウデリア?」




 手の上にあるクッキーを食べて、程良い甘さを感じていると、折角だから饅頭の味も確かめておけと言われた。確かに、見た目も綺麗で美味しそうにリュウデリアが食べているものだから興味が湧いてきた。なので一口だけでも貰おうかなと言うと、何故かクツクツと笑う。


 首を傾げると、手の中にある最後の饅頭を口の中に入れた彼。あっと思ったのも束の間。膝の上に置いてある尻尾が彼女の両手を手首から拘束して上に持ち上げた。え?と思っていると、上からリュウデリアの顔がやってくる。何となく察してしまったが、今までの情事によるもので、勝手に目を瞑って口を差し出してしまった。


 最初から口内に侵入してくる長い舌。別の生き物のように動いて、オリヴィアの口内を舐め回す。ふっ……と鼻から息が漏れて、生理的な涙が目の端に浮かぶ。ぐちゅりと両者の唾液が絡み合って水音を奏でると同時に、口の中が甘いことに気がついた。どうやら饅頭を口移しされているようだ。


 混ぜ合わさった唾液と饅頭の中身である餡子を、ごくりと喉を鳴らしながら飲み込んだ。自身の舌に長い舌が絡み付いて、逃がしてくれなくて巻き付いたり扱き上げたりしてくる。何度も何度も抱かれている所為で、快感を感じたら体の力が抜けて、快楽を享受しようとしてしまう。


 両手も拘束されて抵抗なんてできよう筈も無く、びくりと体を震わせて後ろに倒れ、ソファの背もたれに背中を預けた。濃厚なキスは終わらない。移された餡子なんて全部飲み込んだのに、今では一生懸命彼から流し込まれる唾液を飲むのに必死だった。そうして5分くらいは口の中を蹂躙されて、ようやく手と口を解放された。


 長い舌を引き抜かれ、ぬちゅりと淫猥な音を響かせる口は、彼と自身の唾液で濡れている。5分以上も口内を舐め回されていたので、息は上がっているし、口の中に彼の舌が無いと違和感すら感じてしまう。




「んん……っ。はぁ……はぁ……」


「美味かったか?」


「んぅ……はぁ……あ、味なんて……はぁ……思い出せない」


「それはもったいない。まあ、俺もオリヴィアの味のことばかりで、食い物の味なんて殆ど感じていなかったがな……ハハハッ!」


「……ばか」




 突然こんな激しいキスをしてくるんだから、味なんて感じられる訳がないだろう。そう心の中で文句を言うのだが、そんなことよりも淫らなキスを受けて喜んでしまっている時点でリュウデリアに文句は言えないなと、苦笑いした。心臓が早鐘を打っていて顔が熱い。赤い顔を見られたくなくてフードを両手で下げているのに、フードの上からオリヴィアに頬擦りしてくるものだから、口がニヤけて仕方ない。


 解っていて態とやっていると、オリヴィアも解っているのに嬉しい。恥ずかしいけど嬉しくて、愛おしい。顔を赤くしながら俯き、彼の首に腕を巻き付けて抱き付いた。濃厚なキスで上がった息を整えながら、体で彼のことを堪能する。こうしていないと、何だか嫌だったのだ。


 抱き付いてきたオリヴィアに、リュウデリアは同じく抱き締めて返した。腕の中に閉じ込めて、フード越しの頭に口先をグリグリと押し付ける。背中を撫でたりしていれば、呼吸が整ってきた様子。5分程度ならば大丈夫かと思ったのだが、彼女にとっては腰が抜けるくらい気持ち良かったらしい。


 これから領主やツァカルを混ぜた話があるというのに、その気にさせるとはどういう了見だと、まだほんのりと赤い顔でジト目をしてくるオリヴィアに、クツクツと笑いながら言葉だけの謝罪をした。反省してないなと解っていても、赦してしまうのが惚れた弱み。オリヴィアは仕方ないなと言いながら、彼の口先に触れるだけのキスを贈った。







 お菓子よりも甘い雰囲気を醸し出して、お互いだけの空間を楽しむオリヴィアとリュウデリアは、それから1時間後、領主とツァカルを交えて今回の件について話を始めたのだった。








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 ツァカル


 汚い格好なので、メイド複数人がかりで風呂に入れられて全身隈無く現れている。まだ痩せ細っている体を見て涙を流された時は居たたまれなかった。





 リュウデリア


 オリヴィアにキスをしたのは、キスしたかったから。自分の番に淫行を働くのに理由が必要か?必要ないだろう?むしろここで交尾を始めなかっただけありがたく思えという考え。


 昼食を食べたら、オリヴィアを抱こうかなと考えている。キスで蕩けた表情を見たらムラムラしてきた。





 オリヴィア


 リュウデリアからお菓子を渡されるのかと思いきや、まさかの濃厚なキスだったので驚いたのと幸せを噛み締めた。何度も抱かれているので、キス1つでトロトロな顔になっているのに気がついていない。それを見て欲情されていることも。


 気配を感知できるようになり、リュウデリアから甘くて熱い、こっちが溶けるような気配を感じて、彼が自身のことを抱こうとしているのが察せてしまい、とてもドキドキしている。




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