第190話  説得不可





 オリヴィアは愛しい龍を肩に乗せ、考えていた。今ある現状について。




「ツァカルに何をしたッ!この下衆ッ!」


「妙なことをすれば即座に処分するッ!」


「手を上げて抵抗はするなッ!」


「この不届き者めッ!」




 普通に頭くるから、コイツらのこと皆殺しにしてやろうかな……と。





















 オリヴィアとリュウデリアが兵士に囲まれる前のこと、彼女達は獣人の女ツァカルを連れて3日の道のりを徒歩で移動し、目当ての港から1番近い街へとやって来た。街の名はムドラス。ムドラス領の領主が治める街である。


 西の大陸へやって来た者達が大体は最初に訪れることから、観光地として有名であるこの街は、外観も綺麗に整備されていて見た目が良い。門を通れば気持ちの良い光景を見られるだろう。建築物はレンガで建てられるのが主流で、頑丈さをメインにして造られている。これは、身体能力の高さから力も強い獣人に配慮した構造なのだろう。


 魔物から街を護るためのバリケードとして建造されたレンガ造りの壁までは綺麗にはできず傷を見受けられるが、その程度だ。中に入りさえすれば気になることはない。門番も居て見張りをしているので、入場料を払って中に入る。ツァカルは今持ち合わせがないので、後で返すという事でオリヴィアが2人分払った。


 冒険者の証を持っているオリヴィアは、全身をローブで覆って顔をフードで隠していようと咎められはしない。しかし襤褸を着て、見窄らしい格好をしているツァカルは別だった。訝しげな表情をする門番に恐る恐るとフードを外して顔を見せるも、若い門番は入場料を払ってくれたからという理由で通した。


 どこかホッとしている様子のツァカルに首を傾げながら、街の中を見渡してレンガ造りの建物を眺める。南の大陸では木造建築が主流だったので珍しいのだ。レンガ造りは獣人の力の強さを考量したものなので、南の大陸で多く見られた木造建築だと少し耐久力に難が出てくるのだ。




「すんすん……何やら美味そうな匂いが……」


「……?あぁ、クロックムッシュだな」


「何だそれは?」


「昔の、とある国の王が幼き日、突然思い付いて自らの手で作ったという料理だ。中身は店によって違うが、パンの間にチーズやハムを挟み、外側にバターを塗って少し焼くんだ。とても美味しいぞ」


「素晴らしい。後で買って食べるとしよう。な、リュウちゃん」


「……っ!」




 とある国の王が幼い子供の頃、熱に魘されて生死を彷徨ったそうだ。医者の献身的な治療によって回復すると、今までの子供らしさが無くなって別人のように大人顔負けの言葉を使い、それまで一欠片も興味を抱かなかった魔法に多大な興味を持ち、そして見たことも聞いたことも無い料理を作ったという。


 クロックムッシュと呼ばれる料理もその一つ。一度も料理をしたことが無かった筈なのに、厨房に行って1人で作ってしまった。それを食べた料理長が感動し、土下座をして弟子入りをしたという。将来一国の王となる王子、5歳の頃だった。


 それからは許嫁や献身的な治療をしてくれた美人で有名な女医。双子の美人メイドと貿易などで顔を合わせていた美少女商人らと結婚して子供を多く作ったとされる。西の大陸には、そういった才能に恵まれた王が何名か居て、今の西の大陸の基盤を作ったとされている。


 楽しそうに話すツァカルと、話を聞いてはいるが興味は抱いていないオリヴィア。リュウデリアは早く美味いものを食べたいようで、良い匂いのする方をしきりに見ている。今日は街を回って食べ歩きをするのがメインになりそうだと、オリヴィアはフードの中でクスリと笑う。


 街の中をツァカルが先行して歩いている。生まれ育った街故に、数年帰っていなくても道くらいは覚えているのだろう。帰ってくることができたと感動しながら、此処には何があって、この道を進むと何がある……と、オリヴィアに解説している。そうして道を進んでいくこと十数分後、一行は街の中で1番大きな家であり屋敷の前に辿り着いた。


 柵が敷地に境界を作り、間から見える屋敷は他と同じようにレンガ造り。しかしその全範囲を真っ白に塗られていた。汚れなんてあるはずもなく、広い庭には木が植えられていて葉の手入れも完璧だ。無駄に伸びた芝なんてものも存在せず、美しく保たれた庭園であり、池もある。ツァカルは勝手知ったるような様子で門番のところへ進み出た。




「領主は居るか?」


「何用だ?領主様ならばご在宅だが、今日の来訪予定は無い。お引き取り願おう」


「すまないが、領主様に会うには手続きが必要なんだ」


「私には必要無い。ツァカル・アラ・ムドラスが帰ってきたと言えば言いか?」


「──────ッ!?つ、ツァカル……様ッ!?」


「ツァカル様がお帰りに……ッ!?お、おい誰かッ!ツァカル様がお帰りになられたぞォッ!!」




「また金持ちの奴か」


「魔物を押し付けられるよりはマシな出会いだっただろう。臭いは強烈だったが」


「龍は臭いに関しては不憫だな。それにしても、金持ちの奴は何かしら不幸な目に遭う運命でも背負っているのか?」


「それに出会す運命にあるのか疑いたくなる遭遇率をしているがな、俺達は」


「まったくだ」




 途端に騒がしくなった屋敷の前。大きな屋敷に向かって歩いて行くツァカルを見ていて、何となくそうなのではないかと思ったが、やはり金持ちの娘だった。レッテンブルという街の領主をしている男と孫娘を助けた経験がある彼女達は、またこのパターンかとため息が出てくる。これなら、助けてくれた礼として金を差し出そうとするわな……と、納得した。


 あまりにも見窄らしい格好なので、元が金持ちの家の娘ということは判らなかった。判らなかったが、それが判明していたとしても助けるかどうかは提示された報酬と気分次第だった。今回のツァカルは運が良かったと言えるだろう。


 騒ぎ立てる門番に反応して、屋敷の中から使用人や数人の兵士が出てくる。襤褸のフードを外して顔を晒すツァカルを見れば、彼女が出て行く前から知っている者は帰ってきたことに喜びの涙を流していた。歓喜の涙を流しながら優しく手を引いて屋敷の方へ連れていく。汚いから風呂に入れるのと、新しい服を着せる為だ。


 さて、報酬はどのくらいの飯で手を打ってやるかと考えていたオリヴィアに、外に出てきた兵士と門番をやっていた兵士が周りを囲って、手に持つ槍の鋒を向けてきた。剣呑な鋭い視線を向けて、攻撃的な気配を感じ取る。何のつもりだと言えば、返ってきたのは冤罪も甚だしい罪を着せる言葉の数々だった。




「ツァカルに何をしたッ!この下衆ッ!」


「妙なことをすれば即座に処分するッ!」


「手を上げて抵抗はするなッ!」


「この不届き者めッ!」


「何と罪なことを……ッ!」


「裁判に掛ける必要は無いッ!俺達がこの場で罰してやるッ!」




 兵士達は、ボロボロで汚れているツァカルの傍に居た全身純黒のオリヴィアを怪しい奴だと誤認しているらしい。興奮状態にあるのか目を血走らせている。謂われの無い罪を罰する言葉の数々に、オリヴィアは溜め息を溢した。こういった短絡的な考えと行動は大陸が違えど同じようだと、いっそ憐れにすら思えてくる。


 態々餓死寸前だった奴に食い物を与え、此処まで護衛して連れて来たというのに、それに対する行動がコレである。事情を把握していないにしても、ツァカルを助けてくれて連れて来てくれたかも知れない者……という線があるにも拘わらず、完全に決めつけである。


 そして、そういう誤解から来る敵対行為であっても、武器を向けたならば誰であろうと容赦もしなければ慈悲も掛けないのがオリヴィアとリュウデリアな訳で、それぞれが目を細めた。オリヴィアはイメージをして魔法陣を描き、リュウデリアは乗っていた肩から飛んで、口の中に冷気を溜め込んだ。




「──────ッ!?お前達は何をしているッ!その人は私の命の恩人だッ!勝手なことをするんじゃないッ!大切な客人として案内しろッ!」


「で、ですがツァカル様ッ!こんな如何にも怪しい者をお屋敷に通すわけにはいきませんッ!」


「それに、ツァカル様を味方に付けるために精神系の魔法を施している可能性もありますッ!此処は我々にお任せくださいッ!」


「はぁ……っ!?お前達は一体何を言っているんだっ!?彼女は私を助けてくれた恩人だと言っているだろうがッ!それに彼女は歴とした冒険者だッ!確認すればすぐにその身は保証されるッ!お前達の判断で決め付けるなッ!」




 何やら後ろが騒がしい。そんな思いで振り返ったツァカルの目に飛び込むのは、命の恩人に対する何とも不敬な行動だった。一緒に居ることが、ツァカルの身に何か及ぼすと考えてしまったのだろう。到底理解ができないものだが、そんなことよりも一刻も早く止めなくてはならない。


 船の中で会った時、ツァカルは見つかったことに動揺して気絶させようとオリヴィアに攻撃した。それに対する反撃は、彼女を死の淵まで追いやることになる。弱ってたとはいえ、受ければ大ダメージを受けるものを平気で他者に放つ。何の躊躇いも無かった。それにここ数日一緒に行動して解ったのは、彼女に慈悲の心が無いことだ。


 魔物が現れて代わりに戦い、倒してくれるところまでは良かったものの、襲ってきた魔物の子供を見るや否や魔法で焼き殺してしまった。まだ本当に小さい子供の魔物だった。親のように魔物の猛々しさは持っていない、何だったら可愛らしい四足獣だった。それを何を言うでもなくすぐさま殺してしまった。


 腹を空かせていて、親がそれを嘆いて襲ってきたのだろう。自然では弱肉強食故に狩りをできない者が悪い。だから腹を空かせていただけなのだろうが、オリヴィアには何の関係も無かった。食べるつもりも無く、殺した。それを見ていたツァカルは、彼女の冷酷な一面に身震いをした。


 明らかに冷酷で冷徹なオリヴィア。その彼女に向かって謂われの無い罪を着せて武器を構える兵士達。誰がどう見てもマズい状況だということは確かだろう。早く止めなければ、兵士達が殺されてしまう。焦燥に駆られながら、ツァカルは今すぐオリヴィアに謝罪をさせようと、侍女達の制止を振り切って駆け出した。しかし、それよりもリュウデリアが口内に形成した冷気を放つ方が早かった。




「こ、これは……っ!?」


「ぐっ……はぁ……さ、寒い……っ!」


「か、体の感覚が……っ!?」


「無理に動くな……凍った部分が砕けてしまう……っ!」




「ま、待ってくれオリヴィアさんっ!その兵士達は勘違いをしていただけなんだっ!私が突然帰ってきたら気を荒ぶらせているだけで、私がしっかりと言い聞かせるから攻撃は……っ!」


「──────断る。私どころか、私の可愛いリュウちゃんにまで矛先を向けた奴等を何故、五体満足で赦さねばならない。お断りだ馬鹿者め。精々考えて嘆き苦しむといい」


「やめ──────」




 展開された純黒の魔法陣から不可視の風の刃が放たれた。リュウデリアが放った冷気は地面に着弾すると、兵士達の地面から登って手脚だけを部分的に凍らせた。股関節、そして肩まで一瞬にして凍りついた兵士達は痛いのか熱いのか冷たいのか解らない感覚に襲われながら、四肢が砕けないようにその場から動くことを控えた。


 しかし、飛ばされた風の刃が凍った四肢を根元から斬り落とした。凍っていて切断された部分から血を噴き出すことこそなかったものの、落ちた腕は落下の衝撃で粉々に砕け散り、脚はそのまま残されて胴体は前か後ろかに傾いて倒れていった。


 その場に囲んでいた兵士が例外なく達磨ダルマにされてしまった。残った脚と、粉々に砕けた腕を見て兵士達は何が起きたか解らない状況に困惑したが、これから先、歩くことも物を持つこともできないことを思い知らされて泣き叫んだ。阿鼻叫喚の絵図にツァカルはゾッとしたが、1番恐ろしいのは四肢切断されているのに、痛みが一切無いことだろう。


 痛みが無いから、やられたという感覚が襲って来ない。襲って来ないから自覚ができない。芋虫のようになってしまった体を捻って、長年使ってきた己の手脚を見て初めて、もう今まで通りの生活ができないのだと自覚する。それが1番恐ろしい。それならまだ、痛みがあった方が良かった。




「そんな……」


「な、なんということを……っ!?」


「兵士達を……こんな一瞬で……っ!」


「惨い……」




「リュウデリア。何故四肢だけを凍らせたんだ。全身凍らせて殺してしまえば良かったのに」


「まあ待て。街の外ならば別に構わんが、此処だとな。命を取るのだけはこの場に免じてやめてやろう。その代わりに、この塵芥共は生きていた方が辛い生を歩むことになる」


「……はぁ。これだから街中での厄介事は窮屈で嫌なんだ」


「ならば魔法を掛けてやろうか?3日後に爆発四散する時間差の魔法だ」


「それはそれで面白そうだ」




 四肢を奪っただけでは飽き足らず、爆発させて殺してしまおうとしているリュウデリアとオリヴィア。それだけ、矛先を向けられた事が気に入らなかったのだろう。いや、誰でも気に入らないし憤る筈だ。命を救ってやった見返りが犯罪者呼ばわりなのだから。それでも返しが惨すぎるところはあるが。


 有言実行とでも言うのか、オリヴィアの肩の上で本当に時間差で爆発四散する魔法陣を刹那で構築して魔法陣を展開し、ひっそりと泣き叫び絶叫する兵士達に向ける。誰にも感知できず、純黒なる魔力を使っていることと超高度な術式故に、人間では解除する事が不可能の魔法を施してやろうとした瞬間、屋敷の玄関扉が勢い良く開いて獣人の男性が1人出て来た。




「──────何だ、一体何の騒ぎだッ!!」


「………………お父様」


「……っ!?ツァカル……かっ!?」




 玄関扉を開け放って出て来て、屋敷の前の惨状に瞠目しながら驚きを露わにする獣人の男性こそ、ツァカルの実の父でありこの街を治める領主であった。彼が執務室で仕事をしていると、外から絶叫が聞こえてきたので焦って出て来たのだ。声の位置からして屋敷の目の前だろうと察したというのもある。


 そして、ツァカルの父親は、数年ぶりとなる実の娘の姿を見てまた驚く。死屍累々と評せる兵士達の痛々しい姿に続いて、家出をしてから帰ってこなかった娘との思わぬ再会に、口を開けて呆けてしまっていた。






 出鼻を挫かれて魔法を施す直前のリュウデリア。苛立たしげに腕を組むオリヴィア。気まずそうにするツァカル。2度驚きを露わにした領主。絶叫を上げる兵士達。実にカオスな状況であった。








 ──────────────────



 ツァカル・アラ・ムドラス


 ムドラス領にあるムドラスという領主が治める街で生まれ、その領主の一人娘。家出をした理由は政略結婚が嫌だったから。相手は二回りは年上で女好きだと言われている男だった。


 門番の時に警戒していたのは、顔を見られて騒がれると思ったから。幸い、つい最近門番になった新人なのでツァカルの顔を知らなかった。





 領主


 仕事していたら、外から聞こえてきた叫び声に驚いて急いで外に出てくれば、屋敷を護っている兵士達全員が痛めつけられ、家出していた娘が帰ってきているという状況に遭遇した人。





 リュウデリア


 時間差で爆発する魔法を兵士達に掛けてやろうと思ったら、ツァカルの父親の登場で出鼻を挫かれた。街の外ならば兵士達を凍らせて殺したが、誰かの目がある街中なので四肢だけ奪う。それを誘導するために、態と手脚だけ凍らせてオリヴィアに最後を譲った。





 オリヴィア


 リュウデリアに矛先を向けたのが1番赦せない。本気で殺してやろうと思ったのだが、そのリュウデリアから殺すのはマズいと言われたので仕方なく四肢切断だけに留めた。




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