第189話  北西の街へ




 西の大陸へ到着したオリヴィアとリュウデリアは、これまで長い期間共に旅をしていたバルガスとクレアと別れた。今生の別れという訳でもなく、何だかんだまた集まるだろうという予感はあるので、その別れに悲しさというものは無かった。


 これでまた愛しいリュウデリアとの旅が始まる……と思っていた矢先、オリヴィアはツァカルの存在を忘れていた。西の大陸アンギスが故郷であるツァカル。今、彼女は上陸するために入れられていた異空間から出され、故郷の風を浴び、土に触れて感動に打ち震えている。


 やっていることは完全に怪しいこと間違い無しで、ツァカルはまだ気づいていないものの、その傍らではオリヴィアがこれでもかと冷めた白い目を向けている。口に出さなくても、何をやっているんだこいつは……と物語っていた。




「はぁぁあぁぁぁ……懐かしい匂いだ……」


「おい」


「やっと帰って来れた……あと少しで……」


「…………………。」


「まるで自分のベッドに゙ぃ゙……っ!?」




 ゴロゴロ、ゴロゴロ。ずっと転がっていて呼んでいるオリヴィアの声が耳に入っていない。感動の方が先行しているのだ。無視されたというのが癪に障り、オリヴィアは歩いてツァカルの傍まで行くと、脚を振り上げて脇腹を蹴り上げた。


 良いのが完璧に入り、体が少し浮いた気がした。ツァカルは当然のこと、いきなり入れられた蹴りにひゅっ……と息を呑んで違う意味で転がり出した。蹴られた脇腹を押さえて転がって痛みを和らげようと必死になっていた。ちょっとずつ痛みが消えていくと、脇腹を擦りながら見上げる。


 腕を組んで、爪先で地面を叩いているオリヴィアは、どこからどう見ても不機嫌であり、醸し出される雰囲気やオーラも全て不機嫌だった。そこでツァカルは、羽目を外してずっと転がっていたことを自覚してサッと顔を青くすると急いで立ち上がった。怯えているのか獣耳を前に倒しながらおずおずと寄ってくる。




「そ、その……私を呼んでいただろうか……?」


「……あぁ」


「あ、あーえっと……す、すまなかった」


「は?」


「ごめんなさいッ!!!!」




 怖かった。そして恐かった。地の底から出たような低い、は?に屈して頭を思い切り下げた。なんか魔法でも撃ち込まれて丸焦げにされそうな気配だったので全力で謝った。事実、オリヴィアは炎の球でも投げ付けて燃やしてやろうかと思っていた。危なく本当に燃やされるところだったことをツァカルは知らない。


 全力の謝罪で事なきを得たツァカルは、恐る恐る顔を上げる。呼んでいたというのならどんな用なのだろうかと思ったのだ。これ以上機嫌を損ねないように慎重に言葉を選んで問い掛ける。オリヴィアは不機嫌な様子を解くことは無かったが、説明はしてくれた。




「お前をこれからどうするのかという話だ」


「あ、そうか。それなら、私の家に来てくれると助かる。その時に今回のお礼をさせて欲しい」


「それで、お前の家はどこにあるというんだ」


「結構近いぞ。此処から北西に進んで2、3日くらいのところにある街なんだ」


「ナイリィヌが言っていた街か。丁度いい。ならば早く行くぞ」


「そんなに急ぐのか?アンギスには来れたんだ、確かに帰りたいという気持ちはあるが、急ぐ必要もないのでは?」


「私は邪魔な荷物を届けて自由になりたいだけだ」


「邪魔な荷物……」




 ズーンと落ち込む。そんな面と向かって言わなくてもいいのに……と思っていても、実際に荷物なのだから認めるしかないのだが、でもやはり邪魔な荷物はヒドい……。しかしヒドいなんて言った暁にはまた蹴られるかも知れないので、喉まで出かかったが何とか飲み込んだ。


 北西に向かえば、港から1番近い街があるとナイリィヌから聞いていたオリヴィアは、同じ場所で良かったと安堵している。これで歩きで数ヶ月掛かるような場所がツァカルの家がある街だと言われたからどうしてくれようかと考えていたところだ。絶対に面倒くさくなって置いていくか、気絶させてリュウデリアに運んでもらうかの2択だっただろう。


 さっさと街に連れて行ってしまおうと考えて歩き出すオリヴィアの後を、ツァカルが追い掛ける。そこで、彼女はオリヴィアの3匹の使い魔で赫と蒼の方が居ないことに気がついた。もしかして周りに居るのかと思って見渡しても居ないし、散歩させるのに歩かせているのかと思っても居ない。飛んでいる訳でもないし、姿が見当たらなかった。


 魔物使いとして、契約した使い魔とは基本的に一緒に居るということは、冒険者でもないツァカルでも解ること。なので、居なくなってしまっている赫と蒼の使い魔の事が気になって、オリヴィアの背中に質問した。残る2匹の使い魔は何処に居るのかと。




「バルちゃんとクレちゃんのことか。私は別に、四六時中一緒に居ろとは言っていない。好きなときに好きなことをさせている。その内戻ってくるだろう」


「えっ。でも、それだといざ強敵と戦う際どうするんだ?あの2匹が居た方が戦力も高くて、むしろ近くに居てもらった方が良いのでは……」


「リュウちゃんが1匹居れば十分だ。何が来ようと必ず勝つ。それこそ神が来ようともな」


「神!あはは。オリヴィアさんも冗談が上手いな。神に勝てる者なんて居ないよ。神という高位な存在を倒せるのは、勇者や魔王、『英雄』くらいだと相場が決まっているんだ」


「さて、それはどうかな」




 今お前の目の前に居る、使い魔の役に徹した龍は南の大陸で『殲滅龍』と恐れられ、更には神々を数え切れないほど殺していると言ったら、果たしてツァカルは信じるだろうか。いいや、それも冗談だと受け取って軽く笑って流すことだろう。本当の事なのにだ。


 神殺しというのは、それだけ稀少な存在なのだ。そもそも地上に顕現することが無い上に、顕現するとしたら権能を持った存在だ。戦えば、必ず天や地を荒らすことになるだろう。リュウデリアが次々と殺していくので弱いという印象を持たれてしまうかも知れないが、神と対等に戦えるのは選ばれし者だけなのだ。


 勇者や魔王、そして噂だが『英雄』も神に挑み勝利することが出来たという話も聞く。ただ、それだけ稀少な選ばれし存在が、こんなところに居るとは思っていないだけだ。正体を知れば、その神と神殺しを為した龍だという事が解るのだが。まあ、ツァカルが知ることは無いだろう。




「オリヴィアさんは冒険者なんだろ?」


「そうだ」


「ランクはいくつなんだ?」


「Bだ」


「オリヴィアさんがBっ!?てっきりSとかSSとか、Bよりもっと高いものだとばかり……」


「飛び級の話があったが、別にランクに興味は無いからな。普通に上げているだけだ」


「飛び級か!あれは相当な手柄を立ててギルドマスターに認められないと舞い込んでこない話だろう?スゴいな!」


「魔物の大群の掃討に加わっていただけだ。その他の生き残った冒険者にも同じような話は行っていることだろう。珍しいことでもない」


「でも、それだけオリヴィアさんの実力が認められているという事じゃないか!やはり、通り魔を一瞬で捕まえたり、海の巨大な魔物を倒したりと……只者ではないと思ったがその通りだったな!もしかしたら『英雄』に一目置かれるかも知れないぞ!」


「……この大陸にも『英雄』は居るのか」


「そりゃ居るとも!」




 久しく聞いていなかった『英雄』。人類の中でも最上位の力を持つ、選ばれし人間。その力は勇者にも匹敵するとも言われており、有事の際の最終兵器として出張ることが多い。過去には、『英雄』が世界最強の種族である龍を討ち取ったという話もあるくらいだ。


 万物を見透し、未来を予言し、戦場を単騎で終わらせ、世界の滅亡を退けるとまで謳われる者達。そんな大物が、西の大陸にも居ると言う。リュウデリアからしてみれば、少し前に出会い、戦い、その果てに殺した『英雄』だ。人間の中で、確かに強いとは思った。だが甘い。人類で最強位だから、龍の最強位に勝てる道理は存在しない。


 興奮気味なツァカルから『英雄』が居るという話を聞きながら、オリヴィアはそんなに興味を示さず、リュウデリアは『英雄』千剣のダンティエルのことを思い返していた。あの件以来、全く出会わなかった人類最高峰の存在が、今度こそ自身を唸らせられるくらいの力を持っていれば、楽しみの1つや2つを見出すことができると。




「ちなみにだが、私の家がある街にも偶に『英雄』が来ていたぞ!『英雄』たる者に相応しい力を持っているんだ!」


「ほう」


「それも獣人の『英雄』でな?彼女は見た目もスゴく可愛いくて人気なんだ!双剣と言えば彼女だろうと呼ばれるくらい凄まじい剣の使い手だ!」


「双剣……か」




 南の大陸の、それも今向かっている街に良く訪れていた『英雄』というのは、見た目がとても整っていて可愛いらしく、武器は双剣を使うらしい。オリヴィアもリュウデリアから武器の扱い方を教えてもらって双剣を使うことはできるが、そういう双剣だけを極めている者からすれば、何歩も劣ることだろう。


 龍なのに、聡明な頭と才能でどの武器でも達人のように扱うリュウデリアならばまた違うのだろうが、オリヴィアは自身のことをそんな才能があるとは思っていない。リュウデリアやバルガス、クレアからは戦いの才能があると言われているが、その実感がないので首を傾げているのだ。何せ、リュウデリアから1本取れた例しがないからだ。


 何だかんだ、『英雄』と会うのは初めてのオリヴィア。リュウデリアのことを神界からストーカ……眺めていた彼女は、『英雄』である千剣のダンティエルと彼の戦いも見ている。なので見たことが無いということはないのだが、生で会ったことは無いのだ。と言っても、会ったから何かがあるというものでもないので、オリヴィアは実際会っても何か思うものはないだろう。




「性格も良くて見た目も良い。人気なんだ、彼女は」


「ほー。まあ、興味はそんなに無いが」


「『英雄』だぞ!?人の最高峰っ!冒険者の頂点SSSと同等の存在だぞ!?」


「だからなんだ。何故その程度のことに興味を抱かねばならん」


「その程度って……」




 周りにあまりに強い存在が居るので、感覚がおかしくなってしまっている。人間の最高峰よりも、同じ神で最強クラスの力を持つ四天神に最高神。それらを破って殺したリュウデリアと、そんな彼に追随する力を持つバルガスとクレア。そして、戦い方を彼等から教わっているからこそ、その強さに触れる機会が多い。


 まだ会ってもいない訳だが、だからと言って彼女はスゴいと褒めちぎって説明されても、そうかとしか言えないのだ。真っ正面からリュウデリアと戦って勝てるならばまあ、興味を持つだろうが現状では無理だ。


 普通に興味が無いだけなのに、それをツァカルは曲解して、『英雄』であろうと自分からしてみればその他と同じ。故に興味が無い。そう言っているように聞こえたらしい。とんでもない勘違いである。流石に人間の最高峰に、最近戦い方を学んだ自身が勝てると驕っていない。




「オリヴィア。お前は俺達が戦い方を教えればどんな些細なことでも忘れず、瞬く間に吸収していく才能がある。変に謙遜せずとも、お前が持つ才能は確かだ。それは俺が誓おう」


「そんなにか……?」


「うむ。既に気配察知の方法は会得しただろう。普通はこんな短期間に覚えるのは無理だ。気配を察知するというのは、日々の積み重ねによりできるようになるものだ。しかしオリヴィアは、その積み重ねが浅い時点でもう完璧に近い形にしている。これを才能と言わずして何と言う?」


「そうか……リュウデリアがそこまで言うのならば、そうなのかも知れんな。ただ、早く会得できたのは確実に教えるのがリュウデリアだったからだ。他の奴等ではこうもいかないはずだ」


「教えるのはオリヴィアが初めてだったが、身につけてもらえたようで何よりだ」




 小声で肩に乗るリュウデリアと会話をする。実力がついたから調子に乗り、強さを得ることに消極的になるようなことはオリヴィアに起こることは無いと思っているが、何となく言わなかった。戦いの才能が備わっていると。自分やバルガス達ですら認めるくらいの成長速度であると。


 言われたオリヴィアは、果たして本当にそうだろうか?と首を傾げる。何せ本当に強い者と戦った事が無いからだ。いや、あるにはある。炎龍王の娘との戦いがあった。しかしあれは、炎龍王の娘のイルフィがかなりの手加減をしていた。雑魚を倒しても強さの実感が得られない。


 教えてくれているリュウデリアには手も足も出ない。これだけのものが揃っていれば、彼女が才能ありと評されても何とも言えない感情を抱くのは間違っていない。登録している冒険者の等級はBにまで至っているが、実際のところはAやSと言っても通じるものは持っているのだ。今はまだ発展途上なだけで、これからもっと力をつけるだろう。


 本当に強くなっているのかは疑問に思う事こそあれど、愛しい彼に褒められて嬉しくならない訳が無い。オリヴィアはフードの中で蕩けるような微笑みを浮かべ、リュウデリアの頭を撫でて顎の下も擦った。






 使い魔の役をしているリュウデリアとイチャつきながら、ツァカルを連れて北西の街へ目指して歩いて行った。そしてツァカルの体力を考慮して3日後、街へ到着した一行だった。








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 ツァカル


 オリヴィアの事をSランクくらいの実力がある冒険者だと思っている。確かにそれはあながち間違いないではないが、使い魔はSSSでも足りない。


 飯を食べて筋トレをしていても、まだ失った体力は戻りきっていないのであまり早く、そして長時間歩けない。普通にお荷物だな……と自覚することになって落ち込んだ。





 リュウデリア


 オリヴィアの成長速度を常に傍で見ているこらこそ、戦いのたの字も無かった最初と比べても、考えられない強さを得ていると思っている。教えるために自身がまずマスターするが、教えるのはたった1回で良いのは素直に感心する。


 これで魔力を宿していて自身の好きな魔法を自力で構築して使用することが出来れば、世界で唯一自力で治癒もできる完全無欠の存在になれたのにと、少し惜しい気持ち。自分でも傷の治癒はできないから。





 オリヴィア


 武器を使った戦い方を教えてくれるリュウデリアに一度も勝った事が無いし、軽くやられるので才能があると言われても首を傾げるしかない。実際は戦神と間違えるくらいの成長を見せている。





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