第153話  雷の赫龍






 超広範囲に風の絶対領域が展開され、遙か上空に向けて蒼い極大の光線が放たれた。目印にもなるそれを、離れたところでバルガスも見た。対する獣も突然起こった風絶対領域の展開と計り知れない力を感じる光線を見上げている。


 離れているクレアの気配が底知れないナニカに変わったのを感じ取り、バルガスは最初瞠目した。今の自身が向かえば近づくことすら出来ずに死ぬと察してしまうほどの、隔絶としたもの。同じクレアとは思えないものだった。


 そして風だ。突然風が生み出されて自分達を覆い尽くした。しかし術者であるクレアが操作しているのか、余計なことはしないとでも言っているように、バルガスと対峙する獣の2匹の周囲の風は弱くなり、円を作ってセーフゾーンになった。


 感知した魔力は莫大。それも元の数十倍ではきかない程の大きさに膨れ上がっていた。原因は何となく理解した。専用武器だ。最高の腕を持つ鍛冶の神ヘイススに鍛えられた武器を使ったのだ。それだけでここまで変わるだろうかと疑問を抱くが、事実使ったのだろう。気配が一瞬だけ2つに増えていた。


 その後は武器も合わせた気配の2つが合わさり、1つになった。同化したのだろう。出会ってきた中でも最も強い気配と底無しに思える魔力だった。それは、全力のリュウデリアをも遙かに越えるものだった。つまりバルガスが最強だと確信してしまうものを、持ちうる力を解放した本当のクレア・ツイン・ユースティアに感じた。




「■■■■■■■■■■■…………ッ!!!!」


「なるほど……クレアの……方の……分身が……死んだか。お前の……その……表情を……見れば……自ずと……判る」




 本体ではないが分身が殺された。それは同じ分身であるバルガスと対峙する獣にも判ったのだろう。驚いたように体を硬直した後、呆然とした。そして表情が険しくなる。確実にクレアの手によってもう1匹の分身が殺されたことを教えてくれる。


 本来の力を取り戻したクレアの力の波動に気を持っていかれて動かなかった2匹だが、その前は戦っていた。バルガスの筋力には獣の力は拮抗も出来ない。しかしその代わりに速さを超える瞬間移動がある。


 筋力では負けるが、傷つけられない訳ではない獣は、瞬間移動で撹乱しながら近づいて攻撃を入れてきた。赫き鱗はその度に罅を入れていき、防御力を低くしていく。バルガスが攻撃を入れようとすれば、即瞬間移動で退避するのだ。肉体的攻撃力が高い彼のことを警戒しての動きなのだろう。面倒な戦い方だった。




「──────ふんッ!!」


「■■■■■■■■……ッ!!」




 灰色の世界に入り込む。加速して色を失った世界で、バルガスは赫雷を纏いながら超加速した。まだ獣は動いていない。しかし少しずつ動いたかと思えば、こちらの動きに対応出来るだけの速度に達した。引き絞った腕を伸ばして拳を向ける。だがやはりというべきか、硬い黒毛に触れた瞬間に瞬間移動をされた。


 ばちりと鳴る赫雷に触れた黒毛が数本焼き切れて宙を舞い、黒く焦げた。しかしそれだけだ。肝心の肉体の方にダメージは無い。当たらなかった事に舌打ちを1つ。絶妙に攻撃が当たらない。その事に苛つきはしないが、このままでは決着がつかない。いや、本当に少しずつダメージを受けていっているのはバルガスなので、どうなるかは解らない。


 リュウデリアが行っている瞬間移動とは違い、制約として一度見ないとその場に跳べないということはなく、恐らく好きな場所に行く事が出来る。厄介な権能を持っている。それを改めて実感する。癖を見抜けば何て事ないが、リュウデリアとクレアは既に1度戦っているが、バルガスはこれが初めてであった。


 瞬間移動をするときの癖をもう少し見れば完璧に把握出来るが、少し興味のあることがある。クレアは桁違いの力を感じさせた専用武器の解放だ。自身の場合だとどうなるのか、是非知りたい。同じようになるならば、癖を見抜かない方が楽しめるのではないだろうか。強く頑強で、捕まらない移動方法を持っている。


 気がついてからは、その方が良いという気分になってきたバルガス。このまま戦っていても愉しいものにはならないからだ。であるならば是非も無し。自身の異空間から取り出すのは、シンプルな形をした金鎚だった。銀色の打ち付ける金属部分に赫い柄。それだけの、クレアの蒼神嵐慢扇と違った本当にシンプルな造り。しかしこれで良い。


 相手を殴って破壊するのに、無駄な装飾は要らないのだ。バルガスもこの形にとても満足している。彼は装飾等を凝るような性格をしていなかった。


 異空間から取り出して手に取ると、やはり手触りが良く、長年持っていたように感じる馴染みさがあった。しかしこれでも本当に一体化していないというのだから驚きだ。早くも彼は、この金鎚の事を解放してやりたかった。




「……解号。万物破壊ばんぶつはかいはこの世にしるべを示す。今此処で……お前に銘を……与える──────」




 雷雲が上空に発生する。分厚いそれは陽の光を阻んだ。黒々とした、赫雷を轟かせる雲。獣も先程感じたクレアの威圧感のようなものを感じ取った。やはり此奴らは殺さねばならないと、勝手に目的が切り替わってしまうほどに。


 ばちり、ばちりと金鎚が赫雷を帯びる。内包された力を解き放とうとしているのだ。バルガスの頭の中には武器の扱い方と異様な力強さ、全能感、破壊欲、そして金鎚の真の銘が浮かび上がる。これがクレアのやっていた専用武器の解放かと、漠然と思う。素晴らしい。実に素晴らしい力だ。


 それにバルガスも自覚する。これは単純に強くなっているのではない。本来、自身が奥底に眠らせていただけの、余りある力を取り戻しているだけだ。その結果強くなっているだけで、元より持っていた力だ。まあ、専用武器がバックアップとして存在を強化しているのもあるのだが。


 右手に持つ金鎚を天へ掲げる。帯びていた赫雷が弾け、轟いていた雷雲から赫雷が一直線に落ちてきた。接触。衝撃で獣は後ろへ足を引きずられながらも、どうにかその場に留まった。その間に、バルガスは金鎚の真の銘を口にした。






「─────────『赫神羅巌鎚あかがみらがんつい』」






 手にした片手用の金鎚の真の銘は、赫神羅巌鎚。彼等3匹の中でも、最も重い武器であり、一撃の破壊力が断トツの武器でもある。赫雷を纏い、赫雷を創り出し、破壊を齎すバルガスに最も合う武器。


 体が軽い。何でも出来そうだ。そして破壊できないものは存在しないとまで言ってしまいそうになる荒ぶった高揚感。最高の気分を味わい、天へと掲げた赫神羅巌鎚を……振り下ろした。大地へ叩き付けられる。破壊を齎さない代わりに、赫雷の波動が波紋が如く広がっていった。


 大気の全てに赫雷が存在する。何も無いところで赫雷が発生して線を描く。雷雲。赫神羅巌鎚。バルガス。それに共鳴して応えるように赫雷が鳴り、轟き広がる。彼の周囲には常に大小様々の赫雷が生み出されて轟き、消えていく。そして彼の体も、常に赫雷を帯びていた。


 獣は肌や毛並みで感じ取っている。電気……いや、雷が自身の傍に在るということを。まるで感電しない赫雷の中に存在しているようで不快だった。振り払っても振り払っても消えない。必ず付いて回る。堪らなく不快で気分が悪かった。だがそんな獣に、バルガスが指を鳴らした時だった。




「──────ッ!?■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




「この一帯は……全て……私の……赫雷が……存在する。大気にも……在る……赫雷は……私の……意思1つで……お前を……攻撃する。解りやすく……言えば……お前は……常に……赫雷に……触れている……状態だ」




 クレアが風を領域を作ったように、バルガスは雷の領域を作り出した。それも雷という存在が攻撃系であるが故に、雷の絶対領域内では何処へ行こうが必ず攻撃が当たる。獣が受けたのはそれだ。指を鳴らすと赫雷がばちりと発生し、何も飛来せず赫雷の餌食となった。


 頭が狂いかねない程の激痛が迸る。細胞1つに至るまで針の形をした赫雷を叩き込まれているような感覚と痛み。獣は全身を赫雷に包み込まれながら痛みを掻き消すために地面に転がって悶え苦しんだ。肉が焼ける音も臭いもする。


 もう一度指を鳴らして体を焼いている赫雷を消せば、大きく息をしている獣が地面に横たわっている。焼けた後の煙が体から立ち上っていて、獣は自身から香る肉の焼けた臭いに息を詰まらせた。何度も咳をして黒い煙を吐き出す。


 だが所詮、その状態も隙でしかない。バルガスは上に2度、赫神羅巌鎚を放り投げて手の中に戻してを繰り返してという遊びをした後、右腕を大きく振りかぶった。みしりと音がするほど筋肉を力ませ、下から掬い上げるように腕を振った。そして飛来物が1つ。赫神羅巌鎚だ。アンダースローであの金鎚を獣へ向けて投擲した。


 差し迫る金鎚。風を切る音に反応して獣が勢い良く顔を上げた。飛来物をその動体視力で視認した時、受け止める為に立ち上がって脚を広げ、両手を前に突き出した。権能で肉体を限界まで強化する。この武器がバルガスを強くしたのだと解っているから、奪い取って破壊しようとしているのだ。


 豪速で飛来する赫神羅巌鎚に手が触れた。反射的に体に力が入り受け止める決意も固める。しかし金鎚は一切減速することなかった。それにより、真っ直ぐに伸ばしていた腕を押しやって、顔面で受け止めることとなった。生々しい、何かが砕ける音が聞こえてきた。勢いに負けて空中に乱回転しながら弾かれた獣は4つの目を別々にぐるりと回して意識を混濁させる。


 顔面に当たって獣の体を弾き飛ばした赫神羅巌鎚は、そのまま彼方まで飛んでいくと、途中で突然の急停止をした。そして映像を逆再生しているかのように飛んできた方向へそのまま戻っていき、バルガスの手の中へと納まる。それと同じ頃に、獣は顔から地面に叩き付けられた。




「これは……受け止められる……ものでは……ない。お前の……力でも……無理だ。さあ……立て」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 赫雷が在る大気が牙を向く。何も無く、いきなり獣が赫雷に包み込まれて雷撃を与えられた。苦しそうな、激痛を受けた時の絶叫を形振り構わず上げて転げ回る。闇雲に瞬間移動をするが、大気中に赫雷があるのだから避けることなど出来やしない。


 1度2度とバルガスから大きく距離を稼いだ時、全身を包んだ赫雷が掻き消えた。自慢の硬度の高い黒毛が焼けて、奥にある肉も黒く焦げて重傷だ。息をするのも苦しいというのに、地面に膝を付いた獣頭上から、一条の赫雷が落ちてきた。


 赫き落雷は大地を裂き、強力にして強大なドーム型の魔力爆発を引き起こした。捲き込んだものを消し飛ばしていく魔力爆発は広がっていき、雲に到達するのではないかという規模にまで拡大した。バルガスは赫雷が奔る指先を上から下に振っただけだ。それだけの動作で大爆発を起こす落雷を造り出し、雷雲から落とした。


 爆心地に居た獣はどうにか耐えきった。いや、耐えたと言うにのは少し違うかも知れない。黒毛は殆ど焼けて無くなり、奥の焼け爛れた肉が剥き出しになっている。少し動く度に炭状になった表面が割れて血が溢れ出てくる。ジッとしていても動いても痛く、肺の表面すらも焼けていて呼吸をするにも痛かった。


 苦しげに息をする獣の前で赫雷が発生する。すると形が変わっていき、赫神羅巌鎚を手にしたバルガスが現れた。赫雷を通して瞬間移動に似た移動をしてきたのだ。眼下に苦しむ獣。それを見ても助けの手は出さない。出すわけがない。


 右半身を引いて右腕を後ろに持っていって構える。左半身を少し下に持っていき、左手を上に向けて赫雷を迸らせた。魔力の塊を形成して赫雷を帯びさせる。ばちりばちりと雷を弾けさせる魔力の塊は内包する魔力が莫大だ。それを右手に持つ金鎚……赫神羅巌鎚を力の限り叩き込んだ




「──────『雷鳴する破壊の赫雷を見よアストラル・エルトォル』」




「■■……■………■■─────────」




 内包した莫大なエネルギーの魔力が赫神羅巌鎚に打ち込まれたことで方向を定められ、解放された。極大の赫い光線が撃ち放たれる直線状の一切を破壊して突き進んでいく。大地も大気も空も空間も破壊して突き進み、満身創痍の獣は細胞1つ残さず破壊された。


 地上は半円状に抉り飛ばされ、直線状にあるものは建物も、運悪く居合わせた神々も、その神々が住んでいた王都や村も何もかもが消し飛ばされて破壊される。赫雷を帯びる赫神羅巌鎚の力を解いて元の状態に戻ると、上空を覆い尽くしていた雷雲が溶けるように消えていった。


 腰に左手を当て、右手の中にある赫神羅巌鎚を宙に放り投げて手の中に納める。視線の先には何も無くなってしまった光景。恐ろしいことに、それを作り出したのは1匹の雷の赫龍、バルガス・ゼハタ・ジュリエヌスだった。






 本来の力を解き放っていたバルガスは、力が解けた元の状態にはぁ……と溜め息をつき、偶に使うのは良いだろうか?と虚空に向けて問いを投げたのだった。






 ──────────────────



 獣(分身)


 赫雷をその身に浴びて常に状態異常を受けていた。体は痺れて上手く動かず、痛みで頭が回らない。最後は魔力の光線に呑み込まれて掻き消えた。





 バルガス


 赫神羅巌鎚を解放した本来の力は自身の事を赫雷と同等のものに変える。故に、大気中にある赫雷を使用して瞬間移動とほぼ同じ速度で移動を可能にする。赫雷を纏って消え、赫雷と共に現れる。


 本来の力を解放した時の感覚があまりにも清々しくて、解いた後すぐにまた解放したくなった。





 赫神羅巌鎚


 彼等3匹の中で見た目以上の重さを誇り、その重量は断トツにして超重量。故に投擲された場合、受け止めるのは半端な力では不可能。


 今回は雷の領域を展開した。効果は大気中も含めた全てに赫雷を存在させる。つまり領域内では赫雷がどうやっても必ず当たってしまう。回避は不可能な状態になる。


 主であるバルガスの赫雷、肉体、魂を超強化し、本来の力を引き出した。






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