第91話  ミスラナ王国到着

 




「いやーはっはっは!オリヴィアさんはお強いですな!最初は1人で大丈夫なのかと少し不安になりましたが、いやはや杞憂も良いところでした!」


「ゴーレムとハイウルフ、マジックゴブリンが襲い掛かってきただけだろう。大したものではない」


「いやそれぞれ5体は下らない数でしたからね!?ちょっとした大群でしたよ!」




 荷車の先頭部分に乗って馬の手綱を持ち、馬を操っているジーノが興奮したように話し掛けてくる。それを後ろの方で脚を投げ出して座りながら適当に聞いて返答するオリヴィア。王都で本物の大群を相手にしたので、ほんの十数体の魔物を相手にするだけでは何とも思わない。


 今日は街を出発して2日目。もう少しでミスラナ王国へ着くといった時に、魔物が襲い掛かってきたのだ。最初はジーノが絶叫した。こんな数の魔物には手も足も出ないと。しかし魔物が荷車から500メートル圏内の距離に入り込んだ時には、リュウデリアが察知しているので攻撃態勢は整っていた。


 近付いて来るよりも早く、オリヴィアの煉獄の炎であったり黒雷であったり、氷の刃による雨などが降り注ぎ、数多くの魔物は蹴散らされた。魔法を撃ち込んでくるマジックゴブリンも懸命に魔法で攻撃してきたが、放った炎の塊は荷馬車を取り囲んだ魔力障壁に阻まれて一切届くことが無かった。


 攻撃はオリヴィアに任せ、遠距離で飛んできた攻撃にはリュウデリアが対応した。それだけで魔物は完封されてしまい、残らず狩られて異空間送りとなった。ハイウルフの毛皮は欲しいとジーノが宣言したので売って、それ以外の全てが異空間だ。


 オリヴィアとリュウデリアの戦い振りを目の当たりにしたジーノの、戦闘が終わってからも興奮が収まらぬといった感じだ。流石に鬱陶しくなってきたので無視していても、勝手に話しているので賑やかな道のりになったものだ。




「そこの荷馬車、止まれ」


「身分証の提示と荷馬車に載せているものの確認をさせてもらう」


「入国料は1人につき4000Gだ。使い魔の分は構わない」


「では……ほら、4000Gだ」


「……4000Gあるな。確かに受け取った」




 ジーノと共に入国料を払い、入り口に立っている兵士に荷物の確認をしてもらい、中に入るための許可証のタグを貰ってミスラナ王国中に入っていった。この国は一番その側を見上げる壁に囲わせ、上には兵士達が賊などが居ないか監視をしている。


 迎撃用なのだろう、大きく長い矢を放つことが出来るバリスタと、大きな鉄の弾を放てる大砲が設置されている。今まで見た国にはない壁の厚さと、設置された武器から、比較的魔物が襲って来やすいのだろうと解る。その証拠に、オリヴィア達はたった一つの荷馬車に群がる魔物を斃した。


 外壁は白く塗られているが、所々凹んでいる部分があったり、補修が終わっていないようで傷跡がついている。割と攻められやすいようだと思いながら中に入ると、入ってすぐの所にもバリスタが設置されている。入り口を門で閉めたのに、万が一魔物が入って来てしまった時に備えているようだ。


 外壁の上に居る兵士の数も結構居るので、王都よりも兵士の数は圧倒的に上だろう事は窺い知れる。それ故の平和なのだろう。バリスタが並んでいる場所を抜けて通りに出ると人が多く居た。目的の場所に到着したという事を実感し、一緒に入ったジーノに異空間から取り出した証明書を手渡した。




「名前ですね、もちろん書かせていただきます。……はい、出来ました」


「うむ。確かに」


「いやぁ、本当にありがとうございました!ご縁がありましたら、またよろしくお願いしますね」




 証明書に名前を書いたジーノは和やかな笑みを浮かべてオリヴィア達と別れて大通りを進んで行った。店を開く場所を探しに行ったのだろう。これにて護衛の任務は終わりとなる。あとはギルドへ行って報告をするだけだ。


 オリヴィアとしては宿を決めて早くダンジョンに行きたいところではあるが、現在の時刻は13時少し過ぎたくらいである。昼飯はまだ食べていないので、先に何かを食べるところから始めることにした。


 大通りを歩いていると、多くの店が並んでいる。中には良い匂いを飛ばしてくる見せもあるので空腹には絶妙なスパイスとなる。肩に乗っているリュウデリアも楽しみなようで、尻尾が揺れているのがローブ越しに分かる。それにクスリと笑って、透明な入れ物に氷の入った水が注ぎ込まれており、その中に魚を入れている店があったので、何の店だろうかと疑問に思い、足を運んでみた。


 新鮮な状態を保つために氷を張った水に魚を入れているのは分かる。だがそのまま魚を売っている様子ではないので、どういう店なのか尋ねてみることにした。店主だろう白いタオルを首に掛けた男性に声を掛けると、興味を持ったのだと察して笑みを浮かべながら教えてくれた。




「この店は刺身を出してんだぜ。鎧魚よろいうおのな」


「刺身?それに鎧魚とはなんだ?」


「刺身っつーのはな、魚を捌いて生のまま食うこったよ。鎧魚は、表面が包丁じゃ切れねぇくらい硬い魚のことなんだが、その反面中身はぷりっぷりで美味いんだ!どうだいねーちゃん、初めてだろうからおまけして安くしとくよ!」


「ほう……では1匹貰おう」


「まいどあり!400Gのとこ300Gでいいよ!」




 小さな袋から300Gを取り出して渡すと、店主は水槽から鎧魚を1匹取り出して手慣れた手つきで捌き始めた。外側が包丁でも傷付かない硬さを持つことから鎧のような魚ということで鎧魚と呼ばれている魚は、エラに包丁を入れて、内側から切っていくことで捌くことが出来るのだ。


 内臓と頭を取って、鎧のように硬い鱗を残して身の部分を切り離し、一口サイズに切っていって紙の皿に盛り付けると、上からレモンを掛けて出来上がりだ。店主からまた来てねと言われながらその場を後にして、途中もう一軒で豚の串焼きを購入して噴水のある場所まで歩いて腰掛けた。


 リュウデリアを膝の上に乗せて、豚の串焼きは尻尾で持ってもらった。最初は取り敢えず食べたことがないものからということで、刺身から食べることにした。付いている爪楊枝で一切れ刺し、リュウデリアの口元に持っていくパクリと口に入れると爪楊枝を抜き、もう一切れに刺して自身も食べてみた。




「んんっ、身が甘いな。レモンの酸味も合う。噛んでいると口の中で蕩けるようだ」


「おぉ……これは美味い。氷に付けていたから冷たくて良いな」


「生はどうかと思ったが、これは良い。ほら、あーん」


「あー」




 食べ終わった様子のリュウデリアの口に、鎧魚の刺身を入れて食べさせて自身も食べるというのを交互にやっていく。冷たいところに入れて新鮮さを保っていたお陰で、刺身は冷えてとても美味かった。垂らされたレモンも効いてスッキリした味わいの中に、刺身の鎧魚の本来の味が口の中に広がる。とても美味いと満足した。


 あとは他にも買った串焼きをそれぞれが食べて終わりだ。オリヴィアはもう要らないが、リュウデリアはまだまだ食べるだろうから、宿を探しながら色々と買って食べさせてあげることにした。


 もう慣れたので宿探しはお手のものであり、幸いなことに見つけた宿は使い魔の同伴が許されていて、空きの部屋もあったので泊まるところの確保が出来た。すぐに見つかったので、何かを買って食べることが出来ず、今から散策と一緒に買うことになった。


 サンドウィッチの店で肉が挟まれた物を買って、野菜スティックというのもあったのでそれも買って食べた。野菜スティックはヘルシーなのでオリヴィアもいくつか貰い、2人でボリボリと音を出しながら食べて歩き、散策を続ける。




「──────おい!何で今回の取り分で俺のだけ少ねぇんだよ!不公平だろうが!」


「お前が止まれって指示を聞かずに魔物に突っ込んで危ない目に遭わされたことでのペナルティーだ!仲間を危険に晒すんじゃねーよ!」


「行く道は1本で、その道の前に魔物が居んだから戦う必要あっただろ!」


「戦う準備が整っていないのに勝手な行動をしたことを攻めてんだよ!」


「なぁお前ら、此処で言い争いするなよ……」


「ほら、人の視線集めちゃってるからよ……」




 子供を連れて買い物をしているのも確認出来る、通りの真ん中で言い争いをしている男2人と、止めようとしている男2人を見つけた。話している内容から察するに、報酬の分配で揉めているらしい。片方は仲間を危険に晒したという理由で取り分を下げて、もう片方はそれが気に食わない様子。


 彼等が冒険者なのかは分からないが、こういった揉め事は冒険者間でもよくある話だ。4人一組のパーティーで、受けた報酬の分配は4等分と大体は決められるのだが、中にはペナルティーとして分配を意図的に減らすという手を使うこともある。まあその手を使えばどうなるかなんて、火を見るより明らかなのだが、それはパーティーによって違うだろう。


 冒険者というのは、あまりに幼い子供でない限りは誰でも登録してなることが出来る。いや、なれてしまうと言った方が良いだろうか。たったの2000Gを払うだけなのだ。荒くれ者だろうが短気な者だろうが、過去に人を殺した事がある者だろうが自由なのだ。それ故の、喧嘩には一切関与しないし責任も持たないというルールがあるのだが、荒くれ者が多い冒険者にとってはそんなことはどうでも良かった。


 気に入らなければ絡んで、喧嘩をすれば大怪我をするまでやめない。それが日常茶飯事であることから、血の気が多い者が多いという証明になってしまうだろう。今喧嘩している男2人もその内に入るようで、道の真ん中で、それも一般人が居るという状況でそれぞれの得物を取り出した。




「お前にはいい加減イラついてたんだよ!リーダーぶりやがってよォッ!!俺より弱いクセに目障りなんだよ!!」


「リーダーぶりやがってってなんだよ!実際皆で決めて俺がリーダーをやるって話しになっただろ!それに、それを言うなら俺だってお前が気に食わなかったぜ!向こう見ずの矢みたいに突貫しやがって!フォローしてやってる俺達の身にもなってみろ!」


「あーあーうぜぇうぜぇ。もうめんどくせぇからここでお前ぶっ飛ばすわ。んでしっかりと俺の分の分け前を貰っておさらばだ」


「誰がお前みたいなクソ野郎に金渡すかよ。寧ろ俺がお前をぶちのめしてやる」


「こんな場所で剣を抜くなよ2人とも!」


「マズいって!完全に2人とも頭に血が登ってる!」




 腰や背中に差していた剣を抜いて鋒を向け合う2人に、仲間らしい2人の男も必死にやめさせようとしている。しかしもう言葉は届いていないようで、完全に戦う気に満ち溢れていた。流石にこれはマズいのではと感じている一般人達が憲兵を呼ぼうとしている。


 こんなところを見つかって捕まれば、暫くは拘留されて仕事が出来なくなってしまうだろう。それを理解してか、止める側で冷静な2人の男は顔を青くして更に必死に静止を試みた。だがやはり、言葉は届かず……力尽くで振り払われて転倒してしまった。


 折角なので見世物として見ていこうという野次馬根性を出したオリヴィアとリュウデリアは、完全に観客の1人だ。血が出るかも知れないし、巻き込まれるかも知れないと思った子連れの主婦はその場からいち早く去って行き、どうなるのか見守る者達はその場に残った。


 そして、喧嘩をしている男達は雄叫びを上げながら得物の剣を両手で強く握って振り上げ、仲間であるはずの相手に振り下ろした。悲鳴が上がったり、仲間達の制止する声が上がる中、オリヴィア達の脇を何かが通り抜けていった。




「ぐは……ッ!?」


「があぁ……ッ!?」




「こんなところで剣を振り回そうとするな」




 肩辺りで切り揃えられた金髪に、動きやすさ重視の服装に、脚に巻き付いた武器を差しておくための帯。両手に持っているのは短い短剣。顔立ちは整っており、大きめの胸が動く度に揺れる。そんな美人な女性が、今まさに血を流そうとしていた現場に乱入し、瞬く間に2人を打ちのめして地面に転がした。


 振り下ろされた二本の剣を、両手で持つそれぞれの短剣で受け止めた後に受け流して地面に叩き付け、飛び上がって両者の横面に蹴りを空中で入れた。2人の大の男が背中から転がり、美しい女性は音も無く着地して太腿にある帯ついた収納スペースに短剣を差して納めた。






 一般人からの感嘆とした声と感謝の言葉、拍手を受けている美しい女性は、そんなものは興味が無いと言わんばかりに人の輪から抜けて消えてしまった。相当腕が立つのだろうなと思いながら、オリヴィア達もその場から去って行くのだった。







 ──────────────────



 鎧魚よろいうお


 ミスラナ王国から30分位にある湖に生息している魚で、鱗が鎧のように硬く、剥がすのも一苦労。捌き方はエラから包丁を入れ、内側から切り開いていく。外は硬いが、中の身はぷるっぷるでとても美味。焼いても美味いが、刺身で食べるのが好ましい。





 オリヴィア


 初めて魚を生で食べる刺身を経験した。刺身は新鮮で美味かったので、是非また食べたいと思っている。リュウデリアにあーんをすると、抵抗も無くやってくれたのですごく嬉しい。


 謎の美しい女性、動きは見えていた。見えていたが、軽い身のこなしだなぁ……くらいにしか思っていない。つまりそこまでは興味ない。





 リュウデリア


 オリヴィアからのあーんは普通に受けるようになっている。最初の頃は自分で食べられるのに……と渋々とした感じで食べていたが、今ではすっかり身を任せるようになっている。


 乱入した女性から、そこらの者達とは違う魔力量を感じ取っていた。一般的な冒険者が4だとすると10くらい。





 謎の女性


 プロポーションがとても良く、顔立ちも整っている。切れ長で鋭い目をしていて、クールに見えるが不機嫌にも見える。だがとても美人なことは変わらない。身のこなしは軽やかで、武器は太腿に差した短剣を2本使っている。




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