第92話  最深未踏





「起きろリュウデリア」


「んん……」


「天気も良くて体調も完璧。今日は絶好のダンジョン日和だとは思わないか?」


「……それよりも……ふあぁ……ギルドへ行って、昨日結局報告しそびれた護衛依頼を片付けなくてはならないぞ……」


「分かっているとも。それも兼ねて早く行こう」


「……分かった分かった……」




 体を揺さ振られて、リュウデリアはベッドから上半身を持ち上げて伸びをした。翼も大きく広げて伸ばし、大きなあくびを一つ。時刻は朝の7時。冒険者ギルドは6時からやっているのでもう開いているのだ。


 結局、リュウデリア達は喧騒が鎮圧されたあと、散歩をして宿に帰った。報告は何時でも良いだろうと考えたからだ。無理して行かなくても、明日ダンジョンへ潜りに行くついでに提出して報告すれば良いと話し合って決めた。


 一刻も早くダンジョンへ行ってみたいオリヴィアは、眠たげにしているリュウデリアにサイズを落とすよう言って小さくし、持ち上げて肩に乗せて部屋を出て行った。あくびをして眠そうにしながらずり落ちそうになるのを手で抑えて元の位置に戻した。


 ミスラナ王国にある冒険者ギルド『黄金の洞窟ゴールドケイブ』へ足取り軽く向かった。この国の冒険者ギルドは石造りで建てられていて頑丈そうなイメージが湧きやすい。扉を開けてさっさと中に入ると、早朝なこともあってそこまで冒険者達は居なかった。パーティーで来日し、どの依頼を受けるか相談しているところだったり、単に暇潰しに来ている輩も居る。


 そんな中で突然やって来た黒一色のローブを着たオリヴィアの存在は、多少なりとも冒険者達の注意を引いた。まあ絡んでくることはなかったので視線は無視して、朝早くから出勤している受付嬢の居るカウンターに行き、護衛依頼の証明書を提示した。




「Dランク冒険者のオリヴィアだ。ジーノの護衛依頼を昨日終えたことを報告したい」


「オリヴィアさんですね。今確認させていただきます。……はい!確認しました。お疲れ様でした。これが護衛依頼報酬の4万Gです。お確かめ下さい」


「……確かに。あと少し聞きたいのだが、この国の名物として存在するダンジョンの中で、一番大きなものは何処にある?」


「それだと『最深未踏』のことですね!此処から東へ歩いて30分。現在の攻略階数は36階で、それより先は現在も探索中になっています!次の階数までの道を示した地図を販売していますが如何なさいますか?価格は2000Gです」


「いや、大丈夫だ。というよりも、地図があるということは、36階層より下へ到達した場合マッピングした方がいいのか?」


「はい!他の方のためにもマッピングをされた方が感謝されますし、報酬も出ますよ!」


「仮にそのダンジョンを攻略したら何かあるのか?」


「国に登録されている未到のダンジョンを攻略された場合、その攻略された方々の名前を冒険者ギルド又は探索者ギルドに登録することが出来ます。そして国より攻略した者へ報酬が用意されますよ!攻略は早い者勝ちなので、狙うならば頑張って下さいね!」




 受付嬢は親切にダンジョンに関することを教えてくれた。その他にも、ダンジョンへ潜る者達の荷物持ちやマッピング等といった手伝いをする探索補助者という者達を、探索者ギルドで雇うことも出来るのだという。金額はその者達との交渉次第なのだが、役割が減るだけで幾らかの違いは生まれるだろうとのこと。


 ただし、探索補助者は戦闘向きではなく、あくまで補助者であるということを考えなくてはならない。つまり戦力になるとは考えない方が良いということだ。


 粗方のことを教えてもらったオリヴィアが、ギルドを後にしようとすると、受付嬢が忘れていたことを思い出したから待ってくれと言ってきた。何なのだろうかと用件を聞くと、オリヴィア達の冒険者ランクの引き上げがギルドに流れているとのこと。なのでタグを預かるという。


 少しの手続きを終えて、冒険者を証明する新たなタグを手に入れた。Cランク冒険者の証。ランクアップおめでとうございますという言葉を貰い、軽く礼を言ってからその場を後にして、今度こそギルドから出て行った。和やかに笑いかけて手を振り、見送った受付嬢はふと思い至る。




「オリヴィアさん……地図を買っていかなかったけど大丈夫かしら。まあ、ちょっとした腕試しに行く程度だろうから要らないか!」

























「さて、では人間達が踏み入った36階層までは一気に行ってしまおう。リュウデリア、頼んでも良いか?」


「任せろ。頭の中で、既に全階層の全容を把握している」


「頼もしいな」




 魔力が肉体を強化して、ものの数十秒で土が隆起して形成された入口に辿り着いた。気付きやすいようにするための配慮なのか、看板が地面に突き立てられており、『最深未踏』と書かれている。人の出入りも多いので、付近には多くの足跡が残されていた。


 中に入ると、降りるための階段があり、それを使って降りていくと広い空間が広がり、5つの穴が開いている。4つの内1つが先に繋がる穴なのだろう。間違えた道に進めば、違う広場に出て魔物と鉢合わせになるように作られている。


 階段を降りて第1層目にも、時間が経って復活したのだろう魔物が居て、入ってきたオリヴィア達を威嚇している。相手はウルフ6匹だ。彼女達が攻略した4階層のダンジョンは、ゴブリンが3匹とかしか居なかったが、このダンジョンは最初から6匹も発生している。難易度も高いのだろう。


 だが、残念なことにオリヴィアとリュウデリアには何の意味もなかった。特に彼には。魔力を使ってダンジョン全体をスキャンして全階層を把握してしまった。そして体のサイズを人間大にして、オリヴィアの背後に立って抱き締めると、翼を広げて飛翔した。飛んで魔力障壁を展開すると、ウルフに向かって飛んで行った。


 魔力障壁に当たったウルフは、その衝撃から肉塊に変貌し、その後も何の迷いもなく右から2つ目の穴へ入っていった。流石に通路の中は大きな翼を広げた状態では通れないので、自身とオリヴィアの体を包み込むように翼を折り畳み、飛んで加速した速度だけで通路の中を突き進んで、次の広い空間のある階層へ辿り着く。あとはその繰り返しだ。


 リュウデリアの飛翔する速度は目にも止まらぬ速度であり、周囲に影響を及ぼす一歩手前で抑えられている。展開している魔力障壁に魔物が当たれば粉々になる程度ではあるだろう。それ故に、冒険者や探索者が辿り着いたとされる36階層にはあっという間に辿り着いてしまった。




「──────37階層目だ」


「ありがとう、助かった」




 この日は泊まり掛けで探索をしている者達は居ないようで、途中に会ってしまうということはなかった。仮に居たのだとしても、リュウデリアが気配でも解っていたし、魔力によるスキャンでも解っていた。なので会わざるを得ない場合だったら飛翔をやめていた。


 地図が無かろうと、彼等には一切関係ない力があるからこその特権。一瞬で他の者達が到達できた階層までやって来たオリヴィアは、土で形成された内部に蔓のような植物が生えて、所々の壁に張り巡らされているのに気が付いた。


 下に向かっていくので、てっきり土だけに囲まれているのかと思っていたが、そんなことはないらしい。新たな発見だな……と、これからの探索に思いを馳せていると、リュウデリアが異空間から紙を取り出して宙に浮かべ、魔力を使ってインクを使わず、焼いて何かを書き込んでいた。




「何をやっているんだ?」


「この階層の図を書いている。他の人間共がどうなろうが知った事ではないが、最低限の情報はくれてやろうと思ってな。報酬も出ることでもあるし」


「そうか。態々ありがとう」


「簡単だからな、構わん」




 見てもいない場所のところも描き込んでいくリュウデリアに礼を言って、オリヴィアは歩き出した。やって来た植物も生えた空間には3つの穴が存在する。どれか1つが正解だ。だがまだ37階層の最初なので、正解の道を選んだからといってすぐに下の階層へ行ける訳ではない。


 ダンジョンは蟻の巣のような構造になっており、広い空間から通路が伸びて次の広い空間へ繋がっていて、正解の道を進み続けることで、どこかで下の階層へ行けるようになるのだ。なので合っているかどうかは全く解らない。その為のマッピングである。


 そして時には散々進んだ挙げ句に行き止まりという線も有り得るので根性が必要になってくる。中にはマッピングを間違えて迷ってしまうという事件も起きているので気をつけなくてはならないことが山とある。まあ、リュウデリアが居る以上、そんなことは有り得ないと言って良いのだが。




「ん?……あんな、どう見てもあからさまなものがあるのか?」


「時にはあるんじゃないか?」




 道順の答えを知っているリュウデリアには聞かず、勘で進む道を決めているオリヴィアが4つある穴の内、一番左の道へ入っていった。通路を進んで行くとやはり広い空間に出て、その中央に剣が1本刺さっていた。両刃の西洋剣である。錆は見当たらず、刃の刃毀れも見えないので使えるだろう。


 だがそれを護ったりする魔物はおらず、ただ剣が突き刺さっているだけ。気配はどうかと言う意味でリュウデリアにアイコンタクトをしてみると、左右に首を振った。潜んでいる訳でもないらしい。ならばもう引き抜いてしまってもいいかと考えて、剣に近付いて柄を握り引き抜きに掛かった。


 しかし抜けなかった。オリヴィアは軽い気持ちで抜こうと思ったのがいけなかったのか?と疑問に感じ、今度は両手で握って引き抜きに掛かる。だがやはり抜けない。ピクリとも動かなかった。今度は魔力で肉体を強化して試みてみると、ガタガタと動きはすれど、抜けなかった。




「……っ……くッ!ダメだ。私では抜けない」


「なら、俺がやってみるぞ」


「あぁ。かなり重いから気をつけて──────」


「抜けたぞ」


「いや早いな」




 頑張ってみても抜けなかった剣を、リュウデリアは片腕だけで抜いてしまった。彼が宙に飛ばしている光の球によって刀身が輝いて見える。何で抜けなかったのかと、原因をオリヴィアが聞くと、単純にこの剣は重いのだという。


 適当に振ってみて重さを確認すると、恐らく800㎏はあるのではないかという答えが返ってきた。流石に驚いてしまうオリヴィア。そんな普通の剣に見えるそれが800㎏もあったのかと。それならば抜けないわけだと変に納得した。


 興味深そうにリュウデリアが持つ剣を眺める。彼からの説明によれば、これは魔剣という武器に分類されるものらしい。魔剣とは、何かしらの力をその武器が宿しているものを指す。この場合ならば重量がかなり重くなるという力だ。なので普通の剣だと思って抜こうとしたら、全く抜けなかったのだ。


 そうやって説明を受けていると、リュウデリアが何かに反応した。オリヴィアに手を伸ばして抱え込むと、何も無かったその空間の地面から魔物が形成されていく。その数何と30。囲い込むようにして現れた。正体はトレントという木に化けて人に襲い掛かる魔物だ。


 木々が鬱蒼と生えたかのような光景だが、幹の部分には刳り貫いたり削って作ったような目と口がある。少しずつ根っこの部分を動かして歩み寄ってくる。どうやら偶然今発生したという訳ではなさそうだと、リュウデリアはオリヴィアを背に隠しながら考えた。




「どうやらトラップのようだな」


「剣を抜いたからか?」


「それが起点として発生させるものだったらしい。まあいい。丁度この剣の切れ味と、武器を使った戦いの練習が出来る」


「では任せていいか?」


「うむ。さて──────残らず斬り倒してしまうとするか。伐採が如くなァッ!!」




 リュウデリアから放たれる殺気に気が付いて躙り寄るのをやめて静止し、次は後ろへ下がろうとした瞬間、彼は一歩踏み込んでその場から消えた。トレント達が消えた彼に困惑している間に、彼はもうトレント達の背後に抜けていた。両手で握った剣の鋒を地面に向けて、振り下ろした後の格好をしている。


 気配で背後に居るのだと察知したトレント達が、背後へ振り返ろうとした瞬間、10体のトレントが真ん中から断ち切られて真っ二つにされた。それも同時に。あまりに速く斬ったので、少し遅れて真っ二つになったのだ。


 残りが20となったトレントがザワつきを見せ、リュウデリアは最も危険だと判断したのか、その場で立ったまま観戦しているオリヴィアに襲い掛かろうとした。それに何の反応も見せないのを良いことに手の形をした枝を振り下ろそうとするが、枝は細切れになり、視界も幾つもの線が入ってから体ごと細切れになった。


 細切れにされたトレントは12体。残るはたったの8体。丁度一カ所に固まっているので、その方向に向けて使っていた剣を投擲した。剛速で飛んでいく剣を、先頭のトレントが掠らせながらどうにか避けることに成功した。どうだと得意気な様子。しかしそれは明確な油断でしかない。


 投擲された剣が固まっているトレントの中央に差し掛かったところで、忽然とリュウデリアが現れた。剣は既に彼の手の内にあり、空中で体を捻って回転しながら剣を振り回した。軌跡を描いて斬撃が叩き込まれ、1体を残してトレントは細かい木の破片へと変わった。


 そして7体殺されて最後の1体となったトレントには、顔の横側から左から右へ尻尾を突き入れて貫通させ、脚の役割をしている根っこが浮かぶくらい宙に浮かべた。トレントは木なので尻尾が貫通してもまだ死にはしない。だが木っ端微塵にされたら確実に死ぬ。


 トレントを固定したまま剣を地面に突き刺して手放し、左脚を前に出して腰を落とす。シィ……ッと息を吐き出してから少し間を開け、右脚を踏み込んで右腕を前に突き出した。トレントの眉間に右手の指を掌側に曲げた掌底を、左側に捻り込みながら打ち込んだ。




「──────『流塵りゅうじん』ッ!!」




「──────ッ!?」


「おぉ……っ!」




 衝撃波も無く、大それた爆発音も無しに、打ち込まれた全衝撃がトレントの体に行き渡るように奔らされ、次の瞬間には欠片も残らず消し飛んでいた。衝撃だけで打ち込んだ相手の肉体を消し飛ばす掌底に、オリヴィアは楽しそうにパチパチと拍手を送った。


 リュウデリアは掌底を打ち込んだ右手を見つめて感触を確かめた。初めて殴るや鋭い指先で切り裂くといった攻撃以外のものをした。そして手放した剣をもう一度手に取って、適当に振るった。風を斬り裂く鋭い音を奏で、誰が見ても剣を初めて振ったものの手捌きではなかった。






 なんだ、出来るか解らないと思っていたが、案外簡単ではないか。そう心の中で愚痴りながら、すごいじゃないかと褒めながら抱き付いてくるオリヴィアを受け止めたのだった。






 ──────────────────



 探索補助者


 探索者ギルドに登録されている者達で、基本的にダンジョンに潜る者達に付いていって雑用等といった手伝いをする。マッピングや荷物持ちをしてくれるので、雇う者達も多い。





 魔剣


 何かしらの力を宿した武器のこと。今回リュウデリアが引き抜いた剣は、剣そのものを超重量にする力が宿っている。なので見た目の割にとんでもない重さになっているということだ。





 オリヴィア


 マッピングは全てリュウデリアに任せて、行き先を決めている。迷いそうになったら助言をしてくれるので、とてもイージーモード。


 剣を使うリュウデリアの動きを初めて見たが、初めて使う者とは思えない動きで実に素晴らしく格好良かった。思わず見惚れていた。拍手は心からの喝采である。





 リュウデリア


 初めて真面な武器を使った。今までは魔力で形成した槍を投擲することにしか使わなかったので、使えるかどうかは解らなかった。頭の中でイメージはしていたが、実際にやってみるのでは違うと解っていたから。


 結果は頭の中のイメージ通りの動きができた。因みに、四天神との戦いを経て編み出した魔法を使っているのだが、何処の部分か解るかな?


 剣の使い方はもちろん、本から貰った。





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