第207話  眠る『英雄』






「──────ひッ!?」


「ハイオークの首だ。3体分あるぞ」


「………………………………………………きゅう」


「あはは……新人さんがごめんなさい。その、ちょっと耐えられなかったみたいです」




 異質なゴーレムを倒し、ソフィーが診療所で集中治療を受けてから6日目のこと、今日もオリヴィアとリュウデリアは冒険者ギルドへやって来て適当な依頼を見繕い、爆速で終わらせて帰ってきた。今回の依頼はオークの上位種であるハイオーク3体の討伐。厚い脂肪で近接武器が通りづらい事から冒険者に敬遠されがちな魔物である。


 正直な話、そういうのは大体関係無いので選り好みも無く、本当に適当な依頼を受けていた。今回受けたハイオークも、斬りつけたとしても脂肪に邪魔されてダメージが通りづらい筈なのだが、魔力で造った武器で斬りつければ一刀両断だった。


 討伐した証として頭を持っていくつもりだったので、袈裟斬りで真っ二つにした。脂肪だらけなのでリュウデリアは食べず、早々に3体殺して持って帰ってきた。そこまでは良いのだ。依頼なので倒してくれるのは大変ありがたい。が、提出する証拠が生首なのが酷すぎたようだ。


 いつもの受付嬢へ麻袋に入ったハイオーク3体分の生首を差し出したら、隣に居た新人の受付嬢が偶然見てしまい、白目を剥いて後ろに倒れた。やはり刺激が強かったようだ。まあ無理もないだろう。魔物と戦って血みどろになる冒険者とは違い、受付嬢は書類の手続きが主な仕事になってくるのだから。




「討伐した証拠を確認しました。これが今回の依頼の報酬15万Gです。お確かめください」


「あぁ」




 1体5万という計算になる報酬は、ソロであるので全額オリヴィア達の懐に入る。ぶっちゃけてしまうと報酬はそんなに要らないのだが、受け取らないわけにも行かないので財布袋に詰めていった。小さな袋なのだが、大金が吸い込まれていく光景は最早見慣れたものだろう。金額を確認して仕舞い終えたオリヴィア達に、受付嬢は頭を下げた。


 受付も終わったので別の依頼を受けようかと思い、掲示板の方へ行こうとすると待ったの声を掛けられた。白目を剥いて気絶している新人受付嬢を別の受付嬢に任せ、大体のオリヴィアの受付をしている受付嬢がトレイを取り出した。上に乗っているのは冒険者のタグだった。




「オリヴィアさん、おめでとうございます!Aランクに昇級ですよ!」


「思ったよりも早かったな」


「いやぁ、ここ最近ずっとBランクの依頼を受けていただいてますし、ゴーレムの一件もありますからね。早く上がるのも頷けるかと。……ぶっちゃけ、ギルマスはSSくらいには上げたいとぼやいていましたから」


「飛び級に興味ないからな」


「でっすよねー!……真剣な話ですが、言ってはなんですがAランクに到達すること自体はそう難しくありません。数を熟すだけでも最終的にはAランクへいけますから。でも、ここからが大変なんです。AからSには高い壁が設けられていますし、要求されるものが多くあります」


「ほう……」


「洗練された技術、豊富な知識は前提も前提。大前提です。冒険者としての素行や冒険者協会からの信頼。過去に遡り得た実績の数。その人をSランクたらしめて良いのか実力を計る特別依頼の達成等々、上がるためにも必要なことは多いんです!それでも、飛び級の話はお断りしますか?それらが全て免除されるということですよ?今はAランクですが、BランクからSSランクなんて早々ありませんよ!?『英雄』ソフィー様レベルの話なんです!」


「そうか。それでも私は断る。何度も言っているだろう。飛び級に興味が無いと。そもそも旅の資金を調達するためだけに冒険者になったんだ。何かしらで謝礼だのなんだの貰っている内に使い切れん金を持っている。急いで上げる必要性が皆無なんだ」


「そう……ですか。私としましては、SSランクに匹敵する冒険者様をAランクにしておくのは悔やまれますし納得出来ませんが、本人が断っていますしね。無理強いは良くないですもん。では、これがAランクを証明するタグですっ。あ、前のと交換になりますからお預かりしますね」


「頼んだ」




 喧嘩っ早く、ガラの悪い冒険者がAランクになっているのは、受付嬢が言っていた通りだ。上から数えた方が早いAランクではあるが、依頼の数を重ねていけば自ずとAランクまでは誰でもいける。その過程で強さや知識、優れた武具が必要になってくるので必然的に強い冒険者になるが、そこから上は早々にいけるものではない。


 Aランクに到達してから数年間、毎日Aランクの依頼を受けて達成しても、終ぞSランクに辿り着くことが出来なかったという者が居るくらいだ。これは一種の壁なのだ。全ての冒険者達に課せられた、人間の中でも一握りの才能を持つ者かどうかをふるいに掛けるための壁だ。


 Sランクにしても良いと判断するのはギルマスでも出来るが、それだって結局は冒険者協会に問い合わせて承認を得なければならない。勝手にSランクに上げることは許されていないのだ。冒険者協会の方で審議を掛けて可決されれば、その者はSランクに至れる。それだけなりづらい階級なのだ。


 今回、オリヴィアがやったゴーレム討伐は、SSSランク冒険者であり『英雄』のソフィーが勝てなかった魔物を一方的に斃したという内容だ。これを冒険者協会に報告したところ、審議を掛けて可決され、Sランクにしても良いというお達しがきていた。ギルマスはもう与えても良いと言っていたが、それは可決されるだろうと読んでのことだ。




「強さは兎も角として、知識は普通だと思うがな。なんだったら地域ごとに生息している魔物なんて知らん」


「確かにそういった知識も必要になりますが、ここで求められているのは実戦で使える知識です。戦えている時点で証明されたようなものですが、深く言うと受けられた依頼の幅で決めてきます」


「……?あぁ。討伐やら採取やら解析とか、そういう意味か」


「そういうことです」




 依頼にも様々あるのはご存知だろう。オリヴィア達が大体メインとして受けているのが討伐系の依頼だ。その他にも薬草などを採取してくる納品系の依頼に、掛けられた魔法を解析して『解除ディスペル』する解析系の依頼だ。知識があれば効率良く依頼を進めることが出来るだろう。


 実のところ依頼に掛かった時間や日数などはメモされている。どの依頼にどの程度の時間を費やしたのかが解るようにされている。知識があれば短時間で。無ければ長時間でと解りやすいようになっている。のんびりとやっている人が居るのは仕方ないが、Sランクを目指すならば短時間で達成する事が重要になってくる。


 そこを見ると、オリヴィア達の依頼達成時間はかなり早い。ハイオーク3体の討伐は見つけるのも合わせて数時間から数日掛けても良いのだが、今回は行って帰ってくるのに30分である。それは強化されたオリヴィアの気配察知の力もあるが、情報でサポートするリュウデリアのお陰というのもある。どちらにせよ規格外な達成時間なのだが。




「冒険者協会からも認められているので歴とした昇級なんですよ?『英雄』に片脚突っ込んでるんですから!」


「ちょー興味ない」


「ちょー興味ないですか……もったいないなぁ……」


「そんなことより、『英雄』サマはどうした?話を聞かないが、死んだのか?」


「そんなことって……ていうか死んでません!縁起の悪いこと言わないでください!ちゃんと治療中ですよ!お医者様も峠は越えたから、あとは目を覚ますのを待つだけっておっしゃってました!」


「なんだ、死んでいないのか……」


「何で残念そうなんです!?」




 Bランクを証明する冒険者のタグを取り、新しいAランクのタグを受け取って左手首に巻いたオリヴィアは、少し残念そうにソフィーが無事なことへ嘆息した。まあそこまで興味があるわけではないので生きていようと死んでいようとどちらでも良かったのだが。


 診療所に放り込んできたのだって何となく、気紛れだ。進行方向で倒れていたのでついでに広い、放ってきたのだ。どちらにせよ、オリヴィアが放っていたとしてもその場に居た冒険者達が急いで運んでいたのだろうが。




「取り敢えず彼奴が生きていることは分かった。新しいタグも貰った。他に何かあるか?」


「うーんと……あっ、王城への招集の件で2日後はどうかという話ですが、どうしますか?都合が悪ければ延ばすことも出来ますよ!」


「……仮にもお前達が居る国の王からの招集話だろう。なんだ『あっ』とは。忘れていたのか」


「さ、最初は話すつもりだったんですけど、Sランクの話に盛り上がってしまって頭から抜け落ちてしまっていたと言いますか……」


「はぁ……」


「すみませんすみません!」




 頭を下げる受付嬢に溜め息を溢す。話に出た王城への招集は予定としては2日後になっている。何の予定も無ければその日にしたいということだが、オリヴィア達からすれば特別やらなくてはいけないことなどは控えていない。なので近い日にちになるが、2日後に王城へ向かうことにした。


 受付嬢と話を終わらせたオリヴィア達はギルドを出て行った。途中、来ていた冒険者達が彼女達のために道を開ける。『英雄』が倒せなかった魔物を倒したという実績は彼等にも当然回っていて、腫れ物を扱うような態度を取っていた。まあ彼女達は全く気にしていないのだが。


 分かりやすいあからさまな態度を取られても、無駄に絡んでこなければ放って置く。オリヴィア達は街の大通りに出るとある方角を目指した。ヒソヒソと話をされているのは分かっている。一般人の中にはソフィーを診療所まで引き摺っている彼女を見ている人が居るのだ。真実であり、助けたことになるのだが、運び方が何とも言えないので小声で話をしているのだろう。


 陰口ではないが、一般人達からも気にされるような今話題の冒険者ということで噂になっていた。そうこうしている内にある場所へ辿り着いた。既に一般人達も来ている、ソフィーが眠る診療所である。心配で外から一目見れたら……とやって来た者達は、面会遮絶だから通せない、見せられないと看護師に止められていた。


 オリヴィアは肩に乗るリュウデリアに頷いてみせる。純黒の魔法陣が展開され、彼等の姿が誰にも認識されなくなる。例え目の前に行ったとしても、居るとは分からないだろう。魔法が効いている内に、ソフィーを見ようとしている一般人と止める看護師の間を縫って診療所の中へ入っていった。




「──────すぅ……すぅ……」


「……ふむ。あの時はあまり見ていなかったが、それなりに傷だらけだったんだな」


「感知した限りだと、人間からしてみれば脅威の魔力量を持っていたからな、あのゴーレムは」


「やはりそうだったか。食らう前に倒してしまったから解らなかった」


「ローブを着ている限り、オリヴィアには傷1つ付けられんがな」




 入った部屋はソフィーが眠る病室だった。中央のベッドで眠り、体中に包帯を巻いている。傍には彼女の相棒である魔剣2本が壁に掛けられている。普段なら気配で部屋に入ってきたことを察するだろうが、起きる様子は無い。目を覚ます様子は無さそうだ。


 生きていると受付嬢から聞いていたので、その後として顔色を見に来たのだ。他にやることが無かったから暇潰しとも言うが。オリヴィア達はソフィーの事を少し眺めると、今度は病室を見渡した。もし万が一の時を警戒して高価な薬品や替えるための包帯などが置いてあり、目を覚まして元気を取り戻すよう願いを込められた贈り物の数々。部屋に咲き誇る多くの花束がある。


『英雄』としての人気もさることながら、街を見渡して困っている人が居れば声を掛けて話を聞き、解決できることならば颯爽と解決してしまうソフィーは、その可愛らしい容姿と取っつきやすさから人気がある。これは助けられたり、心配する者達が贈ってきた品物なのだ。これを見れば、彼女がどれだけ愛されている存在なのか分かるだろう。




「この小娘が気絶しているだけで騒がれているが、起きたら起きたで大騒ぎだろうな」


「鬱陶しいものだ。恐らくだが、ソフィーが起きて助けたのがオリヴィアだと分かると絡んでくると思うぞ。礼がしたいだの言ってな」


「おぉ……鬱陶しいな。トドメを刺すかもしれん」


「『英雄』を殺せばこの国が敵に回るな」


「私達には関係無いさ。いつも通りだ」


「そうだな、




 何やら物騒な会話が聞こえてくるのは気のせいだろうか。そうだと思いたいが、残念ながら彼等は本気である。足下の小石に喧嘩を売るようなつまらない真似はしないが、小石が喧嘩を売ってきたならば平等に踏み砕くのだ。特にリュウデリアは、相手が誰であろうと無慈悲に殲滅してくるので一番厄介だ。


 さて……と、眠っているソフィーの顔色も見たことだし出て行くかと、踵を返してその場を去ろうとした。しかしオリヴィアが後ろを向いて歩こうとした瞬間、手を掴まれた。女にしては剣の振りすぎですっかり硬くなった手に。強めに握られた手に少し瞠目して振り返る。そこには依然として眠ったままのソフィーが、こちらに向かって手を伸ばしていた。


 意識が無いのに、もっと言えば今はリュウデリアの魔法によって姿を認識出来ない筈なのに的確に取られた手に驚いた。リュウデリアも、魔法を破ってきたのか?と興味ありげに観察している。




「すぅ……ぅ……く………すぅ………」




「魘されている……のか?」


「ふむ。かも知れんな」


「……離す気が無いのか、此奴は」




 繋がれた手を振ってみても離れる様子が無いので、それなりに強い力で掴んできている。さてどうするかと、リュウデリアと顔を見合わせる。このあとは宿に戻るだけなのでやることは無い。ならば、少しここに居ても良いかという話になってベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろした。







 魘されていたソフィーは、オリヴィアの手を握ってから穏やかな寝息を立てていた。眉間に寄っていた皺も無くなり、安心したように眠っている。








 ──────────────────



 ソフィー


 寝ている時にだが、リュウデリアの魔法を看破した。まあ無意識だったので実力とは言えないが、人間の中では初。誇っていい。





 オリヴィア


 ソフィーが手を握ってきたのに驚いて肩がビクッと跳ねた。ついでに肩に居たリュウデリアも上に跳ねた。


 Bランクの依頼を受けていたら、皆がいける最高ランクのAランクになった。ここからSランクに上がるには相当な実績を積まなくてはいけない。飛び級があれば一瞬でいけたが、話を断ったため地道に上げることとなる。ただし、冒険者協会は冒険者オリヴィアのことを認めている。





 リュウデリア


 無意識に魔法を破られたが、これを意識ある時に意図的にやっていたら、お……っ!?となってスイッチが入っていた。何のスイッチか?……入れたらマズい系のスイッチなのは確か。





 冒険者Sランク


 Aランクから上がるのが最も厳しい。飛び級など難しいなんてレベルの話じゃない。上げるにも色々な条件を満たさないといけない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る