第206話  あれこれの報告




 王都に見たことも無い異質なゴーレムが現れ、襲おうと知っているのを冒険者達とソフィーが食い止めた。しかし彼のゴーレムは強大な力を有していた。『英雄』と謳われるソフィーでさえ戦闘不能に陥ってしまうほどだ。守るものがあったとはいえ、彼女が倒されたのは衝撃だった。


 内容はギルドへ帰って報告した冒険者達によって真実であると証言されている。あのゴーレムは強かった。自分達では手も足も出なかった。自分達の所為でソフィーがやられてしまった。そして、その場に現れた冒険者のオリヴィアが、使い魔と共に倒してしまったということも報告した。


 当然だ。ソフィーですら負けたゴーレムを、そこに居た冒険者達で相手をして勝てるわけがない。誰かが戦って倒していないのならば、そのゴーレムは何処へ行った?という話になってしまう。なので見たものをそのまま伝える必要があった。報告を受けたギルドマスターは瞠目した。事の顛末の異常について。


 誰もが認めるギルド最強の存在ソフィーが死にかけている。それだけで運ばれたと思われる診療所へ入って向かうのは当たり前の行動だろう。残念ながら集中治療中だったので面会遮絶で顔を見ることすら出来なかったが、必ず助けると医師に言われたので無事を祈ることしか出来ない。


 ソフィーのことは医師達に任せるとして、次はオリヴィアのことだ。受付嬢に確認を取ったところ、先日頼んだ調査依頼のために森へ向かっていたとのこと。ソフィーが彼女についていったことは知らないので、調査依頼が終わった帰り道にゴーレムと出会し、報告の通り倒してしまったのだろう。Bランク冒険者が、『英雄』でありSSSランク冒険者であるソフィーが倒せなかった魔物を。


 実際に会って話がしたいと思っていた。その日の内に来るだろうと思っていた。でも来なかった。オリヴィアはゴーレムを倒したその日、ギルドに足を運ばなかったのだ。結局来たのは2日後だった。何も無かったかのようにギルドへ足を運んだオリヴィアに、2日間ずっとギルドの広間で待機していたギルドマスターは頬を引き攣らせた。




「君が森の調査依頼を受けてくれたというオリヴィアだな」


「誰だお前は」


「おっと失礼。私はこのギルド『100の智恵の集いハンドレッド・ウィダズム』のギルマスをしているネウラだ。少し話を聞きたいのだが今、いいか?調査依頼の話もあるから是非頼む」


「……まあいいか。どこで話す。ここか?」


「いや、私の部屋で話そう」




 やって来たオリヴィアの元へすかさず向かいコンタクトを取った。普通の人間で女のギルドマスターであるネウラはどうしても話がしたかった。冒険者達から報告は受けているものの、本人の言葉も聞いて情報として残しておかないといけないのだ。そんなに時間は取らせないと断りを入れて対話を望むと、許可されたのでギルマスが使う執務室へ案内した。


 階段を上って上の階にある執務室へ入ると、対面式のソファに腰掛けてもらう。オリヴィアは2日前の事だろうなと、何となく察していた。調査依頼の報告についても、本当はソフィーが代わりにやるとのことだが、現在治療中なので報告を出来ていない。なので結局自分でやることになるのでさっさと済ませてしまおうという思いだった。


 お茶が入ったカップを間にあるテーブルの上にネウラが置くと、早速話を聞かせてくれと切り出して対話が始まった。最初はオリヴィアが手続きをしっかりとやって受けた調査依頼についての話だ。彼女は森の近くで行方不明者が出るのはハイトレント達の仕業であり、かなりの人数が死んでいること。そして幽霊を見るという噂は、何者かが石に仕掛けた幻惑の魔法陣が原因であることを話した。


 ハイトレント達によって殺されてしまい白骨化した死体があるのなら、2日も間を開けずにその日の内に報告して欲しかった。が、王都を救ってもらった手前言いづらいので取り敢えず、調査依頼の事の顛末については理解したと返し、後ほど調査隊と回収隊を向かわせようと決める。


 次にゴーレムについてだ。ソフィーが倒さなかった魔物を倒したことは本当なのか。本当だとしたらどんな風に倒したのか。そう言ったことを聞き出した。別に嘘をつく必要は無いので、オリヴィアは使い魔として居るリュウデリアと自分で手分けして倒した事を話した。剣で相手をし、魔法を撃ち込んで消し飛ばした。王との前にある大穴は自分がやったこと。リュウデリアは凍らせて粉々にしたこと。それらを明かした。




「……すーっ。1つ聞きたい。いや、こちらは既に把握しているのだが……君は現在Bランクだろう?」


「そうだが?」


「俄には信じられん。それだけの、ソフィーが負けてしまうような魔物を倒す実力を持っているのに、何故Bランクなんだ?他のギルドで昇級の話の打診は無かったのか?」


「冒険者を始めて間もなくの頃、Aに引き上げるという話はあった。が、私はゆっくりと地道にランクを上げる事を理由に断っている。焦る理由も無いからな」


「……冒険者協会へ問い合わせたところ、魔物の大群を殆ど斃してしまったという経歴があるらしいが……Aランク冒険者3人を完膚なきまでに打ちのめしたなど……」


「あぁ……あったなそんなこと。私がというより私の可愛い使い魔達がやってくれたのだが」


「話は全て真実と……。使い魔達とのことだが、その黒い使い魔の他にまだ居るのか?」


「この子はリュウちゃんだ。他にも赫いバルちゃんと蒼いクレちゃんというのが居る。自由にさせているから今は別行動だが、その子達も強い。1番強いのはこのリュウちゃんだが」


「……見たことない魔物だな」




 ソファに座るオリヴィアの膝の上に伏せて寝転び、大人しく撫でられて目を瞑っているリュウデリアに興味深そうな目線を向けるネウラ。それは仕方ないだろう。4足歩行のトカゲに翼が生えたような姿をしている彼だが、実際は世界最強の種族である龍であり、その突然変異なのだから。見たこと無くて当然だ。


 そして、主人の愛撫に身を任せている見た目小さな魔物が、SSS級の魔物を圧倒的力で一瞬にして斃してしまったというのが信じ切れない。何だったら冗談と言われた方が信じられる。どういう魔物で、どこに棲息しているのか聞いたが、オリヴィアに分からないと言われてしまえばそれまでだ。偶然見つけて意気投合し、契約したと言うのだから。


 知ることが出来るのならば、参考までに使い魔としてのリュウデリアの力の源を知りたいと思い、純黒の鱗に触れて撫でてみようと思い手を伸ばした。その手は、オリヴィアによって強く弾かれた。バチンと部屋に音が響き、ビリビリとした痛みが手に広がる。強い拒絶に、ネウラは目を丸くした。




「私以外の者が許可なく触れようとするな。虫唾が走る」


「そ、そうか。それは失礼なことをした。大切にしている使い魔だとは思っていたが、そんなに大切だとは思わなかったんだ」


「ふん。この世で最も大切な相棒だ。誰にもやらんし、触れさせん」




 鋭く冷たい殺気が飛んでくる。流石はSSS級のゴーレムを正面から倒した冒険者。気配だけで臆してしまいそうだ。ごくりと喉を鳴らしてすぐに謝罪した。触れようとするだけで殺気を飛ばす程大切にしている使い魔を、許可なく触れようとした自分に全面的な非がある。


 頭を下げるネウラに、不機嫌そうに鼻を鳴らす。これは使い魔の事を知りたいから少し預けてくれと言えないなと、心の中で溜め息を吐いた。どんな種類の魔物か判らないならば、新しい種族として登録するために調べる必要があるのだが、オリヴィアの様子ならば断固拒否の姿勢を取りそうだ。いや、絶対そうするだろう。


 王都を守ってくれた人物と、態々事を構えたいと思わない。というより、ソフィーで勝てない魔物に余裕で勝ったオリヴィアと使い魔に、力で勝てるわけが無い。なので使い魔についてはこれ以上触れることはやめた。その代わり、別の話を進めることにした。




「今回のゴーレムの話は、大袈裟でもなく王城に住む国王に報告がいく。『英雄』が魔物に敗北したというのは、それだけの大事なんだ。それを倒したという君の話もな。恐らく王城へ招集が掛けられるだろう」


「興味ない。何故私が態々行かねばならん。用が有るならば私の元へ直接来ればいい」


「国王にそんなこと言えるわけないだろうに……。すまないが、行ってはくれないだろうか?きっと礼の言葉を貰える筈だ。それと魔物を討伐してくれた報酬も」


「……また報酬か。もう使い切れるか怪しいのだが」




 見た目は小さな袋だが、中には金貨だらけの財布袋を思い浮かべる。別に浪費癖があるわけでもないし、食料は現地調達をすることが多い。必要になって買い足すのは料理に使う調味料や、消耗品の料理器具くらいだ。その他だと買い食いに使うくらいだが、1日に数十万も使った例しがない。


 使うよりも入ってくる金の方が多いので、ちょっとしたお金持ちであるオリヴィア達。どうせ今回も多すぎるくらいの報酬が支払われるのだろうと考えると、要らないというのが正直なところ。というより、普通に招集されたからと言えど、王城へ行くこと自体面倒くさいのだ。用が有るならば直接来いと思う。


 普通は王城へ招かれたらどんな理由があっても行くのだが、人間ではないオリヴィアとリュウデリアにとっては、面倒くさいという思いしか抱かなかった。だがネウラがどうしてもと言って説得してこようとする。しつこく頼み込んでくるので、はぁ……と深い溜め息を吐きながら了承する事にした。ただし……と、条件をつけて。




「私は国王だろうが何だろうが畏まった態度は一切しない。それで不敬だの何だの騒がないならば行ってやってもいい。そう伝えておけ」


「行ってくれるか!良かった良かった。条件については私の方から文書で送っておく。日にちはまた追って連絡するから、それまで自由にしていてくれ」


「あぁ」


「あ、忘れるところだったが、昇級についてはどうする?私としてはSからSSくらいまで1度に上げても良いのだが……」


「今のままBでいい。本来は少しずつ地道に上げていくものだろう」


「いやまあそうなんだが……実力あるものにはそれ相応の階級というのが……」


「私の知ったことではない。話は終わりだ。今日は適当な依頼を受けに来ただけだからな。あぁ、言い忘れたが、調査依頼の幽霊云々の証拠はソフィーが持っている。目を覚ましたら受け取るといい。解析は任せるぞ。私は調査までが依頼だからな」




 にべも無く昇級の話を断り、ギルマスの執務室を出て行ってしまった。幽霊を見るのは石に魔法陣が刻まれているから。その証拠の石は治療中のソフィーが持っているとのこと。ネウラはいつ頃になることやらと思うが、オリヴィアは違うらしい。と言ったのだ。起きてくることを確信しているのだろう。


 確かにゴーレムの強力な攻撃を受けた。意識もはっきりしないくらい、やられてしまった。今では集中治療を受けてどうにかという状態。でもオリヴィアは彼女が死ぬとは考えていないのだろう。『英雄』とまで謳われる存在が、あの程度で死ぬとは思えない。まあ、死んだら死んだでその程度だったのかと言いそうではあるが。


 置いてある執務用のデスクの方へ行き椅子に座る。先程の話の内容をメモして纏めるネウラは、国王に提出する文書をしたため始めた。王都の危機を救ったのはある冒険者であること。現在ソフィーはまだ目を覚ましておらず、治療中であること。オリヴィアを招く場合は、態度の不敬について咎めないことを約束しないと行かない旨。などなどを書き連ねた。




「しかし、とんでもない冒険者が来たものだ。滞在してくれている間は安泰か?」




 今なら何が来ても跳ね返してくれそうだと思いつつ、他人任せも良いところな思考だなと自分自身に苦笑いした。もっと下の者達を育て強くしなければ、いつまでもソフィーやオリヴィアに頼ってばかりになってしまう。ずっと頼れるとは限らないと、今回のことで身に染みたのだ。早急にどうにかしなければならない案件だろう。


 あぁ、ギルドマスターは考えることが多くて面倒だと思いながら、ネウラは王城へ提出するための報告書を書いていくのだった。























「オリヴィアさんっ!なんで2日も来てくれなかったんですか!」


「私にも用事がある」


「あ、そうですよね。ごめんなさい!……んん!?違います!ゴーレムを倒し終えた後に寄ってくれればいいじゃないですか!」


「面倒だったんだ。察しろ」


「 ム リ で す ! 」




 ギルドマスターの部屋から出て階段を下りたオリヴィアは、調査依頼の手続きをした時の受付嬢に呼ばれて話をしていた。今はまだ彼女に伝わっていないが、行方不明者を出していたハイトレント達が居たところには、未だ白骨化した死体やらが野晒しになっている。2日も放置していたので、それをネウラから報告されたらまた怒ることだろう。


 受付嬢は2日前のことを思い出す。オリヴィアがソフィーの倒せなかったゴーレムを倒したという報告を、慌ただしく帰ってきた冒険者達から聞いた。そこまでは良い。問題の満身創痍なソフィーをオリヴィアが連れて診療所へ向かったという話は助かると思った。


 しかし、その後ギルドに一般人が慌ててやって来たと思ったら、街中を黒いローブを着た人がボロボロになって動かないソフィーを引き摺っているのを見た、どういうことなんだと質問攻めにしてきたことだけはいただけない。普通に連れていってくれていいじゃないか。何でボロボロの『英雄』を街中で引き摺り回しているのだ。人の感情は無いのかと問いたい。


 もちろん、人ではないので人の感情なんか持ち合わせていない。なんならゴーレムを倒さず放置して観戦してても良かったくらいだ。普通に最悪である。




「調査依頼は終えたぞ。詳細はギルドマスターに話した。後ほど聞くといい」


「もぉ……ソフィーさんは重傷だったんですから、もっとその人のことを考えてくださいね!報酬はもう用意してあります!」


「受け取ろう」


「はぁ……。詳細は把握していないので、追加分については後日渡しますからね」


「分かった」




 トレイの上に乗せられている金貨10枚を受け取り、財布袋の中に入れたオリヴィアは、依頼の掲示板の前まで行くと何を受けようか悩んでいる。SSS級の魔物を倒しているのに、未だBランクに留まっている稀有な人だと、他の人の受付をしながら横目で盗み見る受付嬢。


 チラチラと見ていたのだが、彼女の肩に乗っている使い魔と目が合った。首をぐるりと回してこちらを見る。黄金の瞳からは高い知性を感じられた。盗み見ていたことがバレて咎められているような気がして急いで視線を逸らしてしまった。つい目線を逸らしてから、使い魔が相手なら逸らす必要もなかったのでは?と思った。




「──────この依頼を受ける」


「わひゃあんっ!?」


「……?」


「あ、あ、んんっ。えと、ハイゴブリンとマジックゴブリンの掃滅ですね。巣ごととなりますが、大丈夫ですか?誰かとパーティを組んだりとかは……」


「しない。ソロで十分だ」


「そうですよね……Bランクの依頼ですからね……はい、手続きは終了しました。ご武運を!」


「ありがとう」




 手続きを済ませたオリヴィアは依頼に載っている現場へ向かうためにギルドを後にした。黒いローブを身に纏い、フードで顔を見せないオリヴィアは謎の人物という印象が強い。受付嬢は透き通るような美しい声と白魚のような綺麗な手をした女性という事しか知らない。後はものすごく強いということだろうか。


 受付嬢は知らない。オリヴィアがゴーレムを倒したのは事実だが、視線が合った使い魔に化けている龍のリュウデリアこそが、本当に化け物のように強いということを。







 依頼から帰ってきたオリヴィアが、ゴブリン達の巣を外から魔法を撃ち込んで消し飛ばしたので物的証拠を持ち帰れなかったと報告されて白目を剥くまで、残り2時間。









 ──────────────────



 ソフィー


 まだ目を覚ましていない。常に誰かが彼女の容態を見ている。出来ることは全てやったので、後は彼女の生命力次第。





 リュウデリア


 ゴーレムの黒い炎のような紋様をした瘴気が、やはり何かとちょっかいを掛けている奴の力だと察して苛ついた。


 次の日に図書館に行って、読んだことのない本を読み漁った。次の日はずっとオリヴィアと愛を育んでいた。途中で彼女が気絶したが、途中で止まれなかったので快楽で起こした。


 ゴブリン達の巣を吹っ飛ばしたのはこの龍。試しにと魔法を撃ったら加減を間違えた。跡形も無くやったので証拠も何も無い。言うなれば巣がなくなっていることが証拠。






 オリヴィア


 ギルドへ行かず、2日後に訪れた理由は、図書館に行ってリュウデリアの読書に丸1日費やしたのと、もう1日は泊まっている宿屋で彼と朝から次の朝までにゃんにゃんしていたから。


 実はめちゃくちゃにされて幸せを噛み締めていたので機嫌が良かった。リュウデリアが触られそうになるまでは。



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