第6章

第61話  初日






「──────そっちに行ったぞ」


「任せてくれ」




 ボア……と呼ばれる猪に似た魔物が存在する。四足動物のように四足で動き、気に牙を擦り合わせる事で鋭さを磨き、それを武器として使って突進してくる魔物だ。攻撃方々が主に突進による鋭い牙の刺突なので、近付かれる事が苦手な後方支援を得意とする魔導士や冒険者は嫌っている。


 それが2匹現れたので、マルロの領地を目指しているオリヴィアとリュウデリアが戦闘になった。言うまでもなく、リュウデリアは突進して来るボアの頭を掴んでそのまま持ち上げ、握り潰した。突進するという攻撃のために厚い頑丈な頭蓋骨があるのだが、今更だろう。握力のみで握り潰してしまうのも。


 1匹ずつ相手をしようと即決し、リュウデリアは即行で終わらせた。すると残ったボアは仲間が一瞬で殺されたのを見て襲い掛かるのは拙いと考えたのか、突進するターゲットをオリヴィアへと変えた。真っ直ぐ一直線に突進していく。正面から受けてもローブに刻まれた魔法で物理は殆ど効かないのだが、折角なので魔法の練習をする。


 四足動物と同じで駆ける速度が速い。ならば使う魔法も速いものへとなり、イメージしたのは雷だった。ボアとオリヴィアの中間地点に魔力が集中し、上を通った途端に解放された。上から下ではなく、下から上へ流れる純黒の雷がボアを焼いた。少し焦げて煙を吐き出しながら目をぐるりと回して白くなり、力無く倒れた。




「威力は申し分ないが、やはり魔力の流れで読める者には読めるな。魔法に長けた者が相手だと当たらんかも知れん」


「そんなに違うのか?」


「割とな。魔力で純粋に肉体強化をしているとき、魔力が多ければ多い程強化していることになるが、右拳に集中させていると右の殴打だと事前に解ってしまうだろう?」


「そうだな。あからさまだし……」


「魔力の操作に長ければ、そこら辺を見破られないよう全体を平均的に強化し、拳が当たるインパクトの瞬間に集中度を上げるということが出来る。ブラフを張ることも可能だ」


「私の場合はどうすれば改善出来る?流石にイメージだけだとどういうものなのかを知らないと出来ないが……私に魔力は無いからな……」


「ふぅむ……ローブには相当な魔力を籠めているからな……当たらなかったら超広範囲で魔法を叩き込んでやるか。要はゴリ押しだ」


「ゴリ押し……」




 魔力の溜めがあるのは、魔力があって感じ取れるものでないと厳しいものがある。イメージだと本当にイメージ次第になってしまうだろう。それに魔法を使うにはどうしても魔力の溜めが出来てしまう。それを巧妙に隠すことが出来るのは、リュウデリアやクレア、バルガスレベルにならないといけない。


 どう考えてもオリヴィアには無理な領域だ。一度見たり受けたりした魔法を再現して摸倣するようなとんでもない魔法の才能と技術があってやっている技術だ。魔力すらも無いオリヴィアにイメージしてやれというのは無理が過ぎる。そこで、ここはもうゴリ押しでいこうという話になる。


 魔法に長けた者には避けられてしまう。ならば避けられないほどの広範囲に高威力の魔法を叩き込んでやればいい。単純な魔法ならばどんな形でさえ展開する事が出来る純黒のローブには、リュウデリアを以てしても相当な量だと言える魔力を籠めている。使っている最中に魔力切れを起こすことは殆ど無いと言っても過言ではない。


 一発の魔法の威力の上げるにはそれ相応の魔力を必要とされてしまうが、ローブにはそんなもの関係ない。膨大な魔力を籠めて避けられないだろう広範囲に魔法を撃ち込んでやればいい。それだけで大体の奴は倒せてしまう。




「まあ、イメージでしか魔法を展開出来ない私にはそれしかないか」


「それでもそこらの雑魚にはまず負けん。仮にオリヴィアの手に負えないならば、俺がやる」


「ふふっ。勝ちが確定されているな、それは」


「さてな。俺とて負けるやも知れんぞ。クレアとバルガスが良い例だ」


「お前達みたいなのが他に山と居て、そこらに居るんだったらこの世は簡単に砕けるだろうな」




 オリヴィアが勝てないからとリュウデリアが出てきて、それでも勝てないとなった場合、その相手はどれ程の力を持っているのか想像が難しい。少なくともクレアとバルガスも勝てないだろう。世界最強の龍で、その中でも極めて強い個体である3匹が負ける。つまり龍王もどうなるか解らないということだ。


 本音を言えばリュウデリアのように複雑な魔法を使ってみたい。だが出来ないものは仕方ない。新しく複雑な魔法陣を刻むことが出来る魔法陣を思い付いて確立することが出来れば、その時にはローブに施してくれるというので、オリヴィアは待つしかないのだ。


 魔法を個人では使えない自身の横で、気持ちの良いくらい高威力で複雑な魔法を使っているリュウデリアが居ると、やはり憧れるものだ。治癒という、恐らくこの世界に1人だけしか出来ない力を持っていようと、やりたいのは魔法という贅沢な悩み。


 頭の中で大群に向けてなんかこう……すごい魔法を撃つ自分を想像してワクワクしていると、仕留めたボアの頭を力尽くで引っこ抜いたリュウデリアが頭を2つ持ち上げながら異空間へ跳ばし、残った体に魔法を施して血を全部抜いていき、空中に懲り固めていた。




「これを焼いて食うか?」


「……食えるのか?」


「毒はない。硬いかも知れんが」


「私は要らんから食べて良いぞ」


「まあ、美味そうには見えるからな。少し腹が減ったから食わせてもらう」




 リュウデリアはオリヴィアの横を歩きながらボア1匹は空中に浮かべておき、もう1匹は手で掴んで持っていた。そして龍がよくやるような炎を口から放って焼いていく。頃合いだと思ったらやめて、そのまま齧り付いた。因みに、抜いた血はそこらに捨てている。


 ブチブチと引き千切りながら無言で食べているリュウデリア。美味いとも何とも言わないので、恐らく美味くないんだろうなと察した。人間の国に行ってこれでもかと美味いものを食べた後に、筋肉だらけで硬い肉のボアを焼いてそのまま食べているのだから、美味いと思う訳がない。


 調理という調理しておらず、せめてもの血抜き程度。骨も関係無しにバキバキと噛み砕きながら食べているのを見ていると、本当に龍なんだなぁと思う。人間大のサイズになっているから、人間に純黒の鱗が生えているように思えてしまうが、歴とした龍である。人間の国に行く前は、捕らえた獲物を生で食べていたくらいだ。


 蹄などは残して骨すらも食べてしまったリュウデリアは、空中に浮かべて置いたもう1匹のボアを炎で焼いて、また同じようにバリボリと食べ進める。そして無言。絶対美味しいと思っていないだろうなと思いながら、でも気になるので聞いてみることにした。




「リュウデリア、美味いか?」


「不味い。全く美味くない。よくもまあこんなモノを生で食べていたなと、前の俺を引くくらい不味い」


「でも食べるんだな?」


「食うと言ったのは俺だからな」


「……後悔しているだろう?」


「存分に」


「ふふっ」




 無表情で何も言わず黙々と食べているのに、内心では後悔しているのを考えると面白くて、思わずクスクスと笑った。それなら最初からやらなきゃいいのにと思うが、元の大きさがアレなので、一度腹が減ると相当な量を食べないと満足しないだろう。サイズを落とすついでに食べる量も減らせるようにしているが、それでも全く足りない。


 残念ながら、見ていても美味しそうとも思えないボアの丸焼きを食べ終えたリュウデリア。最後にふぅ……と息を吐いて少しだけだろうが腹が満たされたことに満足した。しかし後味も悪く、不快な肉汁が口の中を支配していたので、大気中の水分を掻き集めて塊にして口に含み、吐き出して口をゆすいだ。


 掌の中に魔法陣を生み出してあるものを取り出す。それは龍の実だった。龍ならば大体の者が大好物であるという黄金に輝く林檎に似た形の果実だ。それを口元に持っていって齧り付いた。




「口直しか?」


「後味が悪くてな。龍の実でなければこれは拭えん」


「美味しいか?」


「美味い。やはり龍の実はとても美味い」


「良かったな」


「苗を寄越した光龍王と、育てたお前には感謝だな」


「水をやっただけで急成長したがな……」




 龍の実を齧ってとても美味そうに食べているリュウデリアを見ていると、ふふっと笑みが溢れる。やはり美味しそうに食べているところを見ていた方が良いと思った。そして龍の実を育てたオリヴィアだが、実はそこまで苦労して育てたわけではない。


 土に植えて水をあげれば育つと光龍王に言われたので、リュウデリア達が戦っている間に試しに植えてみたのだ。必要だろう水も用意して掛けてやれば、目に見えて成長していく。なんだったら植物の形をした魔物だと言われた方が納得するくらいの速度で成長して実を生らした。


 なので、穴を掘って苗を植え、土を被せて適度な水をあげただけで、他は何もしていないのだ。だから育てたことに感謝されても、何とも複雑な気持ちになる。まあそれを言ったところで何かがあるわけでもないので言わないが。


 異空間に成長した龍の実が生る木ごと入れているので、好きなときに食べることが出来る。ただし、異空間には時の流れが無いようなものなので、入れっぱなしにしていると実をつけずに全て食べ終えてしまうことになる。




「今日は結構歩いたな。今は何時だ?」


「太陽の位置からして……17時くらいだな」


「どうする、まだ進むか?」


「俺は構わんがお前は疲れただろう?今日はここまでにするか。丁度木も生えているところまで来たしな。燃やして焚き火でもするか」


「分かった」




 左右に木も生い茂り始めてきたし、暗くもなってきたので進むのはここまでにした。オリヴィアは木の方へ向かい、幹に背中を預けて座り込む。リュウデリアは適当な木を掴んで握ると、尻尾の先に魔力の刃を形成して一振り。木を1本根元から斬った。更に細かく斬って薪に使える大きさにすると、余分なものは異空間へ送った。


 オリヴィアのところへ戻ると適当に作った薪を積み、魔法で炎をつけた。パチパチと音を立てて燃える薪を見つめると、虫が寄ってきてオリヴィアが鬱陶しそうにしているのに気がついた。足下に魔法陣を描くと飛んでいた虫が何処かへ飛んで行く。




「魔法は便利だな」


「基本何でも出来るからな」


「時を止めたりも出来るのか?」


「それは複雑過ぎてまだ出来ないな。その内思い付くかも知れんが」


「……若しかして戦闘中に思い付いた魔法をそのまま撃ったりしているのか?しっかりと出来ているのか確認しないで」


「今更魔法の構築で間違えはせんだろう。思い付いてそのまま撃てば、それはもう俺の魔法だ。不完全も何もない」


「人間は何度も試して失敗を繰り返し、やっとの思いで一つの魔法を創っているらしいが……相変わらずスゴいな」


「龍だからな」


「龍だからか」


「うむ」




 リュウデリアとオリヴィアは他愛ない話をして時間を潰していく。陽はすっかりと落ちて暗くなっている。こんなところで火を焚いて野宿していると魔物に襲われる危険性があるのだが、リュウデリアが居るだけでも超過剰戦力だろう。


 展開された魔法によって邪魔な虫は周囲に居らず、危険な魔物は近づいて来ない。外なのにのんびりとした時間が流れ、夕飯として王都で買っておいた果物を食べた。


 火が小さくなれば薪を追加し、2人だけの時間を過ごす。やがて寝る頃合いの時間になると、オリヴィアがリュウデリアを手招きした。態々立ち上がったことに訝しげにすると、なるほどと察した。腰を上げたオリヴィアが座っていたところに自身が胡座をかいて座ると、膝の上に腰を下ろしてきた。


 自身の胸に背中を預けて座ってくる。腕を腹に巻き付けるようにして抱き締めれば嬉しそうにし、腕の鱗に手を這わせて撫でてくる。リュウデリアは翼を広げてオリヴィアを包み込むと頭を下げて肩に顎を置いた。頭を優しく撫でられる。気持ちの良い感覚を味わいながらそっと目を閉じると、抱き締められているオリヴィアも目を閉じた。




「おやすみ、リュウデリア」


「おやすみ、オリヴィア」




 王都を出発して初日の夜。オリヴィアとリュウデリアは抱き締め、抱き締められながら眠った。人間の国で過ごすのもいいが、こうやって2人で野宿するのもいいと思った。






 外なのに快適な夜を過ごしたリュウデリア達は、起きたらすぐにマルロの領地へ向けて歩き出す。あと2日の道のりであった。






 ──────────────────


 ボア


 猪に似た姿をした魔物。口からは上に向かって牙が生えており、尖らせるために木に擦り付けたりする。突進が主な攻撃方法。肉は硬くて不味い。





 オリヴィア


 リュウデリアに抱き締めてもらおうと思ったら、察してくれたのがスゴく嬉しかった。抱き締められながら寝るのはたまらなく素晴らしい。今度からこうしてもらおうと心に決めた。





 リュウデリア


 ボアの肉は食えたもんじゃなかったが、腹が減ったので仕方なく食べた。本当に不味い。


 オリヴィアが呼んだので察して抱き締めながら眠った。温かくて良い匂いがしたのでぐっすりと眠れた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る