第118話  初めての薬






「──────いらっしゃい。何をお求めで?」


「回復薬だ。1つあればいい」




『ノーレイン』が出て行ったオリヴィア達が来たのは道具屋だった。道具屋とは、冒険者が外に出て戦闘などに使う小道具が売っていたりする店だ。傷薬も売っているので、冒険者や探索者をしていて行ったことが無いという者は殆ど居ない筈だ。元から必要ないオリヴィアなどを除いて。


 傷薬は薬草とその他の材料を混ぜて作る傷に効く薬で、回復薬は大怪我等にも効く薬だ。傷を瞬く間に治すというが、それはあくまで塗った体の回復力を急激に上昇させるものだ。なので死にかけている者等に使った場合、残りの少ない体力を奪ってしまって逆に命を落とすこともある、使いどころを間違えてはならない代物だ。


 そして、何と言っても回復薬はその効果の高さから値が張る。冒険者でもホイホイと買おうとは思わない金額をする。それに対して傷薬は回復薬ほどではないが傷が治り、痛みも軽減してくれて手頃な価格なので大体はそちらを買う。


 道具屋を営む40代くらいの男性は、オリヴィアが回復薬を求めていると言うと少し感嘆とした声を漏らし、カウンターの下から緑色の液体が入った小さな瓶を取り出して見せてきた。思ったよりも変な色をしていたので、フードの中で少し顔を顰めた。




「コレ1つで15万Gはするけど大丈夫かい?」


「あぁ。構わない。ほら、15万Gだ」


「……しっかりいただいたよ。またのお越しをー」




 小さな袋から金貨を15枚取ってカウンターの上にじゃらりと置いた。店主が5枚ずつ固めて3つに分けてしっかりと提示した金があることを確認すると、掌でどうぞ持っていってくれとジェスチャーした。


 緑色の液体が入った小さな瓶を手に取ると、中でちゃぽんと鳴る。重さも大した量は入っていないので軽い。だがこれだけに15万Gもするとなると、違う意味で重いのかも知れない。まあ、彼女達からしてみればまったく響かない代金なのだが。何せ薬草摘みで何十万と稼ぐ者達だ。


 目的は達したので道具屋を出て、診療所に向かう。時間も時間で、辺りは少し暗くなっているので表だっては閉まっている事だろう。急患でない限り中に入ることはできない。当然それは、普通の人間達ならばという前提なのだが。


 ユミが居る病室は一度入ったので知っている。その病室には窓が設置してあるので、外からリュウデリアの魔力操作を使って内側の鍵を開け、窓を開けて中へと入り込む。ユミの他に病室のベッドに寝ている者は居ないので、ゆっくりと目的を果たす事ができる。


 顔中に包帯を巻いて眠っているユミを見ながら、先程買った回復薬の瓶の蓋を外し、掛けようとする。そこでリュウデリアからのストップが入り、少し細工をするという。腕の中に居るリュウデリアに近づけると、手を翳して何かをした。もういいと言っているので、少し疑問を抱きながら瓶の中身をユミの顔に向かって遠慮無くぶちまけた。


 もう掛け方が雑……というツッコミが無いまま、オリヴィア達は10秒ほど待つ。魔力操作で顔に巻かれている包帯を外していくと、下からは傷一つ無いユミの顔が出て来た。回復薬の効力はしっかりと効果を発揮したらしい。まあ、リュウデリアの細工も効いているのだが。




「先は何をしたんだ?」


「うん?なーに大した事ではない。薬の効果を高めるように魔法を掛けただけだ。結果は良好だな。元の効力の10倍に設定した」


「待つ必要が無いくらいの効力だっただろうな。回復薬は値段が張るが、中々の効き目だ。人間も物作りが上手いな」


「部位欠損までは治せんからな。結局オリヴィアの力が最も強い」


「稀少性で言うなら、オレ等よりも段違いでオリヴィアのが上だぜ?」


「治癒の力を……持つ者は……居ない」


「ふふっ。褒めても何も出ないぞ?」




「──────んん……あれ、ここは……」




 オリヴィアとリュウデリア達が話していると、回復薬を顔にぶちまけられて顔中が濡れているユミが目を覚ました。どうやら完全に治ったようだ。濡れていることに少し困惑しているが、自分が今居るのが慣れ親しんだ宿屋『ノーレイン』ではないことに気がついたようだ。


 上半身を起こして両手を見下ろし、何度も殴られた顔にペタペタと触れて傷一つ無いことに驚いている。そして、気配からオリヴィア達の方に顔を向けて、薄暗い部屋に純黒のローブを身に纏った彼女と、6つの黄金の瞳が妖しい光りを放っている光景を目にし、肩をビクリと跳ねさせた。


 だがそこに居るのがオリヴィア達だと分かると、安堵から息を吐き出して和やかな笑みを浮かべた。何となく、自分の事を助けてくれたのが彼女達なのだと分かったのだろう。診療所なのに濡れているし、何かが入っていただろう瓶を握っているのだから誰でも分かるだろうが。




「あの時のお客さんですよね!あの時も助けてくれてありが──────」


「良し、宿に戻るぞ。お前の両親が作った料理よりもお前が作った料理が食べたい気分なんだ」


「えっ……でも勝手に居なくなったら……あれ、いつの間に家に帰ってきてるの??」




「ユミ……?」


「ユミ……っ!あなた顔の傷が……っ!!」


「お父さん……お母さん……っ!!」




 よーし行こう今すぐ行こう!と、オリヴィアがユミの肩に手を置いた瞬間、景色は『ノーレイン』の食堂に変わっていた。瞬間移動初体験に目を白黒としていると、話し声が聞こえてきたので厨房から顔を出したユミの両親達が彼女を目にし、無傷になっていることに涙した。


 駆け寄ってきて2人でユミを抱き締める。意識不明の重体となっていて言葉すら交わせなかったのだ。意識を取り戻して、会話が出来るという事がこれ程嬉しいことだとは思わなかった両親は、キツく抱き締めながら喜びを分かち合った。


 が、そんな場面を見ても何も心に響かないオリヴィアは、爪先で床を叩いて早くするように促す。カツカツと音が聞こえてきて、オリヴィアが早くしろと言わんばかりに見ている事に気がつくと、ユミは流していた涙を袖で拭い、笑みを浮かべて敬礼した。




「ずずっ……えへへ。今ご飯作ってきますね!あ、あとお客さんのお名前を教えてください!」


「私はオリヴィアだ。そしてこっちが使い魔達のリュウちゃん。バルちゃん。クレちゃんだ。この子達はまだまだ食えるから山ほど作ってこい」


「ふふふっ。分かりました!いっぱい作ってきます!」


「ユミ、無理しなくて良いんだからな?病み上がりなんだから……」


「大丈夫だよお父さん!オリヴィアさんのおかげで体が軽いもん!それに助けてもらったからお礼がしたいからさ!」


「ユミ……っ!」




 立派になって……と、涙ぐんでいる父親に笑いかけ、厨房に向かって走っていった。中から炎の魔石を使って火を灯し、フライパンで何かを焼いている音が聞こえてくる。やっと満足できる料理にありつけると思い、適当なテーブルにリュウデリア達を降ろして椅子に座ると、ユミの両親が来て揃って頭を下げた。


 最初は何をするつもりだったのかは分からなかったが、元気になって無傷で帰ってきたユミを見て、助けに行ってくれたのだと理解したのだ。まあ、単純に助けてあげたいというよりも、ユミの作る料理が食べたかったので結果的に助けただけなのだが。


『ノーレイン』に来た時と、今とで何度も頭を下げている両親に、1日に何度頭を下げるつもりなのかと呆れているが、下げている側の両親はこれ以上無いほど感動し、感謝している。大切な一人娘が帰ってきたのだ。喜ばない訳がない。




「何度もありがとうございますっ!」


「これ以上は何とお礼を言ったら良いか……っ!」


「気にするな。コレの金はお前達から貰うがな」


「……?この瓶は?」


「回復薬といってな。使用した者の回復力を大きく向上させて傷を治す為の薬だ。(本当は違うが)私がそこに手を加えて更に効き目を良くした。因みに、値段は15万Gだ」


「15……っ!?」


「あの……私達の店は今客足が減っておりまして……貯えはあるのですが生活するにも税金を払うにも、あまり大金を使う訳には……」


「それについては心配あるまい。すぐに客が戻ってくるようになる。今日か明日辺りには──────」




「──────親父さーん!泊まりたいんだけど部屋空いてるー!?」


「『スター・ヘイラー』に泊まってたんだけどさー、飯や酒が不味いのなんのって!」


「今まで来なくて悪い!いきなり利用しなくなったことには謝るから泊めてくれ!」




「まあ、噂をすれば……とやらだな」




 冒険者でもすぐには手を伸ばせない回復薬の金額を聞いて驚きを露わにする2人。頼んでいないのに……と言うのは簡単だが、そしたら娘が治らなくて、目を覚まさなくても良かったのか?と聞かれてしまう。勿論治った事は嬉しい限りだが、すぐに金を払えるのかと問われればそれは言い淀む。


 だがオリヴィアは心配する必要は無いと言う。というのも、向かいの『スター・ヘイラー』の客足は突如として激減することは知っている。となれば、泊まろうとしている人が次に行こうとするのは、知っている宿屋か、近くにあって目に映った宿屋だ。となれば、この『ノーレイン』は絶好の宿屋という事になる。


 入口から人の声が聞こえてきて、少し呆然としていた父親だったが、相手は久しぶりの複数人の客なので逃すわけにはいかず、急ぎ足で食堂を出て行った。客は以前からこの宿屋を使用していた者達で、今まで『スター・ヘイラー』を使って訪れなかったことに気まずそうにしていたが、また利用させて欲しいという。


 その後も続々と宿泊希望のお客がやって来て、少し列を為していた。最近はずっと客が0だったので、今の光景が夢のようなもので、また少し涙ぐみながら忙しく対応していく。そしてその慌ただしさを聞いていた母親が嬉しそうに微笑み、何処かへ行ったと思ったら袋を持って帰ってきた。




「これ、中に15万G入っています。先程は渋ってしまいすみませんでした。また忙しくなりそうなので今の内にお返ししておきます」


「うむ。確かに。本来の回復薬ならば少し傷跡が残っていたかも知れないが、強化したから傷跡も無い。良い買い物をしたと思っておけ」


「ありがとうございます。是非、この街に居る間はこの宿をお使い下さい。宿泊代金は要りません。娘の命の恩人ですから」


「ほう……ならば利用させてもらう」




「オリヴィアさーん!あとリュウちゃん!バルちゃん!クレちゃん!ご飯できましたよー!」




 母親と話している間に、ユミの調理が終わったようで、厨房から元気な声が聞こえてくる。元気も前と同じだと、母親はクスリと笑って料理を配膳するために厨房へ向かっていった。かなり食べられると言っていたから多めに作ったようで、次々と運び込まれてきた。


 テーブルの上が所狭しと料理によって埋め尽くされる。煮込み料理といった難しくて時間の掛かる料理ではなく、オムライスやパスタなどといった、比較的簡単なものが出される。盛り付けが少し甘かったりするが、それが逆にユミが作ったのだと分かりやすい。


 運ばれてきた料理を早速食べ始める。フォークを使って揚げ立ての唐揚げを1つ取り、一口噛む。相当練習したのだろう、生の部分は無くて、中までしっかりと火が通っている。肉汁もぶわりと溢れてきて、濃すぎない程よい味付けが染み渡る。実に米が欲しくなる優しい味付けだ。


 リュウデリア達もオリヴィアが食べ始めたのを合図に、各々料理を浮かべて口元に運ぶ。唐揚げも大きく口を開けて一口で食べて、熱そうにしながら噛んで飲み込んだ。美味そうに目を細めていて、見るからに満足そうだ。




「美味いな。ちょうどこれが食べたかった」


「あの子……私達が居ない間に練習していたのね……」


「そのようだな。しかしこれからは忙しくなるだろう。精々成長した姿を見逃さないことだ」


「はい。本当に、ありがとうございました」


「あぁ」




 母親からの感謝の言葉を適当に受け取り、ユミの作った料理を食べ進めていった。厨房ではユミがまだまだ料理を忙しそうに作っている。命の恩人なのだから、いっぱい食べて欲しいという思いが伝わってくるのだ。殆どの大量の料理は3匹の使い魔の腹の中に収まっていくのだが。


 結局、宿の買い置きしていた材料の殆どを使って料理を提供したが、全部綺麗に食べてしまった。オリヴィアは満足できる量を食べたので満足だが、本当は腹ぺこ龍達に食い尽くされてしまっていた。


 大量の皿がテーブルの上に並び、提供した料理を全部食べてくれたのだと、肩で息をしていたユミが厨房から出て来て、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。診療所で目を覚ましてすぐに料理をすることになったが、それでも作っている最中のユミは楽しそうだった。






 最後までずっと感謝されながら与えられた部屋に入って風呂に入り、歯を磨き、眠りについた。明日は何があるのだろうかという思いを浮かべながら。






 ──────────────────



 道具屋


 傷薬や回復薬が置かれている店。主に冒険者や探索者が買うような小道具などが売っている。





 ユミ


 診療所で眠っていたら、回復薬(強)を顔にぶちまけられた。起きたら顔の傷が無くなっているので驚いていたのだが、あまり驚いている暇も無く両親と再会し、めちゃくちゃ料理作らされた。けど、楽しかったし恩返しと思えば嬉しかった。


 料理の腕が上達していると両親に褒めてもらえた。唐揚げ200個くらい揚げたので多分マスターした。





 ユミの両親


 店に出たかと思えば、突如無傷のユミがやって来たので感動した。女の子なのに顔に傷が残ると言われていたので嫁に出せるかと不安になったが、傷跡すら無かったので万々歳。金を徴収されるのはビックリしたが、むしろ払うべきだと思った。





 龍ズ


 リュウデリアは回復薬の効力を強化できるか実験してみたかったので、試しにやってみただけ。ユミの傷を憐れんでやった訳じゃない。勘違いしないでよね!


 ユミが作った数々の料理の中で、唐揚げとだし巻き卵が美味いと思った。唐揚げに関しては200個も作ってもらった。勿論、残さず食べた。





 オリヴィア


 治癒の力で治したら、どうやって治したのかと聞かれた場合言葉に詰まると思い、回復薬を購入して使用した。金は元から貰うつもりだった。


 よく、主人公が隠してる力を使って「誰にも言わないでほしい」とかやるけど、この小説のヒロインは教えるつもりが無いなら徹底的に教えない。というか、特別な場合を除いて使わない。




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