純黒なる殲滅龍の戦記物語

キャラメル太郎

第1章

第1話  黒龍の産声



 りゅう……それはこの世に蔓延る多種多様な種族の一つ。人間の背を大きく超え、強靭な肉体に鋭利な爪、鋭い牙を持ち、持ち前の翼で大空を駆け抜けて制空権を牛耳る。そしてその体に膨大な魔力を宿し、魔法を巧みに扱う。寿命も異様に長く、万年生きるとも言われている。そんな存在が強くないわけがなく、この世で龍は最強の存在であるとされていた。


 だが、龍は最強であるからこそ、斃した場合の名声が計り知れない。歴史に名を残すような英雄や伝説的存在のその多くは、その一生の中で龍と出会い、戦い、殺し合い、打ち破った。謂わば強くなった者の通過点にされることがある。そういった話があるから、我こそはと龍に挑まんとする存在も居る。中には龍を斃したのだと、嘘を並べるものさえ居た。


 では世の者共よ、龍がこの世で最も強く、気高い存在というのであれば、その龍という最強の種族の中でも頂点の存在を前にして斃すと、斃せると同じ言葉を吐くことが出来るか?やってみせると息巻く事が出来るのか?


 これは異世界へ転生して尋常ならざる力を手に入れ、人々からも称賛を浴びながら数多の女に囲われる話では無い。最強の黒龍と謳われ、畏れられ、崇拝すらされる、とある一匹の龍の物語である。





















































 人は醜い。期待していたものではなかった。目障りになった。最初から望んで等いなかった。そんな理由で我が子を捨てる。何でも無いように、まるでゴミを捨てるかのように。中には我が子をその手に掛ける者すら居る。しかし、そんな醜い行動が果たして、他の種族には当て嵌まらない…何てことはあるだろうか?否。断じて否である。


 動物は我が子であろうと不要となれば躊躇いも無く捨てる。見上げるほど高い場所に出来た巣からも落とす。不要。要らない。そういった理由は腹を痛めてまで産んだ新たな生命を捨てる理由になり得てしまう。故に、空を飛べる種族なのに、空を飛べない幼い龍の子が大空を舞い落ちていても不思議ではないということだ。




「……………──────。」




 全身を純黒の鱗に覆う体。生まれて間もないというのに声一つあげること無く、小さな黒龍は無感情とも言える表情のまま大空を自由落下して落ちて行っていた。だが黒龍の姿形が他とは似て非なるものだった。龍は基本四足移動する、最も認知されていた姿だった。しかしこの黒龍は人のように立って二足歩行で歩くことが出来る形をしていた。長い腕や脚。龍らしい長い尻尾。他と比べてスリムな見た目。そして何と言っても、生まれて間もないにも拘わらずその身に宿す破滅的に莫大な魔力。


 混じり気の無い純黒の鱗と、龍からしてみれば人に似た姿をした異形。身の毛も弥立つ莫大な魔力。それだけでこの黒龍は実の両親から愛を受けること無く、直ぐに捨てられてしまった。地面が近付いてくる。それでも黒龍は身動き一つしなかった。本能で自身を守るような体勢は取れる。それでも黒龍は動かなかった。




 遙か上空から落とされただけで、それが自身を傷付ける事は有り得ないと、発達していない脳が理解していたからだ。




 辺り一帯に鳴り響く落下音。木々を薙ぎ倒し、地に蜘蛛の巣状の亀裂を刻み込みながら、黒龍は地面に激突した。朦々と立ち上る砂煙。一寸先の前すら見えない程の砂が舞い上がり、風が吹いて少しずつ晴れてきた。見えてきたのは中心に向かうにつれて損傷が激しく砕けていく地面。そして両脚で立っている黒龍だった。


 体を守るために防御の姿勢に入るのでは無く、唯両脚から着地したのだ。本来ならば落下速度に肉体が耐えきれず潰れて絶命してもおかしくないというのに、生まれて間もない、発達のハの字すら起きていない未熟な肉体で衝撃に耐えきった。


 両の脚で立ち、両の掌を見つめる。細くしなやかな指だ。他の龍は物を掴むことなど出来ないだろう形をしているのに、黒龍の手は人間のような形をしていた。暫しの間黒龍は自身の手を見つめ、開いて閉じてを繰り返した。そしておもむろに足元にあった拳大の大きさの石を掴むと、少しだけ力を込めた。するとどうだろう。拳大の決して脆くはない石は粉々に砕け、掌の中で砂状になった。


 黒龍は無感情に一連の工程を見ていたが、まだ何の知識も無いので思うことは無い。砂と化した石を手を振って払うと周囲を見渡した。落ちてきた衝撃でその場に立っていた木々は折れて砕けてしまっているが、それでも黒龍の降り立った場所は森の中で違いなかった。姿形は少し違えど、龍として生まれたことによって持っている並外れた聴覚が数多くの音を拾う。その中でも重く響くような足音が一つ、真っ直ぐこちらへ向かっていた。




「グルルルルルルルルル…………」


「………………………。」




 森の中から、黒龍が着地したことによって円形に何も無くなってしまった所へやって来たのは、虎の姿をした魔物だった。だが虎と言っても4メートルはあろうかという程の大きさだ。人が出会えば見上げる大きさだろう。涎を垂らし、血走った目は食い物を求める空腹な獣のそれだろう。その二つの目は黒龍を捉えて離さない。黒龍からは純黒の魔力が漏れ出ているのだが、空腹が過ぎる魔物はそんなことはどうでもいいと言わんばかりだ。


 虎のような魔物はゆっくりと黒龍へと近づく。だが次第にその顔は上を向くこととなった。虎の姿をした魔物は4メートルはある大きさだ。確かに大きいのだろう。しかし黒龍はそれを更に上回る6メートルはあるだろう背丈を持っている。


 龍とは総じて大きい生物だ。嘘か誠か、嘗ては大陸と間違う程の大きさを持つ龍も居たとされている程だ。ならば生まれたばかりとはいえ、それ程の大きさを持っていても何らおかしくはない。


 虎の姿をした魔物はたじろぐ。流石に見上げなければならない相手となると分が悪いと今更になって判断したのだろう。しかし魔物はそうでも、黒龍は違う。この世界に生み落とされてすぐ捨てられ、落ちてきてから何も食べておらず、口に出来る物をまだ見つけてすらいなかった。謂わばこの魔物は黒龍にとっての初めての食い物。逃がすつもりは毛頭無かった。


 緊張が奔る。顔を顰めて如何するか悩んでいた魔物は、意を決して黒龍へと突進した。虎のような姿をしていて見かけ倒しということはなく、四肢を曲げて姿勢を低くし、強靭な筋肉のバネを利用して飛び掛かった。




「──────■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「…………………ッ!!」




 爆音に思える咆哮を上げながら、身長差2メートルを物ともしない跳びかかりを見せて黒龍の頭上から狙った。黒龍は動かない。まだ射程範囲内に入っていないと解っているからだ。黒龍は魔物を見る。縦に裂けた黄金の瞳で。すると魔物の動きがまるで遅緩しているようにゆっくりとなった。


 並外れた動体視力が生んだ遅緩する世界である。そして魔物がゆっくりと向かってきて、射程範囲内に入ったその瞬間、魔物の首に手を掛けて宙吊りにした。魔物は瞬きをするに等しい刹那の瞬間に捉えられた事に混乱し、次いで気管が圧迫されて起こる息苦しさに藻掻いていた。黒龍は暴れる魔物を見ながら、首を掴む手に力を更に加えていく。





 ─────────ごきん。





 魔物の首から骨が折れる音がしてから、魔物は抵抗も無く、そして力無く黒龍の手によって宙吊りとなった。黒龍は暫く動かなくなった魔物を見つめていたが、死んだのだと理解した途端、魔物を掴んでいる腕を振り上げ、足元の地面に魔物の頭を叩き付けた。


 瞬間、黒龍が大空から地面に着地した時よりも大きな轟音を響かせ、大地を陥没させた。隕石が衝突したようなクレーターを生み出し、魔物の頭は耐えきれることは無く弾け飛んでいた。頭を失った体は大地に横になり、黒龍は魔物の血に塗れた自身の手を見つめ、口を開いて長い舌を出し、血を舐めた。舌を口の中に引っ込め、口内で血を味わう。ごくりと喉を鳴らしながら嚥下した黒龍は、頭を失った魔物の死体を見る。


 黒龍は尻尾を使って体のバランスを取りながらしゃがみ込み、魔物の死体を掴み、大きな口を開いて鋭い牙を覗かせ、魔物の体に牙を突き立てた。ぞぶりと皮や筋肉を引き千切り、口の形に肉を抉り取った。口の中に広がる血と生肉の味は初めての経験だ。故に旨いも不味いも無い。ただ空腹を満たす為だけに食事を続けた。


 黒龍は一心不乱に魔物の肉を貪る。4メートルを越える巨大な魔物の肉は次第に黒龍の腹の中へと収められていき、最後には骨だけとなってそこら辺へと投げ捨てられた。口元の大量の血を拭うこともせず、黒龍は慣れない動作でしゃがんだ状態から立ち上がり、空を見上げる。






「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」






 聞く者の耳を劈くような大きな声で、日が沈みかけた夕暮れの大空へと咆哮した。体中から撒き散らされる純黒の魔力は大地を侵蝕し、木々や小さな生物の命を貪る。この世界に生み落とされ、要らぬとばかりに捨てられ、身寄りも無く味方も居ない孤独な黒龍。






 だがこの瞬間、野放しにするには余りに強大すぎる存在が、確かに産声を上げたのだ。







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