第144話  向かう神






「──────なァに無視かましてンだこのクソ犬がゴラァッ!!疲れたからおやつタイムってかッ!?舐め腐ンのも大概にしとけ畜生がッ!!」


「■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!」




 無理矢理の荒業で別の場所へ転移させられたクレア達は、何の目的があってかは知らないが、突如として無差別に広範囲の攻撃を繰り返し、近くの村に住んでいた神々を襲って食い散らかす獣を見ていた。


 戦っていたのに、何者かに横槍入れられた訳でもなく、他でもない獣によって戦いが中断され、それも自身の方は一切見ていないという状況に、クレアは全身から魔力を漲らせた。怒りの感情に魔力が反応して膨れ上がる。


 感情と魔力は密接な関係があると言われている最も足る状況だろう。そして魔力を漲らせたクレアは、完全に無視して神を喰らうことに集中している獣に怒鳴り声を叩き付けながら、手を翳して竜巻を細くして一直線に差し向けた。


 貫通力にも優れた、触れたものを斬り刻む竜巻が飛んできた事に気がついて退避する獣。避けた先にはまだ逃げている神々が居り、運が悪くも竜巻の餌食となってしまった。しかし不幸中の幸いに、滅神の魔法陣を刻んでいなかったので消滅することはなかった。


 獣が避け、神々を刻み殺し、それでも突き進んでいった竜巻の槍は遠方に見えた小さな山に到達して風穴を開けた。直径は20メートル程だろうか。円形に刳り貫かれた山の貫通したところを見れば、当たってさえいれば獣も同じようになっていたことだろう。


 これ以上は無視をして神を喰らう事が出来ないと察してか、神を追うことはやめてクレアの方に向き直る。こちらに意識が向いたとしても苛立ちは消えない。自身を無視したということに変わりは無いからだ。




「煽りの天才かァ?1発でドタマにきたぜ☆」


「■■■■■■■……ッ!!」


「クソボケが。皮剥いで剥製にしてやンよ」




 クレアと獣の両者の足下に、巨大な魔法陣が包み込むように展開された。捲き起こるは蒼風。2つの影は蒼き風によって呑み込まれて消えていき、内部で爆発音が響いた。























「荒れてるな、クレアは」


「先程……完全に……無視……されていた。それで……怒っても……仕方ない」


「竜巻で山に穴が開いたぞ」


「ふぅ……ふぅ……お腹に少し余裕が出てきた……。んんっ、それよりも逃げていた神を巻き込んでましたよね!?」


「足の遅い神が悪いだろう」


「そんな訳ないでしょう!?」




 大量の水を飲まされていたシモォナが落ち着く為に大きく深呼吸をして、腹に余裕が出来てから抗議の声を上げた。獣との戦いで現在進行形により周囲を破壊しまくっているクレアに言いたいことが山とあった。まず最初に竜巻で山を刳り貫いたのがダメだったらしい。次に神を殺したこと。


 殺してしまったことは、滅神の魔法陣を刻んでいなかったので復活出来たことを加味して百歩譲ってまあ良いとしても、無闇矢鱈に周囲を壊して欲しくないようだ。まあ、その声は無下にされるのがオチだ。別に友でもないのに言うことを聞いてくれる訳がないのだから。


 獣と戦っているクレアから少し離れて観戦しているリュウデリア達。獣の狙いが良く解っていないので取り敢えず様子見も兼ねて観戦している。しかし念の為にという事でオリヴィアとシモォナの傍には2匹が控えて護衛をしている。神を殺せる力を持っているので、万が一をされると困るのだ。


 特にリュウデリアの前でオリヴィアが殺されたりしたら堪ったものではない。獣が神界を滅ぼす前にリュウデリアが神界を滅ぼしかねない。なので護衛をしつつ、少し不明確な獣について考えていた。瞬間移動はこの際もういい。問題は、警戒すべき筈のクレアに背を向けてまで神を喰っていたのかということだ。




「バルガス」


「……?」


「何故奴は……あの獣はクレアを無視して神を喰ったのだと思う」


「喰わねば……ならん……理由が……あった……と……思うが」


「その理由は何だ?傷を癒すのかと思ったが、そんな様子は無い。命の奪い合いで突然空腹だからと飯にありついた訳でもあるまい。あのタイミングは不自然だ」


「まだ……解らない」


「ふぅむ……」




 隣に居るバルガスに問い掛けながら自身の頭の中でも整理していく。が、思い付くことがない。まあそれも仕方ないのかも知れない。獣と邂逅してからそう時間が経っていないのだし、生体についても不明だ。故に出てくるのは臆測のみ。


 さて、どうして神を襲ったのだろうか……と深く考えようとしたその時、遠くから無骨な氷の槍が飛来した。数にして2本。飛来してくる事を察知したリュウデリアとバルガスは正面から殴り壊した。粉々になった氷の槍は、全長100メートルはあった。投げ付けた犯人はすぐに解る。獣の端末だった。


 獣から出された4体の端末の内、2体がリュウデリア達に向かってきていた。攻撃してきたのはその内の1匹だ。もう残りの2匹は瞬間移動をして転々と移動をしながら神を見つけては殺し、環境を破壊して回っていた。


 今になって何故端末を向かわせて狙ってくるのかはまたも解らないが、向かってくるならば殺すのみ。念の為にオリヴィアとシモォナを魔力障壁で覆って外からの攻撃に晒されないようにし、リュウデリアとバルガスは並んでやって来た獣の端末と睨み合う。




「良かったなバルガス。端末とはいえ獣と殺し合えるぞ」


「いくらか……弱体化……しているが……この際は……仕方ない」


「……あ。獣が神を喰い殺している理由が解った」


「随分と……脈絡が……無いが」


「いや、何となく頭の中に出てきた。ほらあれだ、獣は多種多様な力を使っているだろう?ならば神を喰っていたのは、権能を奪う為だったのではないか?」


「なるほど……それだ」


「そうだろう?」




 戦っている最中のクレアが先に気がついたことを、遅れながらリュウデリアも気がついた。それならば何となく合っている気がする……と。この事に気がつけば、何だか獣が先程よりも面白い存在に思えてくる。


 基本1つの権能しか持たない神との戦いよりも、単体で幾つもの権能を使ってくる相手と戦えるのだ。これで相手が本体だったらもっと良かったのだが、贅沢は言っていられないだろう。なのでこっちはこっちで楽しもうと思い、彼等は嗤った。

























「──────ほう。少し遠いが、強い気配がするな」




 とある場所にて、豪華な椅子に座った四十代くらいながら非常に整った顔立ちをした男の神が呟いた。男神が居るところから数百キロ離れたところで何か強い気配が複数あると感知したのだ。ここ最近はつまらない奴等ばかりで飽き飽きしていた男神は、座っていた豪華な椅子から立ち上がった。


 服に付いている真っ赤なマントを靡かせながら部屋を出て行く。長い廊下を歩いていると召使いの神々が、男神に向かって深々と頭を下げて道を譲った。それに何の反応も示すことなく堂々と廊下を歩いていき、自身が居る殿から出て行くための廊下を進んでいく。


 すると、廊下ですれ違う召使いとは少し違った雰囲気をした男の神が、進んでいる廊下の向こうからやって来た。男神ははぁ……と溜め息をあからさまにつくと、その姿を見た男神がむっとした表情になって早足で近寄ってきた。




「今私の顔を見て溜め息を溢しましたよね?」


「面倒な奴に会ったと思ったからな」


「そう思うのは、あなたが仕事を放って何処かに行こうとしているからです!の自覚を持ってくださいと何度も……っ!」


「だからこそ自由に生きているんだろう。私は今、気になることを見つけたが故に、少し行ってくる。邪魔はするなよ」


「仕事はどうするんですか!?」


「帰ってきてからだ。これは最高神である私の決定だ。異論は許さん」


「それは流石に見過ごせませんっ!仕事を……はぁ」




 最高神と言われた男神の傍にやって来ていた男神は、秘書のようなものだった。召使い達が一様に頭を深々と下げている中で、彼だけが正面から文句を言っている。最高神も男神の言葉を右から左に流しながら聞いていて、最後は静止をされる前にその場から消えてしまった。


 最高神としての仕事を放棄しがちな神なので、よく頭を悩まさせられている。はぁ……と溜め息を溢して、権能を使用した。ふわりと浮かび上がる体。ポケットのところから鎖が繋がった、先に小さな球体が付いている道具を取り出して真下に向けて垂らす。


 すると、球体はある方向に向かって引き寄せられていく。この道具は、よく仕事を放棄して姿をくらます最高神を見つけるため、特別に造ってもらった最高神が居る方向を指し示すものだ。何度もこの道具に頼ってきているので慣れたものだ。


 秘書の男はもう一度溜め息を溢してからその場から飛んでいった。召使い達に上を通っていくことを謝罪しながら飛んでいき、宮殿を出て空に飛んでいった。最高神に追い付く事は出来ないが、きっと辿り着いたところに着くことは出来るだろう。まだやってもらわねばならない仕事があるので、早く連れ帰らねばと意気込むのだった。


 一方で最高神は、追い掛けている秘書の男神よりも5倍近い速度で飛行していた。目指すは強大な気配のする場所だ。しかし先程までは強い気配がするな……と思っていた程度だったが、近づいていくにつれて強すぎる気配に眉を顰め、やがては禍々しさに表情を無くした。


 これは最近でも見なかった害有るものの気配だ。明らかに強いだけではない。放っておけばマズいことになると直感させられる類のものだ。ふとそこであることを思い出す。自身が居る宮殿からかなり遠く離れたところでは、何かよく解らない存在が暴れているという。そんな噂を耳にした。


 まさかそれか?と疑問に思う。まあ兎にも角にも、この禍々しい気配の主は、自身がどうにかせねばなるまいと決心する。帰ったら最高神としての仕事が待っているというのに、今からまた舞い込んできた仕事をしなくてはならないという。辞められるならば即座に最高神は辞めて、自由気ままに過ごしたいと思った。




「これ程の禍々しい気配を放って置いたとなれば、また口うるさく言われかねんな。追い掛けている事もある、さっさと片付けてしまおう」




 最高神の脳裏に口うるさく説教をしてくる秘書の男が映し出された。それは是非とも勘弁願いたいので、見つかって仕事を放棄しているのかと怒られる前にさっさと処分してしまおうと固く誓うのだった。
























 所変わってクレア達の方では、相手にしている獣を追い詰めようとしていた。端末を創るために分裂したことで、タダでさえ少し押されていたパワーバランスが崩れてしまったのだ。少しとはいえ、端末を創ったことで起こる弱体化。


 だがそんな状態で容易に勝てるクレアではない。むしろ弱くなったことで折角楽しんでいた戦いが少し物足りなくなってきたので、怒りが湧いてきて攻撃が強くなっていく。結果、本体である獣はクレアの魔法に押されていた。




「瞬間移動なンざやってても意味ねェぜ!?もう慣れてきてっからなァッ!!」


「■■■■■■■■■……ッ!!」




 蒼い魔法陣を展開して蒼い風の槍を射出した。獣は避けるために瞬間移動をしたのだが、爆風を後ろから当てることで加速して速度を上げ、瞬間移動し終えた獣の元へと飛んでいった。そして右腕を振りかぶって頬を殴り付けた。


 10倍以上の体格差を感じさせない威力で殴られ、獣は顔を弾かれて地面に倒れ込んだ。口の中にある鋭利な牙が何本か折れて吐き出し、血も一緒に流す。血の味を味わいながらゆっくりと立ち上がった。頬を殴られた衝撃が脳まで微かに届いて蹈鞴を踏んだ。


 唸り声を上げながら今度こそしっかりと立ち上がって睨み付けると、クレアは翼を使って飛びながら、握り込んだ拳に手の平を当ててばきりと関節を鳴らした。まだまだこんなものじゃない。そう語っているような、攻撃的な気配だ。まだ無視されたことの怒りが治まっていないらしい。


 獣は思考を巡らせる。コイツらをどうやれば殺せるのかと。今の自身にはこの小さな奴等を倒せるだけの力が無い。だから少し弱くなる事も考慮しつつ端末を創り出して神を喰わせて蓄えさせているのだ。神を喰い殺せば権能をそのまま奪い取ることが出来る。つまりその場ですぐに強くなれる。


 だから喰っているのだが、今のところ権能を持った神は居ない。権能持ちの神はそこらに居る訳ではないのだ。いつもならばすぐに見つけられるのだが、運が悪いことに此処等には居なかった。仕方ないので瞬間移動を使って別の所に行き、神を喰ってからまた戻ってくるか……?と考えた獣は、此方の方……厳密に言えば暴れさせている端末の方へ向かう強い気配を感じ取った。






 本体と戦うクレア。端末と戦うリュウデリアとバルガス。見守るオリヴィアとシモォナ。そして、暴れる端末の元へ向かっている最高神。この戦いはこれから、どうなっていくのだろうか。






 ──────────────────




 最高神


 デヴィノスではないぞ!





 獣


 神を喰らうことで力を蓄えてリュウデリア達を殺そうとしているが、権能持ちが中々居ない。





 龍ズ


 クレアは獣が神を喰っている理由に気がついたが、リュウデリア達は後になって気がついた。


 端末が他を襲っているのは解っているが、まあ別に壊されて困るものは神界にないのでいいかと、放置している。





 オリヴィア&シモォナ


 リュウデリアが張ってくれている魔力障壁の中で大人しく見て観戦している。


 シモォナは周りが破壊されていくことにアワアワしている。




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