第143話  距離稼ぎ






「──────がはッ……ッ!ぷっ……ははッ!おー、痛ってェ。魔力障壁張らなくて正解だったぜオラァッ!!」


「──────ッ!!■■■■■■■■■ッ!!」




「ははッ。獣と龍が暴れてる暴れてる」


「実に……楽しそうに……戦う……ものだ。羨ましい……私も……やりたかった」


「獣に狙われた者が戦うと3匹で決めたんだろう?今回はクレアに譲ってやれ」




 熾烈な戦いが繰り広げられているのを、魔力障壁越しから観戦しているリュウデリア達一行、実に楽しそうに戦うクレアに高揚しているなと感じた。


 最近強い者が居なかったので、フラストレーションが溜まっていたこともあり、神界だからという理由もあるが好きなように戦っていた。相手の獣が巨体を誇るということも加味されて、大規模な竜巻が地上を脅かす勢いで発生している。


 天候も変わってしまった。今は嵐だ。黒い雲がリュウデリア達の上を覆い尽くしている。大粒の雨が降り注いで、場所によっては濁流が発生していた。雷も轟いていて、まさしく轟嵐といった具合か。二つ名に嵐が入るだけのことがあるクレアの激しい戦いぶりだった。


 残念ながら、獣が現れる前にちょっと前にプチ会議を行った。それはこれから殺しにやって来るだろう獣の相手を誰がするかというものだった。単純に強い奴と殺し合いたい3匹は同時に名乗り上げて立候補。結果、獣が一番最初に襲ってきた者が相手をするということになった。


 既に一度戦っているリュウデリアはズルいという話もあったが、端末だったのでノーカウントだとゴリ押し、選ばれる権利を奪い取った。まあ結局の所クレアが選ばれてしまったので何の意味も無いのだが。




「そういえば、神々の国をいくつか滅ぼした際に回収した食い物があるぞ。食うか?」


「カミガミノクニヲイクツカホロボシタ??」


「ほう……では……貰おう。……?これは……何の……干し肉だ?」


「全く解らん」


「それは……ダメだ。私も解らん」


「取り敢えず美味かったぞ」


「ちょっと待って下さい!国を滅ぼしたんですか!?」


「何だ喧しい。滅ぼしたと言っても王都だけだ。その他は知らん」


「1番滅ぼしてはいけないところですよッ!!」




 異空間から何かの干し肉、1メートル相当の大きいものを取り出してバルガスに手渡し、小さく千切られた別の物をオリヴィアと一応シモォナにも渡した。リュウデリアも自身の分を取り出して口に咥え、力で無理矢理引き千切って食べ始めた。


 ずっと立って観戦しているのも……という事で、その辺にあった木を斬り倒して輪切りにし、椅子代わりにした物の上に座っている。そこでバルガスに渡した物と同じ1メートル近い大きな干し肉を両手で持って引き千切りながら食べているリュウデリアの元へ、干し肉片手に詰め寄るのがシモォナだった。


 絶対に聞き捨てならない言葉が聞こえたので確認するために詰め寄って聞き出そうとするが、細かい説明する気が無いのかそっぽを向いて干し肉を食べ続ける始末。何となくそんな感じはしていた。何せはぐれたリュウデリアにはストッパーが居なかったのだから。


 バルガスとクレアも滅ぼしていく方針でやっていたが、シモォナの懸命な説得によってどうにか攻撃的な行動に待ったを掛けられていたのだ。それもかなり不承不承といった形で。なのにそんな仲間が居るリュウデリアが1匹だけ穏便に話を進めるとは思えなかった。故に、これはある意味で嫌な予想通りだった。




「いくつですか!?一体いくつの国をふぐっ!?」


「折角お前にもくれてやった干し肉だ。ありがたく食え」


ふひい口におひほははひへふははひ押し込まないでください!」


「何?水が欲しい?仕方ない、折ったら水が理解不能なほど出てくる枝もくれてやろう。ほれ」


「ん──────っ!!!!」




 いつまでも近くで大きな声を出して説明を要求してくるので、鬱陶しくなってシモォナの手に握られている干し肉を奪い取り、無理矢理口の中に全部入れてやった。逃げられないように尻尾を腰にぐるりと巻き付けるおまけ付きで。


 腕力では何があろうと勝てないので、手首を掴んで口から離れさせようとして格闘していても無駄である。それどころか口の中が割と一杯一杯なのに、折ると大量の水を流し出す枝を突っ込まれて、口を開けられないように隙間を手で塞がれてしまったので大変だ。


 干し肉を全然飲み込めていないのに水まで追加されてしまったので、頬が破ける勢いで膨らんでいってしまい、逃げることも水が出る枝も離させる事も出来ないので、必死な思いで飲み込んでいくが、干し肉が少し喉につっかえてしまったので嚥下が止まり、結果シモォナは盛大に噎せた。




「んぶふッ……げほっげほっ……うぅ……げほっ」


「おいおい。食い物を粗末にするな愚か者。龍である俺ですら狩ったら全部食っているんだぞ」


「ひゅっ……けほっ……誰の所為ですか誰の!」


「まるで……噴水のような……一場面……だったな……8点」


「それは何点満点だ?」


「100点……満点……でだ」


「とのことだ、食い物のありがたみを知らん神、シモォナよ」


「吐いた水の飛び方に点数を付けないでください!もぅ!……はぁ。オリヴィアさん……」


「うん?すまんが、私が貰った干し肉は食べ終わってしまったぞ」


「干し肉の話ではないですよ!?あっ、待って干し肉はもう……っ!水も要らな……んーっ!?」




 腰に巻き付いた尻尾がまだだった。お陰で2回戦目をやらされる事になり、一度経験したので干し肉が喉に詰まる前にさっさと噛んで柔らかくしておき、口に突っ込まれた枝から流れ出る水で流し込んだ。ごきゅっ、ごきゅっ……と、良い嚥下音を立てながら最後は全部飲み込み、おぉー……と、その場で欲しくもない拍手を貰った。


 漸く尻尾から解放されたので、シモォナはその場で両手両膝を地に付けて吐き気に耐えていた。未だ嘗てここまで腹が一杯になったことはない。しかもその殆どが水である。少し動く度に腹の中がたぷたぷとして気持ち悪い。


 吐き気を堪えながら顔を上げると、リュウデリアが折った水が出る枝を口先に咥えて上を向いており、出てくる水を何の苦もなく余裕そうに飲んでいた。良く見たら隣のバルガスも同じようにして飲んでいる。オリヴィアは小さいものを渡されているので、折っても程良い量しか出て来なかった。この扱いの差である。


 吐き出しそうな嘔吐感をどうにか飲み込む。一度口から吐き出したとはいえ、自身も女だ。他者の前で胃に入れた物を吐き出したくはない。と、いうのに、リュウデリアが尻尾の先でぷっくりと膨れてしまった腹をツンツンと突いてくるので口を手で覆いながら顔色を青くした。




「うん?吐くのか?今度は一度胃に入れた物をぶちまけるのか?何という奴だ、神とはいえ女だろうに他者の前で吐き出そうとするとは。プライドは無いのか?」


「……っ……うっぷ……っ。お腹……突っつか……ないでぇっ」


「今度は……何点に……なる……だろうか」


「尻尾を巻き付けて絞り出してみるか?さぞや高く吹き上がるだろう」


「──────っ!!」


「……ん?リュウデリア、バルガス。クレアと獣が少しずつこっちに来ているぞ」


「何?」




 スルリと純黒の鱗に覆われた尻尾が巻き付いてきたので、女としての自身の死を確信したシモォナだったが、戦闘中のクレアと獣が少しずつこちらにやって来ていた事に気がついたオリヴィアの一言によって止められた。ホッとしながら吐き気に耐えているシモォナを放ってリュウデリアとバルガスがクレア達に視線を向け直す。


 視線を向けた先には、確かにぶつかり合いながらこちらに移動してきているクレアと獣が居た。殴り合って吹き飛び、再び向かっていったり、瞬間移動をする獣を追い掛けたりしながらやって来る。一応魔力障壁は使っているが、オリヴィアやシモォナが居るので念の為に離れて戦うようにと決めていた。


 遠距離攻撃が飛んできた場合などは仕方ないという事にしているが、それ以外は離れるように3匹で決めた。にも拘わらずこちらに向かって来ているので、まさか戦いに夢中で決めた事を忘れたのか?と思ったがどうやらそれは違うらしい。


 というのも、獣と戦っている最中のクレアが、時々こちらを見ているのだ。まるでそっちに行かせるのはマズいのに行ってしまうという感じに。爆風を叩き付けて距離を取らせようとしたが、瞬間移動で避けられてしまうので思うように距離を取らせることに失敗している。


 そして、クレアがどうにか離れさせようとするのは失敗に終わり、獣がすぐそこまでやって来ていた。仕方ないからこちらが離れてやろうと思ってオリヴィア達に声を掛けたその瞬間、獣が咆哮を上げて全方位に衝撃波を撒き散らした。その威力に地面が下の方から抉れ飛んでしまい、リュウデリア達は魔力障壁を張った状態で宙に飛ばされた。




「ぅおっ……あの獣はどうしたというのだ」


「さてな。目的が解らん」


「明らかに……これを……する為に……近づいて……来ていたと……思う」


「うぷっ……この揺れは……っ」




「やっべ。アイツ等巻き込んじまった。オイこのクソ犬ッ!意味のねェことしてンじゃねーよッ!」


「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


「……あ?」




 魔力障壁を展開したまま宙に吹き飛ばされたリュウデリア達は、獣が何をしたいのかイマイチ理解が出来なかった。そしてクレアも、巻き込むつもりは無かったのに、明らかに態と彼等の方へ向かっていく獣に訝しげだった。だが獣のある変化を見て更に訝しげな感情を抱く。


 体から生えてくるようにもう一体の獣が現れたのだ。自身の分身体である端末だ。少しだけ本体の気配が小さくなったのを感じ取り、何がしたいのかと思ったが、本体の獣が向かってきたのを見て取り敢えずの思考を止めた。そして繰り出されるのは巨体を生かした体当たりだった。


 そんな体当たりを受け止めてやろうと、前方に風の結界を形成したところ、獣は瞬間移動をしてその場から消え、背後から突然に体当たりで襲ってきた。そう来たからと思いながら真面に受けるクレアだったが、その時に違和感を感じた。


 そして気がつく。今まで散々戦っていた事で破壊されていた周囲が消えているのだ。自分達を包んでいた嵐も無くなり、空を覆っていた雷雲すらも陰すら見えない。故に悟った。此処は先程まで居たところではなく、全く別の場所であると。


 体当たりの衝撃を風を使って殺して減速しながら周囲に目をやると、他のところに薄黒い魔力障壁に包まれたリュウデリア達も居た。どうやら端末の獣が向かって行って同じように体当たりをし、この場に瞬間移動をさせて連れて来たようだった。




「ッたくよォ。お前何がしてェンだっつーの」




 自身の強さを恐れて加戦を防ぐために分断ならば話は解るが、一緒の場所に連れて来る事に何の意味があるというのか。と、考えはしたものの、なるほどなと納得した。


 獣の目的は、推測の域を出ないが恐らく離れさせることだ。警戒故の瞬間移動での連行。何から?妊娠している番からだ。獣の雌が居る巣が近くにあるのかどうかは知らないが、自身が戦っても中々勝てない敵が母体と子供に襲い掛かるのが嫌で連れて来た。それ以外に理由は見つからない。


 少し離れたところに居るリュウデリア達も同じ考えのようで、こちらを見て大丈夫という意味を込めて手を振っていた。一先ず全く別の場所に連れて来られたということは頭の中に入れておく。まあ別に移動させられたから何かがあるというものでもないので、獣との戦いを再開しようとした。


 しかし、クレアのそんな気持ちとは別に、獣は体から他に3つの端末を作り出した。まさか多対一でもやるのかと身構えると、端末達は周囲を思い思いに攻撃していった。咆哮をして地を抉ったり、踏んでいった場所を凍りつかせたり、炎の球を吐き出して燃え広がせたりと、やりたい放題だった。


 今度こそ何の意図があるのかと疑問を抱く。先の瞬間移動ならば、近くにあるのかも知れない巣から遠ざけようとしてやった事だと思えば納得なんていくらでも出来る。しかし今はどうだ。脅威と認識した筈のクレア達を放って置いて周りに攻撃を仕掛けている。チラリと見えたが神々が住んでいる村があった。


 無差別に放たれた攻撃は村に襲い掛かり、神々は突然襲われたことにパニックを起こして村から蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。しかしそこに待ち構えていたのが本体の獣であり、次々と神を喰い殺していった。喰われれば神にとっての完全消滅である。


 悲鳴を上げていようと構いやしない。逃げ惑う神々を上から喰い散らしていった。獣の一連の動きを見て、まさか自身を無視しているのかと思うと目を細め、体から魔力が立ち上って強い風が螺旋を描く。






 何がしたいのかどうかの前に、無視されていると感じたクレアは咆哮し、本体に向かって飛び立っていったのだった。






 ──────────────────




 獣


 クレアやリュウデリア達をもれなく瞬間移動で連行していった。





 シモォナ


 懸命に吐かないよう我慢しているが、魔力障壁内で揺れていたのでこれ以上揺らすと本当にぶちまける。





 龍ズ


 クレアはいい感じに戦えてて気持ち良く殺し合いを楽しんでいたのに、他でも無い獣が良く解らないことをしているのでキレた。


 リュウデリアとバルガスは巣や番の雌、腹に居るだろう子供から距離を取らせるために瞬間移動されたことを悟ったが、クレアと同じく何故周囲を攻撃しているのかと首を傾げた。





 オリヴィア


 シモォナがリュウデリアの遊び道具にされていたが、別に助けてやろうとは思っていなかった。なので、まあ頑張るといい、みたいな感じで見てただけ。


 獣がやっていることに同じく首を傾げるが、何となく、ん……?みたいな感じであることに気づいた。




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