第74話  意図せぬ殺意



 言葉の神、リヴェーダを斃したリュウデリア。無傷とはいかないながらも勝利を収め、縛りの神が創り上げた、擬似的な拘束世界からの脱出を成功する。罅が入り、砕けた世界から出れば、跳ばされる前の世界樹の根元のところに居た。


 一対一を強いるのか、リヴェーダ以外の神は入って来ることはなく、跳ばされた側なので外から見たらどうなっていたかは知らないが、リュウデリアの周囲には戦いの神が集まっていた。それも、困惑の表情を携えて。まあ無理も無い。神の最上位クラスである四天神ともあろう者の1柱が、侵入者の龍に敗北してしまったのだから。


 縛りの神の擬似世界から出て来たのがリュウデリアだと解ると、取り囲む神々が苦々しい表情に困惑を滲ませる。四天神が負けた。姿を現した以上、我々が突撃をしなければならない。だが勝てるのか?殺されに行くだけではないのか?これが強すぎる人間であったならば、神々は我先にと群がることだろう。


 しかしリュウデリア相手にそんなこと出来ようはずもない。何せ彼は純黒で神々を呑み込み、根底から殺してしまうのだから。故に神々は攻め倦ねる。殺される確立が非常に高いからだ。つまり、神々は死の恐怖に怯えていた。




「鬱陶しい塵芥風情が……邪魔をするならば皆殺しにして殲滅するぞ」


「……っ………地上の龍が……ッ!!」




 明らかな左腕の故障を見ても攻め込めないのは、やはりここに来るまでに殺してきた数々の神と、殺された四天神が関係している。例え片腕が無くても、堂々たるその佇まいは崇高さすらも感じさせ、神よりもよほど勇ましく神々しいものだった。


 このまま正面から勝負に出て行こうか行くまいか、神々がゴタついている一方で、リュウデリアは気配で縛りの神を探していた。一対一を創り出す世界は横槍を入れられなくて良いと思えるが、目的はオリヴィアの奪還である。それに制限時間だってあるのでゆっくりと戦っている暇なんて無いのだ。


 神界に来て瞬時にオリヴィアを見つけたのと同じ方法で、魔力を音波状に広げて飛ばし、触れたものの形などを知る事が出来る魔力版のエコーロケーションと、気配察知の2つを使って縛りの神を探し出した。居たのは世界樹の根の空いたスペースに隠れていた。




「あっ……見つかっちゃった!?」


「お前の権能は面倒だ。此処で死ね」


「ちょっ……ちょおぉおおおおおおおおおおおおッ!?助けて下さいクカイロス様ぁああああああああッ!?」




 固く握った右拳を持ち上げ、縛りの神が居る世界樹の根の部分に振り下ろした。ばきりと根を粉砕しながら砂塵を巻き上げる。確実に殺すために相当な力を籠めたようで、殴打した衝撃波が発声して周囲に居る神々を吹き飛ばした。これに耐えられる程の気配はしなかった。権能頼りの貧弱な体だ。


 確実に殺した。そう思ったリュウデリアだったが、縛りの神の気配が背後にあるのに気がついた。気配から、肉体が弱い方なのは解っている。なのに自身の拳を避けて背後を取った。絶対に有り得ないと心の中で断言した時、傍にまた違う気配が1つあった。他の神々とは違う、言うなればリヴェーダのような格が違う気配だ。


 縛りの神を左腕の小脇に抱えているのは、足下まで隠れる長いローブに身を包み、頭もフードで覆い隠して、暗い灰色の鈍色にびいろに全身を包んでいる神。縛りの神を抱えている腕とは反対の右腕には木で造られた背丈と同じくらいの杖を持っている。


 クカイロスと呼ばれていたこの神は、恐らく四天神の1柱なのだろうと気配だけで察して、右腕を背中で隠しながら魔力で槍を創り出し、突然投擲した。距離はそう離れていない。腕の筋肉を存分に使った投擲なのですぐに反応することは出来ない筈。だがこれだけで決まれられるとは考えていない。謂わば小手調べだ。


 自身が殴り殺そうとした縛りの神が、拳が当たる寸前までその場に居たのは解っている。しかし本当に触れるか触れないかの一瞬で消えて、背後に現れた。それを実行したのは抱え込んでいるクカイロスだ。どんな権能なのか当たりを付ける為に槍を投擲した。そして純黒の槍はクカイロスの心臓目掛けて進んで行くが、触れると思った刹那、大きく離れて自身横側に移動していた。


 超速度ではない。動く瞬間すらも捉えられない訳がない。速度に自信のある神を既に殺しているし、動きにも目が追い付けるようになっている。そんな自身に初速すらも見切らせず、前から横への距離を移動するのは不可能だ。つまり、リヴェーダのように瞬間移動に類する権能を持っているということになる。




「早く儂等を拘束空間に跳ばせ」


「あ、はいっ!すみませんクカイロス様っ!!」


「チッ……またか」




 またしても拘束空間に跳ばされてしまう。クカイロスに抱えられた縛りの神が権能を発動し、瞬きもしていないのに場所が移されていた。ノータイムで使用されるこの空間を回避することが出来ない。恐らく、閉じ込める相手を2人決めて発動すると、強制的に連れて行く事になるのだろう。


 純黒なる魔力で無理矢理この擬似世界を崩壊させても良いのだが、次の相手であるクカイロスがそれをさせないように動いてくるだろう事は解る。それにもう連れ込まれた以上は仕方なく、横槍を入れられなくて済むのだ……と自身に言い聞かせることで苛つきを抑えた。


 今回跳ばされたのは、不思議なところだった。辺りは見渡す限り青い空しか広がっておらず、地面も無い。なのに空中に立っているという状況だ。太陽は3つが三角形の頂点を作った配置をされ、ゆっくりと三角形の形になるように動いている。上を見上げれば雲があり、風も無いのに異常な速度で流れていた。


 青空がコンセプトと言ってもいい空間に跳ばされたリュウデリアは、ローブを身に纏い杖を持つ神、クカイロスと対峙する。互いの距離は100メートル程だろうか。この距離ならば動き出せば解るが、既に頭の中で出した推測ではクカイロスに距離は関係無いと言える。


 右脚を一歩前に出して半身となり、腕を持ち上げて体の前で構えた。何時どこに姿を忽然と現しても言いように身構えておき、神経を集中させる。全身を魔力で覆い強化しておき、概念的な攻撃も念の為に警戒して体内の細かいところまでも魔力で覆っておいた。当然魂にもやっておいたので、言葉一つで死を確定するなんてデタラメな権能は、今のリュウデリアには効かない。


 さあ、どう来る?何処から攻撃する?身構えながらクカイロスを警戒していると、左側頭部に重い打撃が打ち込まれていた。視界が90度近くズレてから、体もついていってしまい同じく傾いた。神経を集中させて身構えていたのに、易々と攻撃を受けた事を把握しながら、地面らしき場所に手を付いてくるりと空中で回転して着地した。




「貴様、硬いな」


「お前は速いな。どうやった?瞬間移動ならば移動してから攻撃するまでに幾らかの余裕が生まれるはずだが、お前のは違う。既に殴られていた」


「さてな。儂が貴様に権能を教えてやる義理はない」


「であろうな。しかし時間の問題だ。お前の権能はすぐに曝き、殺す。俺をこの空間から出して消え失せるのであれば見逃してやろう」


「──────論外」


「……っ……ッ!!」




 。気配も探っていたし、クカイロスの姿を視界に収めていたにも拘わらず、リュウデリアは横面、腹、背中、脚と、あらゆる箇所を殴られた。衝撃の感じ方からして杖で殴られたのだろう。拳ではない。殴られた衝撃は強いが、純黒の鱗が硬いのでダメージそのものは無い。


 少し後退って態勢を立て直しながら思考する。瞬間移動ならばまったくの同時に10連打というのは無理だろう。ゼロコンマ1秒のズレすらも無く攻撃したということだ。鋭い感覚で打撃を打ち込まれた時の感覚が全て同時で、少しのズレも無かったことは間違いない。故に、クカイロスの権能は瞬間移動であるという線は潰えた。


 ではどのような権能ならば、まったくの同時に10連打も打ち込むことが出来るのかと言われれば、自然と選択肢は狭まってくる。それも線での移動ではなく、点と点での移動も加味したとすれば、リュウデリアが導き出す答えは1つだけだった。




「クカイロスと言ったか。お前の権能は『時間』だな?時を司る神なのだろう」


「……そうだ。儂は時を司る神。四天神が1柱、クカイロス。……何故、儂が時を司ると解った?」


「はッ。俺の槍を避けたのも、縛りの神を移動させたのも時を止めて移動したのだろう。そして先の俺への打撃は、時が止まった状態でその杖で10度殴った。移動と不可思議なまったく同時の攻撃を受ければ自ずと解るわ」




 ──────しかし解らない事もある。『時間』という概念を操って時を止めて移動したのならば、魔力純黒で全てを覆っている俺も権能を無効化して同じく停止した世界で動ける筈だ。しかし俺は動かず停止したまま、あの神に殴られた。何故だ。よもや俺の魔力純黒が権能に負けたのか……?そんなことがあるのか?いや、絶対に無いとは言い切れない以上有り得るのだが、魔力純黒が負けたという感覚が無かった。不可解だ。どういう状況で俺は停止させられた……?




 文字通り肉体の全てを魔力で覆っていたリュウデリアに死角は無い筈だった。時間の権能による時間停止であれば、概念的な攻撃に該当するので無効化出来るはずだ。しかし現に出来ていない。それはクカイロスが停止した時間の中で自身の事を攻撃して、その攻撃を真面に受けたことから証明している。覆しようのない情報だ。


 何かが引っ掛かる。大切なことに気がついていないような気がしてならない。あと何かに気が付くことが出来れば、恐らく自身はこの『時間』という、生きている以上切っても切り離せない重要な歯車の解析を完了し、正面から打ち破ることが出来るのだ。


 だが焦りは禁物だ。オリヴィアの元に行かなければならないのに、ここで変に焦りを抱いて自爆なんてことはしたくない。クカイロスから与えられる攻撃は、リュウデリアにとって痛手ではない。受けてもダメージには成り得ないものだ。それならば好きに打たせ、その間に権能を打ち破る策を編み出せば良いのだ。


 さて、今度はどこに攻撃を打ち込んでくる?そう思って構えながら待っていると、クカイロスが何故か被っていたフードを後ろへやって脱いだ。瞬間、リュウデリアは相手から果てしない殺意と怒気を感じた。今先程までとの差が大きく、流石に困惑した。現れた白くて長い髪、髭を揺らしながら、皺のある顔は大きく歪みきっていた。瞳に宿るは殺意のみ。


 何がどうなっている?二重人格か何かか?と目を細めて観察していると、顔に3撃、腹に4撃杖による打撃を打ち込まれた。それも今まで受けたものよりも数倍威力が高い。打ち込まれた衝撃に数十メートル吹き飛ばされ、翼を使って体制を立て直して着地する。クカイロスは、そんなリュウデリアを視線だけで殺しそうな目で睨み付けていた。




「貴様を見た時から思っていたッ!!貴様は……貴様は儂の娘の仇そのものだとなッ!!」


「…………………………はぁ?」


「貴様の所為で儂の可愛い娘が死んだのだッ!!あぁああああ……ッ!!儂のシモォナぁッ!!儂が必ず……ッ!!必ずや仇を討ってやろうぞッ!!」


「誰だシモォナとは。全く知らん。そもそも神を殺したのは神界に来て初めて──────」


「黙れッ!!その純黒の鱗を見間違えて堪るかッ!!良いか、貴様は儂がこの場で殺すッ!!我が娘のシモォナに誓ってッ!!」


「話が通じんな。訳が解らん。狂っているのか……?」




 突然憤慨し始めたクカイロスに、流石のリュウデリアもドン引きだった。フードを外したかと思えば仇討ちだと言われ、娘を殺されたと言われている。若しかしてこれまでに殺してきた数多くの戦いの神の中に紛れていたのか?と一瞬思ったが、ここまで可愛いだの何だのと溺愛しているだろう部分を見せられれば、殺された瞬間か、殺されそうになった場面で横槍入れてくる筈だ。つまりあの中には居なかった。


 ともすれば、その娘のシモォナという神を殺したのはリュウデリアではない。恐らく勘違いなのだろう。他にも龍で純黒の鱗を持つ者が居るのかと少し興味を持ったが、あまりに訳の解らない憤慨を見せられてしまって後回しにすることにした。


 怒りと殺意で顔をこれでもかと歪ませながら、杖を前に出して先端に黒みがかった紫色の球体を創り出した。表面に夥しい量の数字が動き回っているその不思議な球体を、リュウデリアに向けて放った。どう見ても当たってはいけない類のものだと判断して軌道上から逸れようと足を一歩分横へ動かそうとした時だった。




「──────ッ!?何……ッ!?」


「無限の時を重ね、消し飛ぶがいいッ!!」




 離れたところから、正直鈍いとしか言えない速度で向かってきていた謎の球体が、瞬間移動したように目の前へ迫っていた。点と点での移動かと思われるその接近に、リュウデリアは体を捻ってどうにか回避した。しかし使い物にならない、肩からぶら下がっているだけの左腕が触れてしまった。


 捻れた左腕は、クカイロスが放った謎の球体に触れた箇所から何も残さず消し飛んでしまった。抵抗も無く、そして跡形も無く消し飛んだ。ヒステリックになっているクカイロスを見て気が抜けてしまい、つい魔力を覆うのを左腕だけ忘れていたにしても、こんな何の抵抗も無く消すことが出来るだろうか。






 大した攻撃手段を持っていないと踏んでいた時の神クカイロスは、これまた理不尽に強力な力を見せつけてきて、これは早めに時の権能を攻略しなければマズいと悟るリュウデリアであった。





 ──────────────────


 四天神・時の神クカイロス


 時の権能を持った神。全身を鈍色のフード付きのローブで包んでおり、顔は見えないが老人のような声をしている。身の丈くらいの杖を持っており、神樹から造られている。


 突然フードを外してキレたのは、フード部分に精神を落ち着かせる力が籠められているから。そうしていないと、可愛い娘を殺された事について常に怒り狂って手が付けられなくなるため。





 リュウデリア


 また拘束空間に跳ばされた。世界樹の根元から移動できていないのは主に縛りの神の所為なので、次に外へ出たら真っ先に必ずぶち殺してやろうと心に決めた。


 いきなりクカイロスが切れ始めて普通にドン引きした。何だコイツ。突然キレおった……。たまげたなぁ……。訳が解らないよ……。





 シモォナ


 どうやらクカイロスの愛娘だったよう。





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