第126話  一部解明

 



 冒険者としての姿のまま、自分達が泊まっている宿屋『ノーレイン』に向かっていたオリヴィア達は、ガレスとレミィに破壊され、破片が飛び散った通りを見て、自分達が来なければ街が無くなっていたのではないかと思った。が、奥に行けば行くほど被害も抑えられているので、入口付近がやられたのだなと察する。


『ノーレイン』に着いた頃には街の住人達が協力して掃除や他の店の手伝いをして助け合っていて、通りは綺麗になっている。オリヴィア達が宿に到着すると、店先で箒を持って掃き掃除をしていたユミが駆け寄って怪我は無かったかと聞いてきた。恐らく冒険者だから戦ったのだと思ったのだろう。


 肩や腕の中に居るのが、最強の種族の龍であることは知らないことなので、あくまで魔物使いの魔導士であるという認識を受けているオリヴィア。街をこれだけ破壊した敵と戦ったとなれば、傷を負ってしまったと思うのも当然だろう。まあ、もうその心配自体が無用の長物なのだが。




「私達は無傷だ。心配する必要は無い」


「よかったぁ……。オリヴィアさんも冒険者だから戦ってるんだろうなって。そしたら、怪我したらどうしようって考えちゃって……」


「ふむ、なるほど」


「あっ、オリヴィアさん!あのねあのね!街の外に避難した時にね、真っ黒な……なんて言えばいいんだろう……純黒?の色をした雷がね、ピカッてなって街に落ちたの!すっごい音と風が私達のところまで来てね、お父さんお母さんと一緒にポカーンってしちゃった!あれは冒険者の人がやったの!?」


「『純黒の落雷トル・モォラ』のことか。あれは私がやった」


「え……?ほ、本当に!?」


「襲撃者に撃ち込んだものだ」


「すごーい!」


「純粋な私の力ではないがな。私の愛する者の力を借りたのだ」


「そうなんだ!オリヴィアさんの好きな人ってとってもすごいんだね!」


「ふふっ。そうだ。彼は本当に強くて格好良くて、愛しいのだ」


「いいなぁ。私もそんな人と恋してみたいなぁ」




 避難していても見えた純黒なる雷のことを興奮した様子で語るユミに、別に隠す必要が無いのでオリヴィアが自身のやった魔法だと教えた。力強く、音と衝撃波が強かったので強力な魔法だと直感で分かっていたのだろう。あれを撃てるなんてすごいと褒め讃えた。


 だが、実際はオリヴィアの力ではない。あくまでリュウデリアの力だ。純黒のローブを身に纏いながら頭の中で使いたい魔法を思い浮かべるだけで発動するよう魔法陣が組み込まれていて、乱発しても枯渇しない莫大な魔力を注ぎ込んである。


 なので、詳しいことはぼかして話し、自身の愛する者が私にくれたものなのだと教えた。その相手は今彼女の腕の中で、ユミの目の前に居るのだが。愛しいと言ってリュウデリアの頭を撫でて、鼻先を人差し指でコツリと押し、フードの中で愛おしそうに微笑んだ。肩に居るバルガスとクレアはやれやれと溜め息を吐いた。


 年頃の女の子は恋に恋するものだ。優しくて格好良くて強い。まるで王子様のような存在。冒険者として強くて、自身のことも助けてくれたオリヴィアが心から愛する相手だ、きっとものすごくステキな人に違いないと確信し、自分もいつかはそんな恋をして、結婚とかしたいなぁ……と、箒を握り締めながら夢を見る。


 その思い浮かべて羨ましいと思った相手が、人間を何百万と殲滅して幾つもの国を滅ぼした龍だとは知らず。まあ、知らない方が良いこともあるとしておこう。




「あっ、店の前でごめんなさい!オリヴィアさん戦って疲れてるのに……っ!使い魔ちゃん達もごめんね?」


「「「……………………。」」」


「気にしなくていいと言っているぞ。それに私達はそんな大した事をしていないからな」


「えぇ!?オリヴィアさんは街を救った人なんだよ!とってもすごいことだよ!私なんて、お父さんお母さんと一緒に逃げただけだし……」


「命あってこそのもの。それに戦うのは冒険者や兵士の仕事であって、宿屋の一人娘であるお前の仕事は、戦いで疲弊した者達を迎えて癒すことだ。役割がそもそも違う」


「……私、お客さんをちゃんと癒せてあげられてる?」


「向かいの宿屋の客が減ってこっちに客が入り、食堂でお前のことを呼ぶ声があるだろう。それだけ求められているということだ。客と顔を合わせるのだぞ?お前くらいの子供は取り敢えず笑っているくらいが丁度良いものだ」


「……そっか。じゃあ私は私にできることをいーっぱい頑張るね!ありがとうオリヴィアさん!」




「この人間のガキ見て癒されンのか?」


「私には……分からない」


「あれだろう。愛玩動物的な」


「「あー」」




 いい感じのことをオリヴィアが言っている傍ら、絶妙に分かっていない腹ぺこ龍の3匹。龍である彼等にとって、人間を眺めて癒されるという感覚がちょっと分からないのだ。何せ価値観も種族も全く違うのだから。故に、愛玩動物的な発現は案外的を射ていると言っても良いのかも知れない。


 目の前に居るユミに聞こえないくらいの絶妙な声量で会話しているリュウデリア達に、フードの中で苦笑いするオリヴィア。まあそう思うだろうとは大体予想していた。何せ龍だから。神である自身もそこまで十全に理解している訳ではないが、何となくこうではないかと話せるのだ。


 オリヴィアに励ましてもらってやる気に溢れているユミは、是非宿の中に入って下さいと促し、店先の掃除を再び開始した。まだ小さな女の子が頑張っているということで、見ていた住人もやる気を出して掃除の効率を上げたのだった。




「あ、オリヴィア様!ようこそいらっしゃいました!」


「あぁ。戦って少し疲れたから部屋で休ませてもらう」


「はい、分かりました。幸い店の中は少し震動で散らかっただけですので、部屋の方は大丈夫です。ゆっくりおやすみ下さい」


「うむ」




 受付のカウンターを雑巾で拭いて掃除をしていたユミの母親が、オリヴィアを見つけると急いで頭を下げた。大事な娘の命を助けてくれた存在である彼女に、本当に頭が上がらない思いだ。故に少し贔屓気味になるが、仰々しい対応となっている。


 それを適当に流して廊下を進む。宿屋『ノーレイン』はガレスとレミィの攻撃に直接晒されることはなく、火の手が回ってくる前に消火されたので大事には至っていない。精々戦闘で発生した揺れで室内に置いてあった花を生けた花瓶が割れてしまったり、埃が舞っていたりしたくらいだ。


 厨房の食器や調理道具も少し散らかっていたので、ユミの父親が厨房の掃除をして、母親が埃掃除をして、ユミが店先の通りに落ちている倒壊した建物の破片やゴミを箒で掃除すると役割を決めていた。


 廊下を歩いていれば、確かにどこも異常がないように見受けられる。最初は汚れていたのだろうが、客が宿泊に使用する店なので急いで避難から戻ってきて掃除を開始したのだろう。オリヴィア達がギルドに寄って事情聴取をしている間も。




「……ん?」


「あらぁ」




 娘の命の恩人の為にと用意された角部屋へ向かう最中、丁度他の部屋のドアが開いて中から人影が出て来た。オリヴィアと比べても大きいその影に足が止まると、全体的な部分が見えてきた。部屋から出てきたのは、この宿を勧めてやった相手のマダム……ではなくてマダムスだった。


 鉢合わせたので互いに顔を見合わせ、マダムスは特徴的な外見をしているオリヴィアを見てすぐにニッコリとした笑みを浮かべた。勧めたのは自身なので、部屋が余っていれば泊まっているだろうとは思っていたが、こんな形でまた会うとは思わなかった。




「ごきげんよぅオリヴィアさん。今お帰りかしらぁ?」


「あぁ。街を襲った襲撃者の話をギルドにして報告していたからな」


「もしかして、襲撃者を倒したのはオリヴィアなのぉ?避難している時にとても大きい戦闘音が聞こえたのだけれどぉ」


「そうだ。他の戦っていた冒険者は軒並み死んだ。その後に私達が仕留めた」


「あらあらぁ。それはそれはお悲しいことねぇ。でも、オリヴィアさんが居てくれて助かったわぁ。でないと、私ももしかしたらやられていたかも知れないものぉ。避難したからといって、絶対安全とは限らないものねぇ」




 襲撃者が強い……というのは何となく分かっていたようで、オリヴィアの口から他の冒険者が死んだと聞かされると、頬に手を当てて困ったような表情になり、悲しそうに残念だと言った。冒険者は魔物等と戦うので街の中でやる仕事よりも危険が付き纏い、殉職率が高いのだ。


 そして、マダムスはオリヴィアが居なければどうなっていたか分からないと言う。避難勧告がされて街の外へと付き人を伴って避難したが、相手が街を破壊した後に自分達を襲ってこないとは言い切れないなのでありがとうと礼を言われる。


 その後、マダムスはこの宿屋を気に入っており、街を発つまでここを利用すると言っていた。確かに向かいの宿屋の『スター・ヘイラー』の方が接客やサービスの面では優れていたが、人数が3人でもしっかりとやりくりしていて、皆が笑顔でやっているし、特に欠点らしい欠点も無いのでとても使いやすいのだ。


 紹介してくれてありがとうというお礼を貰い、戦い終わって疲れもあるだろうから話しはここら辺で終わりにして、また会ったときにお話でもしましょうと言って別れた。


 マダムスと擦れ違いながら別れ、借りている部屋に入ると内側から鍵を掛ける。もう室内で誰の視線も無い状況になると、肩と腕の中からリュウデリア達が飛んで人間大のサイズへ変わった。バルガスは適当に床へ座り、クレアは備え付けの椅子を前後反対にして背もたれの上に腕を置いてから顎を置く。リュウデリアはオリヴィアと共にベッドに腰掛けた。


 いつもならばここで何かを食べたりして緩い会話を楽しむところだが、オリヴィアは今聞いておきたい事があった。その雰囲気を察してリュウデリア達は聞く姿勢を取ってくれている。聞いておきたい気になっていることは今のところ1つ。




「あの襲撃者の解剖をしたのだろう?それにチラリと言っていたが、魔法ではない力とは結局何だったんだ?」


「やっぱ気になるよなァ」


「私達も……先程知ったばかりで……事細かに……説明できる訳では……ないが……知ったことを……教えよう」


「仲間外れにしようとして話さなかった訳ではないからな。そこだけは把握しておいてくれ、オリヴィア」


「うん。それは承知しているとも」




 オリヴィアもレミィの相手を任せてもらって戦ったが、魔法ではないということは分かってもそれ以外は何も知らなかった。咎めるつもりは無いが、知っていることがあるならば教えて欲しいという考えだ。


 別にリュウデリア達も意地悪で教えなかったり、仲間外れにしようとして今まで話さなかった訳ではなく、知ったばかりであるし、全てを解明したとは言えないので推測の域を出ないところもある。なので中途半端な事を教えるよりも、全て把握してから話そうとしていただけだ。


 まあ、教えて欲しいというのならばいくらでも話す。クレアとバルガスも知っているが、説明はリュウデリアがやってくれとアイコンタクトで伝えてきたので、それに頷いてからリュウデリアは口を開いて説明を始めた。先程まで戦っていた者達のことを。




「俺達が調べて解ったのは、やはりあの黒紫をした部分は魔力によるものではなく、魔法によるものでもないということだ。だがその他の魔術であったり錬金術、果ては権能によるものでもない。あれは俺達でも知り得ない未知の力だ。正直に言ってしまえば地上にある力ではないと思う」


「地上には無い力……?」


「そうだ。あれだけの……まあ人間からしてみれば脅威だろうという意味なのだが、あの力があれば必ず何者かが使って情報が流れる筈だ。しかし今まで読んできた本にも、魔導書にもそれらしきものは記されていなかった。ならば、誰も知り得ない力であると仮定した方が余程生産的だろう。故に、推測でしかないが地上には無い別の力であると結論付けた」


「ふむ……ならばその力はどこから来たんだ?」


「それは俺達にもまだ分からん。全く見たことの無い初見の力だったからな。深く調べるにしても、貸し与えられただけであろうあの塵芥共が死ぬと同時に体から消滅した。しかしそれでも確信して言えることが出来る事がある」


「何だ?」


「俺が殺しそびれた、上から見ていた謎の奴。あれが確実に力を与えた存在だ。調べる前はその可能性が高い……という話だったが、もう確信して言える。彼奴が与えたものだ」




 ガレスとレミィと邂逅して、上から見下ろしている者にリュウデリアが攻撃した後、何をしているのかと問うたオリヴィアに説明をした時、バルガスが恐らく与えた張本人と言ったのだが、それでも恐らく……という線だった。そんな感じがするという少しあやふやなもの。


 しかし今回の戦闘と解剖で、見ていた存在の力の一端であることが分かった。相手は気配も感じさせず、動いたときの風の動きすらも出さず、目にも見えないし臭いも感じないという不思議な状態であったが、確かに繋がりがあると解った。


 何が目的なのかは知らないし、何故見ていたのかも未だ不明なところであり、彼等を以てしてもそこら辺はまだ解っていないので何とも言えないが、手を引いていたことは確実だ。そして、細かいことは解らず、大雑把なものになってしまうが、魔法ではない力の事が解った。




「あれは憎しみや悪意といった負の感情や思考をエネルギーに変換して使う類の力だった」




 触れてみて解ったのは、あの黒紫色をした部分は悪意等といった負のエネルギーの塊であるということ。本当に魔力というものとは無縁のものであった。故に魔力に変わる前の魔素を必要とせず、しかし負のエネルギーを必要とする。


 リュウデリア達に連携技を決められる直前、その負のエネルギーを使って攻撃をしようとしたが、その時に心に抱いていたのは相手への恐怖であった。何かをしようとしたのは把握していたが、不発に終わった様子だったのでそのままラリアットをかました。


 相手から与えられる恐怖といった負の感情はエネルギーに変換されず、あくまで自身が相手に負の感情を抱かなければならないらしいと、謎の力の源を知った時に理解した。






 まだ解らないことがあるが、概ねどういう力だったのかは解明した。しかし結局のところ、何の目的があってリュウデリア達のことを見ていたのかは解らないままだった。







 ──────────────────



 ユミ


 オリヴィアが無傷だったのでとてもホッとした。命の恩人なので怪我をして欲しくなかったし、また泊まりに来て欲しかったから。


 愛する人の話を聞いて、いつかは自分も格好良くて強くて優しい人と恋をして結婚して幸せになりたいなと思っている。本人が心優しくて強い精神を持つので、きっとその夢は実現するだろう。


 ただし、父親は泣く。





 マダムス


 何か手伝うことはあるだろうかと、外へ行こうと部屋を出たときにばったりオリヴィアと会った。何となく強い人だろうなとは思っていたが、あの襲撃者を倒したというので、本当に強い人なんだと認識を改めた。是非また今度お話しをしたいと思っている。





 龍ズ


 ガレスを解剖して謎の力の源を突き止めることに成功した。本などを読んで蓄えた知識を掘り起こした結果、ヒットしなかったので地上の力ではなく、全く違う奴のものだろうと思っている。


 次に視線を感じたら取っ捕まえて誰なのか喋らせるか、そのまま殺して消してやろうと考えている。





 オリヴィア


 やはり気になってしまったのでリュウデリア達に、謎の力について聞いてみた。すると魔法でも魔術でも権能ですらないと言われ、どんな者がこんな力を使っているのだろうかと首を傾げている。





 謎の力


 負の感情をエネルギーに変えている。それは自身が相手に抱く殺意や怒り、憎しみ恨みといったものであって、相手に対して恐怖をしても、その負の感情からエネルギーは抽出出来ない。




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