第80話  出逢い





 私は“出逢い”というものを求めていなかった。





 友神からも言われるように、私は生まれたその時から美しかった。それ故か、求婚の話が絶えず、毎日毎日言い寄られる日々。それに嫌気がさして、女神が集まる女神だけの花園に向かい、世話になっていた。


 男禁制。男が入ることは一切赦されない、女神だけの場所。男神に乱暴されたとか、捨てられて傷心中だとか、男が苦手だとか、そういった理由のために訪れる者が多いこの場所で、私は神として持つ莫大な寿命を使い切るのだろうと思っていた。


 話し掛けられれば話すが、私としてはそこまで乗り気にはなれなかった。つまらないとは思わなかった。しかし特別面白いとも思わなかった。無愛想になっていたかも知れないが、それでも私に話し掛けてくれる女神達は居た。


 そしてある日、女神の花園内で散歩をしていた時のことだ。神器の矢が刺さった、兎に似た姿の神獣が居たので近付き、怯えているのを落ち着かせて刺さった矢を抜いてやり、治癒の力を使って治してやった。弱っていたのが嘘のように元気に走り回る神獣を見送って立ち上がると、後ろから声を掛けられる。見たことの無い、3柱の女神達だった。




「ごくッ……ごくッ……ぶへぇぁ……お前ェ、傷を治せンのか~?ヒック……すげーじゃん!!」


「治癒を司る神なのね!正真正銘の女神じゃない!滅多に会えないから感激!」


「あれだけ元気に走っているのを見ると、痛みも何もかも無くすほどの治癒ってことかしら。すごい力ね。治す速度も一瞬だったから惚れ惚れする時間も無くて残念だったのだけれど」


「……お前達は?」




 この時に会ったのが、酒の神レツェル。料理の神リーニス。智恵の神ラファンダの3柱で、これからも仲良くする友神達だった。初めて会った時はそんな大した事をしている訳でもなかったが、彼女達との交流はこの後も続き、4柱で遊んだり、リーニスに料理を教えてもらったり、皆でレツェルのオススメだというお酒を飲んで酔ったり、ラファンダ主催の勉強会をしたりと、楽しんだ。


 出会って2000年位が経った頃、日々求婚を申し込んでくる神々を適当にあしらい、友神達に守ってもらったりしながら、女神の花園に居ると、他の女神達が恋愛の話で盛り上がっているのをつい聞いてしまった。やれ、顔が良くて好みだの。やれ、逞しくて抱き締められたいだの。熱い口づけをして欲しいだの。聞いていれば、それはもう楽しそうに話していた。




「……接吻キス……か」


「あらあら、なーに?オリヴィアも気になっちゃってるの~?」


「いや……私はそんなことを考えていた訳じゃない。どうしてそう、気になる相手が出来るのかと思っただけだ」


「ンッフフ……そんじゃ私がオリヴィアの初めての相手をしてあげま──────痛いっ!?」


「酔っ払いは黙って水を飲んでいなさい。それにしても、オリヴィアは本当に恋や愛に興味が無いのね。男神は嫌?だったら偶には地上を見てみるのはどうかしら。女神が人間やその他の種族と愛しあったという話もあるのだし、若しかしたら見つかるかも知れないわね」


「ラファンダはむっつりスケベだから他者の交わっているところをガン見──────痛ぁい!!」


「殴るわよ、酔っ払い」


「もう殴ってるって!?」


「まーまー、ラファンダもレツェルもその辺にしておいて、今はオリヴィアの話でしょう?……あ、私良いこと思い付いたから来て、オリヴィア!」


「えっ……ちょっ……っ!」




 リーニスに手を引かれて向かったのは、女神の花園のとある場所で、色とりどりのバラに囲まれた庭園みたいな場所だった。そこで優雅に飲み物を飲んで手鏡を見ている女神が居て、何でも遠見の女神という者らしく、遠いところの光景を見ることが出来て、それを池の水の表面だったり、鏡だったりと、景色を反射させることが出来るものに映し出すことが出来るそうだ。


 リーニスはその女神と知り合いで、私が地上を見ることが出来るように掛け合ってくれた。すると手に持っていた手鏡を渡して、表面に触れて動かせば景色も変わるように設定もしてくれた。気が済むまで使ってくれていいということだったので、私は礼を言って早速地上を覗いてみることにした。


 恋をしてみて欲しいとリーニスに言われて手鏡を眺める日々が始まり、見えてくるのは人間の生活や大自然。他の種族の文化や過ごし方といったものだった。しかしやはり私が好ましいと思うものは無く、単なる暇潰しの道具と化していた。遠見の女神には悪いことをしたなと思いながら続けていると、ある光景を映し出した。


 純黒の龍が空から墜ちていたのだ。翼があって飛べるはずなのに、龍は飛ぶ様子を見せない。飛ばないのか?と疑問に思ったが、察した。飛ばないのではなく、飛べないのだ。生まれたばかりの赤ん坊の龍。捨てられてしまった可哀想な子。だが自然と……私はその純黒を見続けていた。




「……っ!あの高さから墜ちて無傷か。それも両脚で着地するなど……何という肉体をしているんだ。それに姿が普通の龍とは違うな。人間に近い……」




 生まれたばかりで捨てられてしまい、地上に砂塵を巻き上げながら着地した黒龍は無傷だった。偶然見つけた龍とは違う二足歩行の人間に近い姿。なのにベースは龍で、全身が鱗に包まれている。生まれたばかりで何の知識も無く、敵も味方も解らないだろうに……と思っていれば大きな魔物に襲われるが返り討ちにして捕食。空に向かって咆哮する姿は勇ましかった。


 私は夢中になって黒龍を見続けた。まだ生後1日目なのに、見上げるくらい大きい木の魔物を屠ってみせた時には熱い溜め息を吐いてしまった。強い。地上で最強の種族と謳われている龍であることを考慮しても、この個体は凄まじく強いだろう。教えられず自身の力で狩りをしている。


 自己完結出来てしまうだけの力を持つ、純黒の龍。私は何時しか、他のところの光景なんぞ捨て置き、黒龍の事ばかりを見ていた。大きな木の魔物と戦うきっかけを作ってしまったからと、黒龍に言葉や知識を与えている半透明の精霊も混ぜながら、一日一日をどうやって生きているのかをずっと観察していた。


 そして黒龍は精霊から言葉や魔法を教わり、独り立ちしていった。自分の良いと思った場所を探して移り住む。自然に生きる龍らしい生活だった。魔物を狩って食べて、魔法を創ったり、空を飛んで伸び伸びとしたり、自由な暮らしをしていた。しかし黒龍の元に小さな精霊がやって来て、そんな自由の暮らしが一変した。


 黒龍を育てた精霊が人間に攫われていたのだ。私は黒龍のことしか見ていなかったから解らなかったが、攫われて痛め付けられて、売られていたらしい。それを知るや否や、黒龍は一日で人間の国3つを地上から消した。圧倒的だった。でも、精霊を助けることは出来ない。


 地上には傷を癒す魔法がないらしいと、ラファンダから聞いていた。だから私の治癒の力はかなりの価値が生まれるとも。それで思い付いた。私があの精霊を治してやろう。そうすれば、少なくとも恩神として親しくはないけれど近くに居ることは出来ると。私は急いで友神達に気になる者を見つけたと話し、地上に降りることにした。


 近くにゲートを開いて降り立ち、黒龍の傍へ行く。見守ってきたから解るが、最初の頃と比べて本当に大きくなった。逞しくて、勇ましく、それに美しい。純黒の鱗を持つ黒龍。その背中に声を掛ければ、素早く振り向いて私を見る。




「その者の傷──────私が治してやろうか?」


「何者だ……お前は」




 これが黒龍……リュウデリアとの初めてのコンタクトであり、だった。




 精霊とスリーシャは私の力で何の後遺症も傷跡すらも残さず治癒した。リュウデリアは賢くて、私が何を求めているのかと問い掛けてくる。無償でやってあげたと言ってもいいが、尚のこと警戒されてしまうだろう。だから、傍に居たいとストレートに言った。期間は定めず、可能な限りずっと傍に居られるように。


 リュウデリアは警戒心が強かった。でも、今思えば恩のあるスリーシャを瀕死から救ったということで、そこまでの警戒心は抱かれていなかったのだろう。数百年は掛かるつもりだった警戒心の解しはすぐに終わり、私はリュウデリアと冗談を言い合ったり、一緒の風呂に入ったり、眠ったりすることが出来た。


 人間の国に魔導士と使い魔と言って紛れ込み、生活してみて楽しかった。神界では私の容姿に釣られて求婚してくる者ばかりだったが、リュウデリアが創ってくれたフード付きローブのお陰で面倒な声掛けを受けなくて済んだ。


 考えてイメージするだけで魔法が使えるローブを貰って冒険者に登録し、金を稼いで自由に生きる。色々な刺激があって、何千年と生きてきて、今程生きていると感じた事は無かった。魔物の大群を相手した時も、治癒という後衛の力を持っているのに、最前線で戦えた。リュウデリアからは戦いの才能があると言われたが、なるほど確かにと思った。とても、楽しいと感じていたからだ。


 だが、この一緒に居る生活は長くは続かない事を……私は知っている。新たな私の友達になったクレアとバルガスを連れて、王都の王立図書館に行った時、神のことが書かれている本を読んで最高神の事を思い出してしまった。


 最高神デヴィノス。己こそが神の全てという訳の解らない考えを持ち、自己顕示欲と性欲に支配された愚かな神擬き。気に入った女神を最高神の名の下に連れて行き、犯し、屈服させる下衆。死ねば良いのに。


 私と会った時も、容姿だけで私を妃にすると言い出し、第一声に死ねと言ってやったことは今でも覚えている。本当に気に入らない。気色悪い。何を言おうと意に返さず、罵詈雑言を浴びようと照れ隠しだと受け取る。頭の中は糞しか詰まっていないんじゃないか?死ね。


 最高神はうざくて気持ち悪くて、この世で最も嫌いなクソ野郎だが、力だけは本物だ。神々の頂点であるだけあって、他の神の追随を赦さない。そして、狙った女神はどんな卑劣なことをしようと手に入れる。だから、私とリュウデリアの生活は、いつか終わりが来ると解っていた。それでも、心のどこかではこの生活が永遠に続くと夢見ていたのだ。




「リュウデリア……っ!!」


「オリヴィア────────────ッ!!!!」




 そんな夢を儚く散らされて、私は神界へ連れ戻された。友神達を盾に取られてしまえば、もう私にはどうしようもない。神界に置いてきてしまったと言っても、彼女達は私の大切な友達なんだ。見捨てることは出来なかった。


 妃とは言っているが、どうせ私を抱くことにしか興味が無い。抱いたら飽きるまで抱いて、抱いて抱いて抱いて抱き壊して、己が満足する言動、行動を強制させる。それが最高神だ。私は奴の性処理のナニカにしかならない。だから、心はずっとリュウデリアに捧げようと心に決めていた。どんなに犯されようが、絶対にこの下衆野郎には笑み1つ浮かべてやらないと。


 なのに……リュウデリアは神界に乗り込んだ。それも、クレアとバルガスを連れて。無茶だと思った。相手は神だ。地上の生物では敵いっこない。だから神なのだ。しかし彼等は神々の多くをその手で殺し、リュウデリアに至ってはこの宮殿まで辿り着いたという。クソ野郎は目を細めながら、玉座に座って正面の大扉を見つめている。


 仕えている神々の絶叫がこっちにも聞こえてきて、あぁ……向かってくる者を殺しているのはリュウデリアらしいなと、自然と綻んでしまう。本当に好きだ。好きで好きで仕方ない。愛している私のリュウデリア。


 放っておいてもいいのに、見て見ぬ振りでも良かったのに、攫われた私のために神界に乗り込み、このクソ野郎の最高戦力である、あの四天神までも斃して向かってきてくれた愛しい龍。


 大扉が叩かれる。ばこんと大きな音を立てて、黄金の扉が砕けていく。何度も叩いて無理矢理破壊し、大扉は拉げながら倒れた。愛しいリュウデリアがそこに居る。それだけで私は胸の高鳴りを抑えることは出来ない。だが、そんなリュウデリア……見るも無惨な姿で立っていた。




「リュウ……デリア……っ」


「……っ……ごぼ……迎えに来たぞ……オリヴィア。大丈夫だ……お前を泣かせる塵芥は……俺が殺してやる……お前を攫う塵芥も……俺が殺してやる……お前の敵は……俺が殲滅してやる」


「そんな……そんな姿になってまで……っ!!」


「あと少し……だ……そしたら……帰るぞ……一緒に……地上へ……」


「あぁ……あぁ……っ!私も……私もお前と一緒に……っ!!リュウデリアと一緒に帰りたいっ!!」




 左腕が肩から無くなり、自慢にしていた翼も無くなり、右眼は潰れ、全身傷だらけで穴も開いている。口を開けば血を吐き出し、私の友神達に支えられて漸く立っているといった姿だった。このやられようは、恐らく四天神を1匹で相手していたのだろう。クレアとバルガスはリュウデリアを此処へ向かわせるために他の神を相手しているに違いない。


 涙が溢れて仕方ない。こんなになるまで、なってまで来てくれた事が嬉しくて嬉しくて。敵には嘲りと殺意を宿す黄金の瞳が、私には柔らかく向けられる。愛おしいものを見る目を向けられて、今すぐ近くに行って抱き締めたい。だがそれを、最高神のクソ野郎が赦さない。




「──────よくぞ此処まで来たな、地上の龍よ。その力は稀有なものであると評し、褒めて遣わす。感涙に噎せて幸福を噛み締めるが良いぞ」


「………………………。」


「だが……貴様は我の妃に目をつけた。いくら我の妃が美しいからといって、その行為は万死に値する。故に貴様は自害せよ。それで我は貴様のこれまでのことを赦してやろうぞ」


「……そうか。お前は──────そこまで死にたいか」




 レツェル。リーニス。ラファンダの支えを振り払って近付き、全身から純黒を放出した。空間が軋み、宮殿が……いや、世界樹も神界の大地すらも揺れ動かしている。何時だったか、魔力は感情の起伏に作用されると言っていた。ならば確かに、これはリュウデリアの純粋な殺意だ。殺意の鼓動に反応して、純黒が総てを呑み込もうとしている。


 敵となることを赦さない純黒が部屋を染め上げていく。それを見ながら最高神は目を細め、手の中に出現させた煌めく黄金の槍を持ち上げ、石突で床を突いた。最高神の力の波動が波紋のようになって広がり、私とリュウデリアと最高神だけに作用している。何かをしたと思ったその時……。






 私達は玉座の間から移動していた。恒星が傍を流れ、眼下に直列した太陽系が広がる、現実ではない虚実にして、現実と変わらない擬似的宇宙空間へと。






 ──────────────────


 女神の花園


 行き場を失ったり、男神から離れたところで暮らしたい、逃げたい、同じ女神と仲良くしたいなど、色々な理由で女神が集まる場所。男子禁制であり、入ることは禁じられている。





 遠見の女神


 別の景色を見ることが出来る女神で、景色が反射するものに、その景色を映し出すことが出来る。日がな一日地上を覗いている。手は出さず、あくまで見ているだけの存在。





 最高神デヴィノス


 頭の中では既にオリヴィアは俺の女状態。なので一緒に居たリュウデリアは、責任を取って嬉々として自害するのが当然という考え。クソ過ぎる。だが力は本物なので現実ではない虚実だけど現実と変わらない、嘘で本物の世界を1つ創造した。縛りの神の権能の完全上位の空間。


 リーニス、ラファンダ、レツェルから中指立てられているのに、照れるとは愛い奴らめ……と思っている。満場一致で死ねと言われていることには永遠に気が付かない。





 リーニス&ラファンダ&レツェル


 リュウデリアに手を振り払われて大丈夫なのかと思ったが、純黒が溢れて危険だと察知してその場から退避した。レツェルは酒を飲むと、完全に酔っ払ったオッサンみたいになる。





 オリヴィア


 本当は来て欲しかったけど、最高神や四天神が居るから無理して来て欲しくないという気持ちが相反している。でも自分のために来てくれているのがやっぱり嬉しい。


 四天神の相手をして此処まで来て、ボロボロの姿を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。指先も冷たい気がする。心配で堪らない。


 実は最初にリュウデリアを見つけた時点で一目惚れしてた。





 リュウデリア


 オリヴィアの敵は全てぶち殺すマンに進化した。なので最高神はぶち殺す。てか、言動がクソウザイので殺す。どちらにせよ殺す。


 求めていたオリヴィアの姿を見ることが出来て、ホッとした。




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