第76話 制約
「報告にあった純黒の龍……まさか……」
世界樹の頂上に在る大宮殿。そのとある場所にて、最高神のデヴィノスは薄暗い通路を歩いていた。灯りがあっても、それは壁に付けられている消えない蝋燭の火のみ。それだけを使って視界を確保して進んでいる。
ここは最高神にしか解らず、知らない秘密の場所へ続く通路であり、そこにはある石板が置かれているのだ。宮殿から出て四天神を呼びつけ、侵入者であるリュウデリア達を甚振って殺せと命令してから、ついてくる護衛の神々を散らせて自身のみで来た。
薄暗い通路を進み続けると、古く錆びた両開きの扉が見えてきた。天井いっぱいまである高さの扉に手を掛けて押し込んで開くと、中はそこまで広い訳でなく、普通の一室と同じくらいだろう。石壁に囲まれており、窓なんてものもなく、頼りの明かりは通路と同じく燃え尽きない蝋燭の灯火だけだ。
そんな薄暗く、薄気味悪い部屋の中央に台が置かれており、その上に石板が1つ設置されていた。歩いて近付き、石板には触れずに見下ろして刻まれている文字を読んでいく。悠久の時を生きる神でも古いと言わざるを得ないそれには、過去にあったある出来事の事が書かれていた。
「ある日、神々の世に大いなる破壊の獣が顕れた。その獣は神々を喰らい、神々の世を蹂躙し、災厄を撒き散らした。世界は滅び、神をも含んだ生命の絶滅が訪れようとした時、獣を狩る存在が姿を見せる。その者は純黒。総てを呑み込む闇であり深淵の存在。獣と対する
最高神であるデヴィノスであっても、この大いなる獣の話は知らないのだ。何千年も最高神をしているが、自身が誕生した時にそんな者が攻め込んで来たという記憶は無い。つまり自身の前の最高神はその獣の手によって殺されたのだろう。どんな力なのかは知らないが、神を根底から殺すことが出来る力は、今外で戦いの神々が相手をしている龍達のようだ。
本当にごく少数ではあるが、その大いなる獣を知っている者は居る。四天神である時の神のクカイロスがそうなのだが、彼は既にリュウデリアに根底から殺されてしまったので知る者の1人とはもう言えない。
あとは鍛冶を司る神やら善神やらと数柱が居るだけだ。獣に根底から殺されてしまった事により、当時の状況を知る事が出来なくなってしまった。覚えている神は、その時に生き延びて殺されなかった者達である。それ以外の世界樹周辺であったり獣と純黒の者が戦ったとされる場所に運悪く居たり、獣を殺した後の純黒の者に殺されてしまった神は何も知らない。
神々の世である神界は無限の大地を持っているというのに、それすらも滅ぼそうとするとは、一体どれだけの強さを持つ獣なのだろうか。そしてその獣を殺してしまう純黒の者とは一体何だったのか。知る事が出来なくなってしまった事に少しつまらないと感じながら、デヴィノスは石板に彫られた文字を指先でなぞった。
そして思うのだ。我がその場に居れば、獣とやらと純黒の者とやらには好き勝手させなかったというのに……と。彼は自身こそが最高神であるに相応しいと一切の疑いもなく、そして神界を統べるに当然の力を持った至高の存在であると考えている。故に獣だろうが純黒だろうが、自身の敵ではないとしか思えないのだ。
事実、彼はそれだけの力を持っている。最高神は伊達ではないのだ。それに、彼は獣に関係するだろうものを己の手で封印しているからこそ、負けるはずがないと自信を持って言えるのだ。“奴”は強大な力を持っていた。殺すことは出来ない存在なので、致し方なく封印という形を取っているが、殺すことさえ出来れば必ず殺せた。
「純黒の色をした龍という事で確認に来たが、関係性は無さそうだな。四天神共を斃しているようだが、負傷しているようではないか。ならば我の敵ではなし。存分に愚かさを刻み込んでくれようぞ、侵入者よ。精々我を興じさせよ」
単なる確認で来ただけのデヴィノスはその場から踵を返して扉へ向かった。錆びた古い扉を通って通路を歩いていくと、開きっぱなしだった扉は、人知れず錆びた金属が擦り合う音が響きながら閉まっていった。
少し気になった事を確認し終えたデヴィノスは、通路を進んで宮殿の美しい廊下へと出て玉座の間を目指す。四天神を斃して勢い付いている侵入者が、万が一宮殿まで辿り着いた時のことを考えて。
擬似世界から2度目の脱出をしたリュウデリアは、すぐに縛りの神を殺そうとしたのだが、予めクカイロスを斃す事を知って殺されない為に避難していた。避難場所は四天神の隣。これならばそう簡単に手出しできないだろうという魂胆が丸見えだ。
実際、四天神の相手はリュウデリアでも時間を掛けてしまうので、次は何の神なのか知らない以上無闇に飛び込んでいくのは賢明ではない。この2戦で神の、それも上位の力を持つ者の権能は凄まじい力を持っているということはしっかりと把握したので油断はしなかった。
四天神に護られている縛りの神が、3度目の擬似世界へとリュウデリアと四天神を跳ばした。いい加減に学べば良いものを、態々一対一になるように仕向けてくるのだ。雑兵としか思っていない数多の戦いの神を波が如く嗾けるのは無意味だが、四天神が一度に複数攻め込んでくれば自身もどうなるか解らないというものを……。そう思うが、口には出さない。不利になるのは自身だからだ。
一度に四天神4柱に攻め込まれてしまえば、敗色濃厚だっただろうが、1柱ずつ戦うならば権能を攻略してしまえばもう勝ちとなる。それ故にリュウデリアとしても、どうせ立ち塞がるというのならば自身にとって勝つ確率が高い一対一は望むところだ。
次に跳ばされた擬似世界の模様は、足下が踏んでも波紋すら作らない水面であり、周囲の景色は異常なものだった。遙か遠くに大きさの違う巨大なシャボン玉が所狭しと並んでおり、場所を変えながら1つ1つが移動している。シャボン玉とシャボン玉との間から見えるのは空色で、シャボン玉によって囲まれているようなものだった。
足踏みをしてみても石のように動かない水面もよくわからない原理で不可思議だった。まあこの世界は所詮縛りの神が創りあげた擬似的な世界なので、どんな変な景色であっても不思議ではない。そこに、リュウデリアと四天神の1柱が跳ばされていた。
四天神は男であり、丈が長くて足下まである白衣を羽織った研究者のような姿をした神。短めの黒髪に開けているのか分からないくらいの薄目をしていて、白衣のような服のポケットに手を突き入れて立っている。体付きは普通で、近接で戦うような見た目をしてはいなかった。
そんな四天神が右手をポケットの中から出して、人差し指を向けてきた。瞬間、リュウデリアは全力でその場から右へ移動して回避行動を取った。遅緩する世界に入り込んでまでした回避行動だったのだが、訳の解らない攻撃に晒されてしまい、彼の左脇腹が半径10センチ程の半円を描いて消し飛んでしまった。
「……っぐ……ッ!!」
「君を囲っていた戦いの神達や、斃された四天神のように私を斃せると思わないことだ。それに、君のその純黒が私達神の権能を無効化出来ることは把握している。そこで私も、君の純黒に対応出来るように私の全てを費やそうと思う」
「──────ッ!!」
「それに、今の一撃で通用することが証明された。防御は無駄だと思うといい」
「チッ……ッ!!」
──────
四天神はその場から動かない。恐らく純黒なる魔力を身に纏ったリュウデリアが直接攻撃してくるのを警戒しているのだろう。一度触れられて純黒に侵蝕されてしまえば、もう逃げられることは出来ない。少しずつ侵蝕が広がっていき、必ず神の命に王手を掛けるのだ。
そして純黒が無くてもリュウデリアの単純な攻撃が致命傷に成り得る。膂力が違いすぎるので、頭を掴まれでもすれば、そのまま握り潰されてしまう可能性が絶大だ。現に時の神のクカイロスは、頭を掴んだまま易々と引き千切ってしまったのだから。それは今相手にしている四天神が見ていないので知らないとしても、ここに来るまでに戦いの神の四肢や頭を握り潰したり引き千切ったりしているのでそれを見られたと考えるべきか。
取り敢えず、リュウデリアは前方に純黒の魔力障壁を展開した。四天神は変わらず右手の人差し指を向けており、何となくの勘で何かが飛ばされたことを察した。さてどうなるかと身構えながら待っていると、障壁に半径10センチ程度の穴が開けられた。最初は小さい円を描いて、大きさを増して半径10センチ程度に至ったことから、飛んできているものは球体だ。
顔目掛けて飛んできた不可視の球体を首を逸らして避けた。消し飛んだ部分が無いので完全に避けられたことを確信しながら、純黒なる魔力が四天神の権能によって消されことを認める。この目でしっかりと見た以上は到底信じ切れないものでも信じるしかないのだ。
穴が開いた障壁の向こうに四天神が見える。だが様子がおかしかった。顔中に脂汗を掻いて、少しだけ息が荒くなっている。別に何か攻撃した訳でもないのに、疲労しているというのは不可解なものだった。しかしリュウデリアはその原因が解った。四天神の気配が若干弱くなっているのだ。
他の神々と比べて一目瞭然の強い気配を発していたので、元と比べればそこまで弱くなったというものではないのだが、明らかに気配が弱くなっている。しかし戦意は失っておらず、立て続けに不可視の消滅させる球体を飛ばしてきた。前方に展開した純黒の障壁に穴が開くので来る場所は事前に解るが、やはり純黒が円形に消滅する。
15発も飛ばされたが、消滅した障壁のお陰で避けることは容易い。出来るだけ最小限の動きで避けていき、障壁を張っていない左右や背後を警戒しておきながら思考する。飛んでくるのは消滅する球体。今のところは正面から真っ直ぐ飛ばしているだけで、1発撃つごとに気配が弱くなっていく。
穴だらけになった純黒の障壁を消して、また新たに1枚目とは違った膨大な魔力を注ぎ込み、厚みを増して展開する。すると飛ばされた消滅する球体が、障壁を消滅させながら進む速度が落ちた事にいち早く気が付き、その消滅の仕方によって四天神が何の神なのかを把握し、純黒が権能に消されている理由も看破した。
「お前──────空間の神だな」
「……はぁ……見切るのが早いな」
「それにお前は権能を使う度に己の命を削り、威力を底上げしている。だがこれだけではまだ俺の
「……そうだ。知られてしまった以上は仕方ない。私は四天神が1柱。空間を司る神、カオラス。君の純黒を削っているのは推測の通りだ。そうでもしないと空間ごと消すのは無理だからね」
空間の神であるカオラスは、リュウデリアが戦いの神と戦っているのを見て、神を侵蝕したり根底からの死を与えたりしているのに厄介性を見出した。結果として権能までも無効化しているのだから、厄介性は滑車を掛けているだろう。
空間を削るのが一番の有効打の筈だが純黒なる魔力には効くとは思えない。そこで命という神にとっても大事なものを捧げることで、制約として権能の力を増大させた。そこへ球体を内側へ無数に重ねる事により、触れたものを消し飛ばしながら進む球体を生み出している。
ただし、命を使いながら無数に重ねた球体はそこまで大きくすることが出来ず、数も多くは一度に出せない。急な方向転換も出来ないので直線にしか飛ばせない。命も賭けているので長続きもしないだろう。純黒を破るためにかなりのものを犠牲にして漸く純黒を消せている。逆を言えばこれだけしないと満足に攻撃出来ないし、通らないのだ。
だが全部が全部、小さい球体で終わる訳がない。カオラスは神であり四天神だ。リュウデリアをここで消す為に居る以上は、意地でも消す。リュウデリアはそんな覚悟の決まったカオラスに、嫌な予感を感じたのだった。
──────────────────
デヴィノス
秘密の部屋に入って昔あった事を確認した。過去に神界は滅ぼされかけた事があり、その時にも純黒の何かが居た。大いなる獣との戦いの余波だけで相当数の神々が死んだとされている。最高神もその時に死んだらしく、デヴィノスはその時の記憶も持たずに新たな最高神として生まれた。
大いなる獣
突如として顕れ、神界を滅ぼそうとした獣。その力は凄まじく、自身の力のみで神々を根底から殺した。そして同じく顕れた純黒の者との戦いに発展し、神々に多大な犠牲を払わせながらも純黒に敗北した。
純黒の者
神界を荒らし回って神々を殺し喰っていた大いなる獣と敵対し、周囲に尋常じゃない被害を齎しながらも、獣を殺した存在。後に救ったように思われた神々をも殺し始めるが忽然と姿を消す。
四天神、空間の神カオラス
リュウデリアの純黒を空間ごと削って消滅させていた神。原理は神としての命を使って威力を底上げし、無数に消滅の球体を重ね掛けることによって、一番外側と対消滅させながら突き進める。
痩せ型の体型に研究者を思わせる白衣を身に纏った黒髪の神であり、リュウデリアの戦い方を少し観察してからこの手を考えた。命を削っていることに何とも思っていない。その代わりにリュウデリアをこの場で消すと決めている。
リュウデリア
理不尽な力を持つ神の権能の攻略方々に慣れてきた。カオラスが純黒なる魔力を消滅させたことに驚いたが、命を使いながら拮抗して対消滅させながら球体を飛ばしているのだと知ると納得した。つまりは数で押しているだけである……と。
制約
制約とは、何かを得るために何かを使わない……等といった縛りを化すこと。それによっては同じ魔法でも威力が違ってくる。
ただし、これをやるにも相当な実力が無いと使用できない高度な技なので、誰でも出来る訳ではない。某ハンターの制約と誓約みたいなもの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます