第221話  防御させる一撃




 ヤルダの力により呪界へ辿り着いたリュウデリアとオリヴィア一行。しかし、現地に着いてみて明かされたのは、何者かの攻撃によって壊滅的な被害を受けた呪怨達の情報だった。誰かは判らず、どんな攻撃だったかも解明できない。


 エネルギー生命体である呪怨を殺すには、普通の力では不可能に近い。物理で斃したとしても、それは所詮乗っ取った肉体を殺しただけに過ぎず、本体へのダメージは0に等しいからだ。それを超えて呪怨を殺したとなると、リュウデリアの純黒なる魔力のように、特異な力である可能性が高い。


 地球とは別次元の世界である呪界について、リュウデリアとオリヴィアは全くと言って良いほど知らないので、それらしき力を使うような奴が呪界に居なかったかヤルダに問い掛けるも、そんな者が居たならばリュウデリア達に頼る前に頼っているという、至極真っ当な答えが返ってきた。


 今まで見つからないように身を潜め、密かに牙を研ぎ、満を持して現れてキオウという呪王の右腕を殺害したのか、それとも完全なイレギュラーだったのか。そこまでは判明しないが、生き残っていた呪怨の残党の怯えようからすると、キオウとやらが死んだのはほぼ間違いないと言っても過言ではない。




「さて、どうするか」


「呪王の右腕が死んだならば、呪王も一緒に殺されているんじゃないか?それなら、リュウデリアが気を引かれるような相手は居ないだろう。帰るか?」


「ふーむ。空気も悪ければ光景も最悪なこんな世界に居たいとは思わないが……だからと言って、来てすぐ帰るというのもな……」


「あぁ……もったいない感じはするな」


「……む、そうか。オリヴィアの魔法の練習にこの世界を使うとしよう。自然への被害なんぞ考えなくて良いからな」


「おぉ……っ!」




 街や村が近く、森などといった自然がある場所の近くでは高威力の魔法を使うことができない。練習と言ったら、人間として戦った場合の火力に抑えてしまう。それではいざという時の高威力の魔法を放つ際に設定を間違えたり、通常の威力との差異に慣れないことも有り得る。なので、此処で少し練習をしていく事にした。


 元より自然など死滅していて見当たらず、動物も居なければ人間も殆ど居ないような世界である。破壊するつもりぐらいで丁度良いだろう。ヤルダも、こんな世界を有効的に使えるのならば、是非とも使って欲しいと乗り気である。


 情報収集をしないといけないのは分かっているが、急いだところで変わらないだろうという考えで、オリヴィアの特訓に入った。と言っても、生き残っているか判らない呪怨よりも、愛する伴侶のオリヴィアのことを優先するのは彼の中で当たり前なのだろうが。そして、リュウデリアが特訓に付き合っている間に、しないといけない情報収集はヤルダにやらせる。




「おい。お前は強い生き残りが居ないか探してこい。情報収集だ。呪怨同士は殺せず、お前は依り代を必要としないのだろう?ならば裏切りへの報復で攻撃されようと死なんだろう。ある程度の情報を集めたら戻ってこい」


「はい、畏まりました。少々お待ちくださいませ」


「聞き分けが良いな」


「懇願し、来てもらった立場ですから。私にできることは何なりと」




 そう言ってその場から飛んで去っていったヤルダ。エネルギー生命体である呪怨は同士討ちができず、ましてやヤルダは短期間なら依り代を必要としない特殊な個体なので襲われたとしても死ぬことは無い。そこで、特訓している間の情報収集をさせる。


 ヤルダも、頼んで来てもらった立場なのを理解しており、否を唱えることは無かった。ヤルダが居なくなり、リュウデリアとオリヴィアだけになると、両者は距離を取った。魔法を使う特訓をするときは、基本的にオリヴィアが彼に向かって魔法を放つのだ。普通は傷つける可能性があり危険だからやらないのだが、彼の防御力を考えれば心配は要らない。


 頭の中で使う魔法を想像する。両手を前に持ってきて地面と平行になるように腕を伸ばして構えると、目前に純黒の魔法陣が展開された。膨大な魔力を注ぎ込み、魔法が発動する。陽の光を遮る暗雲に純黒の雷が帯電する。その一撃は雷神の如く。天より落ちて万物を灰燼と化す一撃だった。




「──────『純黒の落雷トル・モォラ』」




 天より落とされし純黒の雷は、一直線にリュウデリアの元へ落ちた。眩い黒き光に一瞬視界が呑み込まれ、閃光と共に大爆発を引き起こした。爆風で辺り一帯の腐り果てた木や澱んだ水が吹き飛ばされていき、岩盤が捲れて砕けていく。爆煙が朦々と発生し、火山雷のように黒煙に純黒の雷が帯電していた。


 凄まじい威力の一撃。落とされたリュウデリアを中心として、そこには隕石が墜ちたようなクレーターが形成されている。覗き込まなければ底が見えないくらいの深さがあり、こんなものを常人に向ければ髪の毛どころか細胞一つ残さず消し飛ばしていることだろう。


 圧倒的破壊力を持つ魔法を、真面に受けたリュウデリアはどうなったのか。彼は深い穴と化したクレーターの中央に居る。足元は無事で、円柱状に地面が残っていた。彼右腕を上に出して、前腕部分で雷を受けたようだった。彼の腕から煙が上がっている。純黒の雷が衝突した箇所だろう。煙が上がる以外に何か起きた様子も無い。流石の防御力。この程度では彼に掠り傷すら負わせられない。




「流石は純黒の魔力。鱗を通じて痛みが来た。だが、まだまだ威力不足だな。俺には当然通じないが、今の威力では他の龍も倒しきることはできない」


「……炎龍王の娘の彼奴にもか?」


「イルフィか?そうだな……擬人化していて尚且つ、複数発撃ち込めばもしかするかも知れんが、本来の龍の姿ならば少しは効いても決定打には到底ならんな」


「こればかりは私の想像力だからな……」


「更に火力が高められた場合の魔法が想像できないか?」


「難しいな。無理に想像しようとすると、今の一撃くらいの威力を勝手に想像してしまう」


「ふーむ。確かに頭で考えるだけで発動するということは、やはり考え方次第では威力にムラが出るということだからな」


「私には魔力が無い。だから魔法陣やらを構築する事ができないのだが、リュウデリアはどうやって威力を決めているんだ?」


「俺か?」




 オリヴィアの中で、リュウデリアこそ最強の龍という認識である。魔法に於いても肉体的な強さに於いても、精神面だって強靭で強いと。そんな彼の扱う魔法は、超広範囲を狙った殲滅魔法である。単純な莫大な魔力に任せたゴリ押し戦法に思えて、相手の五感を狂わせたり精神へ影響を与える魔法であったりと種類が様々だ。


 クレアは風の魔法を得意としていて、バルガスが雷の魔法を得意としている中で、リュウデリアには苦手も無ければ特別得意という魔法も無い。つまりはオールラウンダーなのだ。どんな魔法も高水準で扱うことができてしまう。炎も水も風も雷も土も、何でも扱えてしまい、加えて超高威力なので、それらをどうやって使っているのか知りたかった。


 言わずとも知れた女神のオリヴィア。内に魔力を宿していないからこそ、魔法陣を展開することはできず、それにより魔法が使えない。だから、リュウデリアがどんな風に魔法を使っているのか聞いても完璧に理解することはできない。何となく察することもできないのだ。だがそれでも、彼のことならば何でも知りたいと思う、オリヴィアの乙女心の問題でもあるのだろうが。




「魔法とは答えで、魔法陣とは答えを成り立たせるための式だ。どれだけ小難しく魔法陣を構築したとしても、答えがある以上規則性がある。つまり、簡単に言ってしまえばパズルなのだ、魔法とは」


「ふーん……?」


「答えが10なら、過程は何でも良い。最終的に10になりさえすればな。もちろん、魔法の効果である属性や範囲、威力に指向性による方向などを組み込まなければならない。更には炎系魔法ならば炎系魔法の公式のようなものがある。1+1が炎系魔法の公式ならば、それを混ぜて造る」


「自分が創った文字やら数字でも成り立つのか?」


「成り立つぞ。1があるなら、1に成り代わるものを当て嵌め、それが式として成立さえしているならばな。そういった内容のすり替えや難解化が、魔法の乗っ取りを防ぐ手立てになる。単純であればあるほど、乗っ取るのが容易い。俺は独自の法則性を使い、術式中に式に使う単語を鏤めている。しかも時間が経過するごとに式は自動的にランダムで切り替わる。式が成り立つことを前提とさせながらな」


「直接手を加えずとも、勝手に書き換わるのか?」


「実はな。言ったろう?独自の法則性を使っていると。切り替えるための術式もまた組み込まれているが、解ける者はそうそう居ないだろうな。クレアとバルガスですら途中で諦めたらしいぞ。曰く、切り替わるまでが速過ぎる上に難解すぎて面倒くさくなるし、仮にできても労力に合わないのだそうだ」


「クレア達でダメなら人間には無理だろうな」




 既存の魔法ならば既に式と答えがあるので、それをそのまま使って魔力を流し込めば発動できる。利点は頭で構築する必要が無いので発動するまでの時間が極端に短いこと。欠点は、魔法そのものを乗っ取られる可能性が高いことだ。リュウデリアは当然既存の魔法は使わない。威力不足という点もあるが、乗っ取られやすい魔法を彼が使う訳がない。


 魔法には魔力が必要不可欠であり、術式の構築にも使用する。魔力とは、無くてはならない部品なのだ。それが無いオリヴィアには魔法の単独行使は不可能であり、それ故に魔法の構築に於ける詳細は言われても理解しがたい内容になる。何せ経験が無いのだから。




「私にも魔力があればな……リュウデリアと一緒に色々な魔法を試して研鑽ができたのだが」


「それは魅力的ではあるが、神に魔力をな……俺には思いつかん。俺が権能を使えるようになるようなものだろう?」


「そう言われてしまうと、私も思いつかないな……」


「まあいい。そのローブさえあればオリヴィアが魔法を使えるんだ。この世界ならば遠慮は要らん。想像できるだけの魔法を使っていいぞ」


「では、これならどうだッ!」




 翼を広げて円柱状に残った足場から飛んでクレーターの外側に移動したリュウデリアに向けて突貫した。反撃が無いので思う存分真っ正面から向かっていける。彼の元へ辿り着く前に、両手の中に剣を1本ずつ魔力で形成した。


 剣戟での戦いをご所望か?と思っていたリュウデリアが、尻尾の先に魔力の刃を造り出そうとしてやめる。オリヴィアは魔力で強化した身体能力を使って刹那の内に彼の目の前まで接近し、両手の剣の鋒を向けた。膨大な魔力が鋒に集中していき、魔力の塊を形成した。放たれる瞬間を魔力が待ち望んでおり、ノーガードのリュウデリアへ解放した。




「──────『番われた魔剣の煌めきフォトン・デュア・セイヴァー』ッ!!」




「おぉ……ッ!」




 番われた魔力の双剣から放たれたのは、極太の純黒なる光線だった。リュウデリアの全容を容易に呑み込み、地中深くまで抉って削り取って行きながら地平線の彼方まで伸びていった。莫大な魔力をそのままに、指向性を持たせて1度に解放する一撃。理論はリュウデリアの咆哮ブレスと同じである。


 この技は猫でありながら突然変異として生まれ、驚異的な魔力に恵まれた1匹の猫、フィーが使っていたものだ。本来は彼女が使用していた魔剣イーリングルムで、相手から奪った魔力を加えて解放する大技なのだが、魔剣は今リュウデリアの異空間の中にあるので魔力で造った双剣で代用している。


 リュウデリアが得意技としている咆哮ブレスのように、光線状に飛んでいく魔法をやってみたいと密かに思っていたオリヴィア。フィーがこの技をやっているのを見て、これならば私にもできるかも知れないと考えていた。魔剣を譲られ、猫に戻ったフィーに代わり使った魔力の光線は、向けられたリュウデリア感嘆の声を漏らす出来だった。


 込められた魔力は『英雄』クラスのもの。光線の直径は約1キロメートルにも及んだ。地中を500メートル近く抉るこの光線の威力に、撃ち放ったオリヴィアでさえも少し驚いている様子。まさかここまでの威力で撃てるとは思わなかったのだ。純黒の光線は続き、時間にして10秒は照射されていた。


 込めた魔力が切れて光線が少しずつ細くなっていく。撃った本人であるオリヴィアも驚いたまま固まっていたが、その想像以上の威力にハッとした。思い切り撃ち込んでしまったリュウデリアがどうなっているのか遅れて気がついたのだ。


 件のリュウデリアと言えば、両腕を顔の前に出してX字にクロスさせ、防御の姿勢に入っていた。彼の後ろの地面は、彼の体の大きさの幅だけ抉れていないが、その前はものの見事に消し飛ばされていた。彼が防御の姿勢に入るほどの威力ということは、相当なものだろう。オリヴィアはサッと顔色を青くした。


 効かないことを前提に撃っていたので、彼を傷つけてしまったともなれば自分の所為である。負傷したなら治すために、その場から駆け出そうとして1歩踏み出した。


 が、1歩踏み出した後にリュウデリアが大きく息を吐き出した。しゅうぅ……と口から蒸気のような息を勢いよく吐き出す。防御の腕を下ろして静かにオリヴィアの方に向かって歩き出した。顔を俯かせながら向かってくるので少し怖い。思っていたよりも痛くて怒っているのだろうかと不安になった。


 彼が駆け出す。足元の地面を陥没させ、消し飛ばされた地面を一足跳びで越え、オリヴィアの前までやって来た。大きさの差で見上げるが、それも恐る恐るだ。愛する伴侶に怒られるのはオリヴィアも嫌だ。しかしやってしまったことは変わらない。これは受け入れようと目を強く瞑った彼女に、純黒の手が伸ばされる。そして……脇に手を入れて上に持ち上げた。




「──────凄いではないか!オリヴィアッ!」


「え?」


「俺と同じ魔力の放出方法だったな!お揃いだ!ははははははははははははっ!!!!」


「り、リュウデリア……?」


「それに試しに撃っただけであの威力ッ!素晴らしいッ!放出までの時間も申し分ないッ!回数を重ねれば慣れて更に速度も上がるだろうッ!思わず俺が防御するほどの威力だッ!あれならそこらの龍にも通用するだろうッ!はっはははははははははははははははッ!!!!」


「ふぐっ……」




 上に持ち上げられてクルクルと回り、楽しそうに笑うリュウデリア。どこからどう見てもご機嫌なそれで、オリヴィアはてっきり怒られるのだと思っていただけに差異が大きくてポカンとしていた。暫く持ち上げられたまま回り、気が済むとギュッと抱き締められた。


 背中までしっかりと腕を回され、潰されない程度の強い力で抱き締められる。彼の胸板に顔を押しつけられながら、オリヴィアは頭の上に幾つものクエスチョンマークを浮かべていた。何がそこまで彼を上機嫌にさせているのかよく解っていないのだ。まあ、今は嬉しそうだし、抱き締められるのもオリヴィアとしてはドンと来いなのでこのままにしようと思う。







 抱き締められながら、グリグリと頬擦りされているオリヴィアは、よく解らないがクスクスと笑い、くすぐったそうに笑った。








 ──────────────────



 ヤルダ


 現在情報収集中。ついでに残党がどのくらい生き残っているか捜索中。後ろの方から極太の光線が飛んできて掠りかけた。危なくオリヴィアに殺されるところだった。





 リュウデリア


 オリヴィアが自分と同じ魔力の放出方法だったので嬉しくてテンションがぶち上がっている。それに初めて撃ったにしてはとんでもない魔力出力であり、自分がつい防御してしまうくらいの威力だったので嬉しかった。


 オリヴィアが強くなるのは喜ばしい事なので、リュウデリアとしては大歓迎。光線は少し痛かったが、そんなことは全く気にしていない。





 オリヴィア


 思っていたよりも放った光線との相性が良く、想像していたよりも高威力になった。リュウデリアが防御するということは、それはつまり絶対にやりすぎたということなので青くなったが、怒られるどころかめちゃくちゃ褒められて困惑した。


 何でそんなに機嫌が良いのか聞きたいが、ギュウギュウ抱き締められるのが嬉しくて黙ってそのままにしている。顔がニヤけているのは当たり前。



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