第38話  まだ始まり





「──────ははッ!!ハハハハハハハハハッ!!そら征くぞッ!!今度は俺の番だッ!!」


「──────ッ……!!ぬぅ……ッ!!」




 翼を大きく精一杯広げた後、一度の羽ばたきでバルガスが肉薄にした。速い。そう思った時には目前の、懐に入り込まれて腹部に硬く握った右拳が捻じ込まれていた。一切の容赦が無い、鳩尾を抉り込むような殴打は内臓にまで容易に響く。ごぽりと血を吐きはしても、その場で耐える。


 打ち込まれた衝撃が背中から突き抜けて背後で砂塵を巻き上げた。だが大丈夫だ。鱗に罅が入っただけで大事は無い。みしりとめり込む拳と、ダメージを受けている事を確信しながら嗤っているリュウデリア。そしてその右腕を両手で掴む。


 何度か決闘をしたが、バルガスはそのどの相手も掴むだけで骨を粉々に粉砕し、少し力を入れただけで引き千切った。だが今回はそうもいかない。掴んだリュウデリアの腕が硬く、頑丈だったからだ。自身の腕よりも幾らか細い腕を掴み、肉を抉ってやろうと思ったが、見た目以上に中身が筋肉で詰まっている。超密度と言ってもいい。


 発せられる気配の強さから、肉体的な強さまである程度は把握していたつもりだが、どうやらこの純黒の黒龍も自身と同じように類い稀なる肉体に恵まれているらしい。龍という面を考慮しても怪物と評すしかかない筋肉密度。骨密度とのバランス。全てが完璧以上に完璧。


 右腕を掴まれた時、リュウデリアも左腕でバルガスの右腕を掴んで引き剥がしに掛かっている。互いに腕を掴み合って腕の筋肉が隆起する。びきびきとなりそうな程膨張する筋肉と、全力で掴んでいる事で眉間に力が入り、ヒクつく口角。鱗に覆われていて解らないが、人間だったならば腕や顔中に青筋を浮かべて血管が剥き出しになっている事だろう。


 力んだ力は腕だけではなく、全身を使っている。握力だけで互いの鱗に小さな罅を入れ始め、拘束を外そうとしているだけなのに2匹の足下は砕けていき、立ち上る覇気と肉体を強化している魔力によって地面の破片が浮かび上がって砕け散り、砂となっていく。




「──────ッ!!ふはッ。腕を斬り落とすつもりかァ?」


「……なんという切れ味」


「はッ!仲良くテメェ等でお手々繋いでっから隙だらけなんだよバーカ」




 2匹で筋力勝負をしている最中、丁度中間の位置に何かが飛んできた。気配察知で何となく何かが飛んできたことを感じ取り、危険信号が頭に流れ込んで来たので同時に掴んでいる腕を離して後方へと跳躍した。瞬間、三日月状の蒼い風の刃が飛来し、地を裂きながら目の前を過ぎて行った。


 地中深くまで斬り裂かれて一本の線が生まれる。遙か彼方まで飛んでいった風の刃は自然に消滅したが、その威力と切れ味は絶大だった。並の武器どころか名剣でも傷一つ、掠り傷すらつけられない鱗を持っているリュウデリアとバルガスが、避けなければ危険だと瞬間的に思う程の魔法。それを撃ち出したのはクレアであり、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


 魔法……というよりも、尻尾を下から上に向かって振って、その時に生じた風を魔力で強化させたのだろう。普通はリュウデリアとバルガスが危険だと判断して避ける程度のものにはならないはずなのだが、やはりそこは龍の突然変異とも言うべきか。魔法では無く魔力で強化しただけの風で致命傷成り得るのだ。


 距離を取った2匹を見ている蒼い龍のクレアはニヤリと嗤い、今度は尻尾で適当にやるのでは無く、腕を持ち上げて勢い良く振り下ろした。すると、鋭利な爪を立てて行った振り下ろしで生まれた風に魔力を籠めて飛ばしてきた。


 蒼い5つの風の刃が向かってくる。当たれば鱗は裂けてしまうだろう。しかしそう易々と受けてやるつもりは毛頭無い2匹は、魔力を籠めた風の刃の側面を狙って振り払った。消し去るのではなく振り払ったのは、方向転換をさせるためだ。狙うはもう一人の相手。


 リュウデリアとバルガスが弾いた風の刃は衝突しあい、消し飛んだ。考えることが同じだった事に小さく舌打ちをしながら、リュウデリアが仕掛けた。お返しと言わんばかりに、地面すれすれから掬い上げるように爪を立てた手を腕ごと振り上げた。同じく魔力を籠めた事による純黒の風の刃。


 三日月状になって地を斬り裂きながら向かってくる風の刃に臆すること無く、クレアは半歩横へ移動して軽々と避け、純黒の風の刃の後ろから風を纏った手を這わせて体をぐるりと回転させて軌道修正させた。飛んでいく方向を軌道修正された風の刃はバルガスに向けられ、斬り裂かんと差し迫る。


 だがやはり風の刃はバルガスに効かない。人差し指を向けて、指先から赫雷を生み出すと風の刃を覆って無理矢理消し去り、その奥に居るクレアの元まで伸びた。雷よりも速い赫雷をクレアは顔を傾けて避けた。顔を狙った一撃は直撃こそしなかったものの、頬を赫雷が擦っていった。直撃でも無いのに蒼い鱗が黒く焦げて脆くなり、確認のために触れただけで割れた。




「……やるじゃねぇか。んじゃ、今度はかなりキツいのいくぜ──────『螺旋する風塵の嵐テンペンス・ティフォナ』ッ!!」


「──────ッ!?」


「……何……ッ!?」




 蒼い魔法陣が展開され、リュウデリアとバルガスを易々と覆い隠す巨大な竜巻が発生した。顔を両腕で庇って体勢を低くして凌ごうとするのだが、人生で初めての耐えようとする体が無理矢理持ち上がる規模の強風。空を飛ぶ以上風の抵抗の仕方は心得ているのだが、そんなことは無意味だと鼻で笑うように巨大と超重量の2匹を持ち上げて竜巻の内部で振り回した。


 風の渦の中に巻き込まれてしまい、翼を使って体勢を立て直そうとしてもダメだ、風が強すぎる。それも風で振り回されているだけではない、岩や小石が一緒に巻き込まれて弾丸のように飛んでくる。単なる石礫ならば鱗に阻まれてダメージにすらならないが、竜巻の中で加速し続けた石礫は、抉りや破壊を起こさないまでも、着実に鱗へダメージを与えてくる。


 小さな目に見えるかどうかの罅一つでも入れば最後、執拗に石礫が当たってやがては鱗が砕ける。それに鱗よりも格段に柔らかい眼球なんかに当たってしまえば失明は確実。風の渦の中に居る以上どこに居ても射程範囲だ。なので早めに風の檻に思える大竜巻から逃げ果せねばならない。


 ここは一つ、魔法を撃ち込んで無理矢理強制解除させてやろうと、目を瞑っていて平衡感覚が訳の解らない状態になりながら、腕を突き出して魔法陣を展開しようとして、共に巻き込まれているバルガスがリュウデリアより先に魔法陣を展開した。赫い魔法陣が構築されて赫雷が轟く。一条の赫雷が、上空の黒い雲から落ちてきた。




「──────『灰燼へ還す破壊の赫雷エレクトル・サンダリオ』」




 音よりも速いという雷。それすらも軽く凌駕する赫雷が一条、天から落ちて巨大な竜巻の中心を突き抜け、大地へ到達した。そして大爆発を引き起こす。内部からの爆発によって竜巻は跡形も無く消え去り、余りある爆風がクレアを襲う。吹き飛ばされないよう顔を守って翼を畳む。


 薄目を開けて爆風が向かってくる中、前を見ると黒い煙が上空へと上がって行っているではないか。細い赫雷一つにしては爆発の範囲が広すぎるし威力が高すぎる。破壊の一撃と言われて納得しない者は居ないだろう。そして爆発の衝撃が終わっていない最中、大きな影が此方へ向かって飛んでくる。


 バルガスだ。彼が赫雷を纏いながら向かってくる。遅緩する世界にも入り込んだ速度には対応出来るかと思われるクレアだが、当然出来る。流石にリュウデリアとバルガスのように魔力を使わないで入ることは難しいが、魔力で強化すれば何ともない。


 目を細めて遅緩した世界に入り込む。腕を振り上げて拳を叩き付けてくるようだ。筋肉に恵まれたバルガスがやれば脅威となる殴打は、受ける訳にはいかない。腕を前に着き出し、掌を向けて風の障壁を30枚設置した。超至近距離で作られた風の障壁に、バルガスが拳を打ち込む。


 ばきりと音がなって風の障壁がいとも簡単に砕け散る。強度の低いガラスを割ったようだ。拳は風の障壁を叩き割っていくが、10枚を過ぎたら減速し、28枚目で完全に止まった。拳を止められた事に目を細めているバルガスに対して、まるでどうだと笑っているクレアであるが、内心では舌打ちをしていた。


 これまでで1枚すらも割られたことが無い超頑強な風の障壁。それを脆いガラスを殴ったように破壊して、一度の殴打で28枚も割ってきた。念の為に30枚作ったが、危なく全て破壊してくる勢いだった。同じ龍でも、1枚も割った事が無い風の障壁。コイツらはやはり今までの奴等とは全く違うと改めて思う。


 拳を止められたバルガスとて思う事がある。リュウデリアを殴った時、済んでいた。本来ならば頭が消し飛んでも可笑しくは無かった。事実、龍の決闘の時に頭を握り潰す他、殴って消し飛ばした事もある。だから肉体の強さ、内包する魔力の豊潤さ、そしてクレアのような強固な魔法の障壁を作り出す魔法のセンス。それらが全て今までの相手とは違うことで、こんな者達がと安堵し、昂奮するのだ。




「オレの魔法バカみたいに叩き割りやがって筋肉野郎が……吹き飛べオラァッ!!」


「……私の攻撃を止めるのは……お前達くらいだ……焼き消えろ」




 赫き龍のバルガスからは尋常ではない圧力の赫雷が、蒼き龍のクレアからは有り得ない程の強い蒼風が、目前の相手に向かって向けられた。赫雷と蒼風。一歩も譲らない魔法のぶつかり合いは拮抗状態を作り出し、バルガスの背後へ赫雷が返ってきて、蒼風もクレアの背後へ吹き荒れていく。


 赫雷は大地を焼いて砕き、破壊を撒き散らす。蒼風は大地を抉って吹き飛ばし、嵐を生み出す。目と鼻の先に相手が居るというのに放たれた魔法は中間地点で空間の歪みを発生させている。何時暴発しても可笑しくない状態でも2匹は止めない。止めれば最後、相手の魔法を全身で受け止めることになるからだ。


 赫雷か蒼風か?どちらの魔法が相手を呑み込むのか。固唾を呑み込むような熱い拮抗状態は、純黒の光りによって幕を引かれるのだった。先程バルガスが落とした赫雷によって爆煙に包まれた場所から、細い純黒の光線が地を削りながら此方に向かって向かってくるのだ。離れようとするよりも速く、純黒の光線が届いた。




「──────『總て吞み迃む殲滅の晄アルマディア・フレア』」




 凝縮した魔力をただ解放して解き放つものとは違い、範囲を狭めて収束する事により一点集中の破壊力を生み出す。細い見た目とは裏腹に、受ければ光線の直径よりも大きく抉れて消し飛ぶという相反した現象を巻き起こす純黒の光線は、大地に照射しながら上へと角度を上げて突き進み、最後は真上まで登った。


 瞬間、純黒の光線に晒された大地が順々に大爆発を起こしていった。強大な魔力の奔流によって破壊が捲き起こり、赫雷による爆煙よりも巨大な爆煙が広範囲に渡って発生した。更にそこに、バルガスとクレアが魔法をぶつけ合った事で生じていた空間の歪みに第三の莫大な魔力を注ぎ込まれたことにより、暴発して大爆発を引き起こした。


 連鎖的な大爆発が衝撃を発生させて撒き散らす。そもそも放たれた純黒の光線が大地を地中深くまで抉り破壊している。更に爆発。元々何も無かった荒野だったが、最早何も無いとは言えない。破壊された大地という名に変えられている。


 黒い爆煙が風に流れて晴れていく。明瞭な視界が確保できるようになって見えてくるのは、莫大な魔力を籠められた光線による、想像を絶する大爆発で死んでしまった2匹の龍……ではなく、赫い球状の障壁で全身を守っていたバルガスと、同じ蒼い障壁で全身を守っていたクレアだった。


 もう問題ないと判断して障壁を解く。所々が隆起していたり数十メートルに渡って地下深くまで消し飛んでいたりと、戦いが始まる前とは一目瞭然で酷い有様だ。そして残りの爆発の黒煙からリュウデリアが歩いてやって来る。ダメージはバルガスからの初撃の殴打以外には無さそうだ。赫雷を障壁で凌いだのだろう。


 3匹はまた最初の時のように集まった。少しの傷はそれぞれ負ってはいても、深傷ではない。だが相手が強いということが解った。ならばどうするか。ギアを上げる。戦うためのスイッチを完全に入れて、ギアを最高潮まで引き上げるのだ。







 愉しそうに、可笑しそうに嗤う。クツクツ、ケタケタと。これほど出来る者は居なかった。故に、この戦いに終わりが見えた時、勝ったときは酷く寂しい思いをすることだろう。








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