17 異色のバディは再結成だった……?





「私は祈祷師なのですが、あの老樹から恨みの声が聴こえました。あの塀があるばかりに窮屈な思いをしていると。このままであればさらなる祟りを振りまくと申しております」


 噓も方便。

 やや大げさに播磨に言われた少女は息巻いて言った。


「そ、即座に父上に塀を壊すようお伝えする!」


 こちらから播磨の顔は見えないが、おそらく笑みを浮かべたのだろう。ボンッと噴火したように赤面した少女がふらりと後方へ倒れかけ、女房が支えた。


「お、おひいさま! お気を確かに!」


 が、播磨は気にもしない。踵を返したその顔はいつもの無表情に戻っていた。

 さも面倒ごとをやり終えたと言わんばかりにネクタイをゆるめつつ、早足で歩いてくる。なんと罪深い男であろうかと思いはすれど、湊は口にせず、築地塀の上で転がる老樹を見やった。


「これでいいかな?」

『本当に塀をどかしたらな』


 ぽんと大きく跳躍し、木の幹へと戻っていった。

 もとより、人間を嫌っている口ではない。不満さえ解消されたら、祟ることはなくなるだろう。


 ならば次は、猫である。

 枝から四肢を垂らし、うとうととまどろんでいた。

 それを播磨は呆れ顔で見上げた。


「のんきなやつだな……。これだけ人が騒いでいるのによく眠れるものだ」

「猫は気ままですからね。あ!」


 業を煮やしたらしき若人が、長い竹竿でちょいちょいと猫の尻尾をつついている。

 片眼だけ開けた猫が尻尾を大きく忙しなく振った。


「眠りを邪魔されて喜ぶとは変わったやつだ」


 播磨の見当はずれな言葉に、湊は目が点になった。


「――あの播磨さん、あれは怒ってると思うんですけど」

「そうなのか? 犬のように激しく尻尾を振っているだろう?」

「犬と猫は違いますよ。猫が激しく尻尾を振る時は、たいてい怒ってると思います。いまは耳も伏せてぺったんこになっているので――」


 シャーッ! と牙をむいて竹竿に一撃を放つ猫を見て、播磨もようやく納得したようだ。

 うっとうしい竹竿から逃れるべく、枝を器用に渡ったブチ猫が塀へと降りた。しなやかな歩みで塀の上を伝い、飛び降りる。湊へ向かって。

 さっと両腕を広げ、猫を受け止めた。


 こうも速やかに行動できたのは、日頃の賜物である。

 麒麟に加護を与えられて以来、頻繁にこういう事態に出くわすようになったからだ。おかげで小動物の抱え方がうまくなった。

 一部始終を見ていた播磨は、ため息をついた。


「――なんだこの猫は。まるで君の飼い猫のようだな」


 ははは、と笑ってごまかしつつ、湊は仰向けの猫をしかと抱え直す。

 ゴロゴロと盛大に喉が鳴り出し、播磨は猫をまじまじと凝視した。


「この地鳴りのような音はこの猫が出しているのか?」

「はい、機嫌がいい時に鳴らすみたいですね。播磨さん、猫のことをあまり知らないんですね」

「ああ、ろくに接したことがないからな。犬ならうちにいるからだいたいわかるんだが」


 初耳だ。まったく気づかなかった。つい勇んで言ってしまった。


「おうちに犬がいたんですね! 帰る前に会わせてもらってもいいですか!?」


 なにせ犬が好きなもので。なーおと猫に不満げに鳴かれてしまった。『ちょっとあんさん、うちより犬の方がええの?』と言いたげである。

 お詫びの意味を込めてその喉をなでていると、竹竿片手に若人がやってきた。


「助かったわっ! ありがとう!」

「いえいえ、はい、どうぞ」


 拝み倒さんばかりの勢いのその腕に猫を渡そうとすると、猫が爪を立てて服をつかんで離してくれない。すったもんだしたあげく、どうにか託し終えた。


 バケツリレーのごとく運ばれていく猫を後目に、若人が愛想よく訊いてきた。


「あんたら見たことない顔やけど、よそのクニから来たん? 旅の途中?」

「ええ、まぁ……」


 言葉を濁すと、若人は表情を改めて声を落とした。


「まぁ、これからどこにいくんかは訊かんけど、宝亀院あたりには近づかん方がええよ」

「なにかあるのか?」


 すかさず播磨が問うた。目指す先は、その近辺なのかもしれない。

 若人は素早く視線を投げて三々五々に人が散っていくのを見たのち、さらに声をひそめた。


「あのへんには、厄介なもののけが棲み着いてるんよ」


 現代で言うところの妖怪だろう。


「――なにか悪さをするんですか?」


 湊が好奇心に駆られて問うと、若人は色のない声で端的に告げた。


「人を襲う」


 息を呑んだ湊と違い、播磨はかすかに眉根を寄せただけだ。

 若人は顔をしかめながら竹竿を肩に掛け、愚痴を吐いた。


「あのあたりは辺鄙な場所やから、陰陽師らは出張ってくれんのよな。もう何人も襲われてるんやけど……」


 周りにまだ残っていた者たちもさも不満そうだ。

 一方、播磨は至って無表情であった。ともに黙して若人の話に耳を傾けた。


「陰陽師らはお貴族サマやからな。おんなじ貴族や帝に害のあるもののけしか退治せんのよ」

「そうそう。あいつらよぉ、下々のオレらがいくら困っていようがなにもしてくれねぇかんな。いっつもお高くとまりやがってよぉ」


 そうや、そうだと至る所から賛同の声があがるなか、若人が顎をしゃくった。


「おい、お前ら黙れ。あそこにその陰陽師らがおるわ」


 大路をゆったり歩いてくるその二人の男――陰陽師は、妙にきらびやかであった。

 生地をたっぷり使用した束帯に冠を被り、笏で口元を隠している。

 かたや色白のうりざね顔、かたや傲慢さがにじみ出た凶相である。ともに周囲の平民を汚物でも見るような目で見ていた。


「あいつは……」


 つぶやいた播磨を見れば、凄まじくいやそうな顔になっており、湊は目を丸くした。


「まさか、ご存知の方なんですか?」

「背の高い方が知っているやつに似ている。似すぎている」

「あれですかね、その方のご先祖様とか?」

「ありえるな。というより十中八九そうだろう。やつの家系は平安時代から陰陽師を務めているからな」

「なんだかすごい家柄の方なんですね」

「ああ、家柄はな」


 斬り捨てるような言い方をされてしまい、それ以上言及するのは控えた。播磨がその男を厭うているのは明らかだ。

 そんな播磨と同じく、さもいやそうに二人の陰陽師を眺めていた周囲の者たちの中で、一人反対側を向いた女性が明るい顔になった。


「あっ、私らの味方が来たわ!」


 好意的な視線が集中したのは、後方から歩み寄ってくる二人の青年であった。

 二十代後半と前半らしき彼らは、ともに僧衣めいた格好をしている。長い裾をなびかせて歩む年嵩の方へ、若い方がしきりに何かを告げていた。


「彼らは?」


 湊が訊けば、若人が朗らかに言った。


「市井の陰陽師や」


 現代でいうところの退魔師らしい。

 一瞬先日対峙した退魔師園能を思い出したものの、頭の片隅に追いやって、ふたたび市井の陰陽師を見やった。


「――お坊さんみたいな格好をされてるんですね」

「少し紛らわしいけど、頭は丸めてないやろ」

「そうですね」


 ともに長髪を後ろで結っているようだ。


「若い方ははじめて見るけど、年嵩のお人はな、あちこちよそにもののけ退治に行くから、なかなか捕まらんのよ。ようやっとこの街に戻ってきてくれたみたいや」


 その二人のもとへ幾人かが駆け寄ろうとした。

 が、その前にきらびやかな陰陽師の二人が詰め寄った。

 声を荒らげることはないが、その雰囲気から険悪なのは疑うべくもない。

 ため息をついた播磨が額を押さえた。


「いつの時代もこうなのか……」


 その口ぶりだけで現代でも同様なのだと察しがつき、湊は「あー……」と気の抜けたような声しか出せなかった。

 気を取り直すように播磨は襟を正した。


「あいつらに構う必要はない。いこう」


 反対する理由もない。素直に返事し、若者に別れを告げて播磨とともに歩き出した。

 しばらくすると、先ほどの市井の陰陽師たちが足早に追い越していく。


「――あの陰陽師どもは貴公の元朋輩でしょう!? なぜあんな腹立たしいことを好き勝手に言わせておくんです! なぜなにも言い返さないんです!」


 きゃんきゃん吼え立てる若者は子犬のようだ。固く握られたその手で指の関節が鳴る。

 その仕草は、播磨もしていた。

 思う湊の耳に含み笑いが聞こえた。


「そうカッカしなさんな。別にええやん、言わせとけば。それに、一条いちじょうらが言うてたことはなんも間違っとらんしな」


 泰然と言い放った年嵩の青年がこちらを向いた。

 菩薩めいた柔和な相貌に、雲間から差した陽光が当たる。

 その双眸がオリーブ色に輝き、湊は同色の目を見開いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る