22 おや、鳳凰の様子が……
楠木邸の屋根の端に、紅色の鳥が佇んでいる。立派なトサカときらびやかな五色の長い尾が風になびく。
が、風見鶏ではない。
「コケコッコー!」
高らかな雄叫びをあげてくれたが、鶏でもない。
鳳凰である。
元の大きさに戻った霊獣は、絶好調であった。
翼を根元から立ち上げ、エンジェルポーズをキメ、お次は片翼と片脚を前後に伸ばし、反対側も同じ動きをし、入念にストレッチを行う。それから両翼を限界まで広げたり、片足だけを曲げたり。あらゆるポーズを取った。
その眼下には、お馴染みのメンバーが集っているが、見上げているのは湊のみである。縁側の手前で腰に手を当て、鑑賞していた。
「鳥さんが元気でなにより。――ん?」
なにやら凄まじい速度で迫ってくる気配を感じ、湊は笑みを浮かべたまま御山を見た。
山の頂より少し上に、黄みの強い真珠色の塊があった。
「麒麟さん、帰ってきたんだ」
数日ほど旅に出ていたのだが、戻ってきたようだ。
麒麟は怒涛の勢いで楠木邸の上空にくると、ピタリと停止。虚空を踏み、たてがみをなびかせ、降りてくる。
『おはようございます、湊殿。よき朝ですね』
おすまし顔に似合いのツンケンした物言いであった。
「おはよう。ってもう昼近いけどね」
『ええ、もちろん存じております。鳳凰殿が、朝告げ鳥のようにはしゃいだ鳴き声をあげておりましたので、合わせてみました』
ともに見上げた屋根で、鳳凰がエンジェルポーズを取ってくれた。麒麟が双眸を細める。
『元気のよろしいことで。――それはそうと湊殿、おみやげがございます』
「いつもありがとう」
麒麟は出かける都度、おみやげをくれる。たいがい珍しい果物で、毎回ありがたく頂戴している。
今日はなんだろうか。
麒麟とともに腰を落ちつけた縁側には先客がいる。
霊亀と応龍が眼を閉じてあたたかな斜光を浴びており、さらに屋根から降りた鳳凰も加わった。
『では、こちらをどうぞ』
麒麟は眼前に突然物体を出現させた。
いつものことである。神域に近いモノを持っているため、そこから出しているらしい。
ともあれ、今日は果物ではなかった。細いニンジンのようなモノで、タコの脚めいた根がついている。
「――えーと、これはなに?」
『オタネニンジンです。人間どもの間では、生薬の王様と称されておりますね。果物ばかりではなんですから、今回は変わり種にしてみました』
それは、構わない。
しかしながら、湊はいやな汗が出た。
なぜなら、そのオタネニンジンは神気をまとっているからだ。
「これって、神産物だよね」
『よくご存じですね。そうです、神の類が趣味でつくったモノであり、人工物とは一線を画す代物ですよ!』
顎を上げて自慢げに申されようと、感心するはずもない。歓迎もできない。
「――神産物は基本的に、不老不死の効果がついてるんだよね?」
低い声で問うと、麒麟は不機嫌そうにヒゲをしならせた。
『心外ですね。わたくしめ、貴殿がそのような状態になるのを望んでいないのは百も承知です。ですので、そんなブツを土産と称して渡すはずはありません』
「疑って申し訳ありませんでした」
頭を下げて詫びると、麒麟はたてがみをなびかせ、寛大なところをみせてくれた。
『いえいえ、わかっていただけたならよいのです』
「――でも、なにかしらの変わった効能があるんだよね?」
『いえ、特にありません。強いていえば、人間が育てた物より効能が数百倍あるというだけです』
その効能は、疲労回復、血行促進、整腸などの作用があり、血糖値やコレステロールも下げてくれ、さらにストレスも軽減してくれるという。心身ともに元気にしてくれるのだ。
ああ、素晴らしきかな神産物、と賛美する麒麟の説明を受け、湊は白目をむきそうになった。
「とんでもないブツだよ、それ!」
『それは当然です。なにせ神の類が丹精込めてつくったのですから。まぁ、そう警戒しないでください。ごくごくわずかでも、効果にあやかれるいいモノではありませんか』
「――まぁ、たしかにそうかもね」
せっかく持ってきてもらったモノをいやがり続けるのもいかがなものかと、湊はおそるおそる受け取った。
しげしげ眺めていると、麒麟は満足げに頷いた。
『煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。ちなみにそれは、南の島でばったりお会いした朱雀殿にいただいたモノです』
天の四方を司る四神の一角、朱雀である。
びしりと湊が固まる一方、鳳凰はわずかに身を乗り出し、麒麟に問うた。
『朱雀は、息災であったか』
『ええ、もちろんです。鳳凰殿に会いたがっておられましたよ』
『そうか……! ぜひとも会いに行かねばならんな!』
『ええ、ついでに南の島で羽を広げてくるとよろしいでしょう』
麒麟は続けて、空と海の境界が曖昧な景色がどこまでも続いていたことや、野生動物しかいない森は、騒がしくも居心地よかったなどなど。いかに各所が素晴らしかったかを語る。
が、突如として真顔になった。
『まぁ、そんな地上の楽園のような場所であろうと、人間どもが残したゴミが至る所にあったのですけども。まったくこれだから、人間は……。どこにでも進出して汚しまくる、本当にどうしようもない生き物ですね』
麒麟の話はだいたいそこに流れ着く。
とはいえ鳳凰は眼を輝かせ、時折尾羽根を震わせ、聴き入っていた。
行きたいのだろう。
鳳凰も元来世界を放浪する性質なのだから。
一方、外界に興味のない応龍は反応しない。とぐろを巻いて、眼は閉じたままだ。
ところが、『そういえば、青龍殿ともお会いしたのですが――』と麒麟が言った途端、ぱちりと眼を開けた。
『顔を見せにこいとおっしゃっていましたよ、応龍殿』
『――そうか』
考え込むようにヒゲがゆらめく。その先端が差す方で同じくまどろむ霊亀に、麒麟が向き直った。
『霊亀殿、玄武殿とも偶然お会いしましたよ』
半眼を見開き、霊亀は驚きをあらわにした。
『――あの爺が、人間界におったんか?』
『はい。ひさびさに
遠い眼になった霊亀が、首をひっこめた。
『そのあたりにおった人間どもに、なにも被害がなかったならええが……』
『白虎がついておりましたから、問題は起こせなかったでしょう。あの大虎は、責任感は強いですから。――いや、よく知りませんけど!』
なぜか強く否定した麒麟は、そっぽを向いた。
「仲がよくないの?」
湊がこっそり鳳凰に訊くと、首をすくめられた。
『そうでもない。白虎はなにかにつけて麒麟の世話を焼くから、麒麟は少々うっとうしがっているだけだ』
『少しどころではありません。か・な・りです!』
足を踏み鳴らし、鋭く蹄の音を鳴らす。しかしそれだけで荒ぶっていた気を鎮めたようで、話題を変えた。
『そんなことより、他にも極めて珍しいモノと会ったのです。
白澤とは異国の神獣である。湊も四霊と懇意になり、ネットで調べた際にその存在も知った。
四霊と同じく瑞獣ともされ、人語を操るばかりか、万物の知識に精通しているのだとか。病魔を防ぐ力をもつと信じられ、その姿を描いた符をお守りとしていた者たちが多数いたとか。
そのうえ、妖怪の長でもあるという。
属性過多で、実に興味深い神獣であった。
ゆえに、つい麒麟の話に聞き耳を立ててしまった。
なお湊は現在、さほど気合をいれずとも、四霊の声は人と話すのと大差ない大きさで聴こえるようになっている。
喜ばしいことだが、気をつけなければならないだろう。
人前でうっかり、ごく普通に霊獣と話してしまわないように。
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