26 女系一族、播磨家
速やかに、確実に悪霊を排除し、一階へと到達した。
そこは、広大なホール。待合室でもあったその場所には、キズだらけの長椅子がいくつか残っていた。
一階は、播磨家の五人が担当している。
播磨姉妹と
「結構減っていますね」
「ああ、ほんとだ」
ここに到着してすぐの時は、ホールの奥を見通せないほど、黒々と悪霊が湧いていた。それが今や端のほうにいるだけとなっていた。
しかしかなりしぶとく、祓ってもすぐ湧くようだ。
雑然としたホールは天井も高く、柱も太いゆえに、長物を振り回せるだけの余裕は十分ある。
弧を描いた
その恐るべき武器を扱うのは、播磨妹――
長物は、広範囲の悪霊を祓うにはうってつけだ。
狭い場所にはまったく適さないため、藤乃は広い建物、または野外の除霊を担当することが多い。
久々に室内で目一杯己の愛刀たる薙刀をぶん回せ、本人も楽しそうだ。その楚々した見目にそぐわぬ好戦的な笑みを浮かべている。
その対面では、播磨姉――
それだけで周囲を一掃してしまう。
椿は無表情である。そこに、愉しみも喜びも見出さない。ただただお決まりの作業をこなすだけだ。表情を消したその美貌は凄みを帯びている。
若干面倒そうに愛刀を振るっていた。
播磨家は、高身長の美形一族でもある。
播磨姉妹を筆頭に、周囲の親族の女たちも美人ぞろい。そんな彼女たちが嗤って目をギラつかせ、または無表情で刃物を振り回して除霊する様は、なかなか壮観な光景だった。
葛木が横を向くと、現播磨家唯一の男子――才賀の目はうつろだった。
「……いつ見ても、アレだね。うん。お前さんとこの子たち、綺麗どころばっかりなのに目の保養にはならない」
何もいい返せない。事実であるからして。
皆一様に、果てしなく勇ましく逞しい。特に姉と妹が際立っている。
才賀はややうつむき、眼鏡を押し上げた。
「……祓えればいいですから」
「だねぇ。かっこいいけれども」
播磨家家宝の退魔の武器は、播磨の女であれば必ずしも遣えるものではない。
武器に選ばれた者だけしか遣えないという性質がある。
中には、播磨才賀と同じように扱えない者もいる。
その従姉妹も己の霊力のみで戦う。
しかし播磨家が、祓い屋の一族として名高いのは、退魔の武器によって霊力が増幅されるからにほかならない。
ゆえに元の霊力が多い血筋ではなかった。
従姉妹たちも、自前の霊力が枯渇する前に、湊の護符を使用している。
後から後から悪霊が湧き出てくる。キリがない。
四名から一斉に視線を受け、キャスケットをかぶった従姉妹が、うなずく。
特殊なケースから湊の護符を引き出す。
即座、目に痛いほどの翡翠の光がホール全体を照らし、播磨家の者たちが一斉に目を眇めた。
なお葛木だけはそのままである。なぜなら、護符に込められた力は感じ取れても、翡翠の色は視えていないからだ。
いくら悪霊祓いの適性持ちであろうと、視え方、聞こえ方には個人差があった。
高い天井、ホールのみならず、仕切り板の向こう側にもいた悪霊が光に当たって消滅していった。
通常の退魔の護符は、対象に触れてこそ、その効果を発揮できる。
対して、湊の護符は漏れているその光が当たる場所にいる、いかなる強さの悪霊をも根こそぎ除霊できる。塵も一つ残さず、無に
無差別テロに近い殺傷能力は、味方なら頼もしい限りである。
あえて欠点を上げるとするなら、保管に気を使わなければならないことだろう。通常の護符と同じ扱いができるようになれば、もっと使い勝手はよくなる。
だが誰もそんな文句はいわない。あるだけで助かっているのだから。
一階ホールにいた悪霊は、跡形もなく消え去った。
そうして今度は、従姉妹の手にある護符を中心に、神威が四方へと波のように広がっていく。
それは、ささやかな量でしかない。
けれども、その場の淀んだ空気を一変させてしまうだけの力はあった。ろうそくの火をかき消すように人の情念を浄化していった。
湊の護符には、神気がわずかに入っている。
破壊的に除霊したあと、その場を清浄なモノに変えてくれる効果があった。
浅く息をついた播磨姉妹が
播磨家の女たちの表情がゆるむ。
「……ありがたいね」
「ええ、本当に」
「翡翠の方、本当に感謝します」
播磨姉妹以外が、泣き出しそうになった。
翡翠の方とは、むろん湊のことである。播磨家の女たちは、敬意を込めてそう呼んでいる。
女たちが播磨と葛木のもとへと集まってきた。
「私、この嫌な祭りが終わったら、旅行にいくの。絶対にっ」
「それは、フラグというものではありませんの」
従姉妹たちに比べ、ぴんしゃんしている藤乃が素朴な疑問を持った。
「わたしは、お家でゆっくりしたい。時間が許す限り、お風呂につかって、溜まった映画を消化するの。必ず!」
「しっかり水分はお取りなさいよ」
「あたし……実家に帰りたい……母上手作りのご飯が食べたい」
「今日、
みんな疲れ果てている。
「これが最後の一枚なの……」
従姉妹が両手で持った護符をしばらく眺めたあと、丁寧にケースへと戻した。
春の悪霊祭りは耐久レースである。
まだまだこれから別棟に、それから別場所にも赴かなくてはならない。終わりは見えない。
「才賀」
凛とした姉の声。問答無用で他者を従わせる力を持つ声だ。
才賀の背筋が自ずと伸びる。
静かに刀を鞘に納めた椿が、
「いってこい」
「はい」
端的に、使いっ走りの命『護符買ってこい』がくだされた。
姉は、播磨家次期当主である。その命令に逆らえるはずもない。
神妙になった才賀の傍ら、従姉妹たちに生気が戻る。才賀ににじり寄り、三方から取り囲んだ。
「才賀様、翡翠の方のもとにいかれるのですね」
「どのような方なのでしょう?」
「男の人よね? かっこいい?」
三人とも二十代だ、異性ともなれば気になるのだろう。才賀は返答に
楠木湊は童顔だが、顔立ちは整っているとは思う。だが格好よさの基準は人それぞれ異なるものであろう。
「勘弁してあげて。兄上は、人の美醜はわからない方なの。キモかわいいモノがお好きなせいで、ちょっと趣味もアレで……」
余計なお世話である。
あ、そういえばそうだった、と従姉妹たちは露骨に残念そうにしている。
女たちは姦しい。幼き頃から常に女に囲まれて育った才賀は、気後れすることはないが口数は減る。
じっと才賀の顔を見た藤乃が晴れやかに微笑んだ。
「兄上、今日は死相は出ておりませんから、安心していってらっしゃいませ」
「……ああ」
藤乃は占術を得意とする。
そんな彼女、才賀が神の御座す場所へ向かう際、ほぼ必ず不吉な予言を告げている。時々、命が危うい状況に陥ることもあるが、一応毎度、五体満足で生還できている。
話半分に聞くようにしていた。
すっと表情を消した藤乃が「ご武運を」とささやいた。
訝しげに思いつつ、才賀が振り返った。ずっと斜め後ろで素知らぬ顔をしていた葛木に向き直る。
「あとはお任せしてもよろしいでしょうか」
「おう、任せとけ。気をつけていっといで」
にこやかに送り出された。
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