20 いろいろ不思議なお店
湊は、惹かれたさる食事処で昼食を済ませ、山神もたらふく和菓子を平らげた。
今日の目的は、ほぼ達成している。残るは――。
「木彫りに付ける紐がほしい。どこかにないかな」
「――うむ」
湊が物を欲し、それを明確に口にした。
その望みは、遅かれ早かれ叶うことになる。
湊の両肩と背中にばっちり付いた足跡たちが、ほんのり灯った。
商店街の外れあたり、一軒の店舗に湊の視線が奪われた。両脇の大型店舗を隠れ
「あそこのお店なんだろう……」
さっそく見つけたようだ。なにせ瑞獣の希少な加護が四つである。生半可な引き寄せ力ではない。
「すごい気になる」
言葉通り、その足は止まらない。
無言の山神は神威で人波をかき分け、湊を追う。ともにその店の戸口前に立った。
瓦屋根の一軒家。薄茶色の外壁は、ともすれば埋没しかねない色合いだが、紅赤色の暖簾が彩りを添えている。
――和雑貨の店・いづも屋。
頭上に掲げられた木製の看板に、墨痕鮮やかに刻まれていた。
「ここのお店、雑貨屋さんだよね……?」
上向く湊が不思議そうにつぶやいた。その足元で山神も看板を見上げる。
「看板にそう書いてあるゆえ、紛れもあるまいて」
「雑貨屋さんってだいたい、表にたくさん商品が飾ってあるから……」
一般的に店頭に所狭しと商品を並べ、品ぞろえで客を圧倒する所が多かろう。
が、いづも屋は違った。店頭に陳列棚もなく、飾り気も皆無である。
「どちらかといえば、
湊は首をめぐらし、左右の店舗と見比べた。
「このお店のあたりの空気だけ清浄だ」
「ほう。わかるようになってきたか」
山神がふさりと尾を振った。途端にその周囲に舞い躍る金の粒子を一瞥した湊は頷く。
「……なんとなくね。うまく説明できないけど」
「下手に言葉にせずともよい。無意識の領域でしかと察知できておる。その感覚を忘れぬようにするがよい」
「うん」
「それは決して侮れぬ感覚ぞ。特にお主は、な」
「そうかな?」
「むろん。神域に住まい、日々、
「心当たりがない……。あ、もしかして護符を書くことが?」
「それだけではない。毎日欠かさぬ掃除と、最近始めた木彫りもぞ」
「知らなかった……。全部鍛錬とは思ってなかったけど、無心にはなれるね」
雑念は吹き飛ぶと自信を持って言える。
納得顔の湊の額を山神が見つめた。
「お主の第六感はすでに開花しておる」
湊は額に手を当て、さする。今のところ、異常はない。若干不安げに問う。
「――まさか、第三の目が出てきたりしないよね……?」
さすがにこれ以上、人の枠からはみ出たくない。
「さてな」
にんやり笑った大狼は、戸口に向き直った。
「お主のせんさーにこの店は引っかかった。ならば、入って損はあるまいよ」
「じゃあ、入ってみる」
湊が引き戸を開けると、
和を想起させる香気に満ちた店内は、広くも狭くもなかった。壁に沿うそろいの和箪笥、空間を仕切る陳列台はいずれも低く、数もない。
それらの上に余裕を持って置かれた商品は、大層見やすかった。
まるで、展示場のようだ。
ともあれ、看過できないモノがある。
「ひょえぇっ! ひっさびさにすんごい御方がおいでなすったぁー!」
店内のほぼ中央にいる、人間の男だ。
なぜかそこで奇声を発し、悶絶していた。
三十歳前後、柔和な顔立ち。藍染めの
けれども、その胸元のネームプレートが店員だと示していた。
「はひぃ、しゅごいぃ~! うひぃッ!」
やけに通る声をしており、悲鳴なのか喜びなのか、尻上がりのアレな声が店内隅々まで響いている。
思わず湊は背後を見た。引き戸はちゃんと閉めたから、おそらく店外には聞こえまい。
視線を戻すと、依然として店員は意味不明な声をもらしつつ身悶えていた。
そっと視線を逸らした湊は、うなだれた。
なんということだ。よりにもよって変態が働く店に心惹かれ、入ってしまうとは。
俺の第六感、当てにならぬ。
それとも変態と出会うために、ここへ導かれたとでもいうのか。
内心で盛大に嘆く湊の傍ら、店員を眺めていた山神が両眼をしならせた。
「ほう、こやつめ……」
ひどく愉しげにつぶやき、前足を踏み出した。
ゆっくりと、じわじわと。まるで追い詰めた獲物をいたぶるかのごとく、その圧倒的な存在を誇示しながら店員へ近寄っていく。
微弱だった店員の身震いが極寒の地に放り込まれたように、最大値にまで跳ね上がった。
両腕を交差して自らを抱きかかえ、歯の根が合わぬほど、振動している。
が、その場から一歩も動こうとしない。
そのうえ目線が、しかと大狼に定まっていた。
「ま、ま、待って、待ってください、山の神様! うひゃあー! まままま、待ってッください! 後生ですから、そこでっ! そこで、しばしお待ちくださいっ」
ここにきて、湊も読めた。
店員は、神の存在を肌――触覚で感知するタイプだと。それも相当強くだ。その満身で山神の強力な神威をまざまざと感じ取っているのだろう。
しかしその顔に怯えはない。強い気概を持つ面構えであった。
「はひぃっ。す、すぐに慣れますから! 少々、お時間をください! あひゃあッ。必ず、な、慣れてみせますから!」
店員は動けないのではない。動かないのだ。
見上げた根性である。これは山神が気に入りそうな御仁だ。
案の定、山神は遠慮なく遊んでいる。
店員に近寄ったり、離れたり、彼を起点にくるりと回ってみたり。そばに寄ったら「あばばばばっ」と奇声があがり、離れたら「も、もうすぐです! あとちょっと!」と切羽詰まった声が出る。
そんな哀れな男の脚を、大狼はたまにちょいと前足で引っかいている。
ややあって、店員の震えも徐々に収まってきた。
手持ち無沙汰の湊は、今度は店内を丁寧に眺めやった。
小ぶりな雑貨がメインのようだ。
スーハースーハーと身を屈めて呼吸を整えている店員のそばに並ぶ、招き猫の置物。同じ作り手による物らしき陶器は、それぞれ毛色も表情も異なる。
機械製品の画一的無機質さはなく、どれもぬくもりにあふれていた。
「鳥さんが大喜びしそうな品ぞろえだな――」
湊がつぶやくと、ピタッと静止した店員が直立する。おかげでその斜め後方が視界に入り、湊の言葉も途切れた。
小型の木棚に色、形の異なる組紐が掛かっている。それに目も意識も吸い寄せられた。
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