13 鳳凰、麒麟とおでかけ

 




 その日、北部商店街は異様な熱気に包まれていた。


「まだかな、まだかな〜?」

「あとちょっとじゃない?」


 アーケードの手前に老若男女が人垣を築いているが、両端に固まっており、ものの見事に真ん中が空いている。


「ねぇママ、まだぁ〜?」

「たぶんあとちょっとよ。大人しく待っていましょうね」


 やんちゃそうな幼児でさえ、その場で飛び跳ねるだけで通りに出ようとしない。

 まるで貴人を通すべく警備員によって、整列させられた光景のようだ。

 だが、違う。


「おお、鳥たちがこっちに来たぞ!」


 青空から数多の野鳥が飛来し、人垣の前に降り立つからだ。

 全国でお馴染みのスズメ、ドバト、カラス、ツグミ、果てはオオタカまで。大きさや色も異なる鳥が一様に、どいたどいた〜と言わんばかりに相次いで着地する。

 その様を人々は眺めるしかない。野生動物らの場所の取り合いは熾烈を極めるため、巻き込まれたくはないからだ。


 そう、群がる野鳥は最前列を狙っている。

 あちこちで野鳥が翼をばたつかせ、威嚇の鳴き声をあげた。しかしそれも束の間、翼を畳んで粛々と並び出した。その直後――。


「あ! 鳥遣いの人来た!」


 その声に導かれるように、ギャラリーの視線が一点へと向かう。

 一人の若者が角を曲がり、通りを歩んできた。常人の視界には映らない、ピンクのひよこをその肩に乗せて。

 野鳥と町民たちが待ち望んでいた、北部の名物男――湊と鳳凰のお出ましである。


 なおギャラリーは毎回待っているわけではない。鳳凰がともにくる時だけだ。

 なぜ、鳳凰が視えない町民がそれを判別できるのか。それはむろん野鳥が集う理由は、鳳凰に会いたいがゆえであり、湊単身であればそこまで集まらず一目瞭然だからだ。


 みなの注目の的の湊はといえば、アーケードへの直線の道に踏み込んだ瞬間に怯んでいた。

 だがしかし下腹と表情筋に力を入れて足を運ぶ。

 やや力の入ったその肩で、鳳凰がふんぞり返った。


『みな、息災であったか』


 野鳥たちが一斉に鳴き、その音の圧が湊の鼓膜を打った。なるべく口を動かさないようにつぶやく。


「相変わらずの大歓迎ぶり。すごいなぁ」

『ええ、ほんとに。鳳凰殿は、いつでもどこにいっても大人気ですからね』


 訳知り顔で答えたのは、麒麟だ。

 湊の後ろを一定の距離を保ちつつ、トコトコ歩んでいる。

 今日は珍しく麒麟もついてきた。バスの隣を並走する所業には呆れたが、無事に着いたからよしとする。


『できるだけ、気配は抑えているのだがな』


 鳳凰は小声で告げるも間近であったため、湊にも鮮明に聴こえた。


「それだけ愛されてるってことだよね」


 鳥と接する機会が増えたからこそ、よく理解できた。鳥たちが鳳凰己が長へ向ける熱意の激しさを。

 それに引き換えといってはなんだが、同じ立場であるはずの麒麟の場合はまた違う熱意を向けられている。

 鳥と人で築かれた壁の向こう――建物の陰に毛の生えた動物が点々といる。

 前足をそろえて座す猫が、麒麟を見つめている。それを受け、麒麟が尻尾を忙しなく動かし、声をかけた。


『なにをいいますか、わたくしめは湊殿に迷惑はかけておりません。ええ、おりませんとも!』


 その反対側――建物の陰からのぞくのは、アライグマ。今度はそちらに麒麟は声を張り上げる。


『なんですか、あなたまで似たようなことを言って! わたくしめは決して、トラブルメーカーではありませんよ!』


 麒麟は四肢を踏み鳴らし、憤りをあらわにしている。

 湊は視線のみで鳳凰に問うた。


『気にするな。ただあのコらに心配されているだけだ』

「なんというか、麒麟さんのとこは立場が逆転してるような感じだよね」

『なにをおっしゃいます! 断じて逆転などしておりません! わたくしめが長です!』


 背後から蹄の音を連打され、湊は器用に片側の肩のみをすくめた。


「はいはい、すみませんでした〜」


 湊も麒麟のあしらい方にだいぶ慣れてきている。

 その足取りは、極めてゆっくりである。できるだけ長く、まんべんなく野鳥たちが鳳凰を見られるようにとの配慮からであった。

 アーケードに入ってしまえば、さすがに彼らは追ってこない。そのあたりは鳳凰が指示し、人間側に気づかっていた。

 町民の好奇の目より、野鳥たちの名残惜しげな様子に、湊は心を痛めながらアーケードの入り口をくぐった。

 

 日光が遮られるや、鳳凰は眼を皿のようにして、軒を連ねる店舗を見回した。


『いないのか、余好みの職人はいないのか』


 鳳凰はとにかく職人芸を好む。湊の買い出しに付き合うのは、その絶技を見たい一心ゆえである。

 出会えるかどうかは、運次第だ。

 四霊は、その存在自体が幸運などを引き寄せるわけではない。他者に加護を与えてこそ、その真価が発揮される。

 ゆえにその昔、鳳凰が世界を放浪していた頃、いかに望もうとも会えないことの方が多かった。

 しかしいまは違う。


「優れた腕を持つ職人さんに会えるといいね」


 四霊全員から加護を与えられている湊と一緒なら、たいてい出会えるのだ。


『鳥さんに喜んでもらいたい、きっとそう思われているのでしょうねぇ』


 自らの足跡が灯る背中を見つめ、麒麟がつぶやくと、さっそく湊は道脇に立つ看板に気づいた。


「あ、すぐ近くで職人さんが集まるイベントをやってるみたいだよ」

『おお、ぜひとも参らねばならん! 鑑賞せねばならんな!』


 バタつく翼が首に当たり、湊はくすぐったそうに笑った。


 ◇


 その同時刻。さる洋菓子屋で、緊迫した空気が流れていた。

 こぢんまりとした店だが、白と金色を基調とした調度品でまとめられており、格調高さを演出している。


 そんな店内にいる、一人の販売員が奇妙な行動を取っていた。


 ダークブラウンのエプロンをまとう、二十歳そこそこの女性だ。カールしたまつげがつきそうなほどドアに張り付き、隙間から通りをのぞいている。


「今日こそ、今日こそ、あの御方を呼び込まねばならぬ……!」


 ぶつぶつと念仏のように唱えるその背に、厨房からひょっこり顔を出した中年男性――パティシエが声をかける。


「おい、こら。お客さんが入ってこられないからそこから離れなさい」

「店長、どうかお見逃しください。いまここを離れるわけにはいかぬのです。あの御方が通りかかる時間ゆえ……!」

「なんでお前はビスクドールみたいな容姿をしてるのに、全然似合わないお武家さんみたいなしゃべり方をするんかねぇ」

「致し方ありますまい。緊張がピークに達すればこうなってしまいますゆえ……!」

「あーもう、なんでもいいから仕事をしなさい。ほら、新しいこのケーキを並べてくれ」

「だって、パパ!」

「こら。バイト中は、店長と呼びなさいと言ったろう」


 父に注意されようとも、娘はドアから離れない。

 この店はドアを開けないことには通りが見えないゆえ、のぞきをやめない娘は言い募る。


「だって、もう製菓の世界大会まで日にちがないでしょう! なにがなんでもあの御方にお店に来てもらわなきゃいけないの! パパの身体を治すためにっ!」


 彼女が待ち焦がれている相手は、言わずと知れた湊である。


「いや、あのお客さんがなにかしたから、オレの具合がよくなったわけじゃないだろうに……」


 父が懐疑的な言葉をもらすと、娘は弾かれたように振り返った。


「いいえ、あの御方がこの店に来てくれたからこそ、仕事もままならなかったパパの身体はよくなったのよ。半年前も三ヵ月前も劇的に回復したのは、あの御方がケーキを買いに来た直後だったでしょ」

「いや〜、違うんじゃないか? たまたまだろう」

「それだけじゃない。パパの職人としての腕前も上がったでしょ」

「――なにを言ってる。それはオレが努力したからだ。まぁ、確かに体調がよくなったからこそ、頭も腕もよく動くようになったんだが……。ただケーキを買っただけのお客さんのおかげなはずはない。偶然だよ、偶然」


 働かぬ娘の代わりに、ケーキをショーケースに並べるその顔色は、いたく悪い。動きもぎこちない。

 父はまたも体調不良に陥り、無理をしていた。その姿を娘は強い目で見据える。


「偶然でもいい、もう一度パパの体調がよくなるのなら。私はあの御方にかける!」


 ゆるぎない言葉に、父の手が止まった。その手にあるケーキを娘はじっと見た。


「その新作があれば、きっとうちにも寄ってくださるはず……!」


 せがんで父に作らせた、洋菓子と和菓子とのコラボ商品である。

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