12 こっそり排除


 自然界には八百万やおよろずの神が存在している。

 山、海、池以外にも、木や岩にも数多の神霊が宿っているものだ。年月を経たモノほど、神格が高く力の強い傾向がある。


 そんな神々は、自在に己の神域を創り出すことが可能だ。おのおのの有する力に比例し、実にさまざまな広さ、形をしている。


 基本的に神域は現世ではなく、別次元に存在する。

 そこへの入り口は、むろん八百万の神の分だけある。

 あらゆる所に神域へと至る箇所が転がっているものの、通常、固く閉ざされている。


 神域とはいわば、神の住まいである。


 誰しも己の家の玄関は閉じておくものだろう。

 本来、創り出した本神にお喚ばれされない限り、断じて中には入れない。

 時折、神と親和性の高い者が迷い込んでしまう事態が発生する――神隠しが起きることもあるが、滅多にないことだ。


 けれどもここに、神との親和性が異常に上がってしまった者がいる。

 そう、楠木湊である。

 そして、それだけに留まらない。

 

 意図せず神の神域に引き寄せられるようになってしまっていた。

 

 なぜなら、人間でありながらにして神域に住み、あまつさえ毎日『山神の湯』にも入っているせいだった。

 


  ◇

 


「そりゃあ、人の道も外れかけちゃうわよね。まあ、しょうがないんじゃないの」

「本人にしてみたら、しょうがないでは済まないと思うけどね」


 薄い雲が伸びる上空で、風神と雷神が風に吹かれるままその身を漂わせていた。

 やがて太陽が地平線の向こうへと隠れてしまいそうな頃、薄い青色の空の半分は黄みを帯びている。


 雲を突き抜けた二柱の足下に、見慣れた町並みが現れた。

 連なる峰が裾野を広げ、堂々と幅を利かせている。

 その山を背にまばらに民家があり、扇状に人工建造物が増していき、その先に海がある。


「あれ? 海の近くに高い塔があるわね。あんなのあったっけ?」

「……つい先月完成したみたいだね」


 風から情報を聞かされた風神が答えた。


「この辺は、どんどん人が増えていくわねぇ」

「住みやすい所に集まるのは動物のさがでしょう」

「最近、山神が噴火していないせいもあるんじゃないの」

「一概にはいえないけど、それもあるかもね」


 雷神が山のいただきに向かって飛んでいく。眼下の山は、ただ静かにそこに鎮座しているだけだ。

 二柱はあたりを流し見る。

 風神が、かすかに波打つ虚空に気づいた。


「あ、あそこにあるね」


 軽く手を払うと、三日月型の小刃と化した風が飛んでいく。歪んだ虚空を斬り裂き、呆気なく消してしまった。


 それは、放棄神域への入り口だった。


 八百万にも及ぶ自由な神によって創り出される神域は、飽きたり、本神がいなくなったりなどで放棄されてしまう事態がまま起きる。

 おかげで放置された神域が無限に存在し、その入り口は、地上はおろか宙、水中にも漂っている。


 しかも勝手に移動する厄介な性質を持っていた。


 風神雷神は、もっぱら楠木邸近辺の空に漂う無神むじんの放棄神域への入り口を破壊して回っていた。


「タチの悪い神域に引き込まれたら、あの子、自力じゃ出てこれないでしょうしねぇ」

「彼、まだ僕の力を十全に遣いこなせていないしね。初めて人に与えたから、僕くらいに遣えるようになるまでどれくらいかかるか見当もつかないよ」

「アタシの力も与えれば、飛躍的に伸びるかもよ」

「本人から拒否られたでしょう。まだ諦めてないの」

「だって弟子みたいなものでしょ。アタシもほしい、面白そう」

『力を与えるだけ与えてあとは放置では、弟子とはいえまいよ』


 呆れた山神の声が風に乗って届いた。


「そうね。弟子というより、眷属に近いのかしら」

「確かに。どの神であれ、僕の力に気づくだろうしね。まぁ、恨みを買った覚えはないから彼が嫌われることはないでしょう」

「……そうね」


 飄々と笑う相方を見ながら、雷神が珍しくいい淀み、山神は無言だった。

 


 風神雷神は宙を泳ぐように移動しつつ、ぷかぷか現れるいくつもの歪みを風で、稲妻で破壊していく。

 だがいくら壊そうとも、次から次に見つかるのだった。


「……もぉ、キリがないわ」

「いつも無視してたけど、多いねぇ……」


 びゅおっと強風が吹いた。

 その風に乗って楠木邸上空に、再びわらわらと膨大な放棄神域が押し寄せてきた。

 風神雷神が顔を見合わせる。


「やっても無駄じゃない、コレ」

「だね」


 元来、自由気ままな神々は、根気などあるはずもない。

 そうそうに諦めた二柱は地上を見下ろす。


「山神たちも大変そうだ」

「ほんとだ」


 山の三方に散っていた眷属たち――豆粒サイズが俊足を発揮し、大狼――上空からはやや大きい白い点へと集まっていくのが見えた。

 


  ◇

 


 山の中腹にあたる山道を大狼がゆったり歩いている。

 オレンジ色に染まる断崖絶壁沿いの道は、一歩でも踏み外せば、奈落の底ではなく、はるか眼下の急流に真っ逆さまに落ちてしまうだろう。

 しかしここが、己の本体である山神の歩調にゆるぎはない。


 山神の上方の木々が大きくしなった。

 そこから、眷属セリが飛び出し、山神の背後に降り立つ。そのまま巨躯の後ろに付き従う。


「北側のモノは、すべて始末しました」

「うむ」


 次に、眼下の崖をトリカが怒涛の勢いで駆け上がってきた。


「西側、完了」

「うむ、ご苦労」


 トリカがセリの後ろに並び、二匹は粛々と山神と足並みをそろえる。

 最後に、斜め前方から滑り落ちてきたウツギが、山神の足元まで転がってきた。


「東側、終わったよ〜」

「うむ、ご苦労」


 びゅおっと山神が前足でウツギを背後に放り投げる。セリとトリカがサッと左右に避けた。

 くるりと後方宙返りしたウツギが数メートル先に着地。

 とっとこ跳ねる足取りで一団に追いつき、山神の足元にまとわりついた。

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