11 陰陽師界隈はいろいろありまして




 墓所内の悪霊を根こそぎ始末し終えた。

 山を下りたところで、二人はほぼ同時に、道の先の一軒家へと顔を向ける。


「……いるみたいだねぇ」

「少し厄介そうな気配が……中級程度ですね」


 行きとは別の場所から下ったその裏手の場所ともなれば、さすがに楠木邸近辺のように悪霊がいないどころか、神聖な空気が漂う場所とは著しく異なっていた。


「このあたりは空気が悪いですね」

「ああ、そうか、お前さんが遣ってる護符製作者の家がここから近いんだったか。そりゃあ、神域化しているとこと比べたらどこも空気悪いだろ」

「まあ、確かに」


 さておき悪霊の気配を感じたのも束の間、すぐに感じ取れなくなってしまった。


「誰か祓ったようですね……」

「みたいだねぇ。勝手に消えるわけもねぇしな」


 念のため、一軒家へと向かう。

 遠目からでも空き家だろうことが窺えた。全体的に色褪せた家屋。一本の木すら生えてない庭には、かつての住民の物であろう器物類が散乱している。


 寂れた三輪車が倒れているのを目にした葛木が、パナマ帽を深くかぶり直した。


「こういう場所を見ると、切なくなっていけねぇ」

「そうですか?」

「お前さん、この打ち捨てられたようにしか見えない家を見て、なにも感じねぇの」

「特になにも。片付けてから出ていけよとは思いますが」

「なんだと……お前さんの血の色は何色だ!?」

「赤ですね」

「お、おう、ソウダネ」


 なにを当然のことを? といわんばかりの平然とした播磨が横を向く。

 両手で顔面を覆った葛木が青空を仰いでいた。

 その背後から一号がヒレで肩を慰めるように叩いている。


「すまねぇ、ついいつもの癖で……! 普段、おっさんの周り、おっさんしかいねぇもんだから……!」

「……はあ」


 おそらく世代の違うネタだったのだろうと播磨は察した。葛木と組むとまま起こることで、あまり深追いはしないと決めている。

 まだまだお若いですよ、などお世辞をいう気遣いに長けた男でもないので。

 


 ぐるりと家の外周を回り、玄関口に差しかかった。

 ちょうど玄関扉が開き、一人の大柄な男が出てきた。

 見覚えがある。四十絡みの在野の退魔師。開いているのか、閉じているのか判然としない糸目の狡猾そうな顔つきの人物だった。


 播磨たちに気づいた男が細い眉を跳ね上げ、口元を歪めて嗤う。


「おやおや、いつもセットでしか動けない陰陽師の方々、ようやっとお出ましですか。遅かったですねェ、もう私がぜーんぶ、あっという間に祓ってしまいましたよ」


 大げさな身ぶり手ぶりを交えながら嫌みを告げられた。

 同じく退魔を生業とする退魔師たちは、この男のように陰陽師を目の敵にする者が多い。


「そりゃどうも」


 葛木は基本的に相手にしない。軽く受け流すだけだ。

 己が父も陰陽師ではなく退魔師である。

 なにも悪霊が祓えるからといって、必ずしも陰陽寮に所属しなければならない決まりはない。やっていることは同じ、同業者である。敵対する気もないからだ。


 ただ陰陽寮に属さない者は、陰陽師と名乗れないという決まりがある。


 大昔に決まった約定で、それを一種のステータスだと思っていた者たちがいたのだった。

 かつていざこざがあったものの、現在まで引きずっているのは在野の者たちだけだ。


 ともあれ、鼻を鳴らして背を向けた男は、法外な値段で退魔の依頼を受ける感心できない人物だった。


「お値段相応の働きをするのは当然だろうに……」


 脇道へと入っていった男を見届け、葛木がつぶやいた。

 もし播磨たちの到着が早く先に悪霊を片付けていたのなら、男はさも己の手柄として扱ったであろうことは想像に難くなかった。


「では次の場所に参りましょうか」

「あいよ」


 くだらない小競り合いに微塵も関わらない播磨が促した。

 


  ◇

 


 やがて夕暮れも迫る頃。海辺近くの朽ちかけた神社の周囲は、うっそうと生い茂る木々も相まり、すでに日没後の様相を示している。

 そこに一般人の姿はない。

 薄暗いその場で合流した四人の陰陽師――播磨、葛木、一条いちじょうと幼馴染の女性堀川ほりかわが悪霊を祓い続けていた。


 されど、祓えども、祓えども、悪霊の数、さほど減らず。

 播磨は簡易九字を切り、葛木は式神一体では追いつかず、三体で応戦していた。


 神社の向こう側にいる幼馴染み組も応戦している。

 今も頻繁に組んでいる一条と堀川は、以前のように堀川が一方的に虐げられてはいない。多少関係性は改善されていた。

 しかし良好な雰囲気とはいえないようだ。


「お前は下がってろ」


 一条の命令口調は有無をいわせない。

 浅くため息をついた堀川が素直に後退し、安全圏に逃れた。若干不満げに眉根を寄せている。


 心を入れ替えたらしき一条が妙に張り切り、悪霊退治に勤しむ。あたりに巣食う悪霊は低級のモノばかり。

 だというのに、高級の悪霊に向けるのと同等の術でなぎ祓っていく。

 力任せの大技は、無駄に霊力を消費していた。

 派手さを好む男は手加減もしない。生来、並外れた霊力持ちではあっても、いまいち空回っていた。


 瞬く間に姿を消していく悪霊を堀川は冷めた表情で見ている。時折ドヤ顔で振り返っている一条がなんとも痛々しい。

 堀川と連携する気は毛頭ないのだろう。

 己が前に出て悪霊をいの一番に祓い尽くす。だからお前はただ、俺に守られていればいい。

 そう態度で語っていた。


「彼女にもプライドがあるわな」

「でしょうね。我が一族の女たちにあんなことをしようものなら、問答無用で斬り捨てられそうです」


 想像だけで寒気を覚えた播磨が二の腕をさすった。


「……お前さんとこは、うん、命がいくつあっても足りなさそうだ」


 女系一族、播磨家。代々当主は女が立つ。

 親族の女たち一同、男に寄りかかって媚びるという考えが頭から抜け落ちている勇猛果敢な者しかいない。

 陰陽師界隈では有名だ。


 播磨家には、数種類の退魔の武器がある。

 次期当主たる播磨姉と妹も退魔の刀と薙刀を振るい、悪霊を祓っている。

 むろん手入れは欠かさないため、その切れ味は折り紙つきである。


 なおその播磨家の家宝でもある武器類は、播磨の血を引く女のはらから産まれた女のみしか、退魔の力を発揮しないという特徴がある。

 ゆえに男の才賀さいがは遣えないのだった。

 

 一条がまたも過剰な力で五芒星を描き、悪霊を祓った。

 そして振り返りざま、播磨に向けて、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 お前にはできないだろう、そう態度で挑発していた。

 

 霊力の許容値は、個人差が大きい。それぞれ内包する器のサイズが違う。

 ゆえに霊力を有して生まれ、いくら鍛錬を積もうと器以上の霊力を持つことはできない。強くはなれない。


 播磨は生来の霊力が多いとは決していえず、一条には遠く及ばない。


 今は己の力のみで祓っているが、あと数日もしないうちに湊の護符に頼らざるを得なくなるだろう。

 悔しい、と思う気持ちは否定できない。

 だが鍛錬を積み、己の限界値まで霊力を引き上げた誇りはあった。


 加えて湊の護符は、いくら強力とはいえ、好き放題遣えるわけもない。

 タダでもティッシュでもあるまいし、数に限りもある。

 湊の護符は播磨家ゆかりの者たちで使用している。

 播磨家の血を引く者であろうと、微々たる霊力の者もいるからだ。

 基本的にみな、ここぞという時まで遣わず、中には、御守り代わりにしている者もいた。

 

 淡々と簡易九字を切り続けた播磨が、腕を下ろした。

 いまだ隅に、悪霊がうぞうぞはびこっている。

 時間も最悪だったのか、よきタイミングだったといったほうがいいのか。

 今は、逢魔が刻。魔と行き遭う刻限である。

 この時間帯には、悪霊が活性化しやすい。


「……キリがないですね」

「数の暴力ってのが、一番厄介だよな。地道に片付けていこうぜ。頼むぞ、四号」


 葛木が懐から形代を取り出し、宙に放った。


 不意に播磨が空を見上げる。

 梢の合間から垣間見える薄藍色の空を、神の類いが横切っていった。

 播磨は姿を隠した神の御身を視ることはできない。けれども神力は感じ取れる。通り過ぎていった強大な神力は、二つ。


 それは、楠木邸で時折感じるモノたちだった。

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