13 どこもかしこも


「今のすごい楽しかった。ねぇねぇ山神、もう一回やって」

「あとでな」


 なにゆえこやつだけ、かように末っ子感丸出しに育ってしまったのか。

 山神は胸中で首をかしげている。

 セリは一番に創ったこともあり、最年長の意識が強く責任感も強い。トリカもさほど変わらず、生真面目といってもいい。


 もしかすると、最後に創ったウツギが天衣無縫すぎて『己たちがしっかりせねば!』と上二匹が後天的にそうなってしまったのかもしれない。


 とはいえ仲違いもせず、連携もきちんと取れている。問題あるまい。


「何事もばらんすが大事よな」

「なんか近頃、外来語多くない? どうしちゃったの」


 ウツギが不思議そうだ。


「せっかく覚えたものは、積極的に使わねばなるまいよ」

「知識が増えることはよきことです。使わねばすぐ忘れてしまいますからね」

「だな。たとえ発音はひどかろうとな」

「お前たちも云うようになったではないか」


 ウツギの発言が自由なのは前からだが、ここのところセリとトリカも遠慮がなくなってきていた。


「まぁ、我が分身でもある。致し方あるまい」


 己の御霊みたまを分けて創った三匹は、自我を持たせてはいるものの、大本は山神である。

 根本は似ていて当然といえよう。


「にしても、ぬしらは騒がしすぎよう。もっと静かに参れ」

「すみません。以後気をつけます」

「面目ない」

「えー、静かに移動しなきゃならない時は、ちゃんとやってるから普段はいいでしょ」

「たわけ。普段からの行いがいざという時、物を云うものぞ」


 案外素直にうなずいたウツギは歩調を変える。極力身体をゆらさない重心移動を心がけ、足音を消した。

 背後から何一つとして音は聞こえない。

 しかし三つの気配はありありとわかる。

 それは己ゆえであり、ほかのモノなら到底気づけぬであろう。

 山神は喉を震わせ、低く嗤った。

 

 眷属たちは、それぞれの持ち場へと散り、放棄神域の排除を終わらせてきたところだ。

 放棄神域に、眷属が引き寄せられることはないため、今まで見て見ぬ振りをしてきた。

 けれども湊が引き寄せられるようになってしまっては、放置しておくわけにもいかなくなった。


「普段、気にも留めないからよく知らなかったんだけど、すんごい数だったよ」

「ウツギに倣って数えてみたら、三百を超えていました。まさかそんなにあるなんて思ってもみなかったです」

「だな。よその神を悪くいうのもなんだが、いい加減すぎるだろう。後始末は己ですべきだ」

「できぬ場合もあろうよ」


 さりげなく告げられた山神の言葉は重い。神格が低く自然に消滅してしまう神もまた多いのだから。

 


 連なる山神一家の行く手、道の半ばに、空間がたわんでいる箇所が現れた。

 小さな小さなモノだ。山神の頭部にも満たない。

 しかしその放棄神域の出入り口の大きさは関係ない。たとえその何倍もあるゾウであろうと中に引き込むことは可能だ。


 歩みを止めない山神が前足で踏んで潰し、消し去った。

 とりわけ何かを語ることも、躊躇ちゅうちょすることもない。

 ゆるく尾を振り、丸太を並べた階段を下りていった。


「この木の階段ってさ、前回の噴火でできたものに、人間が手を加えて作ったんだよね」


 ウツギが丸太の階段を一段一段、静かに下りながら問う。


「左様。まあ、随分あとのことになるがな。人力のみであったゆえ、一大事業だったぞ」


 木は所々削れてしまっているものの、いまだまともに階段として機能していた。

 眷属たちは山神の記憶も引き継いでいる。

 ゆえに大昔の出来事を己が経験しておらずとも、知識だけは有している。

 ウツギは好奇心が強い。

 与えられた記憶を頼りに、己の眼で実際の物を照らし合わせるのを好んでいた。


「ねえ、山神。今日、久しぶりに湊のお家にいってもいい?」

「よかろう、たまにはそろってくるといい。寂しがっておったぞ」

「では皆でわらびを持って参りましょう。それより、くるといい、なるいい方は適切ではないのではありませんか」

「だな、どちらが己が住まいなんだか。我が家はこちらだという意識が欠片もないようだな」

「なにも間違ってはおらんだろう。山裾間近の位置なら、我が足場である。ならば、あそこは我が住まいも同然ぞ」

「横暴だよね〜、わかるけど〜」


 カラカラとウツギが笑った。さくさくと階段を下りるセリが山神のあとに続く。


「山神は気軽に山を下りすぎらしいですよ。先日、お隣の山に住まう神の眷属から『キミたちの神は、山を下りるのです!?』と信じられないモノを見る目を向けられてしまいました。我らがいたたまれない思いをしたのですけど」

「隣神は、山奥から全然出ないもんね〜。まだ一度も見たことないから見てみたい!」

「ただの狐ぞ」

「じゃあ、眷属と同じ形態してるんだ」

「いや、待て。ただの狐にあらず……確か尾の数が多かったような……五本、七本……いや、もっとあったような……? さらにいえば、やつはもともと山の神ではないがな」

「ほんと!? 変わってるんだ! ますます見たくなった!」


 喜ぶウツギを後目に、セリとトリカは生ぬるい眼を山神の背後へと向ける。


「最後に隣神に会ったのは、五百年以上前ですからね。ならば御身の記憶は曖昧にもなりますよね」

「だな、忘れても仕方ないよな。おかげで我らの記憶もぼんやりしていてはっきり像を結ばないが」

「我を馬鹿にするでないわ」


 くわっと背後に向け、山神が牙をむいた。

 


 三匹を引き連れた山神が、比較的道幅の広い場所に出た。

 木々越しの眼下には楠木邸が見える。斜面を埋めるクスノキに紛れ込むように屋根と庭があった。

 その周囲には、歪みはまったくない。

 自宅に戻る前にうんざりするほどあった放棄神域は排除してきていた。


 静謐な眼で楠木邸を見下ろす山神に倣い、眷属も黙して見つめる。


 そこに強い風が吹いた。


 数多の歪みが楠木邸周囲に転がっていく。一帯の景色がぼやけて見えるほどだった。

 時間をかけ、虱潰しに消し去ったというのに。元の木阿弥もくあみとは、まさにこのこと。


 両眼を眇めた山神が空を仰ぐ。はるか上空で胡座あぐらをかいている風神と雷神が肩をすくめた。


「僕のせいじゃない」

「……わかっておる」


 風に乗り、間近でした風神の声にため息交じりに答えた。


「キリがないわ」


 山神の力ないぼやきが山あいに木霊する。

 眷属たちもそれぞれ己が持ち場を見やり、またも散乱してしまった歪みに顔をしかめた。

 

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