あっつあつ甘酒饅頭を求めて 3
山神が蒸したて饅頭を心ゆくまで味わい尽くした。
結構な長き時間であったが、鳳凰は入れ代わり立ち代わり現れる鳥たちの相手をしていた。
どら焼きは完全に冷めてしまったが、迷惑そうにも、嫌がる様子もなく律儀に応えている。
鳳凰は己の子どもともいえる存在たちを大切にしていて、慕われてもいるのだと湊はつくづく感じた。
霊亀と応龍は神庭から出ないため、こんな光景を目にしたことはない。時折御池から姿を消す二柱だが、竜宮門から出かけているようだった。
頻繁に外出する麒麟にもそういった現象を見かけたことはなかった。こちらは人徳ならぬ神徳の差なのか。
のんびり考えながら、お茶を飲む湊の眼前で、最後のツバメの集団が飛び立っていった。
ではどら焼きを頂こうか、とひよこが湊のほうへと体ごと向き直る。
すると、その鋭き
ブワッと羽毛が広がる。
気づいた湊が振り返った。
見えたのは、テントに書かれた酒屋の文字。己は一滴すら呑まないにもかかわらず行きつけの店となっている『丹波酒屋』が出店しているではないか。
なにゆえ。今日は和菓子フェスティバルなのに。
なぜかはわからないが、その屋台奥に雛壇を組まれている。
隙間なく並べられているのは、鳳凰の好物たる焼酎ばかり。
手前の長テーブルには懐かしの抽選器、ガラガラがある。
湊は覚悟を決めた、一方、納得もした。
昨日、遊びに訪れた風神から「きっと役に立つから」と気軽に渡された巾着サイズの布袋。
いわば、神器である。
戦く湊に「貸すだけだよ」と含み顔で笑っていた。ご存知だったのだろう。
それが厳重に閉じたダウンの内ポケットに入っている。三メートル級のメカジキですら難なく入る代物は、一升瓶が何本であろうと余裕でお持ち帰りできるに違いない。
若干諦め顔の湊が食べ終えた残骸を片付け、席を立った。
興奮して、ぷわぷわ産毛を逆立てる鳳凰を頭に乗せた山神ともども酒屋に向かう。
「おや、貴方は。まいどご贔屓に」
前かけをした愛想のいい店員が常連である湊を迎えてくれた。
挨拶を返す湊を後目に、山神が跳んで長テーブルに乗る。横からしげしげと六角形の木製箱を眺めた。
「ほう、これが抽選器なる物か」
「ぴ」
「どれどれ、我に任せておけ」
ためらうことすらなくハンドルに前足をかけた。
その頭に乗る鳳凰の眼は妖しげな光を爛々と放っている。湊が焦る。
一等の金が出ればプレミア焼酎が定額の半値、銀であれば七割の値段で買えるという説明を受けながら、引き換え券である饅頭を買ったレシートを素早く渡し、ハンドルの先に軽く触れた。
そんな不自然極まりない挙動にも、店員はニコニコと笑うだけだ。
幾度となく店舗で一等クジ、おまけ等を引き当ててきた強運の常連客を前にして、どちらかといえば期待しているような顔つきである。
よっこらしょ、と伸び上がった小狼がハンドルを回す。
ガラリガラリと内部で動く沢山の玉の音。
ゆっくりと回転し、木製トレーにコロリと転がり落ちたのは、もちろん金の玉だった。
煌々と輝きを放つ一等のそれを見た店員は、納得顔で首肯した。
「ですよね、わかっておりました。続けてどうぞ」
ガラガラ、金の玉でございま~す。
ガラガラ、金の玉、ここに参上いたす。
ガラガラ、お望みとあらば、金玉でござる。
金ばかりが転がり、店員の爆笑がテント内に響く。
まるで金しか入っていないような結果だが、そんなわけはない。三百個中、五個のみだ。
最後の一回転で、玉が勢いよく飛び出す。
トレー内で横一列に並ぶ四つの仲間の横に、いそいそと参加する呼ばれて飛び出た最後の金の玉。
案の定、全部出してしまった。
腹を抱えて笑い続ける店員を見つめる湊は申し訳なさを感じている。せめて二個くらいは銀にできなかったのかと。
反して、山神、鳳凰はいたく満足げだ。
全部一等なのが当然の思考な神々であった。
「それではどれにしますか?」
咳き込むほど笑った店員が気合いで息を整え、そつなく尋ねてくる。鳳凰の眼差しは一点に注がれている。
雛壇、最上段中央を堂々と陣取る一升瓶。
「MA王、と」
流れる視線が立て続けに示していく。
「森小僧と町尾と――」
鳳凰お気に入りの芋焼酎を列挙していった。
さりげなく布袋に一升瓶五本を詰め終えれば、鳳凰が皆に土産を買っていきたいという。
ならばと、日本酒、ワイン、ビールも追加で購入し、布袋へ。膨れることもなく、くったりとやわらかいままだ。
不思議を通り越してもはや不気味である。
目の前で起こる不思議現象に、なんら疑問にも思っていない店員に、にこやかに見送られ、屋台をあとにした。
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