23 ぽちっとな
「すまぬ。体が小さいゆえ、どうにも勝手が違うものでな」
さして悪くも思ってなさそうな調子で、その前足も止まらない。
「山神さん、なにか創ってるの」
「うむ、ちとな」
一見、以前越後屋へと飛ばした白い珠と似ているが、常に金色の光を発していない。
別モノのようだ。
山神が創るものといえば、ほかにも心当たりはある。
「まさか、眷属を増やすとか?」
「左様、三匹では手が足りぬゆえ」
「山神さんちは広いからね」
いつものだらけた様子と異なり、信じられないほど真剣に取り組んでいた。意外というほかないが、新たな生命を創るのかと思うと感慨深いものがある。
いや、少し違う。
山神が己の御霊を分けて与えているなら、山神の分身になる。己とまったく同じモノにするのは好まないらしく、それぞれ自我を持たせるらしい。
「テンが増えるってことだよね」
「いや、こやつはテンではない。じきにお目見えするゆえ、楽しみにしておれ」
「……わかった」
強い光から次第に淡い光へと変わり、フッとその珠を消してしまった。
どのような形態の眷属が誕生するのか気にはなるものの、山神の口は固い。容易に教えてくれないのはわかりきっている。
待てといわれたのなら、待つしかない。
湊が視線を戻せば、じっと鳳凰に見つめられていた。
そそくさと護符作成を再開する。
一筆一筆、祓う力を込めて、閉じ込めて。それをひたすら繰り返す。
今は練習のため、字ではなく一本線を書いていた。
左から右へ、上から下へ。交互に、格子状に。
それは、九字護法と同様の描き方だと湊は知らない。
ただ一番やりやすく、時折、播磨の手の甲に書いているからだった。
均等に力が入った線が紡がれていく。鳳凰が満足げにうなずいた。
時同じくして――。
ブンッとかすかな機械音。電子機器が起動した音。
いつの間にやら山神の前に、開いたノートパソコンが置かれていた。
ぽちぽちと前足で文字を入力していく。随分手慣れているが、当然ながらカナ入力である。
そうして画面に映し出されたのは、とある和菓子店のホームページだった。
「ぬぅ、越後屋め、相も変わらず調子に乗っておるな」
画面いっぱいに、恰幅のよい越後屋が甘酒饅頭片手に笑っている。その表情に陰りは微塵もない。
人生謳歌しています、といった雰囲気をこれでもかと伝えていた。
山神の独り言が大きいのは、いつものことだ。
湊は頭の片隅で思う。どうせ、いつものようにネットで情報収集しているのだろうと。
山神は器用にノートパソコンを使いこなす。大きな爪先でキーを叩く様は、なかなか面白い絵面なのだ。
現在、山神、小狼サイズ。ノートパソコンより小さくなっている。
ちょっと、見たい。
穂先がわずかにブレて、線が曲がった。鳳凰が眼を吊り上げる。
まずい。集中しなければ。鳳凰に見限られでもしたら嫌だ。集中、集中。
湊は気合で雑念を振り払う。
「若かりし頃と変わらぬほど肥え太りおって……」
やれやれとかぶりを振った山神は、タッチパッドに前足を置き、すいすいとマウスポインタを動かしていく。
「ぬ? また新作を出すか。ぬぅ……老いてなお、新しいものに挑戦し続けるその心意気やよし」
どどんと画面の上部に目立つ『春の新作! みたらし団子』の文字をクリック。切り替わった画面には、焼色のついた団子が映った。
二つに割れたその中央から、とろりとみたらし餡が流れ出ている。
外がけの餡ではなく、中に仕込まれている物のようだ。
黒い鼻先が画面に触れそうなほど近づく。
美味しそうである。
噛んだ瞬間に、じんわりと餡がにじみ出てくるだろう。
もっちもち団子と甘辛いみたらし餡の相性がいいのは、いわずと知れたこと。
しかし通常の物とは一風変わった食感、舌触りが楽しめるに違いない。
小狼の顔が画面から遠ざかった。
だが、こし餡ではない。
「十二代目よ、主には甘酒饅頭しかないと、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
ポンと画面を切り替えた。
越後屋のホームページ更新はマメに行われている。山神は、ネットで情報収集する際、必ず閲覧していた。
店主が堂々と顔出ししているため、近況を知るのは容易かった。
湊がここにきた当初、山神はノートパソコンを見たこともなかったようで、さして関心も示さなかった。
けれども、湊が和菓子の画像を見せたばかりに、操作を見て覚え、気がついたら自ら使うようになってしまっていた。
正直、湊は罪悪感を覚えている。神が俗世に染まりすぎるのは、いかがなものか。
神という存在は、いつ
太平楽、大いに結構。
俗世の事柄など爪の先ほども興味を持たず、意味もなく自信ありげに大きな顔をしていてほしかった。
己が国の神が余裕ぶっていると、下々の者が安心できるというものだろう。
だが悲しいかな、山神はそんな湊の願いは知らぬとばかりに、どんどん世情に明るくなっていくのだった。
ひととおりの近隣のニュース記事を漁った山神は、ぱたんとノートパソコンを閉じた。
瞬時にその前足の下から、ノートパソコンがかき消え、ダイニングテーブルの上へと移動する。
続いて、ちょいちょいと手招くと、キッチンカウンター上の雑誌が消え、山神の足元に出現した。
なお、あいだに立ちふさがるガラス窓は閉まっている。湊の見ていないところで、気軽に御業を行使していた。
座布団に座した山神が雑誌をめくる。むろん地域情報誌である。
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