57 ぽちっとな


「すまぬ。体が小さいゆえ、どうにも勝手が違うものでな」


 さして悪くも思ってなさそうな調子で、その前足も止まらない。


「山神さん、なにか創ってるの」

「うむ、ちとな」


 一見、以前越後屋へと飛ばした白い珠と似ているが、常に金色の光を発していない。

 別モノのようだ。

 山神が創るものといえば、ほかにも心当たりはある。


「まさか、眷属を増やすとか?」

「左様、三匹では手が足りぬゆえ」

「山神さんちは広いからね」


 いつものだらけた様子と異なり、信じられないほど真剣に取り組んでいた。意外というほかないが、新たな生命を創るのかと思うと感慨深いものがある。

 いや、少し違う。

 山神が己の御霊を分けて与えているなら、山神の分身になる。己とまったく同じモノにするのは好まないらしく、それぞれ自我を持たせるらしい。


「テンが増えるってことだよね」

「いや、こやつはテンではない。じきにお目見えするゆえ、楽しみにしておれ」

「……わかった」


 強い光から次第に淡い光へと変わり、フッとその珠を消してしまった。

 どのような形態の眷属が誕生するのか気にはなるものの、山神の口は固い。容易に教えてくれないのはわかりきっている。

 待てといわれたのなら、待つしかない。


 湊が視線を戻せば、じっと鳳凰に見つめられていた。

 そそくさと護符作成を再開する。

 一筆一筆、祓う力を込めて、閉じ込めて。それをひたすら繰り返す。

 今は練習のため、字ではなく一本線を書いていた。

 左から右へ、上から下へ。交互に、格子状に。

 それは、九字護法と同様の描き方だと湊は知らない。

 ただ一番やりやすく、時折、播磨の手の甲に書いているからだった。


 均等に力が入った線が紡がれていく。鳳凰が満足げにうなずいた。


 時同じくして――。

 ブンッとかすかな機械音。電子機器が起動した音。

 いつの間にやら山神の前に、開いたノートパソコンが置かれていた。

 ぽちぽちと前足で文字を入力していく。随分手慣れているが、当然ながらカナ入力である。


 そうして画面に映し出されたのは、とある和菓子店のホームページだった。


「ぬぅ、越後屋め、相も変わらず調子に乗っておるな」


 画面いっぱいに、恰幅のよい越後屋が甘酒饅頭片手に笑っている。その表情に陰りは微塵もない。

 人生謳歌しています、といった雰囲気をこれでもかと伝えていた。

 


 山神の独り言が大きいのは、いつものことだ。

 湊は頭の片隅で思う。どうせ、いつものようにネットで情報収集しているのだろうと。

 山神は器用にノートパソコンを使いこなす。大きな爪先でキーを叩く様は、なかなか面白い絵面なのだ。

 現在、山神、小狼サイズ。ノートパソコンより小さくなっている。


 ちょっと、見たい。


 穂先がわずかにブレて、線が曲がった。鳳凰が眼を吊り上げる。

 まずい。集中しなければ。鳳凰に見限られでもしたら嫌だ。集中、集中。

 湊は気合で雑念を振り払う。

 


「若かりし頃と変わらぬほど肥え太りおって……」


 やれやれとかぶりを振った山神は、タッチパッドに前足を置き、すいすいとマウスポインタを動かしていく。


「ぬ? また新作を出すか。ぬぅ……老いてなお、新しいものに挑戦し続けるその心意気やよし」


 どどんと画面の上部に目立つ『春の新作! みたらし団子』の文字をクリック。切り替わった画面には、焼色のついた団子が映った。

 二つに割れたその中央から、とろりとみたらし餡が流れ出ている。

 外がけの餡ではなく、中に仕込まれている物のようだ。

 黒い鼻先が画面に触れそうなほど近づく。


 美味しそうである。


 噛んだ瞬間に、じんわりと餡がにじみ出てくるだろう。

 もっちもち団子と甘辛いみたらし餡の相性がいいのは、いわずと知れたこと。

 しかし通常の物とは一風変わった食感、舌触りが楽しめるに違いない。

 小狼の顔が画面から遠ざかった。


 だが、こし餡ではない。


「十二代目よ、主には甘酒饅頭しかないと、ゆめゆめ忘れるでないぞ」


 ポンと画面を切り替えた。

 

 越後屋のホームページ更新はマメに行われている。山神は、ネットで情報収集する際、必ず閲覧していた。

 店主が堂々と顔出ししているため、近況を知るのは容易かった。


 湊がここにきた当初、山神はノートパソコンを見たこともなかったようで、さして関心も示さなかった。

 けれども、湊が和菓子の画像を見せたばかりに、操作を見て覚え、気がついたら自ら使うようになってしまっていた。


 正直、湊は罪悪感を覚えている。神が俗世に染まりすぎるのは、いかがなものか。

 神という存在は、いつ何時なんどきであろうと泰然自若としていてほしいものだ。

 太平楽、大いに結構。

 俗世の事柄など爪の先ほども興味を持たず、意味もなく自信ありげに大きな顔をしていてほしかった。

 己が国の神が余裕ぶっていると、下々の者が安心できるというものだろう。


 だが悲しいかな、山神はそんな湊の願いは知らぬとばかりに、どんどん世情に明るくなっていくのだった。

 


 ひととおりの近隣のニュース記事を漁った山神は、ぱたんとノートパソコンを閉じた。

 瞬時にその前足の下から、ノートパソコンがかき消え、ダイニングテーブルの上へと移動する。

 続いて、ちょいちょいと手招くと、キッチンカウンター上の雑誌が消え、山神の足元に出現した。


 なお、あいだに立ちふさがるガラス窓は閉まっている。湊の見ていないところで、気軽に御業を行使していた。


 座布団に座した山神が雑誌をめくる。むろん地域情報誌である。

 

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